第305話、わたくし、空母『加賀』の発見を言祝ぎますの。(後編)

 ──新大陸きっての大富豪、ポッチ氏のチームによって、奇跡的にサルベージに成功した、失われた先史文明の遺物、巨大空中母艦『KAGA』であったが、その飛行甲板と思われる広大なる船体上部は、今やすっかり、勢いよく立ち上る紅蓮の炎や沸き立つ黒煙に包み込まれていた。




 おそらくは、当艦上空を旋回している、数十機ものレシプロ戦闘機の仕業かと思われたが、それにしては、不可解な点が多過ぎたのである。




「──ポッチさん、あれが『あちらの世界』では歴史的傑作機と讃えられている、『零戦ゼロファイター』というのは本当ですか⁉」


「でもあれって、基本的には、戦闘機なんでしょう? たとえ爆撃や雷撃をしようとしても、爆弾や魚雷を積んでいないと無理なんじゃないですか⁉ それなのに、どうやってこの艦船ふねに、損傷を与えることができているのです?」


 ──もっともな、ご意見であった。


 確かに零戦は爆撃や雷撃にも使用できるが、空母クラスの軍艦に打撃を与え得る大型爆弾や魚雷を機内に収容するスペースなぞは無く、原則的に胴体下部に吊り下げているはずなのだが、上空の数十もの機影のどれもが、爆弾や魚雷を機体下部に装着しているようには見えなかった。


 そんな部下たちビル&ジョブスの当然なる疑問に対して、的確な答えを寄越したのは、彼らの上司であり今回のサルベージの総責任者である、スキンヘッドに片眼帯アイパッチという、六十絡みの強面こわもての長身の男性、ポッチ氏であった。




「爆弾? 魚雷? そんなもの必要あるか。何せなのだからな」




「……へ? 零戦ゼロファイターが、爆弾って」


「お、おい、なんか様子が、おかしいぞ⁉」


 上司の謎めく言葉に戸惑うばかりのビルであったが、同僚のジョブスのほうは、どうやらいち早く、上空の異変に気づいたようであった。


 大きく旋回をし続けていた数十機の零戦であったが、ふいにそのうちの一機が、機首を下げたかと思えば──


「ちょっ、こっちに突っ込んでくる気か⁉」


「ま、まさか、ホンマもんの、『カミカゼアタック』かよ⁉」


 突然猛然とスピードを上げて、一直線に空中母艦へと迫り来る、狂気の自爆機。


 再び響き渡る轟音と、軍艦全体を揺るがす激しい振動。


「「うわあああっ⁉」」


 悲鳴を上げながら、無様に倒れ込む部下たちに対して、一人相変わらず仁王立ちをし続ける、見るからに頑強壮健なる大男のポッチ氏。


「……自爆するのに、わずかの躊躇も無いとは。やはり乗っているのは、『量産型』か」


 いかにも思わずといった感じで、唇をついて出てくる、謎めいた台詞。


 だが、甲板上でそのようなやり取りをしている間にも、次々と降下体勢に入る、多数の零戦。


「うおっ、また来るぞ⁉」


「ひえええ、お助けー!」


 今度は五、六機が一度に殺到してきて、飛行甲板か船腹かを問わず、パイロットのほうも誰一人とてコクピットから脱出する素振りも見せずに、急降下してきてそのまま『体当たりカミカゼアタック』をぶちかました。


 たちまち辺り一面に立ちこめる、黒々とした爆煙。


「こ、こりゃ、駄目だあ!」


「ポッチさん、急いでサルベージ船のほうに、戻りましょう…………って、ポッチさん、何を⁉」


 機首に大量の爆薬を仕込んでいる特攻機は、目標の敵軍艦に頭から突っ込めば、ほぼ間違いなく自爆を成し遂げることができるはずだが、時には爆薬が不発に終わったり、機首ではなく胴体から敵艦や海上に不時着をすることにより、自爆を免れることもままあった。


 それというのも、まさに現在、その奇跡的な例外とも言える一機が、あるいは機体の操縦に失敗してしまったのか、当艦の飛行甲板上に胴体着陸するかのように滑り込んできて、自爆することなくそのまま着艦してしまっていたのだ。


 それを見て取るや、いまだ他の特攻機が自爆攻撃を繰り広げている中にあって、少しも物怖じすることなく駆けつける、資産家にして名うての冒険家でもある、ポッチ氏。


「ぽ、ポッチさん、危ないですよ⁉」


「うひぃっ、また来たあ!」


 更に零戦が急降下自爆攻撃をしかけて来て、部下の二人が完全に立ち往生しているのを尻目に、何とか不時着機にたどり着き、その機体をよじ登って、コクピット内部を覗き込む。




 そこで意識を失って横たわっていたのは、パイロットスーツを着用していること以外は、この空中母艦『KAGA』の管制室のカプセルベッド内に安置されていた、謎の少女とまったく瓜二つの、髪の毛を含む全身真っ白の十代半ばの華奢な肢体に、人形みたいに整ったかんばせをした少女であった。




「『量産型人魚姫セイレーン』、やはりそうか、そういうことだったのか……ッ」


 何かに気づき、独り言つ、『世界の真理』の探求者。


 ──まさに、その時であった。




「ポッチさん、危ない!」




 急接近する、時代錯誤のレシプロエンジンの爆音に、頭上を仰ぎ見れば、証拠隠滅でも図るかのようにして、不時着した同胞目掛けて、零戦が一機迫り来ていた。


「──っ」


 もはや回避する暇も無く、万事休すかと思った途端──


「なっ⁉」


 横合いから急速に小型の飛翔体がいくつか着弾したかと思えば、木っ端微塵に爆散する特攻機。


 不時着機の主翼等の陰に潜り込んで、爆風や落下してくる破片や火の粉等をやり過ごしながら、上空を見上げれば、零戦とは似ても似つかない、小型の独特な形をした飛行機が五機ほど、空対空ロケット弾や大口径機関砲を連射しながら、次々と特攻隊機を撃墜していたのである。


