第130話、わたくし、魔王様(♀)が勇者(♀)に、ヴァレンタインデーのチョコを持ってくるのも、どうかと思いますの。

「──そうそう、そういえば、今日って、ヴァレンタインデーだったわよね♡」




 ………………………………は?




 まさに今、『修羅場』が始まろうとした矢先、いかにも唐突に飛び出した、ホワンロン空軍次官のミルク元帥の言葉に、私こと、ホワンロン空軍最新鋭ジェット戦闘機隊大隊長の、アイカ=エロイーズ男爵令嬢は、一瞬我を忘れてしまった。


「──いやいやいや、突然何をおっしゃるのですか? ヴァレンタインデーならちゃんと、2月14日に済んでいるではないですか⁉」

 それでも、すかさず我を取り戻して、当然のごとく食ってかかるものの、


「──だから、今日が、まさにその、2月14日じゃないのかって、言っているのよ?」


 ………………へ?

「あ、あれ? そ、そうだっけ? ──で、でも、何かメイさんが自業自得的に大泣きしていて、それをヴァレンタインデーのチョコレートを持っているアルちゃんが、慰めているといったシーンが、頭に浮かんでくるんですけど?」

「公爵令嬢には、公爵令嬢に、私たちには、私たちに、それぞれヴァレンタインデーのドラマがあっても、別におかしくないじゃないの?」

「いや、でも、何よりも肝心な『時系列』的に、おかしいんじゃないですか? 私にはどうしても、2月14日はすでに過ぎ去ったようにしか思えないんですが?」




「──だったら、いっそのこと、『ゲンダイニッポン』の視点に立ってみればいいのよ」




 …………………………………………………………おいおい。

 また何か、おかしなことを言い出したぞ? この空軍元帥。

「まさしくこれぞ、異世界転生や異世界転移における基本的原則として、既存のWeb小説によく見られるように、異世界人の歳の取り方とか異世界そのものの時間の流れを、『ゲンダイニッポン』とは差異を設けるといった『マイルール』は、一切必要なく、ただ単純に、『ゲンダイニッポン』と異世界とのお互いに、いかなる時点にでも転移できるとすべきだってことは、当然ご存じよね?」

「……ええ、まあ」

「だったらたとえ、『ゲンダイニッポン』においては2月21日であろうとも、こうしてこちらの世界では2月14日であっても、別に構わないじゃないの?」

「えっ、さっきの基本的原則って、そういう意味だったの⁉」

「とにかく理論的には、けして間違っていはいないでしょう?」

「そ、そりゃあ、理論的には、間違っていないかも知れないけど。──あれ、おかしいな? 確かにすでに、ヴァレンタインデーは終わってしまったような……」

「もうっ、いつまでもグズグズ言わないの! とにかくこの世界においては、今日は2月14日であり、ヴァレンタインデー当日に間違いないんだから!」

「は、はあ、まあ、百万歩くらい譲って、今日はヴァレンタインデーだとしましょう。それで、それが一体どうしたというのです? 確かついさっきまでは、いきなり現魔王であられるクララちゃんが登場してきて、「すわ、何事か⁉」といった、状況だったと思うんですけど?」




「あんたは、『鬼』か────⁉」




「ひえっ⁉」

 私の何気ない極ありきたりな疑問の言葉に、むしろ自分のほうこそがまさしく、『鬼の形相』で怒鳴りつけてくる元帥。


「女の子が! 勇気を振り絞って! ヴァレンタインデーの当日に! 意中の相手の許に! チョコレートを持って訪れたというのに! その『当の相手』から! 『君、何しに来たの?』とか言われたら! その女の子がどんな気持ちになるのか! あんたにはわからないのか⁉」


 ──えっ、チョコレートって?


