第349話、わたくし、軍艦擬人化美少女の、真の恐ろしさを痛感いたしましたの。(その12)
「──負の魔導力が、この港湾地区一帯から、急速に消失していきます!」
「──『
「──その代わりに、正の魔導力が、辺り一帯を包み込むように、拡散中!」
矢継ぎ早に、現在の状況の急激な変化について報告してくる、観測班のクルーたち。
しかし、この魔道大陸特設海軍臨時連合艦隊旗艦たる、ビスマルクの副長である私を始めとする、全乗組員たちは、そのような重大なる情報すらも、耳には入らなかった。
──何せ、たった今、人類の敵たる『悪役令嬢』と化してしまった、自分たちの司令官であったカーラ=デーニッツ提督が、突如現れた黒衣の魔法令嬢によって、あっさりと倒されて、海中へと沈んでいったのを、目の当たりにしたばかりなのだから。
「……魔法令嬢、ブラック=ホーリー=プリンセスだと? 聖レーン転生教団が直接、魔法令嬢育成学園に送り込んできたとか言う、噂の『最後の生徒』か⁉」
『──はい、そうですわ。さすがは特設海軍旗艦ビスマルクの副長殿、よくご存じで♡』
外部音声モニター用のスピーカーを通して、そう言うや、ここで初めて微笑みを浮かべた彼女は、歳相応に愛らしく見えた。
処女雪のような純白の長い髪の毛に縁取られた、端整な小顔の中で鈍く煌めいている、鮮血のごとき深紅の瞳。
……なぜだ。
その容姿は、一見可憐そのものであったが、その一方で、私をとてつもなく困惑させた。
──なぜこの魔法令嬢は、顔の作りから、髪や瞳の色に至るまで、人にはあらざる
「……君が、まさに我々の危急の際に、ここに来たのは、教団の指示なのか?」
『はい、聖レーン転生教団からの、
──何と、教団が、我々国防軍を通さずに、魔法令嬢を直接動かしただと?
どうして、軍の勢力しか展開していないこの場の状況を、教団が正確に把握して、このように迅速な対応をとることができたのだ?
……まさか教団は、今回の件が起こるのを、事前に知り得ていたんじゃないだろうな?
『──あら、どうなさいました、急に黙り込まれたりして?』
まるでこちらの疑念を見透かしたようなタイミングで声をかけてくる、上空の魔法令嬢。
一瞬虚を突かれたものの、続いての言葉は、更にこちらを驚愕させた。
『──ああ、提督閣下なら、ご心配には及びませんわよ? あくまでも悪役令嬢化をお止めするために、負の魔導力の放出を断ち切っただけで、お命まではいただいておりませんので』
……何、だと?
「──観測班、ホログラム映像のカメラを、提督が落下した海面付近に合わせろ!」
「は、はいっ!」
すぐさま映し出される、真夜中の戦場の波間。
一見、真っ暗闇で何も見当たらないかに思われたが、船外の高感度カメラが、何か真っ白で大きな物が、不意に浮上してくるのを捉えた。
「……シロクマ?」
そうそれは、先程までこの海域を埋め尽くすように跋扈していた、戦車に変身できる二足歩行の怪物などでは無く、ごく普通の姿をした、一頭のホッキョクグマであった。
「──副長、あれを!」
ホログラム映像を覗き込んでいたクルーの内の一人が指し示した、四足歩行の大型獣の背中の上には、小柄な女性の肢体が横たわっていることが確認できた。
「……提督?」
彼女がまとっているのは先程までの、ピンクやダークレッドのバトルコスチュームでは無く、ごくありきたりな女性将官用の軍服であり、つまりは悪役令嬢でも魔法令嬢でも無く、間違いなく我らがビスマルクの艦長の、カーラ=デーニッツ提督その人であった。
『──だから言ったでしょ? 私はあくまでも、提督さんが悪役令嬢化したために拡散していた、負の魔導力の汚染を食い止めることを、教団から最優先事項として命じられたわけであり、その結果、提督さんはご存命のままで魔導力を失い失神なされてしまい、船幽霊だった使い魔たちも本来の普通のシロクマ一頭へと戻った次第でございます』
