第378話、わたくし、ソビエト空軍の偉大なるSS大佐ですの。(その9)

「──すべては、Tuー95の、『真の姿』を取り戻すために!」




 そのように高らかに宣言するとともに、長々と続いた一人語りを終える、『あちらの世界』の旧ドイツ第三帝国きってのジェットエンジン技師、フェルディナント=ブランドナーの、の少女。




 ……その『独演会ワンウーマンショウ』にほとほとうんざりしながらも、彼女同様高度一万メートル以上の超上空において、生身で浮遊しているという異常なる状況で、私こと、魔導大陸特設空軍ジェット戦闘機部隊『ワルキューレ』のパイロットにして、聖レーン転生教団直営『魔法令嬢育成学園』初等部在籍のないとうは、若干ためらいがちに問いかけた。


「何よその、Tuー95の真の姿、って?」


 そのように恐る恐る発した声音に、ゆっくりと振り返る、『悪役令嬢』の転生者。


 ──ひえっ、目が完全にイッちゃっているよ、こいつ⁉




「何を言っているのです? 私が──というか、ソビエト赤軍が、Tuー95を開発した目的は、すでに述べたではありませんか。そう、『戦略哨戒』ですよ」




 ──っ。


「……戦略哨戒、つまりは、『核パトロール』のことね?」


『あちらの世界』の冷戦初期において、米ソの両超大国は、相手の先制的核攻撃を極度に恐れて、敵の本土深くまで大量の核爆弾を搭載しながら到達できる、超長距離大型戦略爆撃機の開発にしのぎを削り、相手国の制空権圏内をも含む広範な空域を常時巡航させる、いわゆる『戦略哨戒』行動を盛んに行っていたのだ。




 そしてそのために開発された最新鋭機体が、ソビエトの超高速ターボプロップ機である、Tuー95『ベア』であり、アメリカの史上初の本格的ターボファンジェット機である、Bー52『ストラトフォートレス』なのである。




「そうです、まさに『恐怖の代名詞』、本来ならTuー95は、第三帝国の悲願の爆撃目標であったアメリカの民衆が、最も怯えおののく軍用機になるはずだったの!」


 そのように誇らしく宣う、辣腕エンジン技師の転生者であったが、


 たちまち力無くうつむき、一気にトーンダウンする。


「……だけど、もはや誰もが知っているように、遠く離れた別の大陸の敵国を核攻撃する手段としては、これまた第三帝国の秘密兵器『Vー2号』を起源とする、『大陸間弾道弾ICBM』が本格的に導入されてからは、わざわざ敵の勢力圏に乗り込んであえなく撃墜されて、乗員を犠牲にしたり、貴重な大型爆撃機や核兵器を無駄にしたりといった、多大なるリスクを負う必要が無くなり、戦略哨戒自体が早々に取りやめとなり、Tuー95も爆撃機としての本格的運用は放棄されて、以降は散発的な偵察機としての活用を、細々と行われるばかりだった」


 まるで魂の奥底から振り絞り出すかのような、怨嗟に満ちた声音。


 彼女がこの世界に生まれ変わって、魔法令嬢にとどまらず、悪役令嬢にまで堕ちてしまった理由の一端が、垣間見えたかに思われた。




「……今度こそ、今度こそ、夢が叶えられると思ったのに」




「かつての敵国であるソビエトへと強制連行されて、赤軍のために無理やり新技術の開発を強いられながらも、秘め続けてきた、旧ドイツ第三帝国親衛隊SS大佐としての、『悲願』!」




「それはまさしく、自らの手で造り上げた、『科学大国』ドイツならではの最先端技術の超長距離爆撃機による、アメリカを始めとする旧連合軍国家の国土を核攻撃して、かつて彼らによるドイツ本土無差別爆撃によって為す術も無く虐殺された、無数の同胞たちのかたきを討つことだったのに!」




「──でも結局、同じことの繰り返しでしかなかった」




「せっかく生み出した超高性能兵器は、かつてのドイツの時代を超越した各種ジェット機同様に、ほとんどその実力を発揮できぬままに、潰えてしまった」




「そして私自身も、ジェットエンジン技術者として、数々の栄誉を手に入れながらも、『真の目的』を果たすこと無く、己の運命を呪いながら、身罷ってしまった」




「──だから、もう二度とは、間違わない!」







「私は今度こそ、この生まれ変わった新たなる世界において、己の『本懐』を──すなわち、核兵器によるを、この手で成し遂げてみせる!」







 ……………………………………は?


