第17話、わたくし、BL同人誌の世界へTS転生してしまったのですの(その4)

 ──どうしてこんなことに、なったのだろう。


「……う、う〜ん、気持ちい〜い♡」


 ちょっと手を伸ばせばたやすく触ることのできる距離で、銀白色の長い髪の毛のを待った、天使か妖精のごときクラスメイトが、大きく伸びをして、なまめかしい裸身を惜しげもなくあらわにする。


 ──ううっ、目のやり場に、困るではないか。


 何せ僕のほうも同様に、一糸まとわぬ状況にあるからして、身体の一部が激しく反応していることを知られたら、大惨事待ったなしである。


 唯一の救いは、結構濃いめの湯気が、二人の視界をある程度遮ってくれていることか。


 ──そう。僕たちはあくまでも、俗に言う『の裸の付き合い』として、学院の放課後に最近王都で流行っているという、『ゲンダイニッポン』ゆかりの『すーぱーせんとう』に入浴しに来て、一日の垢を落としてからじっくりと、いかにも庶民的でありながらも意外と居心地のいい、大きめの湯船を堪能しているだけなのだ。


 基本的に、問題なぞ、何も無いはずであった。




 ──ただ、そもそもこの世界そのものが、『びーえるの神様』に支配されていて、むしろ男性同士の恋愛活動こそが、国を挙げて推奨されていることを除けば。




 ……いや、それってむしろ、致命的な問題でしょう。


 つまり僕は、今まさに一緒にいるクラスメイトと、アレな関係を結んだとしても、別に反社会的行為を犯すわけではないわけだ。


 何せ、暴力等によって無理強いをしない限りは、男同士の場合においては、男女の場合とは違って、一方だけに肉体的かつ精神的な負担をかけることなぞは、ほぼあり得ないので、特に年齢制限等は設けられていないのだ。


 よって何と今この場で軽い気持ちで『お誘い』して、もしも相手が快く『了承』してしまえば、それから先は万事OKとなってしまうわけであった。


 ……とても男女での関係では考えられない、お手軽さだが、こういった点も、この国で『びーえる的関係』ばかりが流行っている、理由の一つなのだろうか。


 とはいえこれはあくまでも、『社会風習的に推奨されていて、法的にも問題はない』というだけであって、そもそも僕が誰か男性と関係を持つか否かについては、当然のごとく僕自身の意思の問題であり、元来引っ込み思案で人付き合いにおいて深入りをしない性格ゆえに、これまで男女を問わず他者と関係を持ったことなぞはなかった。


 ──しかし、そんなチキンで唐変木な僕にとっても、今ほんの目の前にいる少年は、何と言うか下世話な表現をすれば、十分に『そそる』わけでして、さっきからどうにもムラムラした感情に取り憑かれておる次第であります。はい。


 だって、クラスメイトと言っても相手は、『数百年に一人の神童』とも呼ばれていて、飛び級で我が王国の誉れたる王立量子魔術クォンタムマジック学院高等部にいきなり入学してきた、おんとしいまだ十歳のショタ美少年であらせられるのですよ?


 何と言うか、この年頃の子って、あんなに可愛らしい顔をしていながら、男でも女でもないというところがむしろ、背徳感を駆り立てられて、ドギマギしてしまうわけなのです。


 果たしてこんな、極楽のような煉獄のような状況にあって、僕の理性はいったいいつまでつことやら……。


 だから、今再び、言わせてくれ。


 ──どうしてこんなことに、なってしまったのだろう。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


 僕が彼のことが気になりだしたのは、ほんのつい最近のことであった。


 実は彼とは、将来においては『義兄弟』的な間柄になる可能性が非常に高いというのに、何とも薄情なことだが、それも致し方ないこととも言えた。


 何せ、彼──我が王国筆頭公爵家令息アラウヌス=シラビ=セレルーナが、王立量子魔術クォンタムマジック学院高等部一年D組における、一番の人気者であるのに対して、僕ことクラウス=ヤンデレスキー=ホワンロンのほうは、クラスのお荷物でありみそっかすでしかなかったのだから。


