第304話、わたくし、空母『加賀』の発見を言祝ぎますの。(前編)

「──じゃあ、後を頼むぞ、ビルにジョブス」




「「アイアイサー、ポッチさん!」」




 全身を覆う鋼鉄製の潜水服を装着した大男が、サルベージ船から伸びている鉄鎖状の命綱を握りながら、海中へとゆっくりと降下していく。


 そんな彼に、手こぎ式の酸素抽送ポンプを必死こいてこぎながら、会話を始める、二人の部下ビル&ジョブス


「……なあ、ビル」


「何だよ、ジョブス?」


「ポッチさんが海底に降り立つ頃合いを見計らって、このポンプをこぐのをやめたら、どうなるかなあ?」


「ば、ばっかやろう! 確かにポッチさんは俺たちに部下に厳しく、ちょっとしたことですぐ怒鳴りつけたり殴ったりするが、そんなことをして、もしも失敗してみろ、俺たち二人共、ぶち殺されるぞ⁉」


「そうだよなあ、何せあの人、ほんとは世界最大のコンピュータOS会社の創設者の一人で、新大陸有数の大金持ちのくせに、趣味で大枚はたいて世界中の海で、大昔の軍艦のサルベージを自らやっているほどだから、その体力や腕力ときたら、人並み以上にありやがるからなあ」


「年齢はとっくに60は過ぎていると言うのに、酔狂なこったぜ」


「しかも、先史時代の旧支配者の、幻の軍艦を探しているなんて、どう考えても中二病の類いだしなあ」


「ほんと、金と暇を持て余している、金持ちの道楽とやらは、始末に負えないよ」


「あはは、違いない」


「「あはははは‼」」


 そのように二人して、高らかに笑声を上げた、まさにその時。




「……酔狂で、悪かったな?」




「──なっ、ポッチさん⁉」


「もう、戻られたんですか⁉」


 噂をすれば何とやら、声のほうへと振り向けば、片目を眼帯で隠したスキンヘッドの強面が、海面から顔を覗かせていた。


「ああ、どうやら金持ちの道楽も、無駄では無かったようだ」


 そんな、当てこすりみたいなことを言いながら、部下たちのほうに小さなコインのようなものを放り投げる、ポッチ氏。


 それをへっぴり腰で受け取るビルと、興味深げに覗き込むジョブス。


「な、何ですこれ、沈没船の中にあったんですか?」


「それにしては、妙に綺麗だなあ、金貨か何かかな?」




「──オリハルコンだよ、それもかなりの、年代物のな」




「「はあ⁉」」


 上司の言葉を耳にするや、呆気にとられる二人。


「そんな馬鹿な、オリハルコンなんて言う、超上級の貴金属をコインとして使用している国家なんて、世界中探しても見つかりませんよ⁉」


「そうそう、そんな常識外れなことをしていたのは、伝説上の『先史文明』だけ………………って、おいおい、ちょっと待て、このコインに刻み込まれているモチーフって、『九尾の狐』じゃないのか⁉」


「ええっ、それって、まさか⁉」


 更なる驚愕に、今度こそ完全に言葉を失う部下に対して、その大富豪にして冒険家の男は宣った。




「──そうだ、私はついに見つけたのだよ、かつて失われた海底都市国家『ルルイエ』の誇る、巨大空中母艦『KAGA』をね」




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「……どうやら、『撒き餌』に、引っかかったようだ」




「これで舞台装置は、ほぼすべて整ったな」




「後は、魔法令嬢の覚醒を、待つのみか……」




「──諸君、我ら聖レーン転生教団の、悲願達成の日は近いぞ」




「左様、人類がこれまでずっと恋い焦がれてきた、『不老不死』という名のな」




「「「すべては、『なろうの女神』の、お心のままに!!!」」」




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「「──はあ? な、何ですか、これって、ポッチさん⁉」」




 サルベージ作業も山場を越えて、その巨大な全体像を海面上に現した、旧文明の遺物たる空中母艦『KAGA』艦内の、中央管制部コントロールルームと思われる一角へとたどり着いた、最高責任者のポッチ氏と、ビルとジョブスとの二人の部下は、あまりに予想外な物を目の当たりにして、我が目を疑った。




 外観上は、一応現在の『空母』と似ていなくてもないが、内部のほうは軍艦どころか、もはや『人工物』とも言えない有り様で、むしろ巨大な生物の体内だと言われたほうが、納得できるほどであった。


 極めつけは、この、普通の船なら『操舵室』あるいは『船長室』に当たると思われる部署スペースであったが、操舵輪はおろか、機械的な装置や計器類等の、船の操縦に必要と思われるものは、一切見受けられなかったのだ。


 そして、この広大なる室内の中央に、ぽつんと鎮座していたのは──




「……コールドスリープ用の、カプセルベッド?」




 そう、一見して『それ』は、現代日本人の感覚からすれば、SF映画あたりに登場してきそうな、卵形をして上部をガラス状の上蓋で覆われている、カプセルタイプのベッドだったのである。


「──とはいえ、『彼女』のほうはとても、冷凍保存されているわけでは無さそうだな」


「あっ、ポッチさん⁉」


 何ら躊躇すること無く、上蓋をこじ開けて、カプセルベッドの中に横たわっていた、髪の毛も一糸まとわぬ素肌も、すべて純白に染め上げられた、、十代後半の少女の手を取る、ポッチ氏。


「……ふむ、やはり脈は無いか? 瞳孔のほうは──」


 続いて、まぶたをそっと押し上げてみると、


「げっ、何です、そりゃあ?」


「まるで鮮血みたいに、真っ赤じゃないですか?」




「……人魚姫セイレーン、か」




「へ?」


「ポッチさん、何かおっしゃいましたか?」


 ──まさに、その刹那であった。


「うわっ⁉」


「ひいっ!」


 巨大な空中母艦全体を揺るがすかのような、激しい振動と轟音。


「……まさか、空爆か⁉」


 そうつぶやくや否や、踵を返して駆け出す、最高責任者。


「あっ」


「ポッチさん、待って⁉」


 三人して、飛行甲板へと上がってみれば、


「何だ、戦闘爆撃機か?」


「それにしては、やけに古くさい、レシプロ機だな?」


 空を埋め尽くすように乱舞している、国籍不明機。


 それを目の当たりにした途端、常に冷静沈着なポッチ氏の表情が、驚愕に彩られた。




「……皇紀二六〇〇年式、艦上戦闘機、『ジーク』」




 そうそれは、かつての大日本帝国海軍を代表する、格闘戦闘機の極み、人呼んで『零戦ゼロファイター』であったのだ。

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