第488話、【哀悼】わたくし、尾翼の無い飛行機の運命は無残だと思いますの。(中編)

メリーさん太「……『フライ・バイ・ワイヤ』って確か、それまで物理的にケーブルやロッドを経由する、『機械式』であった飛行機の操作系統を、電線ワイヤを使用した『電気信号送受信式』に変えることによって、システム経路の軽量化や設計の自由度の向上はもちろん、特に肝心要な操縦コントロール信号データ自体を電気に変えたことによって、コンピュータで集中制御できるようになったことこそが、最大のメリットなんだよね?」




ちょい悪令嬢「──そうです、これによって軍用機を含むほぼすべての飛行機の操縦において、特に『姿勢制御』については、機械式の頃みたいに、パイロットが常に細心の注意を払って操縦桿で微調整をし続ける必要が無くなり、コンピュータのほうで自動的に適切な姿勢を保ってくれるようになったのです」


メリーさん太「それはもちろん、今回の【座談会】のテーマである『全翼機』についても、同様なわけ?」


ちょい悪令嬢「はい、むしろ全翼機のような尾翼の無い独特なタイプにこそ、効果が大きかったりします。従来なら尾翼が無いための不安定さを、主翼に取り付けられた『ドラッグ・ラダー』等の特殊な装置を、パイロットがこまめに微調整しながら飛行しなければならなかったところを、最初からコンピュータが『機体がまっすぐに飛び続ける』ように、各操縦系統を適切にコントロールしてくれるので、パイロットは普通の飛行機と同じレベルの操縦をするだけで済むのです」




メリーさん太「──だったらどうして、日航123便の事故は起こったのよ⁉ 『フライ・バイ・ワイヤ』さえ有れば、尾翼の無い全翼機さえも適切に飛行させることができるのなら、尾翼を失ったジャンボ旅客機も、完璧とは言えないまでもある程度適切に制御して、比較的安全な平地等に不時着させることも、けして不可能じゃ無かったんじゃないの?」




ちょい悪令嬢「……あのですねえ、『尾翼の無い全翼機でも安定に飛行させることのできるフライ・バイ・ワイヤ』が実用化されたのは当然、アメリカ空軍の超極秘ステルス戦略爆撃機『Bー2』の開発のためなのであって、現在も運用中の主力爆撃機の心臓部とも言える技術を、極一般的な民生用の旅客機に採用できるわけが無いでしょうが? それで無くても123便のボーイング747型ジャンボ旅客機は、1985年時点でもかなりの『年代物』の機体だったのであり、もしもフライ・バイ・ワイヤが採用されていたとしても、極初期型の基本的な機能しか無いものだったでしょうね」




メリーさん太「あ、そうか、こういった新技術は当然、最新鋭の軍用機から採用されるのは、常識セオリー中の常識セオリーだったっけ」


ちょい悪令嬢「それにですね、フライ・バイ・ワイヤやその制御コンピュータ自体も、おのおのの機体に応じて『カスタマイズ』されるはずですので、『大型旅客機の尾翼が損失した場合』なんて、最初から想定してはいないと思われますけど?」


メリーさん太「えー、ということは、あれだけの事故を起こしておいて、善後策は一切とられていないわけえ?」




ちょい悪令嬢「──そんなことはありませんわ! 実はああいった事故においては、垂直尾翼が少々破損しようとも、油圧コントールシステムさえ生きていれば、ある程度は制御が効いて、(米軍基地等をも含む)最寄りの空港に緊急着陸できた可能性もあったとの、『事故調査結果』を踏まえて、大型旅客機を中心とした油圧系統の見直しが図られて、今後同じような事故が発生した場合にも、最低限の対応ができるようになっているのです!」




メリーさん太「おお、そうだったんだ! まあ、そりゃそうだよな。あのような大事故を起こしておいて、何も対処しなかったら、航空機業界の信用ががた落ちになってしまうしね」




