第57話、わたくし、海底の魔女。愛する人魚姫を食べて、不老不死になったの。

「──き、貴様、一体何者だ⁉」


「どこから、現れた!」


「いずれの勢力の、手の者だ⁉」


 こんなスラム街の路地裏に、突如『謎の美少年』が現れて、わけのわからない蘊蓄を語り始めたのを不審に思ったのは、私ことホワンロン王国筆頭公爵家令嬢アルテミス=ツクヨミ=セレルーナと、その専属メイドであるメイ=アカシャ=ドーマンだけではなく、反乱貴族や公爵家使用人等の『転生者』たちも御同様みたいであった。


「……何者、と言われても、この制服を見ての通り、王立量子魔術クォンタムマジック学院の生徒としか、言いようはないけど?」

「──ふざけるな! たかが学生が、我々『転生者』に気取られずに、この騒ぎの最中に突然現れて、しかもの巫女姫たちに、さも気安く話しかけたりするか!」

「彼女たちは学院の同級生で、以前からの顔馴染みなんだけどね。──とはいえ、あなたたちでは話にならないようだな。……ええと、現在の王都支配勢力の、貴族の関係者の方はおられますか?」

「──む? 何だね」

 何だか『即席転生者』である公爵家関係者とは違って、すでに『転生者』として目覚めてから長いのか、比較的落ち着き払っている中年の男性が、マリオ様の呼びかけに素直に応じた。

「こんなことをいきなり自分から申し出るのも何ですけど、実は僕は聖レーン転生教団の、ワタツミ枢機卿の息子で、マリオ=ネット=ワタツミと申します」

「なっ⁉ 枢機卿のご子息だと? 本当なのか⁉」

「疑うんなら、そちらの公爵令嬢殿にでも、ご確認ください」

 咄嗟に私たちのほうへと振り向く、反乱貴族の関係者と目される男性。

 自分たちの襲撃に者に対して親切に答えてやるつもりはなかったが、あえて否定もしなかったため、それを『消極的な肯定』と見なして、勝手に納得する男性。

「……それで、枢機卿のご子息が、このような火急の場に、どういったご用件が?」

「ああ、あなたたちの邪魔をするつもりは毛頭無いから、安心してください。少し彼女たちと話がしたくてね。それが済めば、さっさと退散いたしますよ」

「見ての通り、状況が状況なので、我々としたら、余計な手間はかけたくはないのだが?」

「ふふっ、ここで教団の関係者に恩を売っておくことは、『余計な手間』のでは?」

「──っ。わ、わかった、十分だけ待とう」

 なぜだか学生相手にあからさまに下手に出る、貴族の関係者とおぼしき男性。

「……やはり、今回の騒動は、教団の仕業ってことですか?」

 あたかも地の底を這うような、陰鬱で重苦しい声音。

 何とそれはいつも元気な可憐なるメイドさん、メイ嬢の花の蕾の唇から漏れ出たものであった。

 しかしマリオ様のほうはというと、少しも堪えた風もなく、いかにも気障に肩をすくめるばかりであった。

「いいや、違うよ。むしろここに来る前に最高幹部連中に対しては、十分自重するように釘を刺しておいたくらいさ」

「こんなにも大々的に『転生者』が関わっている大事件だというのに、転生教団が関わっていないですって? あなたまさかこれが、何の作為も存在しない、偶然の賜物なんて言うつもりじゃないでしょうね?」

「教団は関わっていなくても、確かに作為はあっただろうね。──ただし、それぞれの反乱勢力に対して、十数年くらい前にね」

「それぞれの勢力に対して、十数年前に?──てっ、まさか⁉」


「──そう、別に彼らは、具体的に反乱を唆されたわけでもなく、ただそれぞれ十数年前に『ゲンダイニッポン人』としての『記憶と知識』を与えられて、事実上の『転生者』となり、その卓越した科学技術の知識を、自らの生家が領有している貧しい辺境の地に役立てていって、様々な産業革命や行政改革を──つまりは、超時代的な『NAISEI』を行って、領内を以前に比して格段に豊かにして、最終的には『下克上による王国支配』や『高尚なる貴族特有の読書趣味の一般庶民化』や『田舎でスローライフ』を実現しようとしていたところ、どうやら自分の他にも『転生者』がいて、それぞれ『NAISEI』で力をつけつつあるものの、余計な対抗心を燃やして下手に足の引っ張り合いをするよりも、単独ではあくまでも時期尚早であった『王権簒奪』を、『転生者』貴族全員の力を集めて実行することにしたってところだろうね」


「……それが、本当にすべて、偶然の賜物だと?」

「ふふ、まさか。君だって、もうわかっているくせに」

 そして、基本的に敵味方であるはずの、少年と少女は、声を合わせて宣った。


「「──すべては、かの『なろうの女神』の、仕業であるってことをね」」


 ………………………………へ?

