第596話、わたくし、『文学少女系悪役令嬢』ですの♡【無限カケラ編】

「──待って、トーコ! 馬鹿な真似はやめて! お願い、わたくしの話を聞いてえ!」




 遮るものが何一つなくどこまでも青く澄み渡った晴天の下、伝統ある女学園の純白の制服に身を包んだ、二人の少女の髪やスカートの裾をはためかす、嵐を予感させる初夏の風。


 それは古びた校舎の屋上の鉄柵に背をもたれてたたずんでいる、わたくしの目の前の少女を、今にも吹き飛ばさんとするかのような勢いであった。




 こちらを静かに見つめている、まるで魂を失った人形そのままの、虚ろな瞳。




 これ以上近づけば、今にも彼女が柵を乗り越えてしまうのではないかと思えて、二、三メートルの距離を残したまま、いつもの孤高の仮面をかなぐり捨てて、必死に懇願する。


「馬鹿な真似はやめて! 大嫌いなんて言ったのは嘘よ! わたくし、あなたのことが好き。心の底から愛しているわ。だから戻ってきて! わたくしのことを許してちょうだい!」


 そうだ。もはやこれまで積み重ねてきた、偽りのプライドなど必要無い。


 ここで、トーコのことを失うわけにはいかないのだ。


 まさにその刹那。これまで硬く結ばれていた少女の桃花の唇が、ゆっくりとほころんでいった。




「うふふふふ。おかしなお姉様。何をそんなに慌てているの? 許すも許さないも無いでしょう。だって私もアルテミスお姉様のことを、心から愛しているのですもの」




 そのいつもと変わらぬ穏やかな口調に、張りつめていた緊張の糸が切れるの感じた。


「そ、それじゃ、わたくしを残して行ってしまったりはしないのね? わたくしの許に戻ってきてくれるのね⁉」


 その時少女が、微笑んだ。


 まさしく純真無垢なる、女神ミューズのごとく。




「それは駄目。だってこれは、『儀式』なのだから。──を、ためのね」




 そう言うやくるりと反転し、鉄柵へと飛びつき、身を乗り出す少女。


「──っ! トーコ、待って!」


「さようなら、お姉様、私の唯一の魂の片割れ。『物語の世界』で待っているわ」


 それが、彼女がわたくしに残した、最後の言葉だった。


 雪のように白い制服をひらめかせて、青空へと身を躍らせていく、華奢な肢体。


「いやああああああああああああああっ! トーコ────ッ!」


 慌てて鉄柵へとかじりつくや、




 ──眼下は、白一色に塗りつぶされていて、何も存在してはいなかった。




 ………………………………は?







『……あ〜あ、結局今回も駄目だったかあ』







 まさにその刹那、突然脳裏に鳴り響いてきたのは、女性の声であった。



『しょうがないわね、また最初からやり直しか。ほら、あなたもぼけっとしていないで、さっさと一ページ目に戻るわよ!』




 ──その瞬間。世界はまばゆい光に包み込まれ、すべてはホワイトアウトしていった。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「……あ、あれ?」




「──アルテミスさん、いつまでもぼやぼやしない! すぐに『再走』……じゃなかった、『改稿』作業に取りかかるわよ⁉」




 気がつけば、ほんの目の前にいるのは、父親の長年の浮気相手にして、今は亡き母親のかたきの女性であった。




「──ちょっ、何であなたが、ここに⁉ ここはわたくしの自室でしょうが⁉」


「……ほんと、いつまで寝ぼけているのです? 私はすでにあなたの父親と再婚したのだから、れっきとしたあなたの『母親』では無いですか?」


「は、はい?」


 ええっ、そうだったっけ⁉


 いや待って、


 この人が、現在、わたくしの母親であるということは、


「当然、トーコは……」




「──ええ、アルテミスお姉様の、妹ということになりますわ♡」




 なっ⁉


「と、トーコ、どうして、あなたまで⁉」


 あなたついさっき、わたくしたちが通っている学園の屋上から、飛び降り自殺したんじゃ無かったの⁉


「……どうしても何も、私はお母様の連れ子なのだから、今やあなたの妹ですので、このお屋敷にいても、別におかしくは無いでしょう?」


「そうだぞ、アルテミス。もはや我らは家族なんだから、仲良くしなければならないだろうが?」


「──お父様までいるの⁉ 一体これって、どういう状況なのよ⁉」




「……だから、あなたが『夢魔の告白レペンテンス』という小説を書いていて、作中で何度目かのループを繰り返した挙げ句に、結局今回もトーコのことを救うことができなくて、おめおめと現実世界へと帰還した──と言った場面シーンでしょうが?」




 ………………………………はい?




