第33話、わたくし、メリーさん。今、ハロウィンの渋谷にいるの。(その2)

「──何をいつまでもボケッとなさっているのです、さっさとしゃきっとなさいませ、にいさま!」


 突然すぐ間近で怒鳴りつけられた幼い声に、はもうろうとした夢心地の状態から、たちまち我に返った。


 目の前にいたのは年の頃十二、三歳くらいの、月の雫のごとき銀白色の長い髪の毛に縁取られた西洋人形そのままの愛らしい小顔に、ツンとすました勝ち気な表情を浮かべた、純白のワンピース姿の絶世の美少女であった。

 きつい言葉を突きつけながらも、こちらを見つめる満月みたいなつぶらな黄金きん色の瞳の奥に見え隠れてしている、どこか不安げな色。


「……もしかして……よみ……ちゃん?」


「まあ、兄様ともあろう方が、このわたくしが誰だか忘れかけてしまわれるなんて、よほど重症のようですわね、頭の打ち所でも悪かったのですか?」

 そう言ってプイッと横を向く少女の言葉に、今まさに地面に尻餅をついた形になっている自分の身体が、純白のカッターシャツと紺色のスラックス姿の、十八、九歳ほどの青年のものであることと、頭部に原因不明の鈍い痛みがうずき続いていることに気がついた。


「──そのように、邪険になさいますな。仕方ないではありませんか? 何せ琉一様は、私が暴投してしまったバスケットボールから、詠お嬢様を身を挺して守ろうとして、頭に直撃を受けて、ぶっ倒れて気を失っておられたのですから。お嬢様だって本当は感謝しているくせに、そんなきつい言い方ばかりしていては駄目ですよ」


 突然僕らの会話に割り込むようにして、焦げ茶色のボールをドリブルしながらやって来たのは、白のシャツと黒のベストとスラックスで小柄ながらもしなやかな肢体を包み込み、ベリーショートの黒髪に縁取られた端整な小顔をした、いかにも『少年執事』といった感じの、年の頃十五、六歳ほどの中性的な少年であった。

