第537話、【ハロウィン特別編】わたくし、三角諸島で大決戦ですの⁉

 ここは、魔導大陸エイジア極東部、東チノ海。


 神聖皇国『旭光ヒノモト』領、三角諸島。




 ──まさに今、このちっぽけな島へと、無数の小型強襲揚陸艇が、殺到していた。




「ブヒヒヒヒ、何てことは、無かったな」


「そりゃあ、こんな大軍を前にして、抵抗する馬鹿もおるまいて」


「これで、周辺海域に希少な資源がたっぷりと埋まっている、この三角諸島も、我ら『なかくにコミー猪豚ブタマン共和国』のものだぜ」


「「「ぎゃははははははははははははは!!!」」」


 夜明け前の小島に響き渡る、男たちの野太い笑声。


 戦闘服に包み込まれた、2メートルは優に超える屈強なる体躯に、両腕に携えている自動小銃を始めとして、全身にくまなく装備されている数々の武器。


 一見しただけでは、ちょっと大柄な『人間ヒューマン族』の兵士のようでもあるが、唯一頭部だけは、耳まで裂けた口から覗く幾本もの鋭い牙に、醜く潰れた鼻という、『猪豚オーク族』の特徴をあからさまに示していた。




 ──『中つ国』の誇る、紅色アカオーク精鋭部隊、『ポルコ・ロッソ』。




 エイジア大陸東部きっての凶悪なる侵略国家による、『東チノ海域全面侵攻作戦』のための、尖兵であった。


 予想外にも何の障害も無く、上陸作戦が成功したので、すっかり警戒を解きリラックスする、オーク兵たち。


 その時、そんな彼らを一喝するかのように轟き渡る、胴間声。




「──おらっ、おまえら、まだ気を抜くんじゃねえ! 作戦は終わっちゃいねえぞ⁉」




 のそりと、一般兵の前に現れる、一際大柄な体躯を誇るオーク。


 軍服の襟でこれ見よがしに光り輝く、他よりも『紅い星』の数の多い階級章。


 その姿を一目見た途端、だらけきっていた兵士全員が、一斉に姿勢を正した。


「「「──申し訳ございません、殿!!!」」」


「いいか! 我々猪豚ブタマン解放軍は、最後の一兵の命まで、コミー党と全猪豚じんみんのためにあるのだ! ゆめゆめそれを忘れるんじゃないぞ!」


「「「はっ、肝に銘じます!!!」」」




「それにこの島には、少なくとも旭光ヒノモトの『鬼』が、一匹はいるはずだ! そいつを『排除』しない限りは、この島の実効支配は成立せず、作戦は終了しないんだぞ⁉」




「「「……は?」」」




「こんな小さな島に、駐在員がいるのですか?」


「確かに、ここが旭光ヒノモト領であることを世界に示すために、海上保安庁だか水産庁だかの役人を、一二名常駐させるとか何とか、言っていたみたいですけど……」


「もしいたとしても、我々の艦艇が迫り来るのを見て、すでに逃げ去ったのでは?」


 控えがちではあるものの、口々に異議を申し立てる兵士たち。


 それも、無理は無かった。


 こんな、建築物どころか、視線を遮る遮蔽物すらほとんど無い、小さな島である。


 いくら夜明け前の闇の中とはいえ、わずかでも人が存在するとしたら、精鋭部隊の兵士の研ぎ澄まされた知覚や、装備している高性能の索敵機器によって、察知キャッチされないはずは無かった。




 そう、あくまでも、、であったのだが──。




「──それってもしかして、俺のことか? 随分と待ちかねたぞ」




 唐突にかけられる、どこか芝居じみた気取った声音。


「「「だ、誰だ⁉」」」


 咄嗟に小銃を構え直して、一斉に振り向く、軍人たち。


 そこで、天空の満月の明かりを背に、たたずんでいたのは──。


「「「…………へ?」」」


 発砲するどころか誰何することすら躊躇して、ただ呆然と立ちつくす、隊長以下の部隊員たち。


 それも、当然であった。


 時代がかった開襟シャツタイプの軍服に、足に巻かれた使い古されたゲートル。


 肩で背負った三八式歩兵銃と、右手に持った抜き身の軍刀。




 ──その姿は紛う方なく、75年前の世界大戦における敗北により、歴史の彼方に消え去ったはずの、旧旭光ヒノモト皇国陸軍兵士の、至極標準的な兵装であった。




「どうした、『紅い猪豚ポルコ・ロッソ』ども。そんな間抜け面を晒していると、狼や獅子の獣人に喰われてしまうぞ?」


 自分のほうを口をあんぐりと開けて見とれるばかりの、図体ばかりでかいオークの軍人たちの無様な姿に、失笑を隠さずに軽口を叩く、見かけはごく普通の人間ヒューマン族そのものだが、頭部にそそり立つ二本のつののみが、全種族きっての勇猛果敢さを誇る『鬼族』であることをアピールしている、レトロな軍装をまとった青年。


