第77話 一難去ってまた一難?
「この馬鹿者が!!」
耳が痛くなるほどの怒号。それを間近で聞けばそうもなるだろう。
本気で怒る浅間に
「え……?」
「貴様、よりにもよって霊力の源である髪を! それは式神との本契約にとっておいたのではないか!?」
頭髪。それは単に人の体の一部という役割を超えて古くから神聖視されてきた特別な意味合いがある。旧約聖書ではサムソンは髪を斬られたことにより力を失われた。日本では平安時代の女性において髪の長さは美しさそのものであった。
そして──髪には霊力が宿る。
龍神や浅間、そして式神の髪が長いのはそれだけ霊力が高いことを示唆している。
燈はもともと霊力が高くない。そんな少女が払える対価は少ないのだ。だからこそ浅間は彼自身が思った以上に、燈の行動に動揺し──怒っていた。
父親が娘を心配している──という風にも、弟子の軽率な行動に憤慨しているともとれる行動であった。
「いいえ、師匠。この髪は最初から──
「…………!」
記憶を取り戻した燈は、自分がこの日の為に準備をして来たのかを思い出した。そして少しばかりの勇気がなかった事も。
「大丈夫です。私の場合、式神との契約は媒体が必要というだけで、私の場合は対価は不要だったんです。今回は私との繋がりとして髪を使っただけですし、媒体はペアリングで済みましたし」
それは陰陽師の縛るようなやり方でも、悪魔との取引でもない。浅間もそれは知っている。それは遥か昔からある魂の繋がりによる《契約》というよりは《約束》だ。
互いに互いを信じて、共に生きることの望む繋がり。不確かだかそこそこ、結ぶことができれば強大な力となる。
「それは神々や精霊──万物の一端であればの話だ。式神はそれとは異なる。アレは《物怪》の中でも上位に存在する──化物であり、憎悪に塗れた《祟り神》に近いマガイモノだぞ。本契約を結ぶのであれば、その業を術者が浄化しなければならない。貴様の魂は浄化の力が強い分、
それでも一人の人間が背負える業ではない。
それほどまでに古く深い深淵。止めどなく溢れる泥沼の怨念と憎悪。
矢継ぎ早に語る浅間は未だ柳眉を吊り上げて、憤慨している。もしかしたら、彼の中では想定外だったのかもしれない。それを見て燈は口元が綻んだ。
「それでも私は──彼に今の道を説いた一人として、約束を果たす必要があるんです。なんで、その間は協力してくれませんか、師匠」
面食らったのは浅間だった。
それは浅間の状態を理解してい無ければ絶対に出てくる筈のない言葉だからだ。
「貴様……」
「ヒントはたくさんありましたからね。師匠が冥界に来た理由、焦っていたわけ……。荒御霊を取り戻した今、数千年ぶりに本来の姿を取り戻したとしたら──全ての災厄の柱、黒幕として敵対するだろうって思ってましたから」
記憶を取り戻したから──だけではない。燈本来の聴く能力そしてずっと傍にいた沙羅紗──武神の妻である白悠里と契約を結んだからこその成果だった。
「なるほど。俺は貴様のことを侮り過ぎていたようだ」
──そうですよ。私たちのむぐ──
浅間は素早く白悠里の口を塞いだ。絵図ら的に軽犯罪──いや誘拐犯にしか見えない。悲しいことに。
「師匠?」
「なんでもない。それよりさっさと風呂に入ってこい。後で髪も切り揃えてやる」
有無を言わさぬ物言いに、燈は頷くしかなかった。
***
驚くことに風呂トイレ別、しかもお風呂は燈がお湯を溜めようと覗いてみるとすでに沸いていた。それもとんでもなくサービスで花とか浮いている。
(いつの間に……。これも《迷い家》の特性なのかな。いや有難いんだけど……って、着替えまで揃っている!?)
脱衣所には三着ほど選び抜かれたであろう洋服が用意されていた。しかも下着もセットで。もう至れり尽くせりというか、なんか怖いと燈は思ったのだった。
「ん~。やっぱりお風呂は最高。はぁ」
と気分的も上々──になるはずもなく、冷静に今までの経緯を思い返して思い溜息が漏れた。色とりどりの薔薇が浮かんでいるし、いい香りもする。しかし、気持ちは晴れるどころか焦燥に駆られているのが現状だ。
浅間に式神の事を気にするなと言われたが、気にしない訳にはいかない。
なにより、記憶が戻った今──龍神は無事なのかも気がかりだった。しかし考えれば考えるほどよくない状況しか想像できず、少女は沈むように湯船に浸かった。
不意に腹部へと視線を向けると、浅間に貫かれた傷は完全に癒えていた。それどころか、紅玉石があった痕も消えている。まるで最初からなにも無かったかのようなぐらい傷跡が消滅しているのだ。
「ああ! 独りで考えているから駄目なんだ。ちょっと菜乃花、起きてる?」
燈はもう一人契約をした菜乃花に声をかけるが──返事がない。
何度か読んでみたが、全く反応しない上に、影の中に居る気配もしなかった。
(奥に潜っているのか……。それともこの空間に弾かれたのかな)
また分からないことが増えた。
増えすぎじゃないか、とも思ったのだが後で忘れないようにメモをしておこうと心に決めた燈だった。
──そんなに気になるなら、俺が手を貸そうか?──
唐突に聞き覚えのある陽気な声が風呂場に響く。湯気が充満するものの人影があるはずもなく、燈は念話によるものだと察した。声の主はノインの式神──いや眷族のヤマツチだ。
「いつから傍に居たのだろう?」と燈は小首を傾げるが、戦力が増えるのは有難いことだ。これから式神と対面して本契約をするのに戦力は多い方がいい。それにその後の事も考えると──
「あー、そうれは助かるかな。いろいろと戦力不足だし」
──そうなのか? ヤバいのか?──
「まあ、椿も龍神もいないから、ちょっと作戦を──」
──なら俺の主に任せろ!──
「ん、え? それってノインを──」
「肯定。心の友その一のピンチならどこだろうと駆けつける」
「……」
それはまるで
しかも風呂場に堂々たる姿で。
戦闘中だったのか、黒の軍服は土煙や汚れが目立った。だが、大きな怪我もなく、整えられた赤髪、整った顔立ち──全身義体化によって《特別災害対策会議・大和》特殊迎撃部隊所属している
「え?」
「ん?」
燈の思考回路がショートする。今まで色々ありすぎたものあって、彼女の許容範囲がオーバーした瞬間でもあった。もう恥ずかしいやら、驚いたやらで語彙力など遥か彼方に飛んで行ってしまったようだ。
「え、ちょっ!? なっ!?」
声を荒げる燈に、脱衣所のドアをノックする音が響いた。それもちょうど間の悪いタイミング──いや、単に燈の声を聴いて来たのかもしれないが……。
「何かあったか?」と今一番出てきてほしくない浅間の声に、少女は──
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