 何か、『これまで秘めてきた、自分の真の想い』を激白するのにかこつけて、いきなり飛び出してきたあまりに不穏な言葉に、私は思わず耳を疑った。


「……世界の破滅って、何? 突然何を言い出しているの、あなた⁉」


「私、常々思っていたのよねえ」


「へ?」




「『あちらの世界』のWeb小説とかで、よく異世界へと現代兵器を持ち込むことでイキっている主人公を見かけるけど、だったら21世紀においても最大の威力を誇る核兵器を使うほうが、よほど無双できるんじゃないのかって」




 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!


「確かにそれはそうだけど、それを言っちゃ、おしまいでしょうが⁉ いくら『現代兵器無双』作品だからって、いかにも反則臭いし、それに何よりも、倫理的に問題があるでしょうが⁉」


「おやおや、そもそも現代兵器を持ち込むこと自体が反則なんだし、その他の転生者ならではの異能の力や超科学的技術や知識も、『反則チートスキル』だからこそ、無敵を誇っているんでしょう?」


「──うっ」


「それに倫理面についても、例えば、魔王やその配下の魔族や魔物たちの支配領域を一気に殲滅して、人類側の生存圏に平和をもたらすことを目的にするんだったら、さほど問題にならないんじゃないの?」


「──ううっ」


「それなのに、現代兵器大好きの『ミリオタ』タイプの転生者たちが、誰一人として核兵器を使わないなんて、あまりにも不自然じゃない。──だから、この私が代わりに、使ってあげようってわけなのよ」


「──いや、ちょっと待って、使うってことはまさか、この世界の中で核爆発を起こさせるつもりなの⁉」




「ええ、なぜか私が今まで在籍していた、『紅いシロクマ』連邦には、核兵器がごまんと秘匿されていたから、それを有効に利用させていただこうと思ってね」




「どうして一応は剣と魔法のファンタジーワールドであるこの世界に、核兵器なんかが存在しているのよ⁉」


「……あなた自身のご自慢の乗機であるHe162みたいに、普通にジェット機が存在しているんだから、核兵器が存在していても、別におかしくはないんじゃないの?」


「──うぐっ」


「おそらくは、この『私』が以前所属していた、『ナ○スは嫌いなのです』第三帝国において、極秘に開発されていたやつを、例によって連邦がパクったってところじゃないの?」


 ──結局シロクマ連邦(略して『シ連』)も、『あちらの世界』のソ連同様に、『パクレン』だったのかよ⁉


「いやでも、もちろん『核兵器対策』なんかほとんどされていないであろうこの世界で、いきなり核爆弾を多数炸裂させたんじゃ、下手すると生命が絶滅してしまうかも知れないじゃないの⁉」


「ああ、その点は大丈夫よ。──何せそのための、『今回の作戦』なんだから」


「え……………………………って、ま、まさか⁉」




 まさしく私の胸中に浮かんだ疑念を裏付けるようにして、何かに取り憑かれたかのような狂気の目を向けてくる、少女の姿をした元第三帝国親衛隊SS大佐。





「──そう、この魔法令嬢たちを核にして、新たに生み出される大烏型のバイオ軍用機こそが、現在の生物がすべて滅び去った後の、新たなる世界のあるじとなり、私の悲願である、『軍用機による軍用機のためだけの軍用機の世界』を実現するの!」

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