「ゆ、ゆうったら、わたくしは別に、兄様に感謝など!」

 真っ赤になって焦りながら、自分の『しもべ』である分家の少年へと言い返す、他称『お嬢様』。


「……ああ、僕は大丈夫だよ。別にどこにも異状はなさそうだし。心配かけて悪かったね。さあ、続きをしようか」


 その時いかにも場を和ませるようにして、半ば言葉を紡いだ僕の姿に、ようやく心からホッとした表情となる、いかにもテンプレな『ツンデレ』娘。

「そ、そうですわ。兄様には今日の夕刻より、に、連れて行っていただかなければならないのですからね、これ以上時間を無駄にはできませんわ」

「……護衛兼お守り役の私としては、あまり不特定多数の輩が集まるところなぞは、ご遠慮していただきたいのですが」

「ふん、こうしてあなたが常にうっとうしく側につきまとっているというのに、わたくしの身に危険が及ぶことがあるとでも? ──頼りにしておりますよ、『武装執事』さん」

「誰が『武装執事』ですか、Web小説や漫画の読み過ぎではないのですか? 『性悪令嬢』様」

「だ、誰が『性悪令嬢ですか』! それを言うなら『悪役令嬢』でしょうが!」

「ほう、『悪役令嬢』であられることは、お認めになるわけで」

「きいいっ、誘導尋問とは、卑怯なり!」

「と言うより、お嬢様が、乗せられやすいだけでは?」

「何ですってえ⁉」

「いーえ、何でもありませんよ? …………ふっ」

「あー、今鼻で笑った! あなたは自分のあるじのことを、一体何だと思っているのです⁉」

「ですから、『悪徳令嬢』であられると──」

「だから、『悪令嬢』ではなく、『悪令嬢』だと───あっ」

「ふっ」

「鼻で、笑うなあああー‼」

 そうしていつものようにじゃれ合いながら、あかつき本家の邸宅の広大な中庭で、幼なじみ同士の玉遊びを再開しながらも、僕は心の中で大混乱に陥っていたのである。


 ──何でついさっきまで、剣と魔法のファンタジー世界のホワンロン王国の誇る最高学府の、王立量子魔術クォンタムマジック学院の学生騎士団室にいたはずの、ホワンロン王室第一王子のことルイ=クサナギ=イリノイ=ピヨケーク=ホワンロンが、このように『完全なる現実世界』である現代日本の誇る、名家中の名家明石月家の御本家のお屋敷にいて、身体だけでなく心まで──つまりは、『記憶や知識』まで完全に、現代日本人であるくさなぎ琉一になり切っているのだと。


 それに何なんだ、にとっては遠縁の従妹に当たり、また同時に将来を誓い合った婚約者でもある、明石月御本家令嬢の詠と、そのお付きの少年執事の祐記ときたら、


 年格好や下手すると性別まで違えど、元の世界のの元婚約者である、王国筆頭公爵家令嬢アルテミス=ツクヨミ=セレルーナと、彼女の専属メイドあるメイ=アカシャ=ドーマンと、そっくりそのままじゃないか⁉




 ──いや、本当は心のどこかで、理解していたのである。




 まさに今この時、俺は、『異世界転生』だか『異世界転移』だかを、しでかしてしまったのだと。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


ちょい悪令嬢「──さて、ここで唐突ですがこれよりは、PV5000アクセス突破記念特別エピソード、『わたくし、メリーさん。今、ハロウィンの渋谷にいるの』に関する解説コーナーを、毎度お馴染みの量子魔導クォンタムマジックチャットルームにて行います! ──皆さん、拍手!」


ちょい悪令嬢とかませ犬以外の姿なきモブたち「「「わあー!(盛大に拍手しながら)」」」


ちょい悪令嬢「では最初に、何で『ゲンダイニッポン』ではとっくに終わっているはずの『ハロウィン』を、こちらの世界においては今頃になって行っているかについてですが──」


かませ犬「──待て待て待て待て待て待て待て待て、ちょっと、待てい!」


ちょい悪令嬢「……何ですか、またあなたですか、かませ犬さん。──ったく、毎度毎度これからという時に、邪魔ばかりするんだから。ひょっとしてあなた、存在そのものが、『クレイマー』か何かであるわけなんですか?」


かませ犬「違うよ! 一応この国の第一王子だよ! 何だよその、『存在そのものがクレイマー』って⁉」


ちょい悪令嬢「だったら、大人しくしてくれませんか? 今回は特に、異世界と『ゲンダイニッポン』との関係についての、非常に重要な話をするつもりなのですから」


かませ犬「俺が言いたいのも、まさにそれだよ! 何で前回ラストにおいては、この世界で『メリーさん』と化したおまえに迫られて、文字通り大ピンチというところで終わっていたはずなのに、今回初っぱなからいきなり、『ゲンダイニッポン』へと舞台を移して、何か俺のが、異世界転生を果たしたみたいな話になっているんだよ⁉ しかも俺やおまえやメイに該当する人物の年齢が、この世界よりも若干高めになっているのは何でだ? 両方の世界で各キャラの年齢を揃えておかないと、後々何らかの支障を来すんじゃないのか? その上更に驚いたことには、前回では『ゲンダイニッポン』においてとっくにシーズンが終わっていたはずの、ハロウィンのイベントにこれから行くとか言っているし──等々といった感じで、とにかく二つの世界の間で、『時系列』がむちゃくちゃになっているじゃないか⁉」