 ……ええと、ホワンロンという家名ファミリーネームと、ヤンデレスキーというミドルネームからお気づきでしょうが、何ともおこがましいことにも一応僕は、現ホワンロン王室の第二王子であり、アラウヌス──通称アル君の婚約者である、現第一王女のルイーズ=ヤンデレスキー=ホワンロンの双子の弟だったりします。

 あの美少女と言うよりは美人の大人びた麗人の双子の弟にして、自他共に認める学院一の美丈夫の第一王子、ソーマ=メネスス=ホワンロンをも実の兄に持つともなると、僕自身もさぞかし『王子様』の名に恥じないハンサムボーイであるものと思われるでしょうが、大変申し訳ないことにも、それは期待外れと言う以外はなかった。

 何せ僕ときたら、学院においてもプライベートにおいても、整髪料をつけるどころかブラシもほとんど入れないナチュラルヘアボサボサ頭と、透明度ほとんど無しの瓶底レンズの黒縁眼鏡とで、顔のほとんどを覆い隠しているという、自分で言うのも何だけど、いかにも『オタク』とか『陰キャ』って風采なのだが、実際に『オタク』で『陰キャ』なんだから、非常にマッチしているとも言えた。

 ……まあとにかく、僕を一目見て、まかり間違っても、世間の皆様の共通認識における『王子様』をイメージする人なんて、ただの一人もいないだろうってことだ。

 むしろうちのクラスで『王子様』を一人選ぶとなると、第一候補として名前が挙がるのは、もちろん僕なんかではなく、まさしくくだんの筆頭公爵家令息たるアル君であるだろう。

 そんな『本物の王子様』に、学院内においては自分の実の兄弟であるソーマ兄さんやルイーズ姉さんにもまともに話しかけることのできない、『名ばかりの王子』である僕が接触する機会なぞほとんど無く、ひょっとしたらアル君のほうは、僕というクラスメイトが存在することすら知らない恐れがあった。

 このように本来ならけして交わることの無かった、僕たち二人であったのだが、


 僕が彼の思わぬ秘密に気づいてしまったその日から、急速に接近することになったのだ。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


 それは最初のうちは、ほんのちょっとした、『違和感』でしかなかった。


 ──あの日、クラスメイトのほとんど全員と、学院どころか王国全体においても間違いなくヒエラルキーの頂点に君臨している第一王子のソーマ兄さんすらをも、相手取り、公然とこの『びーえる世界』そのものに対して反旗を翻した、婚約者のルイーズ姉さんを庇ってみせたアル君は、少なくとも僕にとっては、まぶしいほど輝いていた『ヒーロー』であった。


 もちろんそれは僕だけではなく、何よりもルイーズ姉さんときたら、それ以来すっかりアル君のことを惚れ直して、あれ以来べったりくっついているし、ソーマ兄さんを始めとする周りの連中も、今すぐアル君を糾弾したりはせずに、まずは『お手並み拝見』といった感じで、今のところ静観を決め込んでいるしで、とりあえず誰もが、アル君の勇敢さや行動力や器の大きさを認めているようであった。

 ──ただし、僕に関して言えば、少々異なった見解を有していたのだ。

 これはアル君が、自分の婚約者であり僕の双子の姉であるルイーズ姉さんに対して、元々秘められていた『侠気』をついに発揮した、とかいうレベルではなく、


 明らかに、のでは、ないのかと。


 前に僕は自分のことを卑下するように、『オタク』であり『陰キャ』であると言ったけど、それは僕にとっての何よりの趣味であり生きがいであったのが、量子魔導クォンタムマジックスマートフォンを通じて『ゲンダイニッポン』のインターネット上の、『小説家になろう』や『カクヨム』等の小説創作サイトにおいて公開されている、異世界転生や異世界転移を扱った無数のWeb小説を読むことであったからだ。


 そう。実は僕は、『ゲンダイニッポン』の人々からすれば立派に異世界の住人であり、しかもファンタジー的世界の王子様であるというのに、自分自身が異世界転生や異世界転移をすることを夢見るという、『ゲンダイニッポン』の中二病の青少年そのものの、馬鹿げた願望を抱き続けていたのだ。


