第208話、わたくし、百合路線の乙女ゲーム転生作品は、ヤンデレ成分が足りないと思いますの。

「──おめでとう、タチコ=キネンシスさん、あなたは聖レーン転生教団より正式に、『魔法令嬢』として認められました」




 真っ昼間だというのにカーテンをすべて閉め切った、薄暗い寄宿舎の個室にて、担任教師であるミサト先生の涼やかな声音が響き渡る。


 しかしそれでもわたくしは、ベッドの上に体育座りをしたまま、うつむいた顔を上げることは無かった。




 ……そうだ、もう、『あの子』は、いないのだ。




 彼女の存在しない世界で、『魔法令嬢』になったところで、何の意味があると言うのだ。




「……おやまあ、教団直営の我が『魔法令嬢育成学園』の初等部生としては、最高の栄誉を賜ったというのに、何ら反応を示さないとは、これは相当重症ね。──仕方ない、『切り札』を出しますか」


 切り札?


 そんなものが、何の役に立つというの?




 ──もう、あの子はいないのに。


 あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。


 あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。


 あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。


 あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。あの子はいないのに。




「──タチコ、お姉様!」




 ………………………え。


 最初は、空耳かと、思った。




「お姉様あああああああっ!!!」




 けれども次の瞬間、わたくしのいるベッドにダイブするように飛びついてきた、『彼女』の体温ねつを腕の中で感じることによって、すべての疑念が払拭された。




「……………………ユネコ?」




「そうです、私です! お姉様の唯一の『魂の妹ソウル・エンゲージ・シスター』である、ユネコです! ──、お姉様のことを、放しませんから!」




 涙に潤んだ瞳で見上げる、何度も夢見た、、愛らしい小顔。


 そして子犬の尻尾のように耳の横で跳ねている、彼女のトレードマークである、ツインテールの髪の毛。




 それは間違いなく、わたくしの『最愛の少女』、その人であった。




「……どうして、ユネコが、?」


 そんなわたくしの根源的疑問の言葉に答えてくれたのは、腕の中の少女では無かった。




「──当然でしょ、彼女は『魔法令嬢』としてのあなたの、『使い魔』を務めることになったのだから」




「……ミサト先生? ユネコがわたくしの、『使い魔』って……」


「何せ魔法令嬢には、使い魔が付き物ですからね。──喜びなさい、あなたの望み通り、二人はこれからずっと永遠に、一緒にいられるわよ♡」


 なっ、わたくしとユネコが、これから先、もはや離ればなれになることは、無くなるというの⁉


 ──『あの日』、みたいに。


 それはあまりにも信じがたき、『福音』であった。


 とはいえ、まさに文字通りに唐突であったために、わたくしが素直に喜びを表現できないままでいると、不安そうな表情を浮かべる、目の前のかんばせ




「……お姉様、ひょっとして、私が使い魔になるのが、嬉しくはないのですか? ──ユネコのことが、必要では無いと、おっしゃるおつもりなのですか⁉」




 ──その有り様はまさしく、雨に濡れそぼった捨て猫すらも、彷彿とさせた。

「馬鹿っ、わたくしがユネコのことを、要らなくなるわけが無いでしょうが⁉」


 そう叫ぶとともに、力の限りユネコを抱きしめて、あたかも母猫そのままに、あふれ続ける涙を舐め取ってやる。


「……ああ、お姉様、嬉しい! ユネコはいつまでも、お姉様のお側を離れません!」


 もはや完全にわたくしへと、己の身と心のすべてを預けてくる、愛しい愛しい我が『サーヴァント』。


 すでにミサト先生の姿は無く、この狭い世界の中には、わたくしとユネコの二人っきりしかいなかった。




 ……ああ、やっとわたくしは、のだ。




 この世で唯一、己の孤独な心の隙間を埋めてくれる、存在を。




 気がつけば、私自身も、滂沱の涙を流していた。


 しかしそれは、先ほどのまでの、哀しみに包まれたものなぞではなく、この上なく喜びに満ちた、温かく優しい涙であった。




 ──幸せだった。




 そう、その時のわたくしは、あまりにも幸せだったからこそ、




 ほんのついさっきまで、自分が『くしていたのか』すら、すっかり忘れ去ってしまっていたのである。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「──危ない、お姉様!」




 ………………………え。




 アルテミスさんたちと一緒に、『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』の一員として、最近巷で『連続昏睡事件』を引き起こしている、噂の『悪役令嬢』を退治するために、保健医のミルク先生が構築してくれた『夢の世界バトルフィールド』へとダイブしたところ、狡猾なる『女騎士殺しクッコロの悪役令嬢』の罠にはまり、わたくし一人だけが迷路に迷って隔離させられたあげくの果てに、無数の触手でがんじがらめにされて、もはやこれまでと遠のく意識の中で走馬灯を見ていたところ、いきなりこの閉鎖空間の中に使い魔のユネコが現れて、信じられないような怪力によって触手を断ち切り、わたくしを自由にしてくれたのであった。