ちょい悪令嬢「……………………驚きましたわ」


かませ犬「え?」


ちょい悪令嬢「申し訳ありません、あなたのことを完全に見くびっておりましたわ。──いや、ほんと、そのご質問、グッドタイミングですよ!」


かませ犬「ぐ、グッドタイミングって、一体何がだよ?」


ちょい悪令嬢「実はですね、今回の解説コーナーのメインテーマは、まさにその、『ゲンダイニッポンとこの世界との時系列問題』だったのですよ!」


かませ犬「ほえ? 時系列問題って……」


ちょい悪令嬢「Web小説なんかの異世界転生や異世界転移系の作品において、よく問題になるやつですよ。『ゲンダイニッポンと異世界とでは、時間の流れは一緒なのか、それともどちらかに偏りがあるのか?』に始まり、『異世界人全体、あるいは各種族によって、ゲンダイニッポン人とは年のとり方は違うのか?』とか、『何度も異世界に転移したり転生したりする場合、いっそのこと時系列を無視して、前回よりも過去の異世界に行くことはできるのか?』等々、まさしくゲンダイニッポンにおいて『異世界系』の作品が産声を上げて以来ずっと、作者を始め読者や評論家や編集者等の、出版関係者をことごとく悩ませてきた、最大の問題にして、これを完璧に解き明かせば、『ネット小説大賞』や『カクヨムコン』なんかを受賞するよりも、Web作家としての最高の栄誉を獲得することのできる、Web小説における『最終定理』とも呼び得るやつですよ」


かませ犬「……おい、まさか──」




ちょい悪令嬢「ええ、今回このコーナーにおいて、まさにこのWeb小説における最終定理を、見事解き明かして見せようと申しているのですよ。──良かったですね、今この作品を御覧の読者の皆様。あなたはまさしく今、Web小説界における歴史的瞬間に、立ち会おうとなされているのですよ」




かませ犬「──いかにもここぞとばかりに、大きく出たな、おい!」


ちょい悪令嬢「まあ、そうは言っても、基本的には、極当たり前のことを述べるだけなんですけどね」


かませ犬「極当たり前って?」


ちょい悪令嬢「そうなんです、極当たり前の『常識的お約束』さえ守っていれば、いいのです。なのにWeb作家の皆様って、余計な『俺ルール』ばかりでっち上げるものだから、自縄自縛的にぐだぐだになっているだけなのですよ」


かませ犬「俺ルール? 何だそりゃ」


ちょい悪令嬢「ほら、よくあるでしょう、『異世界はゲンダイニッポンよりも時の流れが十倍早い』とか、『異世界人──中でも魔族は、ゲンダイニッポン人よりも十倍長生きする』とか」


かませ犬「ああ、はいはい、あるよね、そういうの、いっぱい」


ちょい悪令嬢「そういうのに限って、最初のうちはうまくいっていたのに、話が進むにつれて矛盾点がいっぱい出て来たり、逆に矛盾点を出さないようにせんがために、かえって作者自身が思い通りのストーリー展開ができなくなってしまったりしがちですわよね」


かませ犬「そうそう、『Web小説あるある』だよね、そういうのって」


ちょい悪令嬢「それで、いっそのこと、そういう『俺ルール』の類いを全部取っ払って、『異世界とゲンダイニッポンとの間の時間の流れのギャップ』に関して、極基本的な統一ルールを決めて差し上げようと思いますの」


かませ犬「………あー」


ちょい悪令嬢「おや、何だか、乗り気ではないようですね?」


かませ犬「いや、俺自身はともかく、そういうことをやろうとすると、『余計なお世話だ』とか『何様のつもりだ』とか『それこそが俺ルールだろうが?』とかといった感じに、袋だたきにあうだけじゃないかと」


ちょい悪令嬢「ああ、その点なら、大丈夫です」


かませ犬「と言うと?」


ちょい悪令嬢「先程も申しましたが、本当に『基本中の基本』でしかありませんので」


かませ犬「……一応、言ってみろ」




ちょい悪令嬢「まさしく『異世界』系の作品を作成する際には、絶対に守らなければならない基本中の基本的ルール──それこそは、『時間というものは、「現在」の一瞬だけしか存在しておらず、世界というものは、現在目の前にあるこの「現実世界」だけしか存在しない』という、たった二つのみなのです」




