第170話、わたくし、『洗脳ヒロイン』モノも、結構好きだったりしますの♡

「──アル、おはよう!」


 その朝、わたくしことアルテミス=ツクヨミ=セレルーナが、政府が極秘で運営している『魔法令嬢育成学園』の自分の教室に入るなり、すかさず声をかけてくる、ほんるいさん──いえ、




 ──あたかも、『数年来の親友同士』、であるかのように。




「いやあ、アルはいつもながら、可愛らしいなあ」


「……そんなことないよう、むしろナギサちゃんのほうが、綺麗で大人っぽくて、うらやましいわ」


「何言っているんだよ? まるで月の雫のような銀白色の髪の毛に、人形そのものの端麗な小顔の中で満月みたいに煌めいている、黄金きん色の瞳だなんて、まさに天使か妖精みたいじゃないか?」


「そう言うナギサちゃんこそ、ミサト先生と比べても下手したら年上に見えかねないすらりとした長身を、前の学校のおしゃれなセーラーカラーのワンピース型の制服に包み込んで、彫りが深く整った顔を覆うハーフリムの眼鏡の奥で、いかにも神秘的な紫色の瞳を輝かせているといった、これだけでもとてもJS女子小学生とは思えないほどの美人なのに、おまけに何と腰元まで流れ落ちているストレートヘアが、まるでどこかのアニメか何かから抜け出してきたような、紺碧の大海原さえも思い起こさせる青さなんだから、わたくしごときのありふれた容姿では、まったく相手にならないわよ」


「アルの容姿が『ありふれたもの』だったら、アニメやゲームならではの、もはや『人外』じみたヒロインたちもすべて、『ありふれたもの』になってしまうわよ!」


「それはこっちの台詞よ! 銀髪はまだ現実的だけど、青髪なんてあくまでも、アニメやゲームにおける『記号的存在』でしょうが?」


「……よしましょう、お互いの容姿を誉め合っていたはずが、いつの間にか、ディスり合いみたいになってしまっているわよ?」


「そ、そうね、ついヒートアップしてしまったわ」


 そのように、『ノリ』だけで過熱していた、自分たちのアホ会話を反省していると、


「あはははは、ホンマ二人はいつ見ても、息ぴったりの名コンビやな。本場の漫才師も顔負けやで」


「ほんと、アルちゃんとは同じ『魔法令嬢』のチームメイトとして、学校外では常に行動を共にしている私たちですら、焼けちゃうくらいだものね」


「しかし二人のような、このクラスにおいても群を抜く、超絶美少女同士が戯れ合っていると、我らとしても『眼福』の極みだな」


「うふふふふ、元祖『ソフト百合勢』(自称)である、わたくしとユネコも、負けておられませんわ♡(他称『ガチ百合勢』談)」


 わたくしとナギサちゃんとの、周囲をはばからない『あつあつ』ぶりに、同じ『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』の面々さえも、半分あきれ顔ではやし立ててくる。


「もう、ユーちゃんにメアちゃんにヨウコちゃんにタチコちゃんたら!」


「そうだよ、アルはまだまだお子様なんだから、そんなこと言われたら全部本気にして、恥ずかしがってテンパってしまうから、ほどほどにしておいてね♡」


「ちょっと、誰がお子様よ! 自分が少々大人びているからって、すぐに人のことを子供扱いして!」


「だから、そんなふうにすぐにムキになるところが、お子様だって言っているの」


「ムキー!」


「「「あはははははは!!!」」」


 わたくしたちのまさしく漫才かコントそのままのやりとりに、どっと笑声を上げるクラスメイトたち。


 これぞ、毎日登校時における朝一番の、『通過儀礼』であった。




 ──茶番だ。




『嘘』で塗り固められた、『会話』。


『嘘』で塗り固められた、『笑顔』。


 ──そして、『嘘』で塗り固められた、『関係性』。




 すべてが、何一つ中身なぞ無い、茶番に過ぎなかった。




 大人たちから見れば、いかにもたわいの無い、幼く可愛らしいJS女子小学生であるわたくしたちにも、『社交術』というものは必要なのだ。


 ちょっと怠ってしまうだけで、クラスにおいて、完全にハブられてしまうほどに。


 だからわたくしたちは、毎日朝から、笑顔の仮面を貼り付けて、一日中この『茶番劇』を、演じ続けているのである。




 ──たとえすべてが、『偽りの記憶』に、基づくものであろうとも。




「おはよー、みんなあ、相変わらず、朝から元気ねー」


「「「お早うございます、ミサトせんせー!!!」」」


 これまたいつも通りの担任教師のご登場に、一斉に挨拶を交わす生徒たち。


「おやおや、アルテミスさんと本塁田さんは、相変わらず仲がよろしいようで、感心感心♡」


「そうなんよ、ミサト先生、うちら朝から当てられっぱなしで、敵わんわ」


「もはや『仲がよろしい』とか言う、範疇レベルじゃ無かったりしてね」


「むう、クラス委員としては、教室内の風紀を守る意味でも、このまま黙認しておいていいものか……」


わたくしとユネコも、負けてはおられませんわ(マジ)」


「「「あはははははは!!!」」」


 ミサト先生の軽口に、打てば響くようにして、同じく軽口を返す、『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』のメンバーたちに、それを受けて再びわき起こる、クラスメイト全員での爆笑。




 ──もちろん、これもまた、『茶番劇』の一環であった。




「うふふ、アルテミスさんもちゃんと、このクラスの一員としての『役割』を、果たしているようね?」


「……ええ、ミサト先生、当然です」


「その調子よ、私たち教職員一同も、期待しているからね♡」


「……はい、皆さんのご期待に、必ずお応えする所存です」


 わたくしの機械じみた紋切り型の返事を聞くや、満足そうに頷いて、ここでようやく出席簿を開き、朝の点呼をし始めるミサト先生。




 ──それを見て、わたくしはホッと息をつき、今朝も自分が『生き残れた』ことを、実感する。




『茶番劇』? 『クラスの一員としての役割』? 何でもやろうじゃないか。


 そのすべてが、『偽りの記憶』に基づいたものであろうとも、構いやしない。




 ──だって、『人でなしの化物』であるわたくしにとっての居場所は、ここにしかないのだから。




 この忌まわしき『魔法令嬢』にとっての、『学園』という名の牢獄からも追い出されてしまえば、もはや生きていくことができないのだから。

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