第149話、わたくし、名探偵『悪役令嬢』ですの!【大どんでん返し・その4】

「なっ⁉ その小娘──ホワンロン王国筆頭公爵家令嬢、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナこそが、あのあらゆる世界のあらゆる異世界転生を司っている、『なろうの女神』に匹敵する、超常の力を有しているだと?」




 いかにも唐突に予想外なことを言われたためか、一瞬絶句してしまう、『すべての黒幕』を自認する転生者に取り憑かれ中の、外見上は十五、六歳ほどの可憐なる乙女、オトネ=ウミガメ嬢。


 しかしあたかも何かに思い当たったかのようにして気を取り直し、すかさず突っ込みを入れてくる。


「いやいや、待て待て! 確かにそいつのことは、『なろうの女神』からも、『最重要人物』として注意されていたけれど、同時に『いまだその力に目覚める兆し無し』とも言われていたぞ? そんな半端物が、俺が仕組んだ複雑極まる『無限再転生』能力を利用した、連続猟奇殺人事件に対して、個々の事件をすべて事前に防止するなんてことができるわけがないだろうが⁉」


 しかしそんなごもっともな指摘に対しても、その年の頃十歳前後の銀髪金目の絶世の美少女は、無表情な顔を微塵も揺るがすこと無く、


 ──とんでもないことを、言い放った。




「……ったく、一の姫様の話をちゃんと聞いておられたのですか? わたくしは事件をいちいち実際に防止していたのでは無く、ウミガメ一族の皆さんのうち、あわや加害者になられようとしていた人に対して、『偽りの記憶』を刷り込むことによって、実際には事件はまったく起こっていないのに、『加害行為』をしたつもりにさせただけなのですよ?」




 ………………………………は?

 あまりに思いも寄らなかったことを言われて唖然となるが、この場でそのように劇的な反応を示しているのは、なぜか私こと『魔王探偵』のクララ=チャネラー=サングリア以外だと、肝心の話題の中心人物のオトネ嬢だけのようで、当惑しながらもとても黙ってはおられないといったふうに、猛然とわめき立てた。

「実際には事件はまったく起こっていないのに、『加害行為』をしたつもりにさせられたって、一体どういうことだ? いくら『の巫女姫』であろうが、あくまでも現時点においては単なる小娘であるおまえなんかに、そんな力があるとでも言うつもりか⁉」




「──だから、単なる小娘であることを、やめたって言っているのですよ?」




 なっ⁉

 小娘であることを、やめたって、つまり、それって──!

 再び唖然となる私とオトネ嬢のすぐ面前にて、並々ならぬ決意に表情を引き締めて、更に語り始める『の巫女姫』殿。




「……これまでのわたくしは、単に逃げていただけでした。──そう、己に課せられた、『の巫女姫』という運命から。だって、怖かったのですもの、確かにわたくしの身の内には、膨大なる魔導力が存在しているのを感知しておりましたが、ひとたびそれを使ってしまったら、もう自分はこれまでの自分では無い、何か『違うもの』になってしまうんじゃないかと。だからこれまで、、それを活用しようとは思いませんでした。──しかし、今回の騒動のあらましを、聖レーン転生教団の方に伺ってから、その考えを改めました。何ですか、せっかく異世界転生したのに『勇者』になれなかったから、その腹いせに、『魔王』を探偵に仕立て上げておいて、『不可能犯罪』を無理やり担当させて、解決できずに恥をかかせて、魔王としての威信を失墜させようだなんて。そんな独りよがりの意趣返しのために、ウミガメ一族の人々を相争わせて命を奪おうなんて、ふざけるんじゃありませんよ⁉ 別に異世界転生者だからって、何をやっても許されるわけではないのですからね? ──いえ、たとえ誰が許しても、『の巫女姫』であるこのわたくしだけは、絶対に許しませんことよ!」