かませ犬「………………」


ちょい悪令嬢「ええと、何かコメントなぞは、ございませんでしょうか?」


かませ犬「それって確かに、『基本中の基本』だけどさあ」


ちょい悪令嬢「はい」




かませ犬「──そもそもそれじゃ、異世界転生も異世界転移もタイムトラベルもできなくなって、Web作家のほとんど全員が、商売上がったりになるじゃないか⁉」




ちょい悪令嬢「……ああ、やはり、そう思われますか」


かませ犬「これ以外に、どう思えと⁉」


ちょい悪令嬢「いえいえ、わたくしはこの基本的原則下にあっても、異世界転生やタイムトラベル等は、、ちゃんと実現できると思っていますよ?」


かませ犬「な、何だよ、その『可能性の上では』って?」


ちょい悪令嬢「実はですね、『ゲンダイニッポン』における現代物理学の根本をなす量子論に則れば、ちゃんと異世界転生やタイムトラベルも、実現可能となり得るのですよ」


かませ犬「え、『ゲンダイニッポン』の最先端の物理学が保証してくれているのなら、やはり異世界転生はできるってことでいいじゃん」


ちょい悪令嬢「はい、だからこそむしろ、Web小説等の創作物フィクションならではのインチキな異世界転生や異世界転移やタイムトラベルは、一度完全に否定すべきなのです」


かませ犬「な、何だよその、『創作物フィクションならではのインチキ』って、いかにも危ないフレーズは⁉」


ちょい悪令嬢「先程も申しましたように、現実世界における大原則である、『世界というものは、現在目の前にあるものただ一つだけ』に背いた、異世界や過去や未来の世界等の『現実世界とは異なる世界』が、確固として存在していて、現実世界との間で自由自在に行き来できるなどといった、インチキ極まる小説や漫画やアニメやゲーム等のことですよ」


かませ犬「だから、全方面にケンカを売るようなことを言うなって、言っているんだよ⁉ そんな『全否定主義』的考え方に立っていて、何で量子論に則りさえすれば、異世界転生やタイムトラベルが実現できるようになるなんて言えるわけ?」


ちょい悪令嬢「なぜならば、量子論というものが、『未来の可能性』を論じる理論だからです」


かませ犬「へ? 量子論が、未来を論じているって……」


ちょい悪令嬢「先程は『現在』以外には、『未来』も『過去』も存在しないかのように申しましたが、これはあくまでも、青いタヌキ型ロボットがやって来るような、三流SF小説もどきの漫画やアニメに出てくる、確固とした『未来の国』なんて存在しやしないと言っているだけで、普通にわたくしたちが頭の中で思い浮かべる、『概念としての未来』のほうの存在まで否定するものではございません」


かませ犬「おいっ、おまえは『ゲンダイニッポン』の出版界に対して、何か恨みでも…………いや、待てよ。『あれ』って、タヌキではなくて、ネコ型じゃなかったっけ?」


ちょい悪令嬢「そしてまさしく、『未来=無限の可能性』というものを追究しているのが、量子論なのであり、中でも多世界解釈で言うところの多世界とは、けして小説や漫画に出てくる『常に確固として存在している世界』なぞではなく、言わば『未来という概念的存在を具体的に形にしたもの』なのであって、いくら多世界という一種の世界の存在可能性を量子論が保証しているからって、『存在するかしないかの確率が二重的に存在しているシュレディンガーなオバケ猫』とか『いつでも行き来できる異世界や過去や未来の世界』とかが、本当に存在しているわけではないのですよ」


