第6話、わたくし、転生者に身体を乗っ取られてしまいましたの⁉(中編)

「……は? 私が、、ですって?」

「ええ、それこそがここ最近における、アル様らしからぬお振る舞いの、原因なのでございます」


 自信満々にトンデモ理論をぶち上げる、目の前の少女。


 確か彼女は、『アルテミス』の取り巻き連中のリーダー格で、伯爵令嬢というれっきとした上級貴族のお嬢様であるが、何で彼女が私に対していきなり、こんな面妖なことを言い出したのかは、皆目見当がつかなかった。


 ──しかも現在の我々ときたら、学院の授業が終わった後で半ば無理やりに連れてこられた、彼女の自宅の広大なる浴室において、二人っきりでの全裸状態にあったりもするのであった。


 ……どうして、こうなった。

 いや、今はそんなことは、問題ではない。

「あ、あの、記憶喪失と言われても、私にはちゃんと、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナとしての記憶が、ございますけど……」

 あくまでも現代にっぽんにおいてたしなんでいた、ゲームとしての知識だけどな。

「確かに『アルテミス様』としての記憶はございますでしょう。しかし今のあなたには、『悪役令嬢』としての記憶が欠けておられるのです」

 ……その二つって、どう違うのよ?


「なるほどあなたは、世間的一般認識における、『記憶が欠けている状態』とは言えないかも知れません。しかしその反面、現在のあなたは、『あなた』とは、あまりにもかけ離れていると言わざるを得ないのです」


 ──っ。

 そりゃあ、そうだろうよ。本来の私はただの『現代日本のアラサーOL』なのであって、『悪役令嬢』であるどころか、この世界の人間でもないんだから。

 ──しかしその事実を、今この時暴かれるなんてことは、断じて許されないのだ。

「……あなたさっきから、一体何をおっしゃりたいのです? まさか筆頭公爵令嬢であるこのわたくしを、脅すおつもりではないでしょうね?」


「まさか、そんな。私は単にこう言っているだけなんですよ、──誰よりもあなたの側近くに侍ることを許された、取り巻きグループにおけるリーダー格であるこの私ならば、あなた自身が忘れ去っている『悪役令嬢としてのあなた』を、思い出すお手伝いをすることができると」


 ──‼

「記憶を取り戻す手伝いができるって、医者でも何でもないあなたに、一体何ができると言うのです?」

、ではなく、、できますわ♡」

「な、何でも、って……」

「実は、たとえ記憶喪失であろうが、多重人格であろうが、『人格』そのものが、失われたり他のものに変容したりすることなんて、けしてあり得ないのです。記憶喪失等におけるいわゆる『別人格化』なるものは、人格そのものが変容したわけではなく、あくまでも『それまでの自分』の記憶を奪われてしまったことで、あなたの精神面に空白の部分ができてしまい、その新たに生じた空きスペースに、それまではあなたご自身の中に秘められていた、別の人格ならぬ別のが浮かび上がってきて、以前のアル様とはあたかも別人のようになってしまわれたというだけのことなのです。──よって逆に言えば、本来の『悪役令嬢』としての記憶を取り戻すことができれば、現在の『あたかも別の人格にすり替わってしまったかのような』状態を回復させることが可能となるのですよ。そしてそのためには何よりも、あなたは『以前のあなた』とまったく同じ行動をとることを心掛けていき、あなたの脳みそのうちの記憶を司る部分に刺激を与えて、以前の記憶を思い出し復活させるべきなのです。──そしてそれを他の誰よりも完璧にこなすことができるのが、あなたの取り巻きグループのリーダー格であるゆえに、アル様の最も身近に侍ることを許されている、この私以外にはあり得ず、これから先は私の言う通りにすべて従っておられれば、それだけより早く『本来のあなたご自身』というものを、完璧に取り戻されることを為し得るという次第なのです」


 ──おお!

 確かに彼女言う通りだし、しかもこれって今の私にとっては、文字通り『渡りに船』ではないか!


