第150話、わたくし、名探偵『悪役令嬢』ですの!【大どんでん返し・その5】

「…………う、う〜ん」




「──気がついたかい?」




「……ここは?」




 いかにも意識朦朧といった感じで身を起こそうとする、年の頃十五、六歳ほどの、清楚な美少女。




「──っ、あ、あなたは一体⁉」




 しかし現在の自分が、同じ年頃の、男装の麗人の腕の中にいることに気づき、思わず身を固くする。


「大丈夫かい? どこか具合の悪いところは無いかな?」


「えっ? い、いえ、特には……」


 とはいえ、まさしく『これぞ王子様』といった感じの、甘いマスクと甘い声でささやかれることによって、一気に警戒感が薄れて、むしろうっとりとほほ染める、深窓の御令嬢。


 ──わかります、やはり『王子様』や『勇者』と言えば、断然、男性よりも女性ですよね♡


 だが、いつまでも、(倒錯的)ロマンチック路線は続かなかった。

 自分のほうを見つめているウミガメ家の重鎮たちの姿に気づき、表情を強張らせるオトネ嬢。




「……わ、私、何ていうことを⁉」




 一気に止めどもない悔恨の情に苛まれる、花のかんばせ


 後日改めて聞いた話によると、転生者に憑依されている状態においても、記憶が保たれていることもままあるとのことだった。

 何せ『ゲンダイニッポンからの転生者』と言っても、実のところは集合的無意識とのアクセス経路チャンネルが開くことで、特定の『ゲンダイニッポン人の記憶と知識』を、己の脳みそに一時的に刷り込まれただけなのですからね。

 例えるならば、夢の中でぼんやりと意識はあるものの、身体が言うことを聞いてくれず、勝手に動き回っている──といった感じではなかろうか。


 これが本当に夢の話なら問題は無いが、あくまでも現実における出来事なのであり、しかも一歩間違えば、大量殺人事件となっていたかも知れないのだ。オトネ嬢の罪悪感がいかばかりか、想像に難くなかった。




 ──だが、力なくうつむく彼女へと降り注いできたのは、罵声や恨み言なんかでは無かったのだ。




「──お嬢、お顔をお上げください」


「むしろ、『お互い様』というものじゃろう」


「我らとて、下手したら、殺し合いを演じておったところなのじゃ」


「それもこれも、我らの弱い心の、為せる業であろう」


「何も、お嬢一人の、せいではないのだ」


「──というか、わしらのほうこそ、申し訳ない」


「いまだ年若きお嬢にばかり、重責を押し付けて」


「自分たちは好き勝手に、醜い権力争いに明け暮れて」


「今となっては、恥じ入るばかりじゃ」


「今回はむしろ、いい機会じゃった」


「我らに反省せよとの、神様の思し召しなのじゃろう」


「もう、我らは、身内同士で、争ったりせぬわ」


「一族全員で一丸となって、お嬢を──ウミガメ家を、支えていくと、ここに誓おうぞ!」




 そう言い終えるや、自分の孫ほどの年頃の少女に向かって、一斉に深々と頭を下げる、重鎮の皆様。


「……皆さん」


 一の姫様から促されるようにして、涙に潤んだ瞳を拭いながら、その場に立ち上がるオトネ嬢。


「ありがとうござます! 私も本家の後継者として、いまだ若輩者でありますが、精一杯務めさせていただきます!」


 そう力強く宣言するや、こちらも深々とこうべを垂れる、次期ウミガメ家当主殿。


 そしてその場に鳴り響く、万雷の拍手!


 あれほどの骨肉の争いを演じていた、ウミガメ家の一族が、まさしく『雨降って地固まる』よろしく、今一つとなった!




 ──しかし、真の狂気の乱痴気騒ぎは、今この時から始まったのだ。




「「「ようし、ウミガメ家の、新たなる旅立ちを記念して、新御当主様の、胴上げだ────!!!」」」




「えっ、えっ、ちょっと、皆さん………………きゃああああああっ⁉」




「「「そーれ、わっしょい! わっしょい! わっしょい! わっしょい!」」」




「や、やめて……あっ、ちょっと、そ、そんなところ……きゃんっ!」




 天高く放り投げられる、小柄な少女の姿は、まるで可憐な花びらのようでもあった。




 ……しかし、スカート姿であるのだけは、いただけない。




 風圧でひるがえるごとに、量子魔導クォンタムマジックスマホで撮影したり、部外者のくせに胴上げに紛れ込んで、身体のあちこちをお触りタッチしたりしている、不届きなる男装の麗人が一人。


