第180話、わたくし、幼女同士でしっぽり、『入浴タイム』ですの♡

 強大な超常の力を誇る謎の敵性体『悪役令嬢』から、人類を守る最後の砦、世界的宗教組織聖レーン転生教団直営の、『魔法令嬢』育成学園の寄宿舎にて。


 ようやく何かとうざったい、年上で過保護な同級生から解放されて、ホッと一息つけるかと思えば、




 ──そうは問屋が卸さなかった。




「──駄目だよ、アグネスちゃん、ちゃんと100を数えるまで、お湯に浸かっていないと」




 私がそろそろ湯船から上がろうとしたら、すかさず後ろから抱きつくようにして押しとどめる、華奢なる両腕。


 怒りにまかせてキッと振り向けば、すぐ目と鼻の先には、こちらを見つめている、まん丸お月様のような、黄金きん色の瞳。


「──近い近い! それから、抱きついている腕に、力を入れるな! 今すぐ放してください!」


 もはや一体化するつもりとしか思えないほど、自分の上半身を私の背中へと密着させてくる、三つ年上の同居人の少女──アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ。


「もう、アグネスちゃんたら、すぐにわたくしから逃げようとするんだから、どうしてなのお?」


 ──あんたが何かと、うざったく構ってくるからだよ⁉


「……別に、逃げようとしているのではなく、そろそろ身体や髪を洗おうと思っただけです」


「なあんだ、それだったら、わたくしが洗ってあげるよ!」


「はあ⁉」


 あれよあれよという間に、今度は私の身体を抱え上げるようにして、洗い場へと場所を移し、ソープをふんだんに泡立てたボディ洗い用のタオルを手にして迫り来る、アルテミス嬢。


「ちょっ、くすぐったい! くすぐったい! やめてください、自分でちゃんと洗えます!」


「でもアグネスちゃんたら、いつもいつも烏の行水みたいに、きちんと身体を洗っていないでしょうが?」


 それは、あんたが身体を洗っている私を、ガン見するものだから、落ち着いて洗えないんだよ⁉


「今日こそは、このわたくしが、しっかりと磨き上げてあげますからねえ♡」


「だからそれくらいのことは、自分でできるって──あんっ、ちょ、ちょっと、そんなところまで…………きゃんっ!」


「うふふふふ、身体の次は、髪の毛ですからねえ。──ほんと、アグネスちゃんの髪の毛は、まるで絹糸みたいに、真っ白でつややかで、うらやましいわあ♡」


 月の雫そのままの銀髪美少女が、何か言っているぞ、おい⁉


 その、人の言葉にけして耳を貸さない、傍若無人なやり様に、ついに私の堪忍袋の緒が切れた。




「──もうっ、いい加減にしてください! あなたなんかに、私の何がわかると言うのですか⁉」




 そのように怒鳴りつけながら、突き飛ばすようにして、彼女の細腕を振りほどく。




 ──そうだ、この世の誰が、理解できると言うのか。


 ──私が、聖レーン転生教団直営の、『特殊施設』育ちであることも。


 ──この世に、親兄弟や親戚の、一人もいないことも。


 ──教団以外に、私の存在を知る者がいないことも。


 ──『魔法令嬢』として認められるまでの、超常の力を有していることも。




 実はすべては、私が教団の秘密研究所によって、人工的に『作られた存在』であるから──と言うことを。




 ……それなのに、あろうことか、すぐ目の前で尻餅をついたままで、その少女は臆面もなく、言い放ったのである。




「──わかるよ、私には、アグネスちゃんのことが」




 ──っ。


「何を、世迷い言を! あなたごときが──」




「──だって、アグネスちゃんは、私と、




 ………………え。




「この学園に放り込まれる前の、わたくしと、まったく同じ目をしているのですもの」




 ──‼




「……実はね、アグネスちゃん、わたくしって、『失敗作』なの」


「は? 失敗作、って……」


「うちの一族はね、予知能力者を輩出し続けてきた、異能の一族なんだけど、どうしても婚姻等において外の血を入れざるを得ず、どんどんと力が薄まっていって、予知能力を有する『巫女姫』と呼ばれる女性が生まれることが無くなっていったの。そのためいよいよ家自体が没落の危機に陥った近年になって、近親婚を繰り返したり、人工授精等の科学技術を導入することによって、人為的に『巫女姫』を生み出そうとしたのだけど、その最初の『試作第一号』がわたくしだったのよ」


「……人工的な、予知能力者? 試作第一号?」


 何それ、教団なんかの大組織ではなく、あくまでも血の繋がった身内の話だというのに、まるで『ロボット』でも生産しているみたいじゃないの⁉


「そんな一族の期待を一身に集めて生を受けたわたくしだったのに、何と『不幸な未来』しか予知できない欠陥品で、みんなを失望させただけでなく、物心ついてすぐに周りの人たちの『死の予言』を行い始めて、しかもそれが高確率で的中するものだから、今度は『恐怖の対象』となって、座敷牢に入れられた挙げ句の果てに、まるで厄介払いをするかのように、この学園に編入させられてしまったわ。もちろんすでに座敷牢での生活中に、すべてに絶望して自分自身すら呪っていたわたくしは、学園においてもまるっきり『生きる屍』だった。──でも、ここで出会った『仲間』たちが、わたくしを甦らせてくれたの!」


「え? 甦らせたって……」




「この学園のみんなは──特に同じチームを組んでいる、『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』のメンバーたちは、こんなわたくしのことを受け容れてくれたの! しかも『死の予知能力』すらも、ちゃんと認めくれたのよ! その時わたくしは生まれて初めて、自分の『価値』というものを、実感することができたの!」




 そして彼女は、その時ようやく立ち上がり、再び私のすぐ間近まで来て、両肩に手を置いて、まくし立てた。


「だからわたくしは、アグネスちゃんの、周囲の人たちを拒む気持ちも、ちゃんとわかってはいるけれど、それでもこの学園のみんなだったら、絶対にアグネスちゃんのことを受け容れてくれるし、その結果アグネスちゃんも、真に救われることになると、信じているの!」


 私のほうを真摯に見つめている、まるで昇る朝陽のごとく熱く燃えたぎっている、黄金の双眸。




 ──確かに彼女は、私と『同類』であろう。


 ──私のことを理解しているというのも、真実であろう。


 ──彼女がこれまで抱いてきた、孤独も絶望も、本物であったろう。


 ──彼女がこの学園において、仲間たちによって救われたというのも、本当であろう。


 ──よって、彼女は心の底から私のことに同情し、私のためを思って、正しい道を歩ませようとしているのであろう。


 ……そのことを、『実感』したからこそ、私は、




 彼女ことを心から、『キモチワルイ』と、思ってしまったのだ。




 何で、それほどまでの、絶望を知っていながら、笑顔でいられるの?


 何で、親兄弟にさえ、見捨てられたのに、人のことを信じられるの?


 何で、まったくの他人に過ぎない私に、手を差し伸べることができるの?




 ──そうじゃないでしょう? あなたはもっと世界を恨んで、運命を呪って、人間を憎むべきなんでしょうが⁉




 なのになぜ、そんなニコニコ笑顔で、他人を受け容れて、他人に手を差し伸べたりできるのよ⁉




 そう、私はその時、確信したのである。




 アルテミス=ツクヨミ=セレルーナは、決定的かつ致命的に、何かが『歪んで』いることを。

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