第299話、【連載300回記念】わたくし、悪令(アクレイ)ーン・クロスオーバーですの!(前編)

『──こちらワルキューレ1、各機、状況を報告せよ!』




『──こちらワルキューレ2、残弾、あとわずか!』




「──こちらワルキューレ3、敵影、更に増加!』




『──こちらワルキューレ4、これでは、きりが無いわ!』




『──こちらワルキューレ5、当機、燃料、残少!』




『──こちらワルキューレ1、頼む、もう少しだけ頑張ってくれ! もうじき、先輩方のMe262が到着するはずだ!』




『「──らじゃあ!!!!」』




 自らを鼓舞するかのように、殊更元気な声でお互いに無線を飛ばし合う、わたくしこと『ワルキューレ3』のアルテミス=ツクヨミ=セレルーナを始めとする、魔導大陸特設空軍『ワルキューレ隊』の、五名のJS女子小学生パイロット。




 ──しかし、状況のほうは、最悪であった。




 大海原の上空を埋め尽くすように飛び交う、無数の異形の影。


 謎の敵性勢力による、突然の領空侵犯。


 毎度お馴染みの、自爆機による、明確な攻撃行為。




 ──ただし、それは何だか、いつもとは様子が異なっていた。




 一見したところ、小型のジェット全翼機を思わせる、シルエット。


 そう、あまりにも平べったい、海棲生物の『エイ』そのままに。




 ──つまりは、人間の乗れるスペースなぞ、無いかのように。




 これまでは、最低でも必ず一人は、『人魚姫』未満の魂の無い量産型の『人魚セイレーン』が、自動操縦装置オートパイロット代わりに乗せられていたはずである。


 だが、現在わたくしたちの目の前を飛び交っている、『エイ』型の飛行体は、とても人が搭乗している航空機──いや、そもそも人工物とは思えないほど、あたかも飛行体自体そのものが意思を持っているかのように、既存のジェット戦闘機では実現不可能と思われる、複雑な空中駆動を高速でやりこなし、こちらの銃撃を物の見事にかわし続けているのだ。


「……まさか『人魚セイレーン』て、『人型』だけでは無く、文字通りに『深海勢』だけあって、『海洋生物型』もいるわけなの?」


 一応こちらのHe162改も、燃費が抜群にいい『ラムジェットエンジン』搭載型だから、まだしばらく余裕があるけど、いくら機関砲を撃ってもほとんど当たらないのでは、手の施しようが無いじゃないの⁉


 そのように、わたくしたちが絶望の淵に立たされていた、まさにその時。




『──な、何や、あれは⁉』




 突然、無線受信用ヘッドフォンから聞こえてくる、『ワルキューレ2』こと、ユーちゃんの驚愕まじりの声。


『──どうした、ワルキューレ2、報告は明確にしろ!』


『──ど、ドラゴンや! ドラゴンが、魔導大陸のほうから、飛んできよるで!』


『──何だと⁉』


 思わず陸地のほうへと、一斉に回頭する、ワルキューレ隊。


 確かに、こちらへ急速に迫り来る、一匹の巨大な漆黒の怪物の姿が見えた。


『……全身真っ黒のドラゴンって、まさか、「龍王ナーガラージャ」⁉』


 いつもは冷静沈着な、みんなのリーダーの『ワルキューレ1』こと、ヨウコちゃんが漏らした、いかにも焦燥に駆られた声音。


 無理も、無かった。


 その身のすべてが暗闇そのものの漆黒に染め上げられた、この世で唯一のドラゴン──人呼んで『龍王ナーガラージャ』こそは、我が魔導大陸のすべての魔の領域を統べる、文字通りの『闇の一族の王』であったのだ。


 ……そんな馬鹿な、確かかのいにしえの英雄、『勇者王子』様に、討伐されたはずなのに。




『──ッ。いかん! ワルキューレ隊、全機、緊急散開!』




 わたくしが呆気にとられていると、唐突に耳元に響く、ヨーコちゃんの怒声。


 ──それとほぼ同時に、大きく開け放たれる、龍の王の巨大な顎門。


 まさか、ファイアー・ブレス⁉


 慌てて脊髄反射的に、四方八方に散開する、ワルキューレ隊のHe162。


 次の瞬間、その間隙を縫うようにしてほとばしる、盛大なる劫火の奔流。




 そして一瞬にして、火だるまとなり消し炭と化す、無数の『エイ型人魚セイレーン』。




「──なっ⁉」


 もはや敵影が一匹たりとて見えなくなった空中で、何が起こったか理解できず、混乱をきたしながら旋回し続ける、五機のHe162。


 そんなわたくしたちのすぐ前方へと、悠々と迫り来る、漆黒の巨体。


「──あ、あれは⁉」


 かなりの距離まで接近して、初めて気がついたのだが、ドラゴンの背中の上には、数名の男女が、この強風吹き荒ぶ上空においてまったく動じることなく、さも優雅にたたずんでいたのだ。


 ──集団の中央に陣取っている、一人の男性と、その背後と両サイドとを取り囲んでいる、三人ほどの女性。


 ただし、男性と言っても、丁度わたくしと同程度の十歳くらいの幼さであり、そんな彼をいろいろなお国柄の華美なる衣装で着飾った、十代後半から二十歳はたち絡みの美女たちが、あたかも臣下であるように密着して侍っている様は、かなり異様な状況と言えよう。


 ……というか、酸素ボンベ一つ付けずに、こんな高高度の上空に、あたかも王子様そのもののきらびやかな衣装をまとった、小学生程度の少年が、見目麗しき美女たちを引き連れて、ドラゴンに乗って現れること自体が、十分に異常なんだけどね。




『──みんな、油断するな! 海面を見ろ!』




 そんな錯綜するばかりの思考のなかで、またまた耳元で鳴り響いた、ヨウコちゃんの声に促されるようにして、眼下へと視線を向ければ、




「──ええっ、ちょっと待ってよ⁉」




 何と、あの『エイ型の人魚セイレーン』が、更に数え切れないほど、飛び出してきたのであった。




「……そんな、これまで散々『謎の敵』ムーブをかましてきておいて、ついに『深海勢力』であるという化けの皮を剥がすつもりなの⁉」




 ──つまりそれは、とうとう先方さんのほうも本気になって、これからはなりふり構わず全力で攻め込んでくることを、明確に宣言したも同様であったのだ。

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