第220話、わたくし、百合路線の乙女ゲーム転生作品は、ヤンデレ成分が足りないと思いますの。(改9)

「──異世界転生してみたら、何と自分は『人魚姫』でした♡」




 ……となると、普通だったら、全編ウハウハのテンプレ展開てんこ盛りで、頭空っぽでただひたすら読み続けられて、主人公ヒロインも読者も作者もすべて『勝ち組』で、「ハッピー♡ハッピー♡」のはずだったのに、




 どうして、こうなった?




「──いたぞ!」


みぎげん、2時の方向!」


「魚雷、斉射!」




 ──っ。


 教団の雷撃艇が、もう追いついたの⁉


 まずい、急速潜行!


 ──間一髪、私の頭上すれすれを通過していく、聖レーン転生教団新開発の、ワルター型ロケットエンジン搭載の、超高速魚雷。


「駄目だ、また潜りやがった!」


「撃ち方やめ、爆雷に切り替えろ!」


 ──ちょっ、今度は、爆弾の雨あられかよ⁉


 気前よく周囲一帯にばらまかれる、多数の爆雷をやり過ごすために、慌てて敵艦の真下へと潜り込む。


「くっ、逃げ回ってばかりじゃ、いつまでたっても、埒があかない!」


 ……仕方ない、『元から絶つ』か。


 意を決した私は、頭上の船影に向かって、急速上昇を開始した。




「──うわっ!」


「な、何だ、この振動は⁉」


「何者かが船底に、衝突を繰り返している模様です!」


「……くっ、まさか、『目標ターゲット』か?」


「あの、化物めが!」




 華奢な拳が船底を殴りつけるたびに、その巨体を大きく揺るがせる雷撃艇。


 ずっと水中にいながら、呼吸をする必要が無いところも併せて、この『人魚姫セイレーン』と呼ばれるは、かなりの『怪物モンスター』であるようだ。


 ……とはいえ、そこらのありきたりなWeb小説の『チート主人公』であるまいし、少々怪力や潜水能力を持っていようが、異世界全体どころか、一国の軍隊に相当する、怪しげな教団の特殊部隊全軍を圧倒することなんか、どだい無理な話なんだけどね。


 それにそもそも現在の私自身である、人魚姫セイレーン自体が、当の教団で開発された物だし。


 ……と、なると、当然のことながら、




「──やはり、おいでなすったか」




 水中でも遠くを見通せる特殊な視力によって捕捉したのは、海中をこちらへと急速に迫りつつある、華奢で生っ白い肢体を純白のワンピースに包み込み、長いはくはつに縁取られた端整な小顔の中で鮮血のごとき深紅の瞳を鈍く煌めかせている、十五、六名ほどの幼い少女たちであった。




「おおっ、『潜○幼女』の団体サマの、お着きってところですか」


 ……まあ、現在においては、私自身の姿形もまさに、『潜○幼女』そのものなんだけどね。


 そんな馬鹿なことを考えているうちにも、みるみる迫ってくる、全身真っ白な人魚姫セイレーンたち。




「……さあて、『共食い』なんて趣味じゃないけど、過酷な異世界ライフを一日でも長く生き延びるために、いっちょ頑張りますかあ」




 そしては私は、迎撃態勢を整えた。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「──はあ? 実験用の『人魚姫セイレーン』の検体が、一匹逃走したですって?」