「いやちょっと、何をおっしゃっているのか、完全にイミフなのですが⁉」


「だったらご自分の目で、今置かれている状況を、確認してみれば?」


「はい?」


 言われるままに、今更ながら周囲を見回してみると、何と現在のわたくしときたら、とても大陸随一の魔法王国の筆頭公爵家令嬢とは思えない、緑色のジャージを身に着けて、いかにも四十を過ぎた『こどおじ』連中が使っていそうな、年季の入った『学習机』に座り、目の前のノートパソコンに向かっていた。


「──何この、どこかのWeb作家の作業環境みたいな有り様は⁉ わたくしって確か、乙女ゲームそのままの異世界に、『悪役令嬢』として転生したんですよね⁉」


「……現代日本からこの世界に転生してきたのが、あなたただ一人だと、いつから勘違いしていたわけ?」


「へ?」


「それはもう、Web小説の数だけ転生者が存在していたりして、今やこの剣と魔法のファンタジーワールドも、日本の最先端文化に完全に染まりきっていると言っても、過言では無いのですよ」


「何その、いかにも『メタそのものの世界観』は⁉ それで、悪役令嬢であるはずのわたくしは、今一体何を行っているわけですの⁉」


「そりゃあ当然、小説づくりよ」


「──もう僕、わけがわからないよ⁉(『ま○マギ』10周年、おめでとうございます♡)」




「だからといって、三流『なろう系』にありがちな、悪役令嬢自身が『B○小説』を創っているとかでは無くて、あなたには『作者』のチートスキルがあるので、小説を作成することによって、実際に世界を生み出したり改変したりすることができるわけなの」




「『作者としてのチートスキル』? それに、小説作成によって、世界を生み出したり改変したりできるって…………」


「あなたは『こことは別の世界』において、義理の妹となったトーコとの行き違いにより、最愛の彼女を永遠に失ってしまったので、『作者のチートスキル』を使って世界をやり直して、彼女を取り戻そうとしているのよ」


「世界をやり直すって、そんなことできるはずは無いでしょうが⁉」


「何を言っているの? まさに現在それをやっているのが、あなた自身じゃないの?」


「ええっ?…………あ、いや、だってトーコなら、ちゃんと目の前にいるではないですの?」


「何を聞いていたのです、トーコを失ったのは、『別の世界のあなた』なのですよ?」


「もう、あなたが何をおっしゃっているのか、まったくわからないんですが⁉」




「いいですか、出発点はまさにその、『トーコを失った世界のあなた』だったのです。もちろんその世界においても、一度失った人間を取り戻す手段なぞあり得ないはずでした。しかしその世界の『あなた』には、『作者のチートスキル』があったので、『トーコを取り戻す物語』を作成することで、実際に己の妹を取り戻そうとしたのです」




「そのスキルを使えば、小説に書いたことが現実のものとなるの⁉ 何その『作者』って、神様そのものじゃないの!」


「まさか、トーコが甦るのはあくまでも、その『あなた』が作成した、小説の中だけの話ですよ」


「──だったら、何の意味も無いじゃないの⁉」




「有りますよ、何せ今私たちがこうして存在している『この世界』こそが、まさにその『あなた』が作成した、『小説の世界』なのですから。──その証拠に、『ついさっきあなたの目の前で、学園の屋上から飛び降りた』はずのトーコが、ちゃんと存在しているでしょう?」




 なっ⁉


 そのあまりにも突拍子も無い言葉に、思わず当の『妹』のほうへと振り向けば、




 彼女はただ、何の邪気も無く、ニコニコと微笑むばかりであった。




「──と言うことで、今度はこちらの世界において、あなた自身が小説の中で、トーコを甦らせることによって、『作者のチートスキル』を発動して、『あちらの世界』において、現実にトーコを甦らせる番なのです。もちろん一度や二度の挑戦では、いわゆる『世界の修復力』によって邪魔をされて、いたずらに『世界のやり直しループ』を繰り返すことになるでしょう。しかし、時間は無限に有るのです。見事に『最愛の妹』を甦らせるまで、何度も何度もチャレンジいたしましょう! ──そう、実はかの超傑作ループ作品である『ひぐ○しのなく頃に』における、無限の『世界の繰り返し』の中に囚われていたのは、梨○ちゃまでも他の部活のメンバーでも無く、作者である竜○士07先生ご自身だったのです! 常に『真に理想的な作品』の実現を追い求めざるを得ない、『飽くなき創作意欲』という、創作者ならではの『業』こそが、自らを『雛○沢のループ』に閉じ込めることになっていたのですよ! さあ、あなたも、果てしなき『創作のループ』に挑みなさい! あなたの作品の中で、『最愛の相手』を甦らせるその日まで!」







(※今回の様々な超常現象についての詳しい解説は、次回以降に行う予定です)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る