 思わず魔王様のほうへと見やれば、確かにいまだ幼い胸元をかき抱くようにして、丁寧にラッピングされた小箱を手にしていた。


 ──いかにも恨めしそうに涙に揺れている、小ウサギのような深紅の瞳。


「あ、いや、ち、違うんだ! 私はあくまでも、空軍基地の敷地内に、部外者であるクララちゃんがいきなり現れたから、驚いただけで!」

 慌てふためいて言い訳を弄する、女泣かせの悪いやつ。………………いや、私は、女だけど!


「……ちゃんと事前に申請をして、ご了承をいただいてから、お伺いしましたけど?」

「ええ、基地の規則上、何も問題は無かったから、許可したわよ?」

 それに対してあっけなく返される、お二方のお言葉。




「──いやいやいやいや、いくら外見上は幼い女の子とはいえ、何で魔王様が、王国軍のかなめであり、重要機密がゴロゴロ転がっている、最新鋭ジェット機部隊の隊舎に訪問なされるを、当局自らあっさりと許可しているの⁉」




 僕の心からの絶叫に、目を丸くして口をつぐむお二方。

 しかし老獪なる空軍次官閣下のほうは、すぐさまいかにもあきれ果てたかのように大きくため息をついた。

「……じゃあお聞きしますけど、『勇者』様? あなたがもしも『魔王討伐』を依頼された場合、これが最も効率的だからと言って、ジェット機にナパーム弾を積んで飛んでいって、魔王城ごと魔王も魔族たちも、全部まとめて丸焼きにするかしら?」

「えっ⁉ ──あ、いや、その」

 その思わぬ切り返しに、今度はこっちがしどろもどろとなれば、続け様にクララちゃんのほうにも問いかける、ミルク元帥殿。

「魔王様はどうかしら? いきなりジェット機なんかがやって来て、空爆なんかされたら」

「反撃をするとかどうとか以前に、猛抗議いたしますね、『──何空気読めないこと、しているんだよ⁉』って」

 ──うわっ、この子ってば、結構性格が、きっつうー!

「いや、私だって、もしも『魔王退治』をしなければならなくなった場合でも、ジェット機なんて使いませんから! そもそも、『勇者』である私と、『ジェット戦闘機部隊の大隊長』である私とは、あくまでも別物ですから! もちろん、クララちゃんと我がジェット機部隊が、お互いに脅威になり得ないこともわかりましたけど、私が言っているのは、そういったことではなくて、とにもかくにも一般的に『極秘』扱いにしなければならない軍の施設に、特に同盟国でも無いよその国の要人を、ホイホイ招き入れてもいいのかって、聞いているのですよ⁉」

「……え、あなた、そんなこと、本気で言っているの?」

「わ、私、ショックです!」

 な、何、この二人の反応は?

 戸惑う私に対して、今日一番の衝撃の言葉をぶちかます、空軍次官殿。




「知らなかったの? この世界の勢力を大まかに三つくらいに分けるとしたら、うちは魔王様とは同じ陣営になるのよ? そもそも国名の『ホワンロン』とは、『龍王』を意味しているのであり、実は王族の方々はまさにその龍王の血を引かれているし、それに私やナイ芽亜メアのようなサキュバスが、軍なんかの要職に就いていることからも、わかろうというものじゃないの?」




 そ、そういえば、確かに!

「でもそれだったら、何で『勇者』であるところの私に、最新鋭ジェット機部隊の大隊長なんて地位を与えたりして、王国においてちゃんと居場所を与えてくれているのですか?」

「うん? 別にうちは悪の帝国ってわけじゃないんだから、勇者だからって、何の理由も無しに疎外したりはしないし、むしろ王国民として役に立ってくれるなら、それなりの地位に遇したりもするわよ? まあ、この王国におけるあなたはあくまでも、勇者と言うよりは、最高学府である王立量子魔術クォンタムマジック学院きっての優等生であり、頼りになるジェット戦闘機部隊の司令少佐なのであって、勇者であることに重きは置かれていないんだけど、ひょっとして、学生や軍人であることをやめて、勇者一本に絞るご予定でもあるわけ?」

「──やめてください! 学校や仕事を辞めてまで、自分のことを『勇者』だと言い張るだなんて、そんな哀しいお姉様の姿なんて、見たくありません!」

「ちょっ、なんか『勇者』であることが、『危ない人』みたいに言うのは、やめてくれる⁉」

 ──確かに、勇者って、きちんとした『職業』じゃないし、極論したら、魔王や魔族相手に暴力を行使するしか能がない、『チンピラ』的存在だけど!