ちょい悪令嬢「そもそも123便の事故は、ボーンイング社が以前の事故の修理を完全にやりおおせていなかったことが、最大の原因なのであって、それ以来内外を問わずすべての航空機メーカーや旅客業各社は、機体の整備点検に細心の注意を払うようになり、軽微なものを含む事故や故障の発生率が大幅に低下したことこそが、最大の収穫と申せましょう」




メリーさん太「もちろんパイロット始めとする乗務員の意識も大幅に改められて、あれ以来飛行中に何らかの異常が発生した場合、少しも躊躇せず空港に引き返し再点検を受けるようになり、しかも何と乗客のほうもほとんど文句を言わないといった有り様で、お陰で少なくとも国内においては、いまだに123便を超える大事故は発生していないという、『成果』を上げているのよねえ」




ちょい悪令嬢「まあ、それだけ123便の事故が、すべての人に思い出させたのですよ、──本来『人間は、空を飛べない』と言う、『絶対的真理』をね」


メリーさん太「はあ? 『人間は空を飛べない』って、航空機技術をテーマにした【座談会】で、何を今更なことを言い出しているのよ?」




ちょい悪令嬢「良く小さなお子さんや用心深い人が、『飛行機などといった、鉄の塊が空を飛ぶのは、どう考えてもおかしい!』と言い張って、飛行機に乗るのを頑強に拒絶しているのに対して、多くの『常識的な人々』は、単なる微笑ましい笑い話としていたのですが、123便の事故を目の当たりにして、一斉に目を覚ましたのです、『飛行機などといった、鉄の塊が空を飛ぶのは、どう考えてもおかしい!』と言うことに! ──そしてこれは、航空機技術的にも、非常に正しかったのです!」




メリーさん太「──本来飛行機なんか飛ぶはずが無いことが、航空機技術的にも正しいですって? そんな馬鹿な⁉」


ちょい悪令嬢「飛行機というものは基本的に、『揚力』によって飛ぶようにできていて、機体形状──特に主翼の部分が、揚力を発生しやすいようにデザインされており、プロペラエンジン等によって地上を走行しているうちに、発生した揚力が重力を断ち切るに十分になった瞬間に、宙に浮かぶのです。これはもちろん原則的にはジェット機も同様なのですが、ロケットエンジンの一種であるジェットエンジンは、揚力のみならず『推力』によって──すなわち、離陸している側面もあるのですよ」


メリーさん太「……力任せで、離陸って、どういうことよ?」


ちょい悪令嬢「ロケットやミサイルの発射場面シークエンスの動画等を見ればわかると思うけど、ああ言うのって翼等の『揚力』では無く、そのものズバリの『ロケット噴射』によって、離陸しているじゃない?」


メリーさん太「うん、そうだけど……(それが飛行機と、どう関わってくるんだよ?)」


ちょい悪令嬢「厳密に言うとあれは、火炎放射そのままのロケット噴射によって、『ドカーン』と飛んでいるわけでは無く、ロケットの燃料が化学反応を起こすことによって莫大なるエネルギーを発生して、その『推力』がロケットの重量──すなわち重力を超えた場合、地面に対して『反作用』が働いて、文字通りに『ロケット発進』によって一気に急上昇するわけなのですよ」


メリーさん太「へえ、そうだったの。ロケットやミサイルっててっきり、あの火炎放射自体にすごい勢いがあるものだから、飛び続けることができるものだと思っていたわ」


ちょい悪令嬢「昭和の杜撰な特撮モノに完全に毒されている『老害』の皆さんは、大体そんな感じだそうですよ?」


メリーさん太「──メリーさん、『老害』じゃないもん! ピチピチの幼女だもん!」


ちょい悪令嬢「はいはい、都市伝説は年をとらないから、いいですねえw」


メリーさん太「やかましい! とっとと、話を戻せ!」


ちょい悪令嬢「なぜ突然ロケットの話をしたかと申しますと、実はこれはジェット機にも当てはまるのですよ」


メリーさん太「へ? 何で? ジェット機であろうと、基本的に揚力で飛んでいるんでしょ?」




ちょい悪令嬢「、ね。ただし、実はジェット機というものは、『ロケットの燃焼に必要な酸素を大気中から取り入れている』ロケットエンジンのようなものであり、旧来のプロペラエンジンでは及びもつかない莫大な『推力』を発生させることができて、けして揚力が必要無いわけではありませんが、滑走中に重力を完全に断ち切るに必要な推力が発生できれば、まさしくロケットそのままに急上昇ロケットダッシュすることが可能なのです」




