第72話、わたくし、メリー『クリスマス』さん、今あなたにプレゼントを届けに来たの♡
「──え? 王立
『そうよ、光栄に思いなさい。まさに数万にも及ぶ、大人気乙女ゲーム「わたくし、悪役令嬢ですの!」プレイヤーのうち、ただ一人だけに与えられた栄誉なんだから』
唐突に私のパソコンへ音声通話を着信させてきた、謎のネット乙女ゲー『わたくし、悪役令嬢ですの!』の運営代表を名乗る、自称『なろうの女神』なる人物の、明らかに十二、三歳ほどと思われる、幼い少女の声音。
──それはあまりにも、驚愕に満ちた報せをもたらしたのであった。
「……いやいやいや、王立
至極当然なる私の物言いに対して、デスクトップパソコンのモニターに映し出されている、禍々しくも可憐なる漆黒のゴスロリドレスに小柄な肢体を包み込んだ、黒髪黒瞳の妖艶な美少女は、案に相違して少しも動じることはなかった。
『それが、どうしたって言うの?』
「へ? どうしたって……」
『……あのねえ、私こと「なろうの女神」ってのはさあ、「小説家になろう」や「カクヨム」における、異世界転生や異世界転移系の小説に登場する、それぞれの作品において転生や転移を司る「女神」という「概念」の集合体であるからして、当然のごとく実際にも、ありとあらゆる世界のありとあらゆる異世界転生や異世界転移を、すべて司っているわけなの』
「はあ、そうなのですか? ──で、それが
『だから私が、あなたを異世界転生させて、実際に乙女ゲーム「わたくし、悪役令嬢ですの!」の世界の中に、入り込ませやるって言っているのよ!』
「は⁉」
……おいおい、よりによって、異世界転生って。
大丈夫か、こいつ。
今時ゴスロリなんか着ていて、やっぱ中二病か何かか?
──つうか、こんな子供が、ネット乙女ゲーの運営代表だなんて、マジなわけ?
『……どうやら、全然信じていないようねえ』
あたかも私の心の内を読み取ったかのように、パソコンのスピーカーから響き渡る、低く重苦しい声音。
「──あ、いや、その、何だ、あはははは」
『まったく……。じゃあ、これを見なさい。論より証拠よ』
少女神の声がそう告げるや、いきなりパソコンの画面が切り替わる。
「なっ⁉」
──とても現代日本とは思えない、時代がかった異国情緒あふれる情景。
──学校らしき建物にひしめいている、多数の制服姿の少年少女たち。
──そして、メイド服をまとった少女を引き連れた、ただ一人だけ異様に年若い、やはり制服姿の女の子。
「……これって、まさか、
そう、その小学生くらいの少女は、月の雫のような銀白色の髪の毛に満月みたいな
もちろんそれは、いわゆる『ゲーム絵』ならではのアニメイラスト風なんかではなく、いかにも日本人とは異なる非現実的美しさをかもし出しているとはいえ、間違いなく現実の人物の映像以外の何物でもなかった。
──っ。そうか、そういうことか!
これって、
この大勢の生徒たちって、きっと外国人のコスプレイヤーや役者さんで、『わたくし、悪役令嬢ですの!』の運営がゲームの大ヒットを祝して、クリスマス記念のファンサービス企画を開催することになって、何とこの私を招待してくれることになったんだわ!
「すごい、すごいじゃない! こんな大がかりなことを実現できるなんて! さすがは名高き『わたくし、悪役令嬢ですの!』の運営さんよね!」
『ふふ、どうやらあなたも、「なろうの女神』の偉大さが、わかってきたようね』
いやだから、女神としてでなく、運営としての手腕を褒めているの!