 その時、聖レーン転生教団直営の『魔法令嬢育成学園』初等部教師である、私ことミサト=アカギは、教団本部から突然の緊急連絡を受けて、思わず耳を疑った。




『──そうなのだよ、アカギ君。教団虎の子の雷撃艇と、人魚姫セイレーン第一実験小隊の追跡から、まんまと逃げおおせたとのことだ』


「しかし枢機卿、今度の検体は新型の戦闘用で、確かに身体能力は格段に強化されてますが、その分知能レベルは低めに抑えていたのでは?」


『もちろんだとも、『人型兵器』に知能は必要とはいえ、それは最低限に限定されておる』


「下手に知恵を付けて、上官に反抗的行動をとられても困りますからね」


『何せ「先人」たちは、それで失敗したのだからな』


「『形なき者』を戦闘に使う際の、常套手段ですよね」


『──アカギ!』


「はいはい、わかってますって、猊下との直通の秘匿回線でも無ければ、その名を出しませんよ」


『……だからといって、この「実験空間セカイ」の根幹に関わる機密を、そう易々と口に出すのは、感心せんな』


「それで、何でこんなことになったのか、原因は判明しているのですか?」


『……』


「猊下?」


『……転生だよ』


「転生って、もしかしなくても、異世界転生のことですか?」


『ああ、実験中の検体に突然、「現代日本の女子大生の記憶と知識」が転生インストールしてきたのだ』


「……それは、また」


『まったく、現代日本の三流Web作家どもが、隙あらば異世界転生を仕掛けてきおって』


「あー、確かに検体に使われているのは、不定形生物のスライムの元祖みたいなものですからねえ。しかも外見上は美少女で、戦闘能力もずば抜けているときたら、いかにも『チート主人公の異世界成り上がり物語』でも、始まったかと思ったでしょうね」


『アホか、発想が御都合主義過ぎるんだよ⁉ スライムとか蜘蛛とかドラゴンの卵とかに、人間の魂を注入するとかって、どこのマッドサイエンティストだ? しかも何でそこから下克上狙えるんだ? 実験動物として大人しく、使い潰されておけよ! どこまで脳天気なんだ、現代日本人てやつは⁉』


「あいつら異世界に来たら、これ幸いと主人公面して、何が何でも成り上がろうとしますからね」


『こっちは真面目に実験をしているのに、いい迷惑だよ!』




「……それですよねえ、解せないのは」




『ほう? やはり君も、そう思うかね』


「そりゃそうですよ、この【魔法令嬢編】のそのまた【使い魔ヤンデレ編】は、『実験の実験の実験』みたいなもので、いくら異世界とはいえ、もはや『現実の世界』とは呼べるレベルでは無いのに、現代日本から転生者が現れるなんて」


『当然そこには、「何者かの作意」が、介在していると?』


「一番に考えられるのは、『なろうの女神』なんですけど……」


『確かにな、かの「トリックスター」の、やりそうなことだ』


「しかしあの御仁が、あえて教団による実験に、介入してきますかねえ?」


『「なろうの女神」は一応、我が教団の御本尊と言うことになっているが、別に我らはかの神の庇護下にあるわけでもないし、神というものが──特に彼女が「気まぐれ」なのは、君も散々思い知らされているだろう?』


「……そうは言っても、このタイミングで、まるで狙いすましたように、イレギュラーな要因をぶっ込んでくるところが、とても偶然とは思えないんですよ」


『タイミングって……ああ、本来アルテミス=ツクヨミ=セレルーナとメイ=アカシャ=ドーマンとの関係性をフィーチャーしていたところ、時系列を遡及させて、タチコ=キネンシスとユネコ=シブサワとの関係性のドラマに切り替えたことで、「観察者」の皆様に、少なからず混乱を招いたことか』


「これ以上の『筋書きストーリーの齟齬』は、好ましくありません。私自らが出向き、早急に排除いたしましょうか?」


『アカギ司教御自らかね? ……う〜む、確かに最新の戦闘用人魚姫セイレーンといえど、司教クラスの相手にはなるまいが──』


「何か、御懸念でも?」


『うむ、せっかくのイレギュラーなのだから、この際実験に利用できないかと思ってねえ』


「暴走した検体を、利用なされるのですか?」


『どうせなら、魔法令嬢に討伐に当たらせるというのは、どうだい?』


「はあ? 何をおっしゃるのですか、そんなことができるわけがないでしょうが⁉」


『なぜだ? 魔法令嬢だったら、人魚姫セイレーンのなり損ないなぞ、問題なく処理できるだろうが?』


「できるから、困るんですよ! あの子たちに、物理法則すらねじ曲げかねない、本気の力を発揮させたりしては、実はこの世界が現実ではなく、『実験世界』であることが、バレてしまうでしょうが⁉」


『大丈夫だって、そうならないように、魔法令嬢には洗脳──おっと、失礼、「暗示リミッター」をかけているのだから、滅多なことが無い限り、真の力を発揮することはできないさ』


「それだと今度は、魔法令嬢が人魚姫セイレーンに、なぶり殺しにされてしまうじゃありませんか⁉」




『何を言っている、そういうことにならぬように、彼女たちには「使い魔」を付けているのではないか?』




 ──っ。


「……まさか、猊下」




『今回の事件の処理は、タチコ=キネンシスとユネコ=シブサワの主従コンビに当たらせたまえ、うまく行けば、現在ギクシャクしている彼女たちの関係を改善させるために、役立ってくれるであろうよ』

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