第124話、わたくし、世界の中心で、「ハッピー・ヴァレンタインデー!」と、叫びましたの。
──ここではないどこかで、二人の『人外』が、魔法の携帯端末──
『──どうやらすべては、あなたの思惑通りになったみたいじゃない? メイ』
「当然だ、そのために念には念を入れて、『舞台』を整えたのだからな」
『ふふ、そろそろ「トリックスター」の肩書きも、あなたに譲り渡すべきかしらねえ?』
「世の中を騒がすことを喜びとしている、『なろうの女神』であるおまえなんかと一緒にするな! 私はあくまでもすべてにおいて、アルテミスお嬢様のためにやっているのだ」
『「アルテミス、アルテミス」って、そんなにお嬢様が大切なの?」
「ああ、大切だとも、ある意味、自分の命よりもな」
『それにしては今回、まったくためらうことなく、あの子を別の娘になびかせるようなことをしたじゃない?』
「そうすることが必要だから、したまでの話だ。お嬢様にはあらゆる意味からも、一日も早く『
『だからといって、わざわざ「人格の入れ替え」なんてやるう? しかも「女同士」なんていう、変則ヴァージョンで』
「女同士であるからこそ、意味があるのだよ。巷にあふれるステレオタイプの『男女の入れ替わり』作品のように、ただのエロ路線のラッキースケベイベントなぞ、行うつもりはなかったからな」
『でもあれって、百合作品における、「新機軸」を確立したと言っても、過言では無いんじゃないの?』
「はあ? どこがだよ」
『まず一つ目は、女同士といっても、あえて歳の差を設けることによって、それぞれの身体や精神の発達度の違いを強調したことよ』
「……う〜ん、確かに女性における成長度の違いを強調することは、何となくエロチックではあるわな」
『より大切な演出方法としては、あえて二人を直接触れ合わせることなく、中身を入れ替えることによって、入浴等の日常的生活の場において、あくまでも自分の身体を見たり触ったりしているだけという『口実』のもとに、入れ替わりの相手の身体の秘められた箇所をすべて白日の下にさらけ出したり、全身をエロチックに触り尽くしたりするといった、『間接百合』というか『交換殺人』ならぬ『交感百合』というか、とにかくギリギリ健全性を維持しながら、ある意味大胆なエロ行為を実現するという、百合小説界における、革命的表現方法とも言えたりしてね♡』
「言えん言えん、それには『人格の入れ替わり』という超常現象が必要になるから、単なる『百合』ではなく、『SF小説』の類いになってしまうじゃないか?」
『うふふふふ。むしろ、少なくとも本作においては、そこもポイントなのよねえ。──何せ、『人格の入れ替わり』なんて、実際には、
「……ああ、まあそうだな。その点は大きいよな」
『まあ、読者の皆様にとっては、もはや聞き飽きておられるでしょうけど、お馴染みの集合的無意識のご登場ってわけで、アルテミスとクラリスは、本当に人格が入れ替わったりしたわけではなく、集合的無意識を介して、一時的にお互いの「記憶と知識」を脳みそにインストールすることによって、擬似的な『人格の入れ替わり』状態にさせただけであり、しかもそれを解除する際においても、人格の入れ替わり中の「記憶」についても、これまた集合的無意識を介してお互いの脳みそにインストールすることにより、元通りになった後でも、入れ替わっていた時の「記憶」があるので、本当に人格が入れ替わっていたものと、信じ込ませることができるって次第なのよねえ』
「そうだよな、『人格の入れ替わり』中も、その後においても、実際にはけして人格が入れ替わったりはしておらず、あくまでもそれぞれが自分の脳みそで考え、行動していたに過ぎないのだ」
『読者の皆様におかれましては、前回、あたかもロリキャラのアルテミスが、クラリスの身体を使って、夜のベッドの中で「おいた」をしてしまったかのような発言がなされており、ドン引きなさった方もおられたやも知れませんが、安心してください! あれはあくまでもクラリス姫自身が、自分の身体を使って、自分を慰めただけですので、何も問題は無いのです』
「おい、今何で、クラリス様に『姫』って付けた? いい加減にしないと、宮○アニメファンの皆様に怒られるぞ?」
『だって、本作のクラリス自身も、お姫様じゃないの?』
「──チッ、まあいい。確かに、実際に本人には『物理的』に体験させることなく、アルテミス様に『精神的』に大人の階段を上らせることができるところは、『新機軸』と言えなくもないよな」
『だけど本人としては、けしていい気はしないでしょうね? あなたって、心底アルテミスお嬢様のことを愛しているのでしょう? 本当にそれでいいわけ?』
「愛しているからこそだよ。私はお嬢様が、真に理想的な『
『……強がっちゃってまあ、後で泣くことになっても、知らないわよ』
「ふっ、そんな女の子みたいな感情は、とっくの昔に捨てているよ」
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
──そんなふうに、カッコいい台詞を言う自分に、酔いしれていた時期もありました。
「……ど、どうしたんだろう、最近のお嬢様ときたら、私に対してだけ、何だかよそよそしいように、思えるんだけど」
その時私こと、ホワンロン王国筆頭公爵家令嬢アルテミス=ツクヨミ=セレルーナお嬢様の専属メイド、メイ=アカシャ=ドーマンは、本来は勤務時間であるはずの日中においては珍しくもメイド服ではなく、いまだ野暮ったい部屋着のままで、一人自室の中で溜息交じりにつぶやいた。
例の『人格入れ替わり』騒動が終了してから、すでに数日後、すべては元の日常に戻ったかに思われたが、どうにも気になる点が一つだけあったのだ。
何とよりによって、アルテミスお嬢様の私に対する態度が、何だかよそよそしく感じられるようになったのだ。
これまでは当然のようにして、常に私をべったりと張り付かせていたというのに、このところは他のメイドばかりを側に置き、しかも私には別の用事を申しつけることで、極力私とは別行動を取ろうとなさっているのだ。
挙げ句の果てには、突然休日の今日の朝になって、有無を言わせずに一日の特別休暇を与えられて、他のメイドたちを引き連れてさっさと立ち去っていくといった始末であった。
──まさか、あの『人格の入れ替わり』騒動が、私の仕業だとバレたとか?
