第177話、わたくし、今こそ『ゴブリン』ブームのビッグウェーブに乗ろうと思いますの。

「──無駄だ、無駄だ、貴様らでは、けして我には勝てぬわ!」


「うぐっ⁉」


「──ヨウコちゃん⁉ くっ、このお!」


「駄目や、アルやん、敵の誘いに乗ってはアカン!」


「な、何よこいつ、物理攻撃どころか、魔法攻撃のほうも、全然効かないじゃないの⁉」


「身体能力に差がありすぎて、すべて見切られているのよ! ここはいったん、撤収しましょう!」




 予想外に強力なる敵の出現に、いつもの夢の世界の中のバトルフィールドで、為す術もなく翻弄されるばかりの、私たち『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』であったが、ようやく意を決して『戦略的撤退』を図ろうとしたところ、時すでに遅かった。




「……ギギギ」


「キャキャキャ」


「グェグェグェ」




 気がつけば、周囲をすっかり取り囲んでいる、色とりどりの小人の群れ。


「……ゴブリン?」


 そうなのである、下手すれば数十匹はいると思われる、ほぼ全裸の醜き子鬼たちは、間違いなく今やWeb小説界の隠れ愛されキャラ、ゴブリンの皆様であったのだ。


「な、何で、誰もが認めるWeb小説界随一の『ヨゴレ役』のゴブリンが、明朗健全なる『ニチアサ』の代表格である、『魔法少女』モノの世界に⁉」


 完全にわたくしたちの退路を断ち、大小様々なゴブリンたちを従えてこちらを睥睨している、今回のターゲットの悪役令嬢の有り様ときたら、さながら『ゴブリンの女王様』といった風情であった。


「……まさか……あなたは」




「──そう、我こそは、ゴブリンに育てられて、今や完全にゴブリンと意思疎通を図れて、すべての種族を意のままに従わせることができるとともに、自分自身もゴブリン並みの身体能力を有し、肉弾戦においては無双を誇る、人呼んで『ゴブリンの悪役令嬢』なり!」




 渾身のドヤ顔で名乗りを上げる『新種の悪役令嬢』に、ガチで戦慄する魔法令嬢たち。


「……道理で、悪役令嬢と言うには、ボロ切れや動物の毛皮なんかをまとっていて、いかにも『も○○け姫』みたいに野性味たっぷりだと思ったら、そういうことだったのですか」


「納得するなや、アルやん! こんなん、またあのアホ作者が、『悪役令嬢』というものを、根本的に勘違いしているだけや!」


「普通に考えて、ゴブリンと悪役令嬢なんて、食い合わせが悪すぎるだろうが⁉」


「ほんと、何考えているんでしょうね、あのヘボ作家」


「……とはいえ、そのアホでヘボな作者のせいで、現在わたくしたちが窮地に陥っているのは、厳然たる事実なのですよ?」


「「「「うっ」」」」


 タチコちゃんの的確すぎる指摘に、思わず言葉に詰まる、残りのメンバー4人。


 むろん、本来ならゴブリンなどという下等モンスターなぞ、様々な異能の力が使えるわたくしたち、『魔法令嬢』の敵では無いはずであった。


 ──しかし、あまりにも、数が多すぎたのだ。


 しかも彼らは個体よりも、集団こそに重きを置く、『群体』型のモンスターなのである。


 いくら魔法攻撃でけして少なくない数を倒そうとも、自分の命を省みない大群が、次から次に怒濤のように襲いかかってくるのだ。


 とても魔法や飛び道具等の遠隔攻撃で抑えきれるものではないが、もし万が一近接戦闘の肉弾戦に持ち込まれてしまえば、小型とはいえモンスターとJS女子小学生とでは、端から勝負にならないであろう。


「……どうしよう、わたくしたち、このままでは、なぶり殺しにされるか、巣に持ち帰られて、『孕み袋』にされてしまうよう!」


「なっ⁉」


「そんな、アルやん、うちらまだ、小学生やで⁉」


「……いえ、むしろ私たちJSを狙っての、今回の襲撃かも知れません」


「──そうか、今まで使っていた『孕み袋』が、年を取り過ぎて使い物にならなくなったので、いまだ新鮮ピチピチの人間のメスの幼体を、補充しに来たっていうわけですのね⁉」


 そんなタチコちゃんの言葉に促されるようにして、使い古されて使用期限を迎えつつある『孕み袋』──じゃなかった、『ゴブリンの悪役令嬢』のほうへと振り向いた。


「──ちょっ、何よその、いかにも人のことを哀れむような、失礼な目つきは⁉ 何か変なラノベやアニメを見て誤解しているようだけど、ゴブリンには『孕み袋』なんて習性はありません! ていうか、ゴブリンにもちゃんと雌はいます!」


「うん、わかってるよ、赤ちゃんの頃からゴブリンに育てられてきたものだから、あなたは自分のことを、すっかりゴブリンだと思い込んでいるんだよね? ──違うの、あなたは騙されているの、あなたはゴブリンの雌なんかではなく、群れの維持のために必要な、『孕み袋』にされているだけなんだよ!」


「だからそれは、別の作品の話でしょうが⁉ ──ええい、らちもない! ゴブリンを偏見でしか見ることのできない、ラノベ脳やWeb小説脳の、腐った小娘どもが! みんな、構わないから、やっておしまい!」