「……あれは、旧ドイツ第三帝国の、He162『ザラマンダー』──つまりは、魔導大陸の特設空軍ジェット機部隊の、お出ましってわけか?」


 全体の半数ほどのレシプロ機が海の藻屑と消えた時点で、残りの国籍不明機は陸地とは反対方向へと撤退して行き、残った小型ジェット機のほうは、『KAGA』の広大なる飛行甲板のうち、辛うじて被害を受けずに済んだ箇所を目指して着艦してきた。


 しかし、コクピットから降り立った五人の年端もいかない少女たちのうち、リーダー格と思われる、極東生まれらしき長い黒髪の娘が開口一番発した言葉は、とても聞き捨てならないものであったのだ。



「──高名なる冒険家の、ポッチ大佐殿ですね? 私どもは聖レーン転生教団直轄の、特設空軍ジェット機部隊『ワルキューレ』の者です。当空中母艦『KAGA』に関しては、このまま我らが接収し、教団の管理下に置かせていただきますので、ご了承ください」




「………………………………は?」


 部下の前だというのに、滅多に見せない、間抜け顔を晒す、ポッチ氏。


 それも、無理は無かろう。


 これまで、人生のすべてをつぎ込んできて、ようやく見つけ出した、先史文明の秘密を解き明かす鍵かと思われる、今世紀最大級の大発見である『KAGA』を、目の前の小学生ほどの年頃の女の子が、一方的に取り上げようとしているのだから。


 いくら何でも、これには我慢ならず、ついカッとなって、怒鳴りつけようとしたところ、




「──ちょっと、ヨウコちゃん、そんな言い方は、相手に悪いよ。この船を見つけ出して引き上げてくれたのは、この人たちなんだからさ」




 目の前の少女の後ろから、ひょいと姿を現した小柄な娘を一目見た瞬間、喉元から出かかっていた言葉すらも、綺麗さっぱり忘れ果ててしまったのであった。


 あたかも月の雫のごとき銀白色の髪の毛に縁取られた、天使や妖精あたりを彷彿とさせる整った小顔の中で煌めいている、満月そのままの黄金きん色の瞳。




 それは古い言い伝えの中において、この空中母艦『KAGA』の化身と目されている、九尾の狐『タマモ=クミホ=メツボシ』の、少女形態ガールズモードの姿、そのものであったのだ。




「……くく、くくく、そうか、やはりそうだったのか! ふふ、ふははは、ふはははははは! まさかすべてが、私が考えていた通りだったとはな!」




 まるで気が狂ったかのようにして、高らかに笑声を上げ始める、この場において最も良識人であるはずの人物。


「あ、あの、ポッチ殿?」


 さすがに不安げな表情で声をかける、普段は毅然とした態度でお馴染みの、ワルキューレ隊のリーダー嬢。


「ああ、大丈夫、何も問題は無い。この『KAGA』についても、このまま君たちにお渡ししよう」


「え、まことですか⁉」




「うむ、もう私が知りたかったことは、すべて知ることができたからね。……しかし、君たちも大変だね。こんな太古の昔から、同じような『戦争イベント』が繰り返されているという、神様気取りの誰かさんの手によって作為的にでっち上げられた、ゲームだか実験場だか知れたものではない『つくられた世界』の中で、これからも『人形劇』を演じ続けなければならないのだからね」




「「「「は?」」」」


 突然の意味不明の長台詞に、思わず目が点になってしまう、ワルキューレ隊員の計名。


 そう、『彼女』を、除いて。




「……申し訳ありませんけど、余計なことを言うのは、慎んでもらえますか? 常日頃から、ご発言には十分に注意していただかないと、すでに教団のほうでは、あなた様のことをマークしているようですよ?」




 そのように、更に意味深なことを、いかにも不快そうな表情を隠そうともせずに告げてきたのは、ワルキューレ隊四号機パイロットの、メア=ナイトウ嬢であった。


「おお、すまんすまん、『運営側の観察者』の方もおられたのか。──心配ご無用、私のほうはこれからも、『先史文明の秘密に取り憑かれた冒険家』の役割を、ちゃんとこなしていくつもりですので、皆様の『シナリオ』の邪魔などいたしませんよ。──では、これにて、失礼」


 そんな、何だか慇懃無礼で皮肉めいた台詞だけを残して、あっさりと踵を返して立ち去っていくポッチ氏。


「……あれ、ちょっと、あの子⁉」


 すると突然、He162の中の一機から飛び出してきて、ポッチ氏へと走り寄りその手を取って、寄り添うように共に歩き始める、ジェット機の妖精的存在『ザラマンダー幼女団』の一人で、『らな』と呼ばれている個体。




「おや、お嬢ちゃん、お見送りしてくれるのかい? ありがとうね」




 そのように、いつもの『強面現場監督ポッチさん』のイメージは完全に鳴りを潜めてしまい、まるで本物の『祖父と孫娘』であるかのようにして、仲睦まじく歩き去って行く二人であった。













ビル&ジョブス「「──何だ結局、『パ○オ』ネタかよ⁉」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る