 ……ああ、なるほど。

 彼女は別に、『ゲンダイニッポン』のミステリィ小説でお馴染みの、『怪事件を解決して真犯人の鼻を明かして名声を得る名探偵』なんかではなく、むしろ『たかがミステリィ小説みたいな予定調和の絵空事を成り立たせるために、被害者たちの命を平然と奪おうとする』ことのほうが、どうしても許せなかったのですね。

 確かに、けして他人事だとか、小説の中の絵空事とかではなく、自分の身になってみれば、真犯人の勝手な個人的願望とか、名探偵の名声を高めるためとかに、自分の命をゲーム感覚で奪われたりしたら、堪ったものじゃありませんわよね。

 ……何で『ゲンダイニッポン』の、ミステリィ作家やミステリィマニアの皆様は、こんな至極当然なことがわからないのでしょうか?


「むぐぐ、『なろうの女神』が言っていたように、本当にガチで出版界にケンカを売ろうとする、ヤバいやつらのようだぜ…………い、いかん、こんなやつらにこれ以上かかずらっていては、俺までも仲間と思われてしまう! ──おい、『の巫女姫』! 話はまあ、一応のところわかったが、実際の個々の事件における加害者の犯行については、どうして予測することができたんだ? 確かに転生教団から貸し与えられた、『属性表示スマホ』を使えば、ある程度の参考になるかも知れないが、とても『具体的な犯行』を予測することなぞ不可能で、せいぜい本来ならすべての加害者のターゲットから外れているはずの、この娘──オトネ=ウミガメの身の安全を守ることくらいにしか、役に立たないはずだろうが?」

 なぜか我々探偵陣にとっての『奥の手』であるはずの、『属性表示スマホ』について、異常に詳しい『黒幕』嬢。

 ……『なろうの女神』様って、どこまでおしゃべりなのでしょうか?

 二者二様に困惑しきりのオトネ嬢と私を尻目に、いかにも事もなげに、驚きの言葉を繰り出してくるアルテミス嬢。




「──え? あなた知らなかったんですか? 『の巫女姫』って、ただ単に眠っている時の夢の中とか、実際に危機が迫ってきた時なんかに、自然と災厄が降りかかる未来の様子が、脳内に映像で現れるのですよ?」




「「………………………………」」


 もはや言葉も出ない、オトネ嬢と私であった。


 ええー、いくら『チートスキル』だからって、そんな『反則技チート』なんかあり得ないでしょうが?

『属性表示スマホ』なんて、比較にもならないじゃありませんの?

 ほらご覧なさい、どうやら転生者さんも同じご感想らしく、小刻みに震えながらも、勇気を振り絞って、そんな『信じたくもない事実』を、どうにか否定しようとなさっているではありませんか。

「……じゃあ、おまえは、実際に事件が起こる前に、その自動発動型の予知能力によって、誰が加害者になってどんな犯行に及ぶかについて、すべてわかっていた訳なのか?」

「いえいえ、まさかそんな! 神様でもあるまいし──もとい、たとえ神様であろうが量子コンピュータであろうが、量子論に基づけば、現実世界の未来には無限の可能性があり得るゆえに、いかな『の巫女姫』といえども、せいぜいそのうちの四、五件ほどの特に実現可能性の高い候補に絞り込むのがせいぜいですよ」

 それを聞いて、ホッと胸をなで下ろす、オトネ嬢と私。

 そうですよねえ、未来のことをただ一つに、的中させたりしたら、単なるインチキか、三流SF小説でしか、なくなってしまいますよねえ!

 そのようについ、私たちが油断してしまった、その瞬間。




「──だからわたくしは、夢の中で見た幾人かの『加害予定者』のうち、実現可能性の高低などを吟味して適当に選んで、自分が見た『未来の犯行現場』の様子を、その方が就寝中の時なんかに、集合的無意識を介して脳みそに刷り込んで、すでに『犯行を行ってしまった記憶』を植え付けてしまったのですよ。何せ、脳みそに歴然として『記憶』が存在していれば、その方の認識上においては、間違いなく犯行を行っていることになりますからね」