……まあ、中二病に、これ以上とやかく言っても、無駄か。
「でもそもそも、何でこんな特別な企画の参加者に、私なんかが選ばれたわけなの?」
そうなのである。
別に私は、それほどゲームの腕がずば抜けているわけではなく、全キャラ攻略を果たしたプレイヤーの中には、よほど私なんかより早い段階で、オールクリアをした凄腕のお方もいるであろうに。
『……ああ、あなたが選ばれた最大の理由は、ゲーム内の「悪役令嬢」キャラ──つまりは、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナへの執着心の強さが、他の誰よりも抜きん出ていたからよ』
「え? アル様への、執着心って……」
『実は今回、隠し攻略対象を探り当てたのは、別にあなただけというわけではないの。それというのも、裏選択肢を表示するために入力すべきキーナンバーは、あなたが選んだ『881374』のみとは限らず、第四十四中隊の「44」等の、ゲーム内に出て来た数値なら、何でもよかったのよ』
………………うん、まあ、そうだろうね。
『881374』なんて特殊な数値だけだったら、試してみるやつなんて、非常に限られてしまうから、女神が何を狙っているのかは知らないけど、それだけ有望な人物を採用しにくくなってしまうしね。
『しかし、せっかく隠しキャラの攻略の機会を与えられたというのに、その攻略達成率ははかばかしくなかったのよ。特にアルテミスなんか、散々。あなたがクリアしたドSヴァージョンに行き着く以前で、ほとんどのプレイヤーが脱落してしまったわ』
あー、確かになあ。
デフォルトとしての悪役令嬢ならではの、高飛車で女王様でツンで意地っ張りなところなんか、苦手な人には苦手だろうからなあ。
……私みたいな、『その筋の
『この難関をどうにかくぐり抜けたプレイヤーたちも、次の関門でどこかの「ドM変態」一人残して、全員ギブアップしてしまった。──無理もない。あの「超弩級ガチSアルテミス嬢」は、少々やり過ぎてしまったわ。あんなのまともに相手できるのは、「どこかのドM変態」だけよ。あーあ、失敗失敗』
しかし続いた言葉、とても納得できるものではなかった。
「──何言っているのよ⁉アル様はロリで悪役令嬢でドSだからいいんじゃない!高飛車ツンツンの悪役令嬢であるだけでお腹いっぱいなのにその上ロリ!ロリが高飛車で女王様でツンで意地っ張りって何そのご褒美トッピングのマシマシ状態は⁉プレイヤーを悶死させるつもりか⁉それなのに『ドSにしたのは失敗だった』だと?何言っていやがんだ何が女神だおまえが一番何もわかっていないじゃないか?ロリなのにドS!ドSなのにロリ!そこがいいんだろうが⁉自分よりもちみっこく天使のように清らかで可愛らしい幼い女の子に蔑まれ足蹴にされ踏みにじられる快感♡何でこんなウハウハパラダイスがおまえにわからんのか?幼いちっちゃな女の子からの罵倒これ以上の快感が他にあるというのか?ああ尊いアル様尊い罵声を浴びたい踏まれたい唾を吐きかけられたい♡♡♡この素晴らしさもわからずに
『──わかった、わかったから、少しは落ち着け! それ、Web小説でやったら、駄目だから。ぎっしり詰め込んだ長文なんて見せつけられたら、読者様、逃げてしまうから!』
「──はっ、私は、一体何を⁉」
『……ようやく正気に戻ったようね。──まったく、人選を誤ったかしら。こんなのが唯一の攻略成功者なんて。…………でもそれだけ、アルテミス嬢への執着心が強いのも事実なのよねえ。まさかあれほどの「ドSっぷり」を披露させたというのに、完全に受け容れてしまうなんて』
「愛ですよ、愛! すべては、愛の為せる業なのです!」
『確かにあれも一応は、「愛の形」の一つでしょうけど、間違いなく「歪んだ愛」よね⁉』
「私の純真なる愛が、歪んでいるとは、失敬な。…………で、アル様の執着心が強いのが、何でコスプレパーティへの参加資格の獲得に繋がるわけなの?」
『は? 何よ、コスプレパーティって?」
「だからさっき映像を見せてくれた、王立
『ばっ、コスプレなんかじゃないわよ⁉ あれは正真正銘、現実の映像よ!』
「HAHAHA! 何を、馬鹿な! あれが、現実の光景ですと? あれに参加させてくださるということは、私に異世界転移でもやらせるおつもりなので? いやいやまさか、そんな非常識極まる話があってたまるか⁉」
『だからさっきも言ったでしょう? 「なろうの女神」とは、「小説家になろう」や「カクヨム」における、異世界転生や異世界転移系の小説に登場する、それぞれの作品において転生や転移を司る「女神という概念」の集合体なのであって、当然のごとく実際にも、ありとあらゆる世界のありとあらゆる異世界転生や異世界転移を司っている私にとっては、異世界転生も異世界転移も、文字通りお手の物なのよ──って』
──っ。
……何よ、この子、本気なの?