メリーさん太「──ああ、いわゆる『スクランブル発進』なんて、まさにそうだよね?」


ちょい悪令嬢「そしてそれは、機体デザインにも、如実に反映されているのですよ」


メリーさん太「機体デザインて、つまり外見のこと?」


ちょい悪令嬢「メリーさんは、揚力が発生しやすい機体って、どういうのを想像しますか?」


メリーさん太「そりゃあ、何よりも翼が──つまりは、主翼が大きいやつかなあ……」


ちょい悪令嬢「その観点からすると、最近の飛行機や、ロケットやミサイルについては、どのようにお見えになるでしょうか?」


メリーさん太「そ、そういえば、最近の飛行機って、機体の大きさに対して、随分と翼が小さいよな。──あれでちゃん飛べるのかって、心配になるほどに。それにロケットやミサイルなんかになると、もはや翼では無く、『安定版』がついているだけだしな」


ちょい悪令嬢「それと言うのも、『揚力』と『速度』とは反比例しているので、何よりも速さが重要視されるジェット機においては、翼の面積が小さく、更には翼厚が薄く、いかにも『空気を切り裂く』といった感じに後退角が施されておりますが、実はこれって、『揚力が発生しにくい』外見デザインとも言えて、昔の翼の面積や厚さが大きく、後退角のまったく無い直線翼機に比べて、かなり不安定なんですよ」


メリーさん太「つまりそれって、墜落しやすいってことか⁉ おいおい、そんなのを大型旅客機に使ってもいいのかよ⁉」


ちょい悪令嬢「大丈夫ですって、その分ジェット機は推力が絶大ですから、『揚力』を補って余りあるほどに、まさしく『ロケットのように』重力を断ち切って、高速で飛行することができるのですからね」


メリーさん太「そ、そうだよね! そうじゃなきゃ、現在のジェット機全盛時代なんかが、到来するわけが──」




ちょい悪令嬢「──と思っていた時代が、わたくしにもありました!」




メリーさん太「…………え」


ちょい悪令嬢「もし、ジェット機が完璧に安全なら、123便のような大事故が、起こるはずが無いではありませんか?」


メリーさん太「あ」




ちょい悪令嬢「すなわち、『飛行機などといった、鉄の塊が空を飛ぶのは、どう考えてもおかしい!』というのは、本当に正しかったのですよ。ジェットエンジンがロケットエンジンの一種と言うことは、大昔の風刺画そのままに、大砲の砲弾に乗って空を飛んでいるようなものでもあって、そんなものいつ墜落してもおかしくは無いのでございますよ」




メリーさん太「……あ……あ……あ……あ……あ」


ちょい悪令嬢「どうしたのです、いきなり『カ○ナシ』みたいになって? 都市伝説のくせに隠れて、『スパチャ』でもやっていたわけですの?」


メリーさん太「いや、あんたが、『フライ・バイ・ワイヤ』とか、すっげえ先進的技術を持ち出しながら、飛行機械そのものを全否定するような言い方を、突然ぶちかますものだから、言葉を完全に失っていたのよ!」




ちょい悪令嬢「だってこれこそが、今回の【座談会】における、『真のテーマ』なんですもの」




メリーさん太「……今回の、真のテーマ、って?」


ちょい悪令嬢「あなたがおっしゃった、フライ・バイ・ワイヤのような革新的技術であろうと、ロケットエンジン並みの莫大な推力を実現するジェットエンジンであろうと、結局は飛行機に『無理をさせている』だけに過ぎないのですよ」


メリーさん太「『無理』、ですって?」




ちょい悪令嬢「本来鉄の塊である飛行機が、空を飛ぶこと自体がおかしいのに、尾翼が存在しない事故機や全翼機が、安定して空を飛べることなんて、あり得るわけが無いのです!」




(※以下後編に続く)

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