いやいや、まさしく『まさか』よ、あれはあくまでも超常の力を使って行ったことであり、証拠なんかが残るはずがなかった。
私が『なろうの女神』にも匹敵する、『
しかし、何をするにも私を頼っていたお嬢様にしては、現在の状況は、あまりにも不可解すぎる。
もしや、明確には知り得なくとも、『
だからこそ、これまた巫女姫の本能的に、私を避けだしたとか。
──そんなの、嫌よ!
──確かに私は今回、文字通りに、お嬢様の身と心を、もてあそんでしまった。
──ただしそれは、お嬢様の身や心を傷つけることが目的ではなく、彼女に真の巫女姫として目覚めてもらうためなのだ。
──そう、すべては、お嬢様自身の、ためなのだ。
……それなのに、これはどうした、ことなんだろう。
……あの時『なろうの女神』には、お嬢様に憎まれても構わないなんて、大見得を切ったはずなのに。
……いざ、本当に嫌われそうになった途端、こんなに怖くなるなんて。
………………………………怖い?
──『
──そんな、馬鹿な!
──指先一つで、あくまでも『精神的』にとはいえ、世界すらも改変することができるというのに。
──そうよ、『
……だけど、お嬢様が
──嫌よ、そんなこと!
──お願い、お嬢様、私のことを嫌わないで!
──もう、お嬢様を騙したりしないから。
──その純真なる心を、もてあそんだりしないから。
──あなたの世界を勝手に壊したり、作り直したりなんか、しないから。
──お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。
「──メイ、ちょっといいかしら?」
──っ。お、お嬢様⁉
「少し話があるのですけど、お部屋に入れてくださらない?」
お、お嬢様が、私の部屋にわざわざ来られるなんて、これまでまったく無かったというのに!
一体、何をなされにきたの?
ま、まさか、解雇宣告とか⁉
「……メイ、いるのでしょう? 早く開けてちょうだい」
「──! も、申し訳ございません、ただ今お開けします!」
メイドとしては、
──たとえそれが、自分に対する、解雇宣告であろうとも。
くっ、こうなればプライドなぞ捨てて、全力で土下座をして、謝ろう!
慌てて部屋の扉を開ければ、そこにはどこか緊張をにじませた、
何かを隠すかのように、背中に回されている、両の腕。
「……入って、いいかしら?」
「ど、どうぞどうぞ!」
そう言って、自然と目を閉じ最敬礼する私を残して、さっさと応接セットの上座へと座る、幼き御主人様。
彼女が落ち着いてからようやく頭を上げて、慌てふためくようにして、対面のソファの横で直立不動となる。
「……座れば?」
「メイドが御主人様と同席するなど、けして赦されることではありませんので!」
それにこれから土下座をしようとしているのに、ソファなんかに座ったら、やりにくくなるからね。
すると何と、お嬢様のほうが立ち上がり、私のほんの目と鼻の先まで迫り来た。
……ううっ、ついに解雇の時が来たのか⁉
いざ、土下座をしようと前屈みとなったのと同時に、後ろに回していた両手をこちらに突き出すお嬢様。
「──はい、メイ、ヴァレンタインデーのチョコレートよ! いつも
………………………………え。
確かに目の前に見えるのは、少し不格好にラッピングされた、いかにも贈り物を思わせる小箱であった。
「お、お嬢様、今何と?」
「あなたをびっくりさせようと思って、こっそり作っていたのですのよ? 他のメイドさんたちに手伝ってはもらいましたけど、一応は
──何と。
──お嬢様が、
──急によそよそしくなったり、
──他のメイドとばかり行動するようになったり、
──その結果、私を避けるようになったり、
──いきなり休暇を与えたりしたのも、
──すべては、このサプライズを、成功させるためだったんだ。
気がつけば私はその場に膝をつき、
「め、メイ⁉」
「……なさい」
「え?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい─────!!!」
「ちょ、ちょっと、メイ、何を泣いているのですか⁉」
そう。私の双眸からは、荒れ狂う感情の滴が、止めどもなくこぼれ出て来ていた。
しかしその時の私は、それを止める術なぞ、まったく持たなかったのである。
……ああ、今頃になって、クラリス姫の、気持ちがわかった。
確かにお嬢様こそは、『真の王子様』である。
──認めよう、私は彼女のことが好きだ。
心の底から、愛していると、断言することができる。
たとえお嬢様が『
慌てふためいて、どうにかなだめようとする
──ギブミー・チョコレート!
あなたの愛を、私にちょうだい!
その代わり、私のすべてを、あなたにあげるから!
──ハッピー・ヴァレンタインデー!
今日この時だけは、世界中の誰もが、幸せになれますように♡
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