本気で私を、こことは別の世界──いわゆる異世界において、転生させるつもりなの⁉
「……やれやれ、いまだ半信半疑のご様子ね。──だったらもういっそのこと、そのパソコンモニターのディスプレイ上の、「パーティ参加了承」ボタンを押してご覧なさいな。奇しくも今夜は、この世界における「クリスマスイブ」ですものね♡』
確かに画面下部の一番右の端っこには、いつの間にかそのようなボタンが表示されていたが……。
「いやいやいや、ちょっと待って。さっきの映像が仮に現実として、何で正真正銘本物の異世界──しかもこの世界とはまったく別物の、剣と魔法のファンタジーワールドなんかに、クリスマスなんかが存在しているわけ⁉」
いくらWeb上の
『……やれやれ、今更何を言っているのやら。──あのねえ、これまでもはや無限と言ってもいいほどの、異世界転生や異世界転移が、『小説家になろう』や『カクヨム』において行われてきたのよ? 現代日本の文化や風習なんて、とっくに異世界に広まっているわよ。──それに第一、当の乙女ゲー「わたくし、悪役令嬢ですの!」の中において、クリスマスが当然のように催されているじゃないの。これからあなたに行ってもらう異世界は、まさに「わたくし、悪役令嬢ですの!」をそのまま具現化したようなものだから、クリスマスが存在していても、何ら不思議は無いわけなのよ』
「──ちょっ、何よその、『メタ』そのものの、トンデモ理論は⁉」
『メタだろうが何だろうが、これが事実なんだから、しょうがないじゃない。──ふふっ、よかったわね。少なくとも今年のクリスマスは、「恋人どころか友人の一人もいない、アラサーの独身OLとして、一人寂しくケーキを食べながら、憂さ晴らしに乙女ゲーを徹夜でやり込んだり、
「やかましい! 前回の『アレ』が、どんなに物議をかもしたか、あんたはわかっているの⁉ どこかのワンパターンの『悪役令嬢』Web小説でもあるまいし、独身のアラサーOLが、恋人や友人が一人もいなかったり、クリスマスイブを一人わびしくケーキをやけ食いしながら、乙女ゲーなんかをプレイしているとは、決まっているわけじゃないんだからね⁉」
『……じゃあ、やめとく? 私もだんだん、「人選ミス」だったような、気がしてきたし』
「うんにゃ、やらせてもらおう」
『──あれだけごちゃごちゃ文句をつけておきながら、結局やるのかよ⁉ だったら今までの「くだり」は、一体何だったわけ?』
「……………………字数稼ぎ?」
『そっちこそ、やかましい! 冗談でも、そういうことは言うなよ⁉ 読者様が本気にされたら、どうするつもりなんだ⁉』
「どうするも何も、この私が、アル様と実際にお目にかかって、その薔薇の蕾のような愛らしいお口から罵倒されて、華奢でちっちゃなおみ足から足蹴にされるチャンスを、ふいにするわけないじゃないの⁉」
『…………うわあ、やっぱ間違いなく、人選ミスだったわ。──ちっ、仕方ない。今更他に代わりはいないんだから、とっととそのボタンを押して、ゲームの世界の中に転生しちゃってちょうだい』
「──合点承知の助♡」
そう言い放つとともに、息せき切って、パソコンモニター上のボタンをクリックした、まさにその途端──
いきなりめまいに襲われ、意識が急激に失われていったのである。
『……うふふ、哀れな子羊、一匹ゲット♡』
その時最後に耳に届いたのは、女神と言うよりもまさしく悪魔そのものの、あたかもまんまと人間の魂を奪い取ることに成功したかのような、会心の笑声であったのだ。
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