第231話、わたくし、実は誰もがいつでも、異世界転生を成し得ることを、初めて知りましたの。

「──ちょっと! SF系やファンタジー系の小説なんかでお馴染みの、『あらゆる世界を夢見ながら眠り続けている存在』が、たとえ何かの拍子に目覚めたとしても、けして世界が文字通り『夢幻』であったかのよう消えて無くなったりはしないし、そもそも『世界の夢を見ながら眠り続けている存在』なんて、具体的な個体として、存在なんかしていないなんて、もはや特定の作家様どころか、プロアマ問わぬSF系やファンタジー系の作家様すべてに、ケンカを売っているようなものじゃないの⁉」




 その時私こと『魔法令嬢育成学園』保健医のエアハルト=ミルクは、同じく育成学園初等部教師のミサト=アカギ嬢の、あまりに怖れを知らぬ暴言に、堪らず怒鳴りつけた。


 しかしそれに対して、当の目の前の悪友のほうは、むしろ余裕の笑みを濃くするばかりであった。




「だから、大丈夫だって、言っているでしょう? むしろこれから、『あらゆる世界を夢見ながら眠り続けている存在』──いわゆる『夢の主体』における、みんなが抱いている根源的疑問について、この上なく簡潔明瞭に答えてあげようと思っているんだから。それに私自身、『夢の主体』に対しては多大なるリスペクトをしているのよ? 何せ『夢の主体』のお陰で、真に現実的な異世界転生も、集合的無意識とのアクセスも、実現可能性が証明されたのですからね」




「へ? 『夢の主体』についての、根源的疑問って……」


「まず最初にお聞きしたいんだけどさあ、『夢の主体』って、小説であれ漫画であれアニメであれ、その作品内において、他の登場人物たちと一緒の世界ステージの中で眠っている姿が、普通に描写されているんだけど、これっておかしいと思わない?」


「あー、つまり、『世界を夢見ながら眠っているご本人が、何で自分自身も世界の中にいるんだ?』ってやつね、そうそう、私も前から疑問に思っていた!」


「まあ、ストーリーの都合上、そういう描写にせざるを得ないのはわかるんだけど、どう考えても矛盾しているよね? 『──それじゃあ、おまえが目覚めたら、おまえ自身も消えるのかよ?w』とかね」


「無理やり屁理屈をこじつければ、『夢の主体』はちゃんとその作品の主人公たちがいる世界の、で、眠っているんだけど、(読者にもちゃんとキャラを印象づけるためにw)作品の世界の中の『夢の主体』のほうは、本物の『分身アバター』みたいなものとして、重ねて登場させていたりするんじゃないかな?」


「本物が『外側の世界』で眠っているとなると、一見つじつまが合うようにも思えるけど、今度は『外側の世界』って、一体何だ──ということになるわよね? これも昔から散々言われてきた、根源的疑問の代表例なんだけど、『夢の主体』が目覚めを迎える世界って、『夢の主体』のようなトンデモ存在ばかりが暮らしている、コズミックホラーなクレイジーワールドなのかよ?──って」


「……うわあ、想像するだけで、ヤな世界だわねえ。何か大昔の──下手すれば最近でも、例の『いーがんちゃん』あたりが作品を創っていそうな、いわゆる『ムダに大きなSF』の世界観よね。う〜ん、それだとある意味(海外の『大きなSF』のパクリしかできない三流SF作家みたいに)『思考停止』とも捉えられかねないから、ここは常識的に、確かに『夢の主体』はありとあらゆる世界を夢見ていたけど、本人はあくまでも単なる夢を見ていたという認識しかない、ごく普通の人間で、目覚める世界も普通の世界に過ぎない──とかでいいんじゃないの?」


「まあねえ、ありがちの展開と言えば、ありがちの展開だけど。でもあなた、前提条件を忘れていない? 『夢の主体』は、世界を、夢として眠り続けているのよ? 『夢の主体』が覚醒時に暮らしている世界が、ごく普通の世界だとしたら、当然それも、『夢の主体』が夢として見ている世界の中に含まれなければならず、やはり『夢の主体』が目覚めたら、自分の世界までも消えてしまうことになるという、矛盾した結論になってしまうのよ?」


「あーもう、ほんと、あんたってばいっつも、『ああ言えばこう言う』なんだから! だったら『夢の主体』はまさしく、『神様』的存在なのであって、完全に人間が普通に暮らしている世界とは隔絶した領域の中で、眠り続けているってことなんじゃないの⁉」