 ──‼

 な、何ですってえ⁉

 加害者の脳みそに、『犯行を行った』記憶を刷り込んでしまうなんて。




 それではまるで、アルテミス嬢こそが、『すべての黒幕』みたいなモノじゃないですか⁉




「……お、俺たち個々の事件の『実行犯』が、実際には行ってもいない犯行を、行ったつもりになっていただけだと?」

「ええ、それに対して、その事件における『被害者』の方のほうには、すべての事情を包み隠さず明かして、協力を取り付けてから、このヘリポートの地下に秘密裏に設けられていた、ウミガメ家のVIP専用の核シェルターに身を隠していただいて、いわゆる『連続行方不明事件』をでっち上げていたのですよ」

「──くっ、そんな、馬鹿な…………いつからだ! 一体いつからそんなふざけた真似を、俺たち『加害者』に行っていたんだよ⁉」




「それはもちろん言うまでもなく、『最初から』ですよ」




「「なっ⁉」」

 もはや開いた口が塞がらないとは、まさにこのことであった。

 最初からって、ミステリィ小説的怪事件において、どこまでチートな存在なの、『の巫女姫』って⁉




「何せ、我々探偵陣が今回の事件に関わった時点ですでに、最初の事件の『加害予定者』には、転生者が憑依していましたからね。加害者についてのみは、『の巫女姫』の不幸な未来限定の予知能力で、100%正確に察知することができたのですよ。よってその人を皮切りにして、次の加害予定者もこちらのほうで指定する形で、『偽りの記憶』を──つまり、その時点よりも以前の事件に関わるすべての犯行の記憶を、脳みそに刷り込んでいくことによって、本当は事件はまったく行っていないというのに、転生者にだけは連続殺人事件が行われているように思い込ませていたわけなのです」




 ちょ、ちょっと、それって、まさか⁉




「待て待て待て、それじゃまるで、最初の加害予定者に憑依していたの以外の『転生者』は──つまりは、この『俺』は、むしろ『の巫女姫』であるようなものじゃないか⁉」




「ええ、そうですよ? それが何か?」




「「そ、それが、何かって⁉」」




 もはや悲鳴であるかのように、二人揃って叫び出す、オトネ嬢と私。




「……やれやれ、何度も何度も申しておりますように、実のところは『現代日本からやって来た転生者』なんて、量子論や集合的無意識論に則れば、肉体的にも精神的にも存在し得ず、単なる『前世の記憶』そのものでしかなく、言うなれば生粋のこの世界の人間にとっての、『妄想』や『気の迷い』のようなものに過ぎないのです。だったら、それが何かの拍子に集合的無意識とアクセスを果たしたために偶然に生み出されたものであろうが、わたくしのような『の巫女姫』によって恣意的に生み出されたものであろうが、何ら変わりはないのですよ」




「げ、現在の『俺』が、本物の『ゲンダイニッポンからの転生者』なんかではなく、この世界の住人の『妄想』のようなものに過ぎず、しかも『の巫女姫』であるおまえから生み出されたものでしかないだと? ──う、嘘だ、そんなことが、あるものか! 俺は間違いなく、確固とした『ゲンダイニッポン人』なんだ! 本物の『異世界転生者』なんだ!」


「……ごめんなさいねえ、自分が本当は『何者』だったのかなんて、聞きたくはありませんよね。──大丈夫、今楽にして差し上げますからねえ」


 そう言ってアルテミス嬢が目配せをすると、一振りの剣を手にして、オトネ嬢のほうへと歩み寄っていく、男装の麗人。


「き、貴様、何をするつもりだ⁉」


「ご安心を、このつるぎ『トリックスター』は、精神体としての『転生者』は斬れても、けして肉体を傷つけることはないから」




「安心できるか⁉ 俺はまさにその、『精神体としての転生者』じゃねえか! ──く、くるな! くるんじゃない! うわあああああああああああああっ⁉」




 ヘリポート中に鳴り響く、甲高い少女の叫び声。




 ──それはあたかも、今回の事件の幕引きを知らせる、サイレンセイレーンのようでもあった。

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