 そのような、現在の皇国にはいないはずの、『軍人鬼族』の思いの外気安い態度に、ようやく呪縛が解けたようにして、質問の声を発するオーク隊長殿。


「……何だ、おまえ? 何でそんな格好をして、たった一人で、俺たちの前に現れたんだ?」


「ああ、この格好かい? もちろん、『コスプレ』だよ」


「こ、コスプレえ⁉」




「せっかくの『ハロウィン』だというのに、こうしてはるばる三角諸島を侵略しにやって来たあんたらに、せめてもの歓迎の意を表そうと思ってね♫」




「──なっ⁉」


「ふざけるな!」


「自分の立場を、わかっているのか⁉」


「我々中つ国軍による、この地における実効支配を、国際法的に認めさせるためには、現在実効支配している旭光ヒノモトの代表者と目される、おまえの排除を──場合によっては『抹殺』を、する必要があるのだぞ⁉」




「この俺を、抹殺するだと? 面白い、やれるものなら、やってみるがいい!」




「な、何だと⁉」


「この、『旭光ヒノモト鬼子』風情が!」


「図に乗るな!」


「我々猪豚ブタマン解放軍の恐ろしさを、思い知らせてくれるわ!」


 青年鬼族の挑発にまんまと乗り、一斉に銃口を向ける、オーク兵たち。


 しかし──。




「どうしたどうした、そんなへっぴりこしでは、兎一羽仕留められないぞ? それに撃つなら、早くしてくれないかな? ──もっとも、そんな震える手で構えていたんじゃ、狙いは定まらないだろうがな」




 圧倒的に不利な立場にいるはずなのに、むしろ余裕綽々の表情で言い放つ、鬼族の若者。


 その言葉通りに、なぜかこれだけ馬鹿にされながらも、誰一人発砲するどころか、その場に縫い止められたかのように脂汗を垂れ流し続けるばかりで、鬼族のほうに近づくことすらもできないでいる、猪豚オークたち。


「おい、何をやっているんだ、貴様ら! 早く排除しないか⁉」


「──そ、それが、隊長」


「なぜだか、身体が言うことを、聞いてくれないんでさあ!」


「あいつに照準を定めようとしても、つい視線を逸らしてしまうし」


「引き金を引こうとしても、手が震えて、力が入らないし」


「あ、あの、旭光ヒノモト鬼子野郎、何か変な魔術でも、使っているんじゃないでしょうね⁉」


 今や完全に腰が引けてしまい、怯えた声すらも発し始める、中つ国きっての精鋭部隊の兵士たち。


「──ええいっ、もういい! おまえらは全員、『粛正』だ! そこで『自己批判』でもしていろ! あの鬼は、俺様自ら始末してやる!」


 ついに業を煮やして、ぶっとい軍用ナイフを腰のベルトから引き抜き、鬼族へと構える隊長殿。


「…………何、だ?」


 だが結局は、部下たち同様に、ただニヤニヤとふざけた笑みを浮かべて棒立ちとなっている相手を前にして、それ以上近づくこともできず、だらだらと脂汗を流すばかりであったのだ。


「ど、どういうことだ⁉ 俺たち東チノ海方面軍は、これまでずっと旭光ヒノモト人をぶち殺すためだけに、日夜訓練に励み続けてきたというのに、たった一人のほとんど丸腰の相手を前に、何もできないなんて⁉」




「……それは、おまえら軍隊の過酷なる訓練よりも、極日常的な『党の教育』のほうこそが、よっぽど優秀極まりなかったってことだよ」




「──⁉」


 その時唐突にかけられた、青年鬼族のいかにも意味深な言葉に、思わず問い返す、オーク隊長殿。


「と、党の教育って、『コミー思想教育』のことか?」


「おまえらって、俺たち旭光ヒノモトの鬼族のことを、どういうふうに教えられてきた?」


「ど、どういうふうにって……」


「ズバリ聞くけど、『細菌事変』については、どう思う?」


「──ッ」




「何かおまえら猪豚チクって、物心ついた餓鬼の頃から、俺たち旭光ヒノモト人について、デマばかり洗脳教育されているんだって? 例えば『細菌事変』については、今からおよそ80年くらい昔に、中つ国の学術研究都市の『ブーハン』において、極悪非道な新型コロナウイルス兵器『大陸風WHO』を、極秘に開発していたところ、いち早く察知した旭光ヒノモト軍の特殊部隊によって潰滅させられたのを逆恨みして、確信犯的な研究マッドサイエンティストや軍人しか始末していないというのに、ブーハン全域の一般市民を含む数十万人を、虐殺したとか言っているんだよな?」




