第340話、わたくし、軍艦擬人化美少女の、真の恐ろしさを痛感いたしましたの。(その3)

 ──未明深夜の魔導大陸沿岸部に広がる、結構大規模な市街地の上空、およそ3000メートル。


 満月の光に照らし出されながら低速飛行をしている、特設空軍極地偵察部隊『ブラウェク』所属の、最新鋭ジェット機Me262A−1a/U3。


 眼下の街並みは、すでにそのほとんどが瓦礫と化し、所々に重戦車を始めとする装甲車両の残骸も確認できて、大規模な戦闘が行われたことを物語っていたが、奇妙なことにも、これほどの派手な戦争行為において当然存在すべき、いまだ健在なる『勝利者』あるいは『敵軍』の姿が、まったく見受けられなかったのだ。




 その代わりに、どうにか視界に捉えることができたのは、何と『場違い』にもほどがある、周りの惨憺たる状況に一切興味を示すこと無く、一人粛々と歩き続けている、小さな全裸の幼女の姿であった。




「──こちらブラウェク2。目標ターゲットを、肉眼で確認! 市街地の高層ビル街の迷路のごとき裏通りを巧みに縫うようにして、海岸方面へと進行中! なお、鎮圧に当たった特設陸軍機甲師団の、『パンター』を始め、『ティーガーⅠ』から『ティーガーⅡ』に至るまで、すべてがすでに完全に沈黙!」


『──こちら管制、ブラウェク1。航空機による、爆撃あるいは機銃掃射は、可能と思われるか?』


「──駄目です、目標ターゲットが小さ過ぎます! 面爆撃は、市街地に被害が大きいし、低空ギリギリでのピンポイント爆撃では、むしろこちらが撃墜されかねません!」


『──ブラウェク1、了解! 目標ターゲットは全個体とも、このまま海へとおびき出し、特設海軍との協力のもと、面爆撃と艦砲射撃により、一気に殲滅する作戦に切り替える! ブラウェク2も、即時基地に帰投しろ!』


「全個体を──つまりは、量産型『人魚姫セイレーン』を、きゃつらの本拠地である、海に解き放つですって? そっちのほうが、むしろ危険なのでは⁉」


『──貴君の危惧するところは、理解できるが、もはやこちらもお手上げ状態なのだ。特設陸軍はすでに、全部隊を撤収済みだし、後は我ら空軍と海軍との全兵力をもって、飽和攻撃を仕掛けるしかないのだ!」


「……くっ。わかりました、ブラウェク2、これより帰投いたします!」




 ──そうして、天翔るジェット偵察機すらも、無力感に打ちひしがれながら撤退する中にあって、ただひたすら黙々と、海へと向かって、歩を進め続ける、数十名の幼女たちであった。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「……量産型『人魚姫セイレーン』たちの、構成要素──つまりは、物理量の最小単位である『量子』レベルで、すべての情報が、人間の少女から駆逐艦へと、書き換えられているですって⁉」




 長年の悪友にして、魔導大陸特設空軍次官でもあられる、エアハルト=ミルク元帥閣下が宣った、とんでもない『新事実』の内容に、一瞬大けがを負っていることすら忘れるほどの衝撃を受ける、私こと、聖レーン転生教団直営魔法令嬢育成学園初等部教師にして、魔導大陸特設防衛軍作戦部長である、ミサト=アカギ。




「あら、そんなに驚くことも無いじゃない? これも、『いつものこと』でしょうに」


「いつものこと、って……」


 更に意味深なことを言い出す目の前の巨乳元帥に対して、怪訝な表情で問い返す、腐れ縁の女教師わたし




「もちろん、集合的無意識とのアクセスによる、ほぼすべての『超常現象』の実現よ」




 ──結局、またそれかよ⁉




「いや、ちょっと待って? 集合的無意識というのはあくまでも、いろんな世界の存在の『記憶と知識』が集まってきていて、文字通り『記憶操作』的に、異世界転生やタイムトラベルや未来予測や読心等の、いわゆる『超常現象』を実現しているのであって、幼い女の子が軍艦そのもののポテンシャルを有することになるような、大改変なんて、適用範囲外じゃ無かったの⁉」


「うん? 改変するのはあくまでも『情報』なんだから、別に絶対に不可能というわけでは無いでしょう?」


「へ? 情報、って……」




「さっきも言ったじゃないの、『量産型人魚姫セイレーンたちの構成要素──つまりは、物理量の最小単位である「量子レベル」で、すべての情報が、人間の少女から駆逐艦へと、書き換えられている』って。すなわち、彼女たちの肉体を構成しているすべての量子の形態と位置の情報を、集合的無意識を介して改変することによって、人間の少女サイズの肉体に、駆逐艦そのものの攻撃力と防御力とを、実現しているわけよ」




「集合的無意識を介することで、女の子の肉体を構成する量子の形態と位置の情報を、すべて書き換えるですってえ⁉」


「そもそも『記憶や知識』は情報そのものなのだから、集合的無意識によって、別の世界の別の存在の『量子の情報』をインストールする形で、肉体を改変することだって、けして不可能とは言えないでしょう?」


「また、すごい屁理屈だなあ? あのアホ作者ときたら、これまで散々、『物理的改変は、絶対に不可能だ』とか何とか、言い続けてきたくせに、今になって集合的無意識を『免罪符』にして、むちゃくちゃなことを言い出すんじゃないよ! 百万歩ほど譲って、仮に論理的に正しかったとしても、あんな小さな女の子が、軍艦そのものの力を持てるように、改変できたりするものですか!」


「……うわあ、こいつったらまたしても、『軍艦擬人化美少女ゲーム』を、全否定しやがったよ」


「やかましい! それはあくまでも、創作物フィクションの中だけの話だろうが⁉」


「『作者』とか言い出しておいて、完全に『おまゆう』状態なんだけど、確かにこの【魔法令嬢編】においては、現代日本同等の『物理法則』が適用されることが原則となっていたっけ。──でもあなた、肝心な点を忘れてはいないかしら?」


「え?」




「彼女たち量産型人魚姫セイレーンが、そもそも何にでも変幻自在な、不定形暗黒生物である、『ショゴス』によって形成されていることよ」




 ──‼


「『何にでも』と言うことは、言い換えれば『何でもアリ』なんだから、オリハルコンやミスリル銀等の、現代日本にはあり得ない、ファンタジー物質にもなれるわけで、人間の幼い女の子程度の大きさでありながら、旧日本軍の駆逐艦相当の攻撃力や防御力を有することだって、十分可能なのよ」


「い、いや、いくらショゴスだからって、物理法則の支配下においては、自ずと制限が加えられることになるはずで、人間の女の子がそう易々と、軍艦になれたりはしないのでは?」


「……あきれた、あなた、今回の騒動が起こった切っ掛けが、何だったか忘れてしまったの?」


 ──っ。


 そ、そうだ、そうだった!




「……聖レーン転生教団による、現行のステージの、『第2フェーズ』への移行、か」




「──そうよ、実はすでにこの世界は、まさしく『異世界』の名にふさわしい、剣と魔法のファンタジーワールドそのものへと、変貌しつつあるの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る