第487話、【哀悼】わたくし、尾翼の無い飛行機の運命は無残だと思いますの。(前編)
ちょい悪令嬢「──本日8月12日は、日本航空123便墜落事故から、ちょうど35年目に当たります」
メリーさん太「520名にも上る犠牲者の皆様のご冥福をお祈りすると共に、ご遺族等の関係各位や、奇跡的な生存者の方々におかれましても、今日にまで及ぶ肉体的及び精神的ご苦痛に対して、心よりお見舞い申し上げます」
ちょい悪令嬢「……さて、今回この世紀の大事故を取り上げるに当たって、各方面の関係者の皆様のご心情を慮れば、とても軽々しいことは申せませんので、事件に対する憶測、馬鹿げた陰謀論、本来何の関係も無いはずの政治的思想的発言は、厳に慎みたいかと思います」
メリーさん太「ほう、てっきり本作の作者の独自の視点で、事件の真相を解明するとかいった、いつものパターンとばかり思っていたのですが?」
ちょい悪令嬢「いくらあの
メリーさん太「……それなら、今回こうしてわざわざ【座談会】を組んでまで、一体何を語ろうと言うのよ?」
ちょい悪令嬢「──それはもちろん、作者の得意の分野である『航空機技術』の観点から、あえて意図的にこの大事件と同じ轍を踏もうとしている愚か者たちに対して、警鐘を鳴らそうという趣旨なのでございます!」
メリーさん太「航空機技術の観点て。──まあそれについては、この作者にとっての数少ない取り柄の一つだから、わからなくも無いけれど……」
ちょい悪令嬢「最近『軍艦擬人化少女』
メリーさん太「それにしても、『愚か者』って言うのは何なのよ? 『意図的に同じ轍を踏もうとしている』ってまさか、あのような悲惨な結果になることがわかっているのに、あえて同じことをしようとしている輩でもいると言うの?」
ちょい悪令嬢「……メリーさんは、かの事故の、直接的な原因は何だと思っていますの?」
メリーさん太「え? ──ああ、それは当然良く言われているように、まず事故機の後部圧力隔壁が、以前の別の事故における修理が不完全だったために破損したのを皮切りにして、その衝撃によって垂直尾翼がほとんど吹き飛ばされるとともに、油圧操縦システムを完全に喪失したために、操縦不能になったからでしょう?」
ちょい悪令嬢「その通りです、一言で言えば、『尾翼部分が駄目になったから、墜落してしまった』わけなのです」
メリーさん太「……う〜ん、そこのところが、どうにも引っかかるんだけどねえ」
ちょい悪令嬢「おや、何か疑問な点でも?」
メリーさん太「いや、この作者が常に行っているように、『本当に信頼性のある製品は、「利点」よりも「リスク」こそを重視して設計されている』わけじゃない? そもそも飛行機なんて言うものは、わざわざ安定した大地を離れて不安定極まる空を飛ぶといった、『危険行為中の危険行為』を行っているのだからして、あらゆるリスクを事前に考慮しているべきであり、尾翼のコントロール系統に不備が起こった際にも、どうにか飛行を続行できるよう、前もって何らかの工夫を施しておいてしかるべしじゃないのかなあ? それこそ戦時中の軍用機においては、空中戦により尾翼を欠損しつつも、何とかして生還を果たした事例なんて、数え切れないほどあっただろうし」
ちょい悪令嬢「ほう、尾翼を無くして、どうやって生還することができたのでしょうか?」
メリーさん太「……確か主翼自体にも、尾翼と同じ機能があって、ある程度は肩代わりできたんじゃなかったっけ?」
ちょい悪令嬢「そうですね、水平尾翼の役割であれば、主翼の昇降舵である程度代替できるかも知れませんねえ。──でも、123便が失ったのは、
メリーさん太「──ええと、うろ覚えなんだけど何かの本に、左右の主翼の昇降舵を、おのおの逆の方向に上げ下げすれば、垂直尾翼の(横方向の)方向舵と、同じような効果を生じさせることができるとか、書いてあった気がするんだけど?」
ちょい悪令嬢「おしいっ! メリーさんが言っているのは、主翼において昇降舵の働きをする『フラップ』なんだけど、これを左右互い違いに操作すると、左右に方向を変えるどころか、機体そのものが横転してしまいかねないわよ? むしろあなたが言っているような役割を果たすのは、『ドラッグ・ラダー』と呼ばれている、元々尾翼の無い飛行機に付いている、特殊なパーツのほうなのよ」
メリーさん太「へ? 元々尾翼の無い、って……」
ちょい悪令嬢「実はそれこそが、今回の【座談会】の最大のテーマであり、後で詳しく説明しますけど、そもそも主翼が尾翼そのままに、上下左右の方向舵として完璧に役割をこなしても、安全な飛行を実現することは、原則的に不可能なのです」
メリーさん太「……主翼が尾翼を完全に肩代わりできるのに、どうしてよ?」
ちょい悪令嬢「そもそも飛行機と言うものは、尾翼が無いと、上下左右に進行方向を変える以前に、まっすぐに飛ぶことができないのですよ」