「おっ、いきなり核心に迫ってきたじゃないの? そうなのよお、『夢の主体』って、ある意味『神様』みたいなものなのよ!」


「えっ、神様とか、本当にそんなんでいいわけ? 確かに、某『メリーさん』作品においても、神様みたいなキャラたちが、神様しか存在できないような場所で、眠り続けている神様みたいな女の子を取り囲んで、あれこれと思わせぶりなこと言っていたけれど……」


「……あー、でもねえ、私が言っている神様って、そう言ったわかりやすく擬人化されたやつではなく、本源的意味においての『神様』のことなのよ。──ところで、そもそもあなた自身は、『神様』を、本質的にはどういうものだと思っているの?」


「う〜ん、そうねえ、やはり人々の『信仰心の具象化』というか、『想像上の産物』といったところじゃないかしら?」


「そう! 『神様』なんて、いわゆる『存在』なのであって、それと同じように、『夢の主体』のほうも、の存在に過ぎないのよ!」


「『夢の主体』が、概念としてのみの存在に過ぎないですって?」


「果たして、荘子が『胡蝶の夢』を見た瞬間なのか、中国神話においてホワンロンが設定された時なのかは知らないけれど、誰かが最初に、『……もしかしたらこの世界は、何者かが見ている夢なのかも知れない』なんて、いかにも『中二病』臭いことを想像した途端、『夢の主体』としての概念が生まれてしまったのよ!」


「──うん、わかるわ、それって。間違いなく誰だって一度は、『実はこの世界は、夢かも知れない』って、考えたことがあるでしょうね」




「というか、むしろであって、『夢の主体』は本当に存在しているのかとか、『夢の主体』が目覚めると世界が消えてしまうのかとか、考える必要はまったく無く、ただ単に、『この現実世界がひょっとしたら夢であるかも知れないことは、たとえなんぴとであろうがけして否定できない』ということだけを認識しておけば良く、そしてだからこそ、誰だろうが、異世界に転生したり集合的無意識とアクセスしたりする可能性が、生じることになるのよ!」




「は? どうしてこの世界が夢かも知れないことと、異世界転生や集合的無意識とが、関係してくるわけなのよ?」


「ここで念を押しておくけど、もしもこの世界が夢だったとしても、ある意味神様的存在である、『夢の主体』が見ているのですからね、よって何とすべてが夢であろうとも、世界が消えてしまうことなんて絶対にあり得ないの」


「えっ、だったら、夢から覚めたら、どうなってしまうわけよ?」


「夢から覚めたらって、その場合、『誰』が目覚めるわけ?」


「誰って……『夢の主体』では無いとしたら………………ひょっとして、私?」


「それ以外、誰がいるとでも?」


「あ、いや、もしも現在のこの世界が夢だとしたら、目覚めた瞬間、が見ていた夢だと言うことも、十分あり得るのでは?」


 私はその時、何の気なしに、極ありきたりなことを言ったつもりであった。


 ──しかし、目の前の女性から返ってきた反応は、この上なく劇的なものであったのだ。




「ブラボー! そうよ、そうなのよ! その答えが、聞きたかったのよ!!!」




 ──はあ⁉


「ちょ、ちょっと、ミサト、落ち着きなさいよ! 何で私のごく平凡な回答を聞いて、そんなに興奮しているのよ⁉」


「あのね、確かに今のは『例え話』でしかないけど、この現実世界が夢かも知れないと言うのは、けして否定できないのよねえ。──すると、どうなると思う?」


「ど、どうなるって……」




「つまり私たちは、場合によってはこの瞬間にでも、この『現実世界という夢』から目覚めることによって、まったくの別人に──それこそ、『異世界の勇者』をも含む、ありとあらゆる存在になってしまう可能性が、あり得ることになるのよ!」




 ──‼


「ま、まさか、それって⁉」




「──そうなのよお! おめでとう! これまで散々、『現実逃避者』とか、『社会不適合者』とか、『素人作家の自己満足マスターベーション』とか、『クソザコナメクジ』とか、存在自体を全否定されてきた、すべての『なろう系作家』の皆様! 今この瞬間、『異世界転生』が現実的にあり得ることが、完璧かつ理論的に証明されました♡」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る