第234話、わたくし、Ar234は、世界初のジェット爆撃機と言うよりも、ジェット偵察機だと思いますの。

「……そうなのよねえ、ほとんどの人が『Ar234』と言ったら、当時『世界一イイイイイイ!』な超科学力を誇っていた、第二次世界大戦中のドイツによって開発された、世界初のジェット爆撃機と思い込んでいるようだけど、実はAr234って、最初期の設計段階どころか、ドイツ航空省『RLM』の発注仕様自体が、『ジェットエンジンによる高速かつ高高度偵察を可能とする、長距離戦略偵察機』だったのであって、爆撃機として運用されたのは大戦末期のごく短期間だけなのにねえ。ほんと、自分の頭でものを考えずに、与えられた情報だけを鵜呑みにする輩って、始末に負えないわ」




 広大な店内の四方を取り囲むガラス張りの壁面の向こうに広がる、グランブルー一色のみなそこをバックに、全身が真っ白で両の瞳だけが鮮血のごとく深紅な、『人魚姫セイレーン』と呼ばれる、あらゆる世界の影の支配者聖レーン転生教団における、守護神の御使いたる『天使』たちが、いまだあどけなくありながらもどこか妖艶さを感じさせる、一糸まとわぬ十歳ほどの性的に未分化な小柄な肢体をこれ見よがしに晒しながら、無数に泳ぎ回っている姿を眺めることのできる、瀟洒なレストランバーにおいて、長々と続いた蘊蓄解説がまさにクライマックスに達しようとしていたまさにその時、相方の唇から飛び出したあまりにも脈絡の無い言葉に、私こと、『魔法令嬢育成学園』の専属保健医であるエアハルト=ミルクは、訝しげに首をかしげざるを得なかった。




「……ちょっと、ミサト、またそのパターンなの? 急に『ジェット爆撃機』とか『長距離戦略偵察機』とか言われても、こっちは別にミリオタじゃ無いんだから、わけがわからないじゃないの?」


 割と本気で『悪友』の頭の具合を心配してみたところ、ほんのりと苦笑を浮かべながら、両手を上げて肩をすくめる、同じく育成学園の初等部教師にして、実は聖レーン転生教団異端審問第二部司教でもある、ミサト=アカギ嬢…………おまえは、ウィットに富んだ、アメリカのコメディアンか何かなのか?




「何言っているのよ、一応【本編】のみの──しかも、夢魔サキュバスであることを隠すための『隠れ蓑』とはいえ、あなたはかつてのドイツ航空省の次官、『エアハルト=ミルヒ』の生まれ変わりってことになっていたはずでしょう? 当時のドイツならではの革新的ジェット機については、むしろ専門分野じゃないの」




 ……そういえば、そうでした。


「──というわけで、前回同様に、こうして小説の各話タイトルとはいえ、Web上に公開するのならば、ちゃんと本文においても『Ar234』について、ある程度しっかりと言及しておこうという次第なの」


「で、でもやはり、本来の趣旨とはまったく関係の無いことを、冒頭から唐突に語り始めて、読者様を混乱させることは、極力慎むべきなのでは?」




「(無視スルー)中には、『何で貴重なジェット機を、直接的な戦果が期待できる、戦闘機や爆撃機ではなく、すぐさま成果が期待できない、偵察機などと言う消極的な分野で運用するのだ?』と、疑問を呈された方も多いかと思われますが、これはジェット機についてはもちろん、戦争そのものの本質をまったくわかっていない、誤った考え方としか申せません。そのような偵察という『消極的な情報戦』を侮り、攻撃面ばかりに力を傾注していったからこそ、ドイツや日本は情報戦に長けた、イギリスやソ連やアメリカに大敗を喫したのであり、それは何よりも、独日の緒戦の大勝利が、敵国よりも非常に優れていた新型偵察機、Ju86R(独)や一〇〇式司令部偵察機(日)の大活躍に拠っていたことにより、如実に証明されていて、それ以降調子に乗って新型偵察機の開発を疎かにしてしまった、日本軍はともかく、大戦初期においてすでにジェットエンジンの実用化の見込みがあったドイツにおいては、次期主力偵察機を世界初のジェット機とする計画が、早くも練られていたほどなの」




「へえ、あのやみくもに攻撃するしか能の無い日本軍が、戦争初期だけとはいえ、偵察機などといった地味な分野にも力を注いでいたとはねえ。最後までその謙虚な姿勢を貫いていれば、戦争の行方も変わったかも知れないのに」