 それも、当然であろう。

 何でも『ゲンダイニッポン』には、「隣の芝生は青い」という言葉あるそうだが、まさにその通りなのだ。

 ファンタジー世界の王子様だからこそ、『ゲンダイニッポン』の何の変哲もない、極ありふれた中学生や高校生の生活に憧れるのである。

 あちらからすれば『チュウセイヨーロッパ』レベルと言われているこの世界よりも、ずっと進んだ科学技術による快適な生活への羨望はもとより、何よりもWeb小説で散々垣間見た、ライトノベルならではの学園ラブコメの主人公みたいになりたいと。

 そして無数の異世界転生や異世界転移モノで繰り広げられた、神にも等しきチート能力を伴っての、魔王や悪竜退治等の数々の大冒険や、多数の魅力的なヒロインとのハーレムづくりを実現したいと。

 ……自分自身ファンタジー的世界の王子様のくせに、何を言ってるのかと思われるかも知れないが、たとえファンタジーだろうが王子だろうが、それを実際に現実的日常生活として過ごしている身からすれば、文字通り『日常茶飯事』に過ぎず、いかにも刺激的なことが起こることなどほとんどなく、しょせんは「第二王子なんて、こんなもん」なのである。

 それに何度も何度も言うように、どこまで行っても『隣の芝生は青い』のであって、ファンタジー世界の王子様だって、こことは別の世界に行って、数多のWeb小説の主人公のように、チート無双して女の子にモテモテになりたいのだ!(切実)


 ……そのような、(自称)『異世界転生のプロフェッショナル』(?)のこの僕だからこそ、断言できるのである。


 あたかも、すっかり変わり果ててしまった筆頭公爵家令息、アラウヌス=シラビ=セレルーナ。


 彼の身の上には、『異世界転生や異世界転移』に類する、まさしくWeb小説的な、超常現象が起こってしまったのだと。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「……へえ、よくわかりましたわね、僕の──いいえ、『わたくし』の身に、異世界転生とも言える現象が、起こってしまったことを」


 他に人気のまったく無い、放課後の学院の体育館の裏庭にて、まさに今この時、ほんの目の前にたたずんでいる、一見初等部生にも見える小柄な男子生徒は、僕の執拗なる追求の言葉についに開き直ったかのようにして、唐突に冷酷な目つきとなるや、そう言い放った。


 ──やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。


 そして、いかにも意を決したといった表情となって、こちらへと歩み寄り始める、銀白色の長い髪と黄金きん色の瞳をした、文字通り絶世の美少年。


 あたかも天の御使いか、死の女神の申し子でも、あるかのように。


 ……ひょっとしてこれって、非常にヤバい状況なのではないだろうか?

 絶対に誰にも知られたくない秘密を知られてしまった場合、とるべき行動といえば、いわゆる『口封じ』一択だしね。

 そんなことを思い巡らせているうちに、気がつけばアル君が、ほんの目と鼻の先までに迫ってきていた。


 僕をねめつけている、何の感情にも染まっていない、人ならざる黄金きん色の瞳。


 ……ああ、何て、ヤバいほど、んだ。

 こんなにも綺麗で、何色にも染まっていない純真無垢な死神になら、自分の魂でも何でもすべて捧げようが、構いやしない!


 だから僕はあえて自分から身を乗り出して、彼の華奢なまるで女の子のような両手を、がっしりと握りしめたのだ。


「きゃっ⁉」

 何だか可愛らしい悲鳴が聞こえたが、構わずまくし立てる。


「──アル君、お願いします! 僕とお友達になってください!」


「………………………は?」

 僕の突然の『告白(?)』に、呆気にとられた表情となる、筆頭公爵家令息。

 おおっ、クール極まる殺戮マシンのような無表情もいいけど、こっちのいかにもあどけない顔つきも、年相応で可愛らしくていいよね♡

「ななな何ですいきなり、友達って⁉ わたくし場合によっては、あなたを始末しようと──」

「うん、だからだよ。友達になってしまえば、相手がどうしても隠したい秘密を、無闇に他の人にばらしたりはしないようになるから、君にとっても好都合じゃない!」

「へ? ──あ、いや。そもそもあなたは何でそうあっさりと、わたくしが『転生者』であることをお信じになるの? 普通ならもっと疑ったり、単にわたくしの妄想だと決めつけるのではなくって?」