 更には、ヒートアップした重鎮たちの口からは、どんどんと『本音』が漏れ始めていく。


「本当は、オトネのことは、自分一人だけで独り占めしたかったのじゃが、こういうのもおつじゃのう♡」


「ええ、可愛いものは、こうしてみんなで愛でてこそ、より魅力を増すものかも知れませんな♡」


「それにオトネたんは、じきに正式な御当主──つまりは、『女王』様となられる身、むしろ今から崇め奉っておくのも、道理というもの♡」


「……ああ、立派に成長なされたオトネたんの足下にひれ伏し、足蹴にしてもらうのが、今から楽しみじゃて♡」


「何せこれまで、類い稀なる女傑たちを輩出してきた、本家のお血筋なのじゃ、きっと素晴らしい『女王様』となられるであろう♡」


「そんな、オトネたんにかしずける幸福、感謝の念に堪えませんぞ♡」




「「「──我らが女王、オトネたん、どうぞ幾久しく、よろしくお願いいたしまする」」」




 そのように全員で唱和するとともに、更に胴上げに熱が入ってきて、もはや高空できりもみ状態となってしまっている、他称『オトネたん』。




「──助けてえ! どなたでも構いませんので、どうぞ私をお助けくださーい!!!」




 大空に鳴り響く、少女の絶叫。


 それはただ単に、現在のフリーフォール的胴上げに対するものだけでなく、もはや狂気の野獣集団と化した、一族の重鎮たちに対するものでもあるのだろう。




「……まあ、少々行き過ぎかと思われますが、一応、オトネさんと重鎮の皆様との、わだかまりは解消されたようですねえ」


 そのように、「えっ、そんな感想で、本当にいいの⁉」的な台詞をおっとりとおっしゃいながら、私のすぐ近くへと歩み寄ってくる、銀髪金目の天使のごとき巫女少女。


「……の巫女姫殿」


「うふっ、わたくしのことはどうぞ、アルテミスとお呼びください、様?」


「──っ。わ、わかりました、アルテミス様」


 彼女の今の台詞は、このようなプライベートの場においては、私のことをけして『魔王』なぞとは呼ばないという、意思表示であった。


 だから、ようやく私は、彼女やメイさんたちの、私に対する『特段のご厚情』についても、気づくことができたのであった。


「……あなた方は、オトネさんが『すべての黒幕』となり得ることを、最初から知っておられたということは、今回この事件に関わられたのは、オトネさんの護衛なんかではなく、むしろこの私の身の安全を守ってくださるためだったのですね?」


「あら、やはり隠し立ては無用でしたわね。──ええ、クララ様はミステリィに関することになりますと、ついマニアとしての気質を先走らせておしまいになって、思わぬ落とし穴に陥る怖れがあり得るからと、お姉様──セイレーン転生教団の現教皇であられる、アグネス=チャネラー=サングリア聖下直々にご依頼なされましたもので」


「……姉上が、そんなことを」


「まあ、もしかしたら余計なお世話かと思いましたが、どうやらお役に立てたようで、良かったですわ」


「こちらこそ、大変ご迷惑をおかけしました。──それにしても意外ですわね、皆様と姉とは、普段から反目し合っておられたかと存じましたが?」


「うふふふふ、確かに教団自体とは、けして友好的とは申せませんが、元をただせば我がホワンロン王国は『龍王の国』、現魔王であられるあなた様とは、盟友のようなもの。こうして助け合うのも、当然でありましょう。──それに今回のことについては、わたくしの従者のほうからも、いつになく強く勧められましたからね」


「メイ殿がですか? それは有り難きこと。何にせよ、今回はホワンロンの方には大変お世話になりました。これから先何かありましたら、こちらのほうでも是非力になりたいかと存じますので、何なりとお申し出ください」


「心強いお申し出、痛み入ります。これからもあなた様とは、良好な関係を築いていきたいかと思いますので、どうぞよしなに」




 そう言って、固い握手を交わし合う、二人の少女。




 それを見守り人々のほうも、笑顔以外を浮かべているものなど、ただの一人もいなかったのである。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「──というのが、昨夜我が妹であるクララ=チャネラー=サングリアが、量子魔導クォンタムマジック電話で伝えてくれた、大方の内容だ」


「……しかし、よかったのですか? 今回は完全に、『敵』に塩を送るようなことになってしまって」


「ふん、とぼけるんじゃない、『アハトアハト最終計画研究所』のチーフ研究員にして実質的な責任者、アルベルト=フォン=カイテル司教よ、今回の『実験の成果』は、そなたにとっても、まさしく『願ったり叶ったり』じゃったのだろうが?」


「くくく、やはり聖下には敵いませんなあ、いやあ、まさかアルテミス嬢が、あそこまで『の巫女姫』として成長してくださるとは」


「我ら教団が最新の量子魔導クォンタムマジック技術の粋を集めて開発した、『属性表示スマートフォン』すらも足元にも及ばない、極めて正確なる『不幸な未来限定の予知能力』に、他者の強制的な集合的無意識へのアクセスによる、擬似的な『転生者の憑依』状態の実現、もはやほとんど『の巫女姫』として、覚醒を果たしていると言っても過言ではあるまい」


「……しかし、良く『内なる神インナー・ライター』のメイ=アカシャ=ドーマン嬢や、『境界線の守護者』であるソラリス=ホワンロン殿下が一緒にいながら、止めようとはしませんでしたねえ」




「なあに、『の巫女姫』の覚醒は、きゃつらにとっても、望むところじゃからな。とにかくこれで、我らの大望が成就する日が、また一歩近づいたというわけじゃ。──そう、我がセイレーン転生教団における最大の悲願である、神にも等しき新たなる人間、『シン・ジンルイ』の創造がな」

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