「提督の魔導力を奪っただけでは無く、彼女の使い魔もすべて無力化しただと? 確かに先ほどの状況を沈静化するためには、そのような荒療治も必要だったかも知れんが、敵の量産型
『ああ、その辺についても、ご心配には及びません。──こちら、「ブラック=ホーリー=プリンセス」、集合的無意識との、緊急アクセスを申請する』
『──こちら、聖レーン転生教団第666実験室所属、集合的無意識管理用量子コンピュータ、貴君に対して、全アクセス権を、無条件に許可する』
「「「なっ⁉」」」
一斉に、驚愕の声を上げる、ビスマルクのクルー一同。
それも、道理であった。
何と、魔法令嬢のいきなりの問いかけに答えたのは、当艦のメインコンピュータの、音声ガイド用の機械音声だったのだ。
……確かに、我が魔導大陸特設国防軍自体が、聖レーン転生教団の支配下にあるようなものだが、
──これではまるで、これまでのすべてが、教団の『
そのように、あまりにもおぞましく、不吉な予感が、私の脳裏に走った。
しかし、驚くのは、まだこれからだったのだ。
『──「旧日本海軍駆逐艦、
おもむろに、海面へと向かって声をかける、空中の少女。
すると、広範囲に渡ってにわかに泡だったかと思えば、もはやお馴染みの──すなわち、『彼女自身にそっくり』な、量産型
……な、何で、
『──全艦、集合的無意識との、
その瞬間、信じられないことが、ホログラム映像の中で繰り広げられた。
「──うわっ⁉」
「げえっ!」
「な、何だ⁉」
何と、量産型
「……駆逐艦擬人化美少女どころか、
──いや、問題は、そこでは無い!
「おいっ、何で量産型
『──そりゃあ、当然でしょう。そもそも彼女たちを形成している
「な、何だと? そもそも不定型な存在に、形を与えていたのが、集合的無意識からもたらされた、形を模倣する対象の
『そうです、すべては聖レーン転生教団による、実験だったのです。──これまでまったく、おかしいとは思わなかったのですか? 教団の名称と、その討伐対象である人魚姫たちの名称とが、同じ「セイレーン」であったことを』
「……え、今更そこを、突っ込むわけ⁉」
『今更も何も、「量産型セイレーン」などと言っているのも、別にどこぞのゲームやアニメの猿真似でも何でも無いのですよ? むしろ「量産型」が存在するのなら、「
「──っ」
まさか、まさか、
「……それって」
『ええ、量産型人魚姫に対して、「形態解除」などという、存在そのものを左右する命令を与えることのできる、この私こそ、「本物の人魚姫」であり、「大戦艦のコアブロック」なのです!』
──‼
「本物の、人魚姫? それに、大戦艦の、コアブロックって……」
『まあ、そこで大人しく、見ておいでなさい。──この実験的世界の、
『──「
そんなビスマルクのメインコンピュータのアナウンスとともに、海面上の巨大な肉塊へと、ゆっくりと下降していく、自称『本物の人魚姫』。
そして、あたかも『生命のスープ』とでも一体化するかのように、自分自身も形態を失いながら、肉塊へと吸収されるや、
我々の目の前で、とても信じられない光景が、繰り広げられていった。
「「「──うおおおおおっ⁉」」」
先ほどの船幽霊の時とは比べものにならないほどの大きな揺れが、ビスマルクを始めとして、湾内のすべての艦艇を襲った。
そして、慌てふためく私たちを尻目に、ゆっくりと立ち上がっていく、一人の巨大な『純白の少女』。
一糸まとわぬ肢体どころか長い髪の毛までもが、白一色に染め上げられながらも、端整な
まさしく、教団の使徒たる最後の魔法令嬢や、量産型
「……これが、本物の、人魚姫?」
まさにその刹那、機械音声でありながらも、この上なく厳かに、『世界の破滅』を宣言する、メイン量子コンピュータ。
『──集合的無意識からの必要データ、インストール完了! 大日本帝国海軍
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