メリーさん太「まっすぐに飛べないって…………いやいや、尾翼ってのは、方向舵の付いている垂直尾翼と、昇降舵の付いている水平尾翼とで、飛行機の上下左右の方向転換を司るもので、飛行機がまっすぐ飛ぶかどうかは、また別の問題じゃないの?」
ちょい悪令嬢「これって、漫画マニアには結構有名な話なんですけど、かの須藤真○先生が、人魚キャラには必ず『背びれ』を付けるという、他では見られない独特な手法を採られているのは、なぜだと思われます?」
メリーさん太「それって確か、生物学的に非常に正しくて、実は水中の魚って、背びれが無ければまっすぐに泳ぐことができず、回転し続けるばかりなのだ──とか何とか…………ああっ、そういうことか!」
ちょい悪令嬢「そうなのですよ、水平尾翼と垂直尾翼は、何も方向変換のためだけに設けられているのでは無く、実は
メリーさん太「ええっ、尾翼が『抵抗物』ですって⁉ つまり尾翼をつけなければ、飛行機は安定して飛行できないけど、その分最高速度や航続距離が、低下してしまうってことなの?」
ちょい悪令嬢「ええ、そうですよ? たとえ少々速度や航続距離が落ちようが、飛行機としてはまっすぐ飛ぶことのほうこそが、よほど大切なのですよ」
メリーさん太「……だったら、もしも尾翼の無い飛行機を開発したら、より早くより遠くへ飛べるというわけ?」
ちょい悪令嬢「何馬鹿なことを言っているのよ! それこそがまさしく、尾翼を失った123便そのものであり、その行き着く先は、凄惨なる結末だけでしょうが⁉」
メリーさん太「うぐっ、そ、そうでした! 大変失礼をば、いたしました!」
ちょい悪令嬢「──と言いたいところですけど、馬鹿なことを考える輩は、どこにでもいるようで、本当にそれを実現した人々がかつていたし、今もなおい続けているのですよ」
メリーさん太「はあ?」
ちょい悪令嬢「全翼機よ、全翼機! あのステルス爆撃機等で有名な、『エイ』のような形をしているやつよ!」
メリーさん太「──おおっ、確かにあれって、尾翼が無かったっけ⁉」
ちょい悪令嬢「先ほども申したように、主翼に『昇降フラップ』だけでは無く、左右の方向舵を代替できる『ドラッグ・ラダー』を付加すれば、理論上は尾翼の役割を代替できるので、何と第二次世界大戦中のドイツとアメリカにおいてすでに、尾翼のまったく無い『全翼機』の開発が進められていたのです」
メリーさん太「ドイツのジェット戦闘機の『Ho229』に、アメリカの超長距離爆撃機の『ノースロップYBー49』ね。ここら辺のやつって一応飛行試験には成功したものの、量産化は見送られたんだっけ?」
ちょい悪令嬢「ドイツは開発者のホルテン兄弟はもちろん、空軍当局も乗り気だったものの、実際に量産に当たったゴータ社の社長さんが実用化に否定的だったの。それと言うのも、確かに上下左右の方向転換に関しては、フラップやドラッグ・ラダーを最大限に駆使すれば、尾翼の働きをほぼ代替できたのですけど、先程から何度も言っているように、『飛行物体の抵抗物としての尾翼の役割』──すなわち、何よりも大切な『まっすぐ飛ぶこと』自体が困難を極めたのですよ。尾翼が有っても常に姿勢制御に気を遣わなければならないというのに、その肝心の尾翼が無いものだから、飛行中常にふらふらとしていて、すぐにでも墜落一直線の操縦不能になりかねず、必死にフラップやドラッグ・ラダーの操作をし続けていて、まったく生きた心地がしなかったでしょうね」
メリーさん太「……あまりにも不謹慎すぎる例えだけど、最初から尾翼部分が欠損している、ジャンボ旅客機に乗っているようなものか。確かにパイロットとしては、堪ったものじゃないよな」
ちょい悪令嬢「それでも試験飛行については何とかクリアして、初期的なジェット機としては信じられないくらいの、高速度と航続性を示したのですが、独米両機共試験中にパイロットを失うといった深刻な事故を起こしてしまって、全翼機そのものが事実上お蔵入りになったのです」
メリーさん太「ああ、アメリカにおいては、まさにその殉職したパイロットのお名前にちなんで、試験飛行場の名称を『エドワード空軍基地』に改めることになったという、かの有名なるエピソードのことか…………いや、ちょっと待ってよ? 全翼機というものが、そのように根本的に『欠陥機』でしか無いとしたら、アメリカの誇るステルス戦略爆撃機である『B2』は、どうやって開発成功に導いたのよ⁉」
ちょい悪令嬢「それはもちろん、時代が全翼機に追いついたからですわ!」
メリーさん太「……時代が追いついた、って?」
ちょい悪令嬢「『ドラッグ・ラダー』が全翼機を適切に飛ばすための
メリーさん太「ソフト的な
ちょい悪令嬢「──その通り! まさしく飛行姿勢制御コンピュータの代表格である、いわゆる『フライ・バイ・ワイヤ』の登場によって、全翼機等の尾翼の無い飛行機が安定して飛行できる、かつて無き『ステルス軍用機時代』が到来したのですわ!」
(※以下後編に続く)
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