「何を言うんだい! 『ゲンダイニッポン』の数々のWeb小説をたしなんできた僕が、これまでずっと実現を夢見てきた異世界転生を疑ったりすることが、あるわけないだろう⁉」

「そ、そう?(なぜだか若干退き気味で) ──だったら、異世界転生なんて実際のところは、別の世界からいきなりやって来て、勝手に人に憑依して身も心も乗っ取ってしまうという、ある意味世界の枠を超えた侵略行為みたいなものであることに対する、怒りや嫌悪感なんかはないわけ?」

「あはははは、何を言っているんだい。異世界転生や異世界転移なんてものは実のところは、『ゲンダイニッポン』で言うところの、あらゆる世界のあらゆる存在の『記憶や知識』が集まってくるという超自我的領域、『集合的無意識』との限定的なアクセス経路が偶然に開くことによって、別の世界の人物の『記憶や知識』が脳みそに刷り込まれて、一時的にその人物になり切ってしまうだけのことなのであって、君はあくまでも、この世界のアラウヌス=シラビ=セレルーナに過ぎないんだよ」

「はあ? それってつまりは、わたくしがただ単に、『実は自分は異世界からの転生者なのである』といった、中二病的妄想に取り憑かれているだけとでも言いたいわけ⁉」


「うん、だいたいそれで合っているけど、その一方で君にインストールされている別の世界の人物の『記憶や知識』のほうも、あくまでもなのであって、そういった意味においては、君は本当に異世界転生をしている状況にあるとも言えるのさ」


「え、別の世界の『記憶や知識』が、本物って……」

「これまた『ゲンダイニッポン』で言うところの量子論に則れば、世界というものは現に僕たちの目の前にあるこの現実世界ただ一つだけで、異世界とか並行世界パラレルワールドとか過去や未来の世界なんかは微塵も存在しておらず、異世界転移やタイムトラベルなんてものは絶対に実現不可能ともなりかねないんだけど、実はその一方で同じ量子論の多世界解釈に基づけば、あくまでもであれば、この現実世界の他にも無数の平行世界──いわゆる『多世界』が存在し得ることも、けして否定できないとしているんだよ。それで『可能性の上のみの世界』って、もう少しわかりやすく言い直せば、『将来現実のものとなり得る可能性を有する世界』のことであって、例えばあくまでも可能性の上の話であれば、今からほんの一瞬後にも僕らは数千年後の未来にタイムトラベルしてしまうことだってけして否定できないわけだけど、そうなったらさっきの『世界は現在目の前にある世界ただ一つ論』からすれば、数千年後の未来こそが現実世界となって、今僕たちがいる世界のほうが『可能性としてのみ存在し得る世界』となってしまうんだけど、そんなこと言われても、僕たちは確固として現実の存在であり、僕たちの『記憶や知識』もれっきとした本物でしょう? これと同じように、たとえこの現実世界からすれば『可能性としての世界』に過ぎない、過去や未来の世界や異世界であろうとも、実際にそこに存在している人たちからしたら、唯一絶対の本物の世界なのであって、当然そこに存在している人々の『記憶や知識』も本物だからして、集合的無意識に集まってきている、この現実世界以外の、異世界のものだろうが過去や未来の世界のものだろうが、すべての『記憶や知識』も本物だと見なせるんだよ」

 そのように長々と続いた蘊蓄話を、力強く断言して言い終えたところ、完全に圧倒された表情で、おずおずと口を開く目の前の少年。

「……ええと、それで結局のところ、今ここにいるわたくしめは、この世界の人間なのでしょうか? それとも別の世界からの転生者なのでしょうか?」

「うん、そこら辺のところは、別に迷う必要はないよ。何せ、両方共正しいのだから。言わば君はれっきとしたこの世界の存在でありながら、今現在においては異世界転生をも実現しているような状況にあるんだよ。──まあ、俗な言い方をすれば、『君はありのままの君でいいのだから、ありのままに振る舞えばいい』ってことさ♡」

「ええー?」

 だから何で、若干退き気味なんだよ?