 もちろん今の私はけして、記憶喪失なんかではない。

 ただ、いきなりゲームのキャラなんかに転生させられてしまって動転して、ちゃんとアルテミス=ツクヨミ=セレルーナを──すなわち、『悪役令嬢』を演じることができず、周囲から懐疑の視線を向けられているだけなのだ。

 しかしこれは転生などといった眉唾物によるものではなく、軽い記憶喪失状態によるものだということにすれば、周囲からの理解を得やすく、何で自分で気づかなかったのかと、今更になって悔やむほどである。


 そこで私は最終的に、彼女の申し出に応じることにしたわけなのだが、


 それは、目の前の一見いかにも伯爵令嬢らしい上品で可憐なる少女の、とをあまりにも甘く見た、最大の愚行であったことを、多大なる後悔とともに、痛烈に思い知ることになるのであった。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「……あの、本当にこれって、必要なことなのですか?」


「も、もちろんですよ! フッハー♡ とにかくあなたは、私のなすがままにされておられればいいのです!」


「そんなことを、言われても……………あっ、きゃんっ! そんなこと──じゃなくて、そんな!!!」


「ぐふふふふふ。、いいお声で、鳴かれますこと♡ でも、この『洗いっこ☆フェスティバル』は、まだまだ始まったばかりなのですからね!」


「ええっ? こ、こんな破廉恥なことが、私たちにとっての、恒例行事なんですの⁉」


「ももも、もちろんでございます! これはあくまでも極日常的な、取り巻きメンバーのリーダー格たる私と、崇拝の対象である公爵令嬢のあなた様との、親交を深めるためのたわいのないスキンシップであり、そもそも女の子同士なんだから、ご一緒に入浴することも、このように洗いっこすることも、何らおかしな点なぞない、健全なる行為に過ぎないのです!」


「それにしては、あなたの手つきって、やけにいやらしくないですか⁉ しかもさっきから、微妙な部位ばかり攻めているし!」


「気のせい、気のせい」


「気のせいなんかじゃ………………あうんっ!」


「くくくくく。身体のほうは、正直なことで──じゃなくて。ど、どうです、アル様。何か思い出されましたか?」


 ──え、この人これで、本気で記憶喪失の解消を、はかっているつもりだったの? 単なるセクハラじゃなくて⁉

 ……とはいえ、本当のところは私、記憶喪失でも何でもないんだから、答えようがないのよねえ。

 それに、現代にっぽんでゲームでやっていた限りにおいては、メインストーリーの陰で、ライバルキャラである悪役令嬢と彼女の取り巻きが、このように(ちょっと過激な)スキンシップを行っていたかどうかは定かではなく、現在の彼女の(セクハラ)行為を一方的に断ることもできなかったりして。

 ……ということは、

 先ほど私が記憶喪失の解消の協力を正式に願い出た途端、有無を言わさず強引に始まった、このいろいろと問題がありそうな『洗いっこ☆フェスティバル』とやらからは、それこそ記憶が正常に戻ったと彼女が判断するまでは、逃げ出すことはできないってことなの⁉


「……ああ、何て素晴らしいの! 銀白色の髪の毛にお人形さんのような愛らしいお顔に黄金きん色の瞳という、文句なしの絶世の美少女なのに、それに対して一糸まとわぬ肢体のほうは、いまだ性的に未分化で大人でも子供でも女でも男でも無いといった、まさしく天使や妖精そのものだったりして。それにこのあたかも白蛇のような細くてなまめかしい腕や脚の感触ときたら、どことなく淫らなまでにしっとりとすべらかで──。ううっ、もう辛抱たまらん♡ まさしくこれぞ、この瞬間だけに存在することを赦された、奇跡の美の結晶というものね!」


 ──やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。

 この人、何かおかしなことを、つぶやき始めたぞ⁉


「……あ、あの、わたくしのぼせてきたことですし、そろそろ上がらせていただこうかと」

「何の! フェスティバルは、まだまだこれからですぞ! 知っています? 『タワシ洗い』って。まだまだ(物理的にも精神的にも)お子様な、アル様に不可能でしょうが、お姉さんがお手本をお見せしますからねえ♡」

 ──知っているよ! こちとら実は中身は、アラサーOLなんだから!

 つうか、JSのお年頃の女の子に対して、一体何をやろうとしているんだ! おまえ本当に、伯爵令嬢なのかよ⁉


「いやあああああああっ! 誰か、助けてえ!」


広大な大浴場中に響き渡る、私の悲痛なる絶叫。


 しかし敵(?)の本拠地の中で孤立無援の状況にあっては、助けを期待することなぞ、叶わぬ夢でしかなかった。






 ………………あれ? そういえば、常に公爵令嬢である『アルテミス』に付き従っているはずの、専属メイドのメイさんは、一体どうしたんだろう?(※伏線)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る