第290話、わたくし、【ジェット機初飛行80周年】の今こそ、プロペラ機を再評価いたしますの。(その7)
フタバ物置「──ところで、ちょい悪令嬢さんは、現在における各国の軍隊の主力戦闘機や、民間航空会社における大型旅客機は、プロペラ機かジェット機かどちらかといえば、どっちだと思われます?」
ちょい悪令嬢「へ? 主力戦闘機や大型旅客機って、つまりそれって、マクダネル・ダグラス社のF15とか、ボーイング社の777とかのこと? そりゃあもちろん、ジェット機に決まっているじゃないの?」
フタバ物置「ブブーッ、残念でしたあ」
ちょい悪令嬢「なっ⁉」
フタバ物置「実は現在の航空機は、軍用機か民間機かを問わず、ほぼすべてが、れっきとしたプロペラを有するエンジン──いわゆる、『ターボファンジェットエンジン』を装備しているのですよ!」
ちょい悪令嬢「ちょ、ちょっと、待ちなさい!」
フタバ物置「あれ? どうかなされましたか、ちょい悪令嬢さん?」
ちょい悪令嬢「あなた今、むちゃくちゃ矛盾したことを言ったわよ⁉」
フタバ物置「……矛盾て、何がです?」
ちょい悪令嬢「言ったじゃないの、
フタバ物置「ええ、確かに。──でも実は、同様にターボファンジェットエンジンの『ファン』とは、まさしく『プロペラ』のことですから、別に矛盾はしていないのでは?」
ちょい悪令嬢「……えっ、そうなの? だったら、プロペラエンジンであることに、別に矛盾していないわね、おほほほほ──とでも言うと思ったか⁉ むしろ完全に矛盾しているじゃん! 何よ、『ファン(=プロペラ)』でも『ジェット』でもある、タービン(=ターボ)駆動型エンジンて⁉ 一体どっちなのよ!」
フタバ物置「それだったら普通、『プロペラ機』と呼んで構わないんじゃありません? ちょい悪令嬢さんだって、空港とかでジェットエンジンにプロペラが付いている飛行機を見たら、(純然たる)ジェット機ではなくて、プロペラ機として認識してしまうでしょう?」
ちょい悪令嬢「ジェットエンジンに、プロペラが付いているって…………ああっ、それってもしかして、『ターボプロップエンジン』のことでは⁉」
フタバ物置「──そうなのです、実はターボファンエンジンって、ターボプロップエンジンの発展型みたいなものなのです」
ちょい悪令嬢「ターボプロップエンジンの発展型って…………いや待って、ターボプロップエンジンて、70年近く前に旧ソビエトで開発された、
フタバ物置「そうです、Tu95なのですよ! Tu95こそが、ターボプロップエンジンの可能性を広げてくれたお陰で、『プロペラ付きのジェットエンジン』全般の、輝かしき未来を切り開くことができたのです!」
ちょい悪令嬢「プロペラ付きのジェットエンジン全般、って」
フタバ物置「もちろん何よりも、その代表選手こそが、ターボファンジェットエンジンなのです。ターボファンは、ターボプロップよりも更に、まさしくプロペラエンジンとジェットエンジンとの、『いいとこ取り』を実現することに成功したのですからね!」
ちょい悪令嬢「プロペラエンジンとジェットエンジンの、『いいとこ取り』ですって⁉」
フタバ物置「確かにジェットエンジンは、飛行機──特に、軍用機の在り方を変えた、革命的発明でしたが、それでも人類は、『プロペラ』という偉大なる先人の叡知を、捨て去ることなぞできなかったのです」
ちょい悪令嬢「ええっ、プロペラ機って、このジェット機黄金時代の21世紀においても、『叡知』と呼べるようなメリットがあるわけ⁉」
フタバ物置「何をおっしゃられるのですか、散々この座談会や本編において述べてきたではありませんか? それこそは純ジェット機では足元にも及ばない、長大なる『航続性能』ですよ!」
ちょい悪令嬢「あっ」
フタバ物置「
ちょい悪令嬢「うん、それだと、燃費は良くなるわ、空港の滑走路も短くて済むわで、軍用機か民間機かを問わず、むちゃくちゃ維持費が少なくて済むじゃん!」
フタバ物置「ただし、プロペラ機の宿命として、最高速度が時速800キロメートルあたりで頭打ちになるという、特に軍用機として使用するには、致命的な欠点がありますけどね」
ちょい悪令嬢「そうなんだよね、現在においても新規に開発されているターボプロップエンジンて、そのほとんどが