「「「──ギイ!!!」」」


 わたくしたち魔法令嬢側にイマイチ緊迫感がないのに業を煮やした、『ゴブリンの悪役令嬢』による命令一下、怒濤のように襲いかかってくるゴブリンたち。


「「「「「──くっ」」」」


 もはや、万事休すかと思われた、


 ──その刹那であった。




「グゲッ⁉」


「ギイッ!」


「ガァハッ!」




 突然辺り一帯に、柔らかな光が満ちあふれたかと思えば、次々に悶絶しながら倒れていく、無数のゴブリンたち。


「──おのれ、何やつ⁉」


 光が発せられたと思しき方向へと、敵味方揃って振り向けば、夢の世界の中のビル街の、四、五階建ての背の低い雑居ビルの屋上に、一人の人影がいわゆる『ヒーロー立ち』をしていた。




「……あれは、まさか、『魔法令嬢』⁉」




 そう、処女雪みたいな純白の長い髪の毛に縁取られた、精緻な人形そのままの端麗な小顔の中で、鮮血のごとき深紅の瞳を煌めかせている、その六、七歳ほどの少女は、小柄で華奢な幼い肢体を、いかにもファンシーなレースとフリルに飾り立てられた、膨らんだミニスカートも愛らしい、漆黒のワンピースドレス型のバトルコスチュームに包み込んでいたのだ。




 そしてそのか細い右手に握りしめているのは、あたかも高位の聖職者を彷彿とさせる、神々しき『聖杖ロッド』タイプの、漆黒のマジカルステッキ。




「──ふん、この地区のエースチームと謳われている、『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』のお手並みを拝見していれば、ゴブリンごときに手こずるなんて、幻滅もいいところですね」


 その石榴のような小ぶりの唇から発せられたのは、涼やかなれど辛辣極まりないものであった。


「……もしかして、ゴブリンたちを全滅させたのは、あなたなの? 一体どうやって⁉」


「まったく、まだわからないのですか、『の巫女姫』のアルテミスさん?」


「──っ。わ、私のことを⁉」


「ええ、あなた方『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』については、教団の魔法令嬢育成プログラムにおいて、嫌と言うほど頭に叩き込まれましたからね」


「教団て、もしかしてあなたはあの噂の、聖レーン転生教団異端審問第二部直属チームの魔法令嬢なの⁉ ──とすると、さっきのは教団仕込みの、何か特殊な魔法攻撃だったりするわけ?」


「……やれやれ、もう少し、頭をお使いなられたらいかがです? 特殊魔法をあれだけ広範囲に展開したりしたら、いくら魔導力があっても足りないでしょうが? さっきのは単なる、『癒やしの魔法ヒール』ですよ」


「へ? 『癒やしの魔法ヒール』って………………………あっ、そうか!」


「ようやく気づかれたようですね? その通りです。本来疲労回復や傷病の治癒に使われる『癒やしの魔法ヒール』ですが、当然これは『光魔法』であり、『光の種族』に属する、我々人間やエルフやドワーフにとってはプラスに作用しますけど、『闇の種族』に属する魔族やアンデッドやオークやそれこそゴブリンなんかには、『毒』や『攻撃魔法』以外の何物でもなく、あのように無防備に浴びてしまえば、基本的に抵抗力の乏しい下等モンスターのゴブリンなぞは、イチコロというわけなのですよ」


 な、何と、相手の種族に合わせて、攻撃手段を適切に選択するなんて、言うがやすいが、このような実戦の場では、そう易々とできるものではないわ!




 ──この子、戦い慣れている⁉




 あまりにも予想外の事態の連続に、わたくしたち『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』のメンバー全員が呆気にとられていれば、完全に蚊帳の外に放り出されていた『ゴブリンの悪役令嬢』が、謎の闖入者に対して猛然と食ってかかっていった。


「おいっ、何をもう戦いが終わったような気になっているんだ⁉ まだ我が残っているのを忘れるな! 仲間たちのかたきはきっちりと討たせてもらうぞ!」


 それに対するどこまでもクールな黒衣の幼女の返答は、相変わらず慇懃無礼にして辛辣極まりないものであった。


「……ああ、あなた、まだおられたのですか? とっととどこなりと失せればよろしかったのに。いくらもはやとはいえ、命くらいは大切になされたら?」


「な、何だと⁉」




「──ようく、お考えになってください、こうして人間を襲撃しに来ておいて、ゴブリンのほうは全滅して、人間であるあなただけが巣に帰ったところで、他のゴブリンの皆様は、何と思われるでしょうね?」




「──っ」


「仲間を見殺しにして、自分だけ逃げ帰ったか、それとも、最初からすべてが罠で、あなたは最初から裏切り者に過ぎなかったか。──もしも私がゴブリンなら、そのように考えますけどね?」


「う、ううう……」




「──さあ、もはやあなたに、『帰る場所』は、この世界の中に、存在しているのでしょうかねえ?」




「うわああああああああああああああああああああっ!!!」


 幼い少女の、あまりにも的確なる指摘の言葉に、ついに心折れたようにして、その場に崩れ落ち頭を抱えてうずくまる、『ゴブリンの悪役令嬢』。


 それを見て、すかさずビルから飛び降りて、音も無くその背中へと迫る、謎の黒幼女。


「ガハッ⁉」



 左側の肩甲骨のあたりに差し込まれる、幼女の右手。


 そして一気に引き抜かれた手の内には、淡く輝く紺碧の水晶体が握られていた。


 それと同時に、無数の光の粒子と化して消滅していく、『ゴブリンの悪役令嬢』。


「……悪役令嬢の生命と魔導力の源、『アク=ア=キューブ』? やはりあなたは、魔法令嬢なの⁉」




 思わず声を荒げるわたくしに呼応するかのように、こちらへと振り向く謎の幼女。




 まさにこの時、つやめく小ぶりの唇が、初めて笑みの形に歪んだ。




「──ええ、そうよ、私こそは、聖レーン転生教団がついに育成に成功した、『二期目の魔法令嬢』第一号、人呼んで『ブラック・ホーリー・プリンセス』よ」

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