「ちょ、ちょっと、何でここで急に、『なろうの女神』様の名前が出るのです⁉」

 あまり予想外の言葉に、それまで完全に聞き役に回っていたわたくしは、思わず問いただした。

「実は今回の騒動は元を正せばすべて、教団等の現世の勢力ではなく、『なろうの女神』の文字通りの『深謀遠慮』によるものだったのですよ。彼女はただ十数年前に、地方貴族の末っ子なんかの穀潰しや、下級役人の娘なんかに、ただ単に『ゲンダイニッポン』で言うところの、『前世では実現できなかった立身出世や成り上がりや下克上』や『狂的なまでの本好き』や『魔法剣士よりもチートな某戦国武将』等々の『記憶や知識』をインストールすることで、ことさら『上昇志向』が強い『転生者』に仕立て上げて、十数年のスパンでそれぞれを競わせるようにして領土や富や技術を向上させて、彼ら全体の力を結集すれば王国の支配を奪えるレベルに達した際には、一斉蜂起を起こさせるように仕組んでいたのですよ」

 懇切丁寧に説明してはくれたものの、そのメイド少女の言葉は、あまりにも聞き捨てならなかった。

「ちょっ。『地方貴族の末っ子的穀潰し』とか『本好き』とか『チート戦国武将』とか、あまりにまず過ぎるんじゃないの⁉」

「ええ、女神の狡猾なところは、まさにその点にあって、あえて『別々の作者の作品の登場人物』の『記憶や知識』を持ち込んでくることによって、本来のこの世界の『作者』──いわゆる『内なる神インナー・ライター』の世界の書き換え能力を、無効化しているわけなのですよ」

 何と!

 確かに、たとえ世界の改変能力という、本来無敵のチート能力を持っていようと、他人様のキャラを勝手に自作内でやっつけてしまったりしたら、越権行為も甚だしく、同じWeb作家でありながらのエチケット違反として、重大なる問題ともなりかねず、うかつに手の出しようが無いじゃないの⁉

「……『女神』を自称しているくせに、何と狡猾な」

「そういう女なんですよ、あいつって」

 さも憎々しげに言い捨てる、可愛い可愛いメイドさん。

 ──あれ?

 メイってば、いかにも『なろうの女神』様のことを、ごく親しい知り合いだか腐れ縁の悪友みたいに言っているけど、一体二人はどういう関係にあるわけ?

「……いや、メイについては今更だし、どうせ聞いても答えをはぐらかされてしまうだろうから、一応置いておくけど、彼女と負けず劣らず訳知り顔であられるマリオ様のほうは、確かに教団枢機卿のご子息とはいえ、現時点においては一介の学生に過ぎない身でありながら、何でそんな十数年にもわたるこの王国における裏の裏の事情を、熟知されておられるわけなのでしょうか?」

 そのように猜疑心たっぷりに問いかけてみれば、答えはすぐ側の少女のほうから返ってきた。


「──そりゃあ、そうでしょうよ。何せ彼こそが、当代における、教団に巣くう不老不死の御本尊、『海底の魔女』であらせられるのですからね」


 ………………………………は?

「か、『海底の魔女』って、あの、初代教皇『人魚姫』とともに、教団の創設に尽力し、そしてそのまま教団の歴史を見守り続けてきたと言う? ──まさか、そんな、不老不死の魔女だか御本尊だなんて、ただの伝説じゃなかったの⁉」

「……お嬢様、ここが基本的に何でもアリの、剣と魔法のファンタジー世界であることを、お忘れですか? そもそもいわくつきの宗教組織には、不老不死だったり全知だったり予知能力者だったりする、妖しげな影の支配者が存在することは、この手の作品セカイではお約束のようなものじゃないですか?」

 そ、そういえば、そうだった。

 私自身も、れっきとした、ファンタジーワールドの住人だったっけ。

 最近何かと言うと、『量子論』とか『集合的無意識論』とかばかり取り沙汰されていたので、すっかり忘れていた。

「で、でも、確かにマリオ様は『いにしえの救国の巫女姫の生まれ変わり』と言われておられますが、とても教団の御本尊や不老不死の魔女とかいった、埒外の存在であられるようには見えないのですけど……」

「ああ、僕の場合、『巫女』というよりは、『尼僧』と言ったほうが、より正確かな?」

「ええっ、尼さんですかあ?」

 マリオ様ご自身の主張ではあるが、確かにどことなく中性的とはいえ、いくら何でも『尼僧』には見えなかった。

「『ゲンダイニッポン』においては、『八尾比丘尼やおびくに』という、人魚の肉を食べることによって不老不死となってしまった、女性の伝説があるんだよ。おそらくうちの教団の『海底の魔女』というは、それをなぞらえているんだろうね」

「不老不死の『海底の魔女』が、システムって……」

「不老不死ってのは、現実的に十分実現可能なんだよ。むしろ君たちホワンロン王国の人たちお得意の、『集合的無意識論』に則ることによってね」

 ──‼ 集合的無意識論に則る、ですって⁉

「皆さんご存じのように、ありとあらゆる世界のありとあらゆる存在の『記憶と知識』が集まってくる、集合的無意識とアクセスさえできれば、過去に生きていた人物の『記憶や知識』を己の脳みそにインストールすることすら可能で、これを応用すれば、初代の『海底の魔女』の『記憶と知識』を、代々教団関係者にインストールし続けることによって、実質上の『海底の魔女の永久的転生』を──すなわち、事実上の『海底の魔女の不老不死化』を実現できるってわけなのさ」

 ──な、何と。

 これまで散々、集合的無意識とさえアクセスできれば、どんな超常現象であろうと実現することができると言われてきたけれど、まさかあくまでも『事実上』という但し書きが付くとはいえ、『不老不死』まで可能だったとは⁉


「どうだい、『転生』の万能さ、素晴らしさは、骨身にしみたかい? 君たちも頑なな『異世界転生拒絶主義』は捨て去って、我が教団の『なろう教』に帰依することをお勧めするよ」


 ──そのように私たちに向かって言い放つ当代の『海底の魔女』の少年は、まさしく絶対的な自信に裏付けられた、会心の笑みをたたえていたのであった。

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