「いやほんと、一〇〇式司令部偵察機──略称『新司偵』って、同じ皇紀二六〇〇年の三菱重工製でありながら、零戦なんかよりも、よほど高性能だったのよ? 零戦が、最高速度が五百キロ台で、上昇限界も高度六千メートル以下だったのに対して、新司偵のほうは、最高速度が六百キロ台で、上昇限界も高度一万メートル以上という、当時の世界最高水準レベルであり、しかも機体自体の外見も、幼稚園児あたりに『飛行機を書いてみろ』と言った時に、誰もが頭に思い浮かべるような、文字通り『子供の落書き』みたいな形状をした零戦に対して、とても当時の日本軍機とは思えないほどに、近未来的なスタイルを実現していた新司偵は、『ドイツ機サイコー! 日本軍機(は、震電以外)ゴミ!』との偏見で名高き本作の作者をして、一目惚れさせたくらいなのよ」


「へえ、あのへっぽこ日本軍にも、そんなすごい偵察機があったんだ。だったら零戦よりもむしろ、そっちのほうを戦闘機として使えば良かったのに」


「ふふん、それが素人の、浅はかさというものよ!」


「素人? ドイツ航空省次官の生まれ変わりである私に対して、素人ですと⁉」




「実はそれが高性能機であるほど──特に、ジェット機であるのならば、戦闘機や爆撃機よりもむしろ、偵察機として活用すべきなの。ジェット機と言えば、レシプロ機に比して圧倒的な、高速性と高高度性がウリなのであり、敵護衛戦闘機の厚い防壁を突破して重爆撃機を撃墜したり、敵の制空権内へ高速で突っ込んで行って、目標を爆撃したりといった、活用法こそ、いかにもかっこよく効果的にも思えるけど、実用化したばかりのジェット機は当然のようにして、特に当時は『オーパーツ』と言っても差し支えの無かったジェットエンジンにおいては、脆弱極まりなく頻繁に故障を起こし、しかも実際の運用に当たっての戦術も固まっておらず、使用する武器や爆弾についても、ジェット機ならではの高速機動に適した物がない状態で、効果的な作戦行動をとるのが不可能だったの。その点偵察機なら、単に高高度を高速で飛んで目的地に到達すれば良く、複雑な機動を必要としないから機体やエンジンにも優しく、そもそもむちゃくちゃ上空をレシプロ機が手の届かないスピードで飛んでいるから、たとえ発見されても敵機に追いつかれることは希で、更に何よりも基本的に非武装の偵察機は、軍用機においては唯一の例外として、『敵前逃亡』が許されているからして、当時のジェット機の比類無き速度性能を、『逃げ足』に特化して大活躍していたという、まさにジェット機における最も理想的な在り方を体現していたのよ!」




「──はあ? 『敵前逃亡』こそが、ジェット機としての、理想的な在り方ですってえ⁉」




「そうよお? ジェット機と言えば何よりも、その高速性が最大の特長だというのに、敵機と格闘戦に持ち込んだり、敵の制空権内に無理やり突っ込んで行ったりするから、せっかくの速度性を生かし切れず、むざむざ格下の相手に撃墜されたりするんじゃないの? 当時はイギリスやアメリカでもジェット機の開発は進んでいたものの、有効な活用方法が思いつかず、実験ばかり繰り返していたのに対して、Ar234の開発当初から、すでに偵察機として運用することを決定していた、ドイツ航空省の慧眼のほどには、感服する以外は無いわねえ」


「いやあ、それほどでもないわよお、照れるわあ〜」


「……あら、あなたは、Ar234の実戦投入以前に、もう一つの代表的ジェット機である、Me262の運用の仕方を巡って、アドルフ=ヒトラーの逆鱗に触れてしまい、航空省次官を罷免されていたんじゃなかったっけ?」


「──チッ、知っていたか……」


「そりゃあ、あなたの、『このMe262が、爆撃機では無く戦闘機であることは、ほんの子供にだってわかります!』は、ドイツ空軍史に残る、名言だものねえ」


「……あのちょびヒゲ伍長めが、せっかくのジェット戦闘機を、爆撃機として使おうとしやがって」


「でも、Me262に関しては、『……まるで、天使に後押しされているようだ』と、『馬を牛と呼べと言うのか⁉』という、超名ゼリフを残した、アドルフ=ガランド中将には、敵わないけどね♡」




「……くそう、あのちょびヒゲ戦闘機総監めが」




「──ドイツ軍のアドルフ、ちょびヒゲばかりだな⁉」












「……え? 今回、こんな雑談だけで、終わっちゃうの?」


「作者の身体の調子が、まだ万全じゃないのよ、勘弁してあげて」


「……そんなこと言って、第262話の際には、またMe262の話でも、するつもりじゃないのお?」


「──ギクッ」

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