 ──まあとにかく、このように何だかんだあったあげくに、彼も渋々ながらも僕の話に納得してくれて、晴れて僕らは友達と相成ったのである。


 その後の経過はご存じの通りで、学院ではずっと行動を共にするようになり、放課後や休日はお互いの屋敷に遊びに行ったり、『ゲンダイニッポン』風の多目的レジャーランドである『すーぱーせんとう』で、しっぽりと裸の付き合いを行っているといった次第であった。

 何で友達になった途端、それまではいかにもツンツンしていたアル君が、婚約者のルイーズ姉さんや元恋人(?)のソーマ兄さんが嫉妬してしまうほど、僕にデレデレになったかというと、聞くところによると何と現在彼に憑依している『転生者』は、元の世界においてはいわゆる『悪役令嬢』であったらしく、それこそ婚約者や取り巻きなんて者はいても、真に気心の知れた『友達』と呼び得る者はいなかったらしく、今回この世界に来て僕という友達ができた途端、すっかりたがが外れてしまって、ここ最近ときたら連日のようにして、いかにも『友達同士だからできること』をやり放題といった有り様であったのだ。

 もちろん彼の唯一の友達となった僕自身も、そのすべてにつき合わされることになったのだが、別に嫌でも何でもなく、むしろ望むところであった。

 僕自身もずっと『ボッチ』だったのだし、友達に飢えていたこともあるが、それよりも何よりも肝心なのは、実は彼が『悪役令嬢』であったことだった。


 何せ悪役令嬢と言えば、異世界転生モノにおけるメインステージの一つであるのは言うに及ばず、Web小説全体においても代表的な大人気ジャンルなのである。そんな人物と友人となって、Web小説愛好家の僕が、テンションアゲアゲにならないわけがなかった。


 いやあ、いいよねえ、悪役令嬢って。

 口の悪いやつなんかは、女性作家の懐古趣味や現実逃避の賜物なんてあげつらっているけれど、むしろだからこそ、異世界転生モノの魅力がぎっしりと詰まっていて、例えば現実世界では何もかもうまくいくことがなかったが、異世界転生することで悪役令嬢となって、その美貌と知性と権力と財力とを存分に駆使してチート無双することで、元の世界の鬱憤を晴らしていくという作品もあったりして、男性読者にも非常に人気の高いジャンルであったりするのである。

 僕自身も読んでいる間は、すごく感情移入しちゃったしね♡

 しかも一口に悪役令嬢モノと言っても、その作風は作品ごとに多岐にわたり、逆ハー的恋愛争奪戦や婚約破棄やざまぁは言うに及ばず、王宮ロマンス、学園ラブコメ、ツンデレ、ヤンデレ、百合、ぼっち、ほのぼの日常、ギャグ、シリアス、ミステリィ、サイコ、ホラー、鬱、飯テロ、内政、異能バトル、勇者、魔王、戦争、世界征服、おまけに海兵隊(⁉)と、今やWeb小説におけるほとんどすべてのジャンルを網羅しており、悪役令嬢モノさえ読んでいれば十分だと言われるほどであった。


 ところで、このように人並み外れたオタク趣味を持つ僕であったが、何とアル君はこのことを知ってもなお、僕の友達で居続けてくれたのである。


 というか、どちらの世界においても我が国筆頭公爵家の後継者である彼にしてみれば、Web小説などといった『庶民の娯楽』が非常に物珍しかったようで、僕にも勝るとも劣らぬ勢いで、今やすっかりのめり込んでしまっていた。

 もちろんそれは、僕にとっても望むところであった。

 何せこれまでは一人でひっそりと楽しんでいただけの趣味を、これからは友と二人で分かち合っていけるのである。これほどまでに望むべく状況が、他にあるだろうか?


 ──だから彼から、そのいかにも『たわいのないお願い』をされた時、何も考えずに二つ返事で応じたのである。


 まさかそれこそがきっかけとなって、二人の仲が、永遠に崩れ去ってしまうとも知らずに。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「──へ? 僕の書いたWeb小説を、読んでみたいって?」

「ええ、駄目でしょうか?」


 とある休日に僕の屋敷(というか実は王族なので宮殿)に遊びに来た、我が親愛なる友人から唐突に突きつけられた、あまりにも予想外のリクエスト。

 こちらとしてはすでに答えは決まっているが、その前に聞いておくことがあった。


「いや、でも、僕がWeb小説を読むだけではなく、作品を創って実際に創作サイトに投稿しているのを、よく知っていたね」

「そりゃあ、『二の姫』の趣味嗜好を知っていますから…………げふんげふん、あ、いえ、あれだけWeb小説に入れ込んでおられるのだから、当然自分でも作品を創っているものと思いましてね。聞くところによると、最初のうちは『読み専リードオンリー』だった方が、『書き手』としてデビューするのは、そう珍しいことではないと言うではありませんか?」