かませ犬「いやだから、結局量子論は、並行世界の存在を肯定しているのか否定しているのか、どっちなんだよ⁉」


ちょい悪令嬢「小説や漫画的な『並行』世界は全否定しておりますが、未来の可能性の具現である『平行』世界の一種である、『多世界』は肯定しております」


かませ犬「それって、どう違うんだよ⁉」


ちょい悪令嬢「言わば、『世界』と『世界』との違いです」


かませ犬「は?」


ちょい悪令嬢「分岐世界と言えば『ギャルゲ』、『ギャルゲ』と言えば分岐世界と言うことで、ここはWeb作家の皆様も大好きな、『ギャルゲ』に基づいてご説明いたしましょう。言わば並行世界とは、現在攻略中のヒロインとはヒロインのルートのことであり、それに対して多世界とは、あくまでも現在攻略中のヒロインの選択肢ごとの分岐ルートのことであって、あるヒロインを攻略中のプレイヤーにとっては、そのヒロインの世界ルートだけが現実の世界ルートなのであって、そのルート内の選択肢を好きに選べば、望み通りの分岐世界ルートへと進むことができますが、それに対して『現在攻略中ヒロイン』のことを攻略しようだなんて、非現実極まりない話でしかなく、つまりギャルゲをプレイ中のプレイヤーにとっては、現在選択していないヒロインの世界ルートなぞは、なのであり、これぞ量子論によって存在可能性を保証されている『平行(=分岐)世界』に対する、まったく存在を否定されている『並行世界』に当たるのです」


かませ犬「うわっ、本当だ、ギャルゲに例えたら、俄然わかりやすくなった!」


ちょい悪令嬢「そうでしょうそうでしょう。そもそも『ギャルゲ大好き』Web小説家風情は、無理に小難しいことを考えずに、最初からギャルゲになぞらえて考えとけってことですよ」


かませ犬「言い方! ……いやでも、確かに納得だよな。つまり最初からこの現実世界と分かれて存在している『並行世界』なんぞは、まったく存在していないけれど、分岐することで現時点の世界とは分かれていく、『平行(=分岐)世界』のほうなら存在しているってことなんだよな」


ちょい悪令嬢「え、いいえ? わたくしそんなこと、言っていませんよ」


かませ犬「………………は?」




ちょい悪令嬢「むしろわたくしは、異世界も過去や未来の世界も、平行世界的な世界はすべて、この現在よりも存在していると申しておるのです」




かませ犬「へ……………………って、いやいや、いくら何でも、それはおかしいだろう? 異世界も過去や未来の世界もすべて、最初から未来において揃っているだって? 何だよ、そりゃ? 百歩譲って、未来の世界が未来に存在するのはわかるけど、過去の世界まで未来に存在しているって、どういうことなんだよ⁉」


ちょい悪令嬢「うんうん、これまでの『間違ったSF小説』を鵜呑みにしてきたら、そういう反応になりますよね。──では、ここで質問です。ある人物がタイムマシンで『百年前の過去』に行く予定でいます。さて、それが晴れて実行された場合、果たして『過去の出来事』でしょうか? それとも『未来の出来事』でしょうか?」


かませ犬「そりゃあ、過去へのタイムトラベルなんだから、過去の出来事に決まって………………いや待てよ、実際にタイムマシンに乗って出発するのが、だとしたら」


ちょい悪令嬢「当然それって、『未来の出来事』ですわよね♡」


かませ犬「──ぐっ」


ちょい悪令嬢「そうなんですよ、異世界転生するにしたって、異世界転移するにしたって、過去や未来にタイムトラベルするにしたって、当然すべては、『現在よりも未来の出来事』になってしまうのです。これまで古今東西のインチキSF小説にすっかり毒されてきたあなたたちは、こんな常識一つすら、すっかり忘れ果ててしまっておられるのですよ」


かませ犬「……うぐぐぐぐ、返す言葉もねえ」


ちょい悪令嬢「よって結論としては、先程も申しましたように、この現在の世界のいわゆる『一瞬後の世界』においては、まさしくこの現時点の『日常的延長上の世界』を始めとして、いわゆる『似て非なる世界』であるパラレルワールドも、まったく異なる主にファンタジー的な異世界も、過去や未来の世界も、その他あらゆる意味で『別の可能性の世界』と呼び得るものが、そのすべての『時点』を耳を揃えて、まさしく一瞬後の未来にずらりと待ち構えているわけなのです」