 しかし、その代償として──




「──うぐっ⁉」


「きゃあああ、ユネコ⁉」


 何と、今や触手の化物と化していた悪役令嬢が、いまだ無事な触手をドリル状に変形させるや、ユネコの土手っ腹を貫いたのだ。


『魔法令嬢の使い魔ごときが、図に乗るでない!』


 そう言って、わたくしの最愛の『妹』の身体を、地面へと叩きつける悪役令嬢。


 ──大量の鮮血をまき散らしながら、何度もバウンドして、わたくしと悪役令嬢との激しいバトルによって破壊された街並みの瓦礫の山へと突っ込んでいく、小学四年生の矮躯。


「ユネコ────!!!」


 もはやなりふり構わず、しもべの少女のほうへと、かけ出していく魔法令嬢。


『無駄だ無駄だ、もはやあやつは、ただの血肉の塊と成り果て──うぎゃあああっ⁉』


 突然鳴り響く、触手の化物の咆哮。


 ちぎれ飛ぶ、無数の触手と、悪役令嬢本体の右腕。


 ──それはすべて、いきなり弾丸のごとく襲来してきた、多数の瓦礫のつぶてによるものであった。


「……ユネコ?」




「おまえのような悪役令嬢オバサンが、お姉様に触ろうなんて、百年早いわ! しかも私よりも先に、『触手プレイ』をしてしまうとは。お姉様の『初めて』を奪った罪は、万死に値するぞ!」




「…………え、あなた、ユネコ、よね?」


 血だらけになりながらも、瓦礫の上にすっくと立ち上がった少女の姿を見て、わたくしはそう呼びかけざるを得なかった。


 別に言っている台詞が、何だかとち狂っているからでは無い。(……いや、それも少しはあるけれど)




 彼女の姿が、髪の毛に至るまで、あたかも初雪そのままに真っ白となり、瞳の色だけが、鮮血のごとき深紅へと変わり果てていたからである。




 ──そう、あたかもあの、聖レーン転生教団が直接送り込んできた、謎の転校生と同様に。




 しかしこの場で一番驚愕に彩られていたのは、敵方の悪役令嬢その人であった。


『──「人魚姫セイレーン」⁉ そんな馬鹿な! 教団の教皇以外には、、人間が「人魚姫セイレーン」となることなんて、けしてできないはずなのに!』


「何を不思議がることがあるの? 文字通り『転生』を司る聖レーン教団だったら、人為的に『人魚姫セイレーン』を生み出すことくらい、十分可能でしょうが?」


 なぜか、悪役令嬢の意味不明の疑問の言葉に、当然のように答えを返す、我が使い魔。


『──っ。そうか、教団の狙いは最初から、「それ」だったのか? 私たち悪役令嬢や魔法令嬢なんて、単なる狂言回しに過ぎなかったわけなのね⁉ 貴様、教団の「モルモット」なんかにされて、何も感じないのか!』


「ふん、そんなこと、知ったこっちゃ無いわ。私はただ、お姉様とずっと一緒にいられれば、それでいいのですもの。──たとえ己の身も心も、『怪物』と成り果てようともね!」


『……狂っている、おまえらは、教団も魔法令嬢も使い魔も、みんな狂っている!』


「何を、今更。こんな永遠のバトルフィールドの中で、殺し合いをし続けて、生と死とを無限に繰り返している者たちが、正気であるはずないでしょうが?」




『私は──私だけは、こんな地獄から、抜け出してみせる!』




 そのように、わけのわからないことをわめき立てながら、ユネコへと躍りかかった悪役令嬢であったが、使い魔の少女の華奢な手刀によって、あっさりと返り討ちに遭い、文字通りに一刀両断にされて、風化するように消滅してしまう。


 ──なっ。あんなに強大なる戦闘力を誇った悪役令嬢を、あのようにあっさりと葬り去るなんて。




人魚姫セイレーン』って、一体何なの⁉




「──お姉様は、何も疑問に思う必要はないのです」


 気がつけば、『最愛の妹』のかんばせが、すぐ目の前で微笑んでいた。


 なぜだかその時のわたくしには、それがこの上も無く、不気味に見えたのである。


「さあ、今ご覧になったことはすべて、『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』の他のメンバーの皆さんが来る前に、綺麗さっぱり忘れてしまいましょう♡」


 あたかも砂糖菓子のごとく、甘ったらしい声でささやきかける、花のつぼみのごとき可憐な唇。




「──あの時、私が○○○ことを、すっかり忘れ去ったようにね」




 脳裏に甦るは、つい先ほど聞いたばかりの、悪役令嬢の言葉。


、人間が「人魚姫セイレーン」となることなんて、けしてできないはずなのに!』


 まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか──




 まさか⁉




「……お姉様、何かご不審な点でも、お有りなのですか? 私はお姉様とずっと一緒にいられたら、それでいいのです。お姉様は違うのですか?」


 唐突に耳朶を打つ、いかにも自信なさげな声音。


 気がつけば、目の前の瞳が、悲しげな涙に潤んでいた。




 ──まさしく、魔法令嬢と使い魔としての、『主従の契り』を結んだ時のように。




「……そんなわけがないでしょう? わたくしだってユネコとさえ一緒にいられたら、他に何も要らないわよ」


 そう言って力の限り抱きしめれば、腕の中で歓喜の声を上げる、わたくしの最愛の『妹』。


「──ああ、お姉様、嬉しい。もうけして、私のことを、放さないで♡」


 そしていつしか、わたくしの記憶は、おぼろげになっていく。


 彼女が本来侵入できないはずの、この夢の世界にダイブしてきたことや、『人魚姫セイレーン』と呼ばれる異形の姿になったことが、すべて無かったかのように。




 ……そう、それでいい。




 このままユネコと一緒にいられるのなら、たとえこの世界が、夢であろうと、まやかしであろうと、永遠のバトルフィールドであろうと、誰かの創作物であろうと、別に構いやしない。




 ──なぜなら、ユネコのいない世界なんて、たとえ万人にとって唯一無二の現実世界であろうが、わたくしにとってはあくまでも、『絶望と虚無』以外の何物でもないのだから。

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