 ……まあ、確かに。

 そもそも僕がWeb小説を書いているのをアル君に黙っていたことに、大した理由はないのだ。ただ自分から告白するのが、気恥ずかしかっただけである。

 とはいえ、こうしてバレてしまってからには、自分の趣味の最大の理解者である彼に作品を見せることは、別にやぶさかではなかった。

 ……それに、好意的な感想をもらえたりしたら、最高だしね♡


「うん、ほら、この量子魔導クォンタムマジックスマホに表示してあげたから、読んでみてくれよ」

「あら、早速どうもありがとう。……えっ、タイトルが、『わたくし、悪役令嬢ですの!』……?」

「あ、ああ、そうなんだ。実は物語の舞台として、この世界のパラレルワールドを想定しているんだよ」

「……へえ」

 なぜだか怪訝な表情となりながらも、僕が渡したスマホを、一心不乱に読み始める我が友。

 だがそれは、それほど長くは続かず、ほんの数ページ読んだかと思えば、いきなり血相を変えて、手当たり次第に画面をスクロールしていって、あらかた流し読みし終えるや、顔を真っ赤に染め上げて、

 僕に向かって鬼の形相となって、意味不明な言葉をまくし立て始めた。


「──ちょっと、なぜです、なぜなんです? なぜあなたは、の有り様をそっくりそのまましたためた、小説なんかを創ることができるのです⁉」


 ………………………は?

「ど、どうしたの、アル君、いきなり妙なことを言い出して…………あっ、もしかして、僕の作品の記述と、君の元の世界での出来事とに、何か共通する箇所とかがあったのかな? あはは、そんなの偶然の一致に過ぎないから、気にする必要なんかないよ」

 しかしそんな僕のおためごかしの言葉なんぞは、今や完全にヒートアップしてしまっている彼には、聞き入れてもらえなかった。

「しらばっくれないでください、こんな偶然があってたまりますか! あなた一体、何者なんですの⁉」

「何者、と言われても……」

『作×』、としか、答えようがないけれど。

「……まさか、こんな。てっきりこの世界のほうが、わたくしたちの世界の二次創作のようなものだと思っていたのに、まさかわたくしたちの世界のほうが、この世界の二次創作だったりするんじゃないでしょうね⁉」

 あらら、いけない。今や、あらぬ事まで口走り始めているぞ。いくら別の作品セカイでは『主役』だからって、このままでは壊れてしまいかねないかも。

 仕方がないので僕は、デスクトップのパソコンのほうに、同じ作品の別ヴァージョンである、『わたくし、悪役令嬢ですの!』【びーえる編】──つまりはまさしく、を表示させて、


 ──アル君に取り憑いていた『転生者』は、なぜか突然消え去ってしまいました、めでたしめでたし♡


 という文章を、何の脈略もなしに適当な箇所に付け加えることによって強引にも、アル君の『転生者』としての『記憶と知識』を、すべて一気に削除デリートしてしまったのである。


「…………あれ?」

 するとその途端、表情が一変して、周囲をキョロキョロと見回し始めるアル君。


 あたかも、、かのようにして。


「な、何だ、ここは? 何では、こんなところにいるんだ?」

 あ、すっかり元のアル君に戻っている。

「──君は王都内の市街地の『すーぱーせんとう』で、長湯をしてのぼせて気を失っていたんだけど、そこに僕が偶然やって来て、この宮殿──ヤンデレスキー宮にお連れして、看病していたんだよ」