かませ犬「……ええと、その『すべての時点』、と言うのは?」


ちょい悪令嬢「過去や未来の世界はもちろんのこととして、パラレルワールドや異世界においても、その歴史の開闢から終焉まで、すべての『時点』が揃っているのです」


かませ犬「はあ、何で? 百年後の未来は一瞬後の未来ではなく、文字通り百年後の未来に存在すべきだろうが?」


ちょい悪令嬢「あはははは、常識──と言うか、『古い考え方』からすれば、そうなりますよね? しかし残念ながら量子論に則れば、『未来』というものは、たとえ概念上であっても、のです」


かませ犬「だから何でだよ! 『百年後の未来』はあくまでも『百年後の未来』だろうが⁉」


ちょい悪令嬢「つまりですね、量子論の言うところの、我々人類を始めとする万物を構成する物理量の最小単位である量子というものは、いわゆる『確率的存在』なのであって、ほんの一瞬後の『形』も『位置』も『動き』も、すべて予測不可能なのであり、一瞬後の未来に無限に存在し得るあくまでも可能性上の、無限の『形』や『位置』や『動き』が重なり合った状態にあって、これこそが一般的にもよく知られている、『量子というものは実際に確認するまでは、「形」や「位置」や「動き」が確定されておらず、無数の「形」や「位置」や「動き」が重なり合った、多重的「確率状態」にあるのだ』と言うことなのであって、よってその量子によって成り立っている我々人類を含む世界そのものも、ほんの一瞬後にも過去や未来や異世界にルート分岐する可能性があり得るわけですが、一瞬後の未来において『一瞬後の世界』以外の、『百年後の世界』とか『千年後の世界』とかが存在していないと、百年後の未来や千年後の未来にタイムトラベルすることができなくなりますので、あなたがすべてのSF小説家を敵に回したくなかったら、一瞬後の未来には、百年後の未来や千年後の未来を始め、すべての『未来の世界』が揃って存在することを、認めないわけにはいかないのですよ」


かませ犬「ううう、だったら、すべての世界が『時点として』揃っているってのは、どうなんだよ? 世界と言うからには、もっと時間的に幅があっても構わないんじゃないのか?」


ちょい悪令嬢「駄目です、世界というものは、まさしく分岐することが可能でなくてはならないのですから」


かませ犬「はあ?」


ちょい悪令嬢「先程も申しましたが、未来というものは一瞬後のみでなく、十年後も百年後も千年後も、ずっと一直線に続いていくものというのは、古い考え──いわゆる『古典物理学』的考え方なのであって、現在では量子論によって完全に否定されているのです。歴史が一直線に続いていくとしていたからこそ、古典物理学においては『絶対に当たる予言を実現できるラプラスの悪魔』なんてものをでっち上げることができていたのですが、それを全否定した量子論は、未来予測なんてけして当たりっこないと宣言したようなものでもあるのです。何せすべての物質の物理量の最小単位である量子の、ほんの一瞬後の未来すらも予測することができないのですからね。よって世界というものは、一瞬ごとに分断された『時点』でしかなく、だからこそまさしく一瞬ごとに、異世界転生やタイムトラベルしてしまう可能性を、けして否定できないことになるのですよ」


かませ犬「……異世界を含むこの現実世界とは異なる世界が、一瞬後の未来に、すべての『時点』を耳を揃えて存在しているって、まさか──」




ちょい悪令嬢「ええ、そろそろ最終的な結論とまいりましょう。この現在から一瞬後の未来において、異世界はすべての時点を揃えて存在しているので、このことを踏まえてWeb小説作成を行えば、例えば『勇者召喚』のように自由自在に異世界転移や転生ができる場合には、お互いの世界において現在過去未来を問わず、あらゆる時点からあらゆる時点へと異世界転移や転生を行うことができることになりますので、『異世界の時間の流れをゲンダイニッポンの十倍の速さにしたほうがいいかな?』とか、『異世界人の成長速度をゲンダイニッポン人の十倍遅くしておこうかな?』などといった、余計な『俺ルール』に縛られることなく、真に自由気ままなストーリーづくりに励んでいくことができるようになるといった次第なのですよ♡」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る