「ふ、ふざけるな! 『細菌大虐殺』は、歴史的事実だろうが⁉ この鬼めが! 何の罪も無いブーハン市民を、何十万も殺しやがって!」


「そうそう、その調子! ほんとすごいよな、コミーの洗脳教育って。ある程度高めの権力や情報を与えられている、特殊部隊の高級将校であるおまえのようなやつさえも、芝居なんかでは無く、本気で信じ込まされているんだからなあ」


「で、デマじゃないと、言っているだろうが⁉ おのれ、我が神聖なるコミー党の教育宣伝方針を、愚弄するつもりか⁉」




「──ほう、デマでは無かったとしたら、今おまえの目の前にいるのは、一体何者だろうな?」




「………………………………え?」


「ほんと、怖いねえ。当時のブーハンには、何の罪も無い女子供やお年寄りも、ごまんといたんだろうねえ。──さて、今おまえの目の前にいるのは、一体何者でしょう?」


「えっ? えっ?」


「もはや中つ国人なんて、単なる『家畜』として、それこそ猪豚を屠殺するように、軍刀で切り刻んでいったんだろうねえ? ──さて、今おまえの目の前にいるのは、一体何者でしょう?」


「……あ」


「正しいんだろう? コミー党の言っていることは、すべて正しいんだろう? 否定することなんて、絶対に許されないんだろう? ──さて、今おまえの目の前にいるのは、一体何者でしょう?」


「……あ……あ」


「仕方ないよねえ、何せ餓鬼の頃から、魂に刻みつけられているんだからねえ。旭光ヒノモト人は平気で、自分たち中つ国人を、何十万人でも殺せると。まさに血も涙も無い、文字通りの『鬼』なのだと。 ──さて、今おまえの目の前にいるのは、一体何者でしょう?」


「……あ……あ……あ……あ」


「でもそれってさあ、おまたち中つ国の猪豚どもは、我々旭光ヒノモト人にとっては、『何の遠慮も無く殺すことのできる、家畜同然の存在』って、教え込まされているだけじゃないの? ──さて、今おまえの目の前にいるのは、一体何者でしょう?」


「……あ……あ……あ……あ……あ……あ……あ……あ……あ……あ……あ」




「と言うわけで、そろそろ、素敵な素敵な『ハロウィンパーティ』を、始めようじゃないか? 『トリック・オア・トリート』! ──ただし、いたずらをするのも、お菓子おまえらを食べるのも、俺のほうだけだがな?」




「「「うわあああああああああああああッ──!!!」」」




 もはや堪りかねて、手にした武器をすべて放り捨てると同時に、一目散に逃げ出して揚陸艇に飛び乗るや、そのまま三角諸島から去って行く、中つ国の侵攻部隊。




 それも、仕方ありません。




 何せ存在そのものの、『格』が、天と地ほども違うのですから。




 そもそも『家畜』ごときが、『捕食者』に叶うはずが無いのです。




 恨むのなら、狂った洗脳教育で、人民を支配しようとしている、あなたたちの『党』そのものを恨みましょう。




 将来の敵であり打倒する目標である、『旭光ヒノモト人』の恐ろしさや残虐非道さを、完全にデマであるにもかかわらず、魂レベルで刻み込まれてしまえば、実際の戦闘時において、旭光ヒノモト兵を目の前にして、戦える中つ国兵士なんて、ただの一人もいないでしょう。




 これは当然、『反旭光ヒノモト教育』を国民に強要している、エイジア大陸極東半島部のエルフ族も同様で、もしも旭光ヒノモトと交戦することがあろうが、『自分たちなんかは所詮、「統合時代」においては、旭光ヒノモト人の奴隷でしかなかったんだ』などといった、『負け犬根性』に支配されて、ろくに戦うことはできないでしょう。




『反旭光ヒノモト教育』、万歳! 『特エイジア』の下等国家における歪みきった『反旭光ヒノモト教育』こそが、むしろ我が神聖皇国において、永遠の栄光と繁栄をもたらすことでしょう♡

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