「……うん、これ以上この話題を続けても、あまりいいこと無さそうだから、とっとと話を進めることにしよう。──それでクララちゃんは、私に会いに来たと言うことで、いいんだね?」

「は、はい、この、私のチョコレートを、是非とも受け取っていただこうと、思いまして……」

「……え」

 て、手作りって、わざわざ私なんかのために、魔王様が御自ら?

「それは、何というか、ありがたいというか、畏れ多いというか……」




「──それなのに、これは一体、どういうことですか⁉」




「ふえっ?」

 人が恐縮していれば、なぜか当のご本人が、異様に憤慨なされていた。

「これ」と言って、人差し指でさしているほうに、と──

「何で私や元帥さんと会話している最中にもずっと、その子をご自分の腰回りに引っ付けたままでおられるのですか⁉ ──というか、そもそもその子は一体、お姉様の何なのですか⁉」

 まさに『魔王』の名に恥じない、冷徹な視線で、『エイちゃん』を──私の愛機、Ho229の化身である『アニマ』を睨みつけながら、激しく糾弾してくるクララ嬢。

 ど、どうしよう。ここでこの子が、戦闘機のようなものとか言ったら、魔王様怒り狂うかな?

 そのように私が答えに窮していた、まさにその時。




「──私? 私は、御主人様と、一心同体の存在よ?」




「な、何ですってえ⁉」

 ──ちょっとおおおおおおおおおおおおおおお⁉

『アニマ』って、しゃべれたわけ?

 しかも、最初の第一声が、よりによって、それなの⁉


 いきなり投下された、文字通りの『爆弾宣言』。

 ただオロオロとするばかりの、他称『勇者』。

 ニヤニヤとひたすら無言で見守るばかりの、『サキュバス』元帥。

 ドヤ顔でまな板のような胸を反らす、『アニマ』幼女。


 ──そして、深紅の瞳からハイライトが消え去ってしまう、『魔王』様…………って、おいおい⁉


「……御主人様……一心同体……」

 しかも、いかにも心ここにあらずといった感じで、ブツブツつぶやいているしい⁉

 あ、こら、『エイちゃん』ったら、これ見よがしに、すり寄ってくるんじゃない⁉

 ──ひいいいいいっ、ほらっ、魔王様が、視線だけで人を殺しそうな目つきで、睨みつけていらっしゃるでしょうが⁉




「いいでしょう、一体何者かは存じませんが、あなたと私で、どちらがお姉様にふさわしいか、勝負をいたしましょう!」




 ………………………………へ?

「く、クララさん? いきなり、何を……」

お姉様スケコマシは、黙っていてください!」

「あ、はいっ」

 年下の幼女に一喝されて、口をつぐむ、情けなさの極みの『勇者』様。

 そこで満を持して口を挟んできたのは、これまでずっと沈黙を守っていた、この空軍基地の責任者であった。

「勝負って、どうするつもりなんだい? ここは軍の施設なんだから、あまり物騒なことは、いくら友好国の元首様であろうと、許可するわけにはいかないんだけど?」

「ご心配には及びません、これは『ご奉仕勝負』ですので」

「「ご奉仕勝負う?」」

 けったいなパワーワードが飛び出してきて、首をひねる元帥と私。




「先程、そちらの方は、お姉様のことを『御主人様』と呼ばれました。だったらどちらがお姉様にふさわしい、『恋の奴隷』か、はっきりと勝負をつけようではありませんか!」








 ……『恋の奴隷』って、いつあなたが、そんなものになったというのよ? どさくさに紛れて、とんだ風評被害だわ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る