フタバ物置「それに対して、Tu95は、音速を余裕で超える大出力エンジンに、大口径かつ回転速度の遅い二重反転式のプロペラを付加することで、プロペラの先端が音速を超えることによる回転効率の低減を極力抑えることに成功し、音速とまでは行かぬまでも、時速900キロメートルという、ターボプロップ機としては破格の最高速度を実現できたのです!」
ちょい悪令嬢「……確かにそうだけど、何でそんな『高速型ターボプロップ機』が、これまでの歴史上、Tu95だけしかないわけ? こんなのすぐに、アメリカとかのライバル国が、真似しそうなものなのに……」
フタバ物置「もちろん、他国が真似できないほど、当時のソビエトのターボプロップ技術が抜きん出ていたということもありますが、実はアメリカやイギリス等の西側陣営は、他の手段を模索することにしたのですよ」
ちょい悪令嬢「……他の手段て」
フタバ物置「もちろんそれこそが、プロペラとジェットのいいとこ取りの、ターボファンジェットエンジンなのですよ。何せターボプロップでは、プロペラを使用している以上、音速を超えることはできませんからね」
ちょい悪令嬢「は? そんなに音速を超えたいのなら、普通のジェットエンジンを使えばいいじゃないの?」
フタバ物置「そうすると、またもや『航続性』の問題が浮上するわけですよ。当時は『
ちょい悪令嬢「つまりそれこそが、ターボファンジェット機というわけ?」
フタバ物置「そうです、Tu95の対抗馬としてアメリカで製造された、長距離大型戦略爆撃機のB52は、当初は普通のターボジェットエンジンを装備していたのですが、やはり航続性能に難があり、新開発のターボファンエンジンに差し替えられることになったのです」
ちょい悪令嬢「でも、ターボファンエンジンにも、プロペラが付いているのでしょう? だったら最高速度は、時速800〜900キロメートルあたりで頭打ちになるのでは?」
フタバ物置「いえ、ターボファンだったら、出力さえ上げていけば、音速突破は十分可能なのです」
ちょい悪令嬢「ええっ、プロペラ自体が音速を超えた途端、回転効率が大幅に下がってしまうから、飛行機本体が音速を超えることは、絶対不可能だったんじゃないの⁉」
フタバ物置「そのプロペラ機ならではの最大の弱点を解消したのが、ターボファンエンジンなのですよ。そもそもターボファンエンジンが見かけ上においては、普通のジェットエンジンと同様に、プロペラがどこにも見受けられないことからおわかりのように、実はプロペラを完全に『ジェットエンジンの部品』のような扱いにして、ジェットエンジンの内部に配置することで、騒音とか振動とかの悪影響を最小限に抑えるとともに、プロペラの先端の音速化問題についても、まさしくTu95を見習う形で、どんなにジェットエンジン自体が高速で回転しようが、プロペラだけは低速で回転するようにしたのです」
ちょい悪令嬢「はあああ⁉ ちょっと待って! Tu95はプロペラの直径を可能な限り大きくすることによって、回転速度を抑えていたというのに、プロペラをジェットエンジンの内部に組み込めるくらい小さくしたターボファンエンジンが、どうしてプロペラの回転速度を抑えることができるのよ⁉」
フタバ物置「え? 簡単じゃないですか、プロペラ駆動部と、ジェットエンジン本体の回転部分であるターボ
ちょい悪令嬢「ええっ、自転車も使われている極ありきたりなギアと同じような部品を組み込むだけで、高速でありながら航続性も良好な、夢の『いいとこ取り』エンジンが、実現するですってえ⁉」
フタバ物置「ふふーん、実はこの『低速ギア方式』は、我がHe280の主エンジンであったHeS8の改良版である、世界初のターボファンジェットエンジンとも称されている、『HeS10』にも取り入れられていて、高速性と航続性とを両立させた、真に理想的なジェットエンジンとして開発されていたんですからねえ」
ちょい悪令嬢「何と、そうだったの⁉」
フタバ物置「何せ、中低速度域においては、内蔵ファンによるプロペラ効果によって、航続性を優先できるし、高速度域においては、ジェットならではの高出力を全力で発揮できるしで、死角のまったく無い、まさしく『いいとこ取り』の夢のエンジンだったのです」
ちょい悪令嬢「……た、確かに」
フタバ物置「──と言うことで、現在における飛行機は、軍用機か民間機かを問わず、ほとんどすべてにおいて、論理的にも技術的にも最も効率的で高性能な、ターボファンジェットエンジンが採用されているというわけなのですよ♡」
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