「……君、は? ──ああ、ルイーズの双子の弟の。いや、僕が『すーぱー何とか』で、のぼせてぶっ倒れたって? そんな記憶まったく無いんだけど」

「後で財布でも確認してみてよ。利用券の半券が入っていると思うから」

「そ、そうか、いや、悪い。恩人に対して、疑うような言い方をして」

「気にしないでよ、僕たちは将来、義理の兄弟になる間柄じゃないか。困った時はお互い様さ」

「そ、そうだな、あまり他人行儀をしても、かえって失礼だったかな?」

 ふふっ。他人も何も、いまだに僕の名前を、思い出せないくせに。

「とにかく、世話になったな。もう大丈夫だから、そろそろおいとまさせてもらうわ」

「もう少し待っていると、花嫁修業を兼ねた習い事をしに出かけている、ルイーズ姉さんが帰ってくると思うけど?」

「いや、こんな無様な姿は、彼女には見せられない。このまま失礼するよ」

「そうかい? だったら、うちの馬車を使いなよ。いくら何でもまだ本調子ではないだろうし、帰り道で何かあったら、僕が姉さんに叱られてしまうからね」

「あ、ああ。そういえばまだ、何だか頭がぼんやりしているようだしな。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうか」

「うん、誰かそこら辺にいる執事にでも言えば、すぐに用意してくれるよ。何と言っても君は、姉さんの婚約者殿だしね」

「馬鹿、冷やかすんじゃないよ! ──いや、何から何まで、本当にかたじけない。また学院で、よろしくな」

「ああ、また学院で」

 ──他人の振り、しようね。

 アル君がせわしなく僕の部屋を出て行った後で、彼が床に落としたままにしていたスマホを拾い上げれば、

 まるで待ち構えていたようにして、すでに耳慣れた幼い少女の声が聞こえてきた。


『──あらあら、どうしたの? せっかくのチャンスだったんだから、あなたの自作の小説を書き換えることによって、彼の記憶を操作しちゃって、あなたにぞっこんの「お友達」にすればよかったじゃない?』


 画面に目をやれば、もはや毎度お馴染みの、『ゲンダイニッポン』で言うところのゴスロリドレスに小柄で華奢な肢体を包み込んだ、黒髪黒瞳の絶世の美少女が映し出されていた。

「……なろうの女神か」

『やれやれ、「作者」という、文字通り最強にして最凶の、鬼札ジョーカー的チート能力を持っているんだから、友達なんか作り放題なのは言うに及ばず、世界征服だって造作もないと言うのに、何で有効活用しないかねえ』

「むしろ、『だから』、だよ。すべてにおいて自分の言いなりになる、それこそ自作の小説の『登場人物アヤツリニンギョウ』そのままの友達がいくらいたって、意味があるものか。しかも、そんなんで世界征服をしたところで、操る人形が増えるだけじゃないか?」

『それにしたって、力を全然使わず、友達も一人も作らず、ボッチを貫き通すのも、どうなのよ? 虚しすぎるんじゃない?』

「余計なお世話だ! ──あ〜あ、何で僕は、こんな真の無敵チート能力なんかを授かったんだろう。もっとわかりやすい戦闘用チートだったら、Web小説のいかにも頭の悪そうな暴力主義の主人公たちのように、異世界に行って無双して、それから後にハーレムを作って、最終的にはまったりとスローライフを送るのになあ」

『……こらこら、各方面に無差別に、ケンカを売るのはやめなさい』

 そう。たとえ王子様であろうが、ファンタジー世界で生きていようが、最強のチートを持っていようが、あくまでも『隣の芝生は青い』のである。


「それに『作者』と言っても僕自身も、更に大きな小説の中の『作者としての役割を与えられているだけの登場人物』──すなわち『内なる神インナー・ライター』に過ぎないんだから、あまり調子ぶっこいて『作者』としての力を悪用していると、真の『作者』である『外なる神アウター・ライター』から、それこそ削除デリートされかねないしね」


 一瞬にして静まり返る、王城の敷地内に設けられた僕とルイーズ姉さんだけが住んでいる、ヤンデレスキー宮内の王子専用の私室。

『──ふふっ、そんなふうに、自分の分というものをわきまえているところは、あなたの何よりの美点よね。これからもその調子で頼むわよ』

「お褒めにあずかり…………チッ、もう回線を切りやがった。ちゃんと最後まで、話を聞けってんだよ」


 そして僕はスマホを手にしたままベッドに横たわり、鬱憤を晴らすかのように、ぼそりとつぶやいた。


「──さて、今度はどいつを使って、『人形遊び』をしようかな」

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