第235話 頭飾り
隠れた洞窟に避難し、今後について会議をする。
まずは俺がアカイトからより詳しい情報を聞き、それを他のメンバーにも共有しながら現状を把握する。
特に重要なのは、霧降りの里を攻めている「ポロード団」なる傭兵団の状況だ。
アカイトの情報は断片的なものの、サーシャやキスティ、ルキの意見と合わせて分析するとある程度の仮説は立つ。
まず、アカイトが駆り出されたのは、魔物の襲来後だということ。
それより前にアカイトは捕まっていたようなのだが、魔物の襲来時に移動させられ、そのあと団員と一緒に偵察に出るように「説得」されたらしい。
そして、その時点でポロード団は偵察要員が不足していたということ。
これはアカイトが駆り出されたこと自体もそうだが、アカイト曰く随行した団員が偵察に関して能力が高いとは言えなかったことからも推察される。
無能というわけではなかったらしいが、ちょくちょく魔物に発見されたりしたらしい。
更に、現時点でもその状況は継続しているか、悪化していそうだということ。
俺たちが気付かれることもなく、それもヒヤリとすることすらなく、拠点まで近づけた時点でお察しという話だ。
俺たちが見た範囲ではだが、周囲に音罠などを設置している様子すらなかった。
キスティの印象では「間に合わせ」の拠点に見えたということだ。
アカイトの話では、魔物の襲来時に一度拠点を移したらしいから、その影響なのかもしれない。
あくまでキスティの意見だが、意外と里は持つのではないか、という見立てだ。
間に合わせの拠点で、アカイトが見たのは「外から弓を撃ち込んでいる」部隊の姿だけ。
キスティ曰く「本気の攻撃とは思えない」とのこと。
これも確たることは言えないのだが、まともな防壁があるのは正面だけらしいから、わざわざその正面から矢を撃ちこむだけというのは囮か、警告としか思えないと。
ただ、アカイト曰く正面以外は自然の要害になっているそうなので、そのせいかもしれないが。
「意外と持つかもしれない、というのは分かった。それでまあ、そもそもなのだが、俺たちはポロード団と戦うべきか?」
ひとしきり現状を整理してから、皆を見渡して問う。
皆考える素振りのまま、発言しないので名指しで意見聴取といく。
「サーシャ、どうだ?」
「敵の強さも、数も未知数ですから、戦うのは避けたいですね。戦うのであれば、正面から戦うべきではありません」
「なるほど。正面から戦わないというのは同意だ。キスティ、どうだ?」
「ふ~む。難しいな。基本的な考え方は、サーシャ殿が言った通りなのだろうが」
「もう少し情報を整理すべきか」
「そうだな。戦いようはあると思うのだが……材料が乏しい」
戦うことを避けるのであれば、すぐにでもここを出て遠くに行くべきだろう。
逆に戦うのであれば、早急に戦い方の方針を固めるべきだ。
この場所も安全とは言い切れないのだから。
今、俺の魔力回復を図りつつ、他のメンバーの魔力も極力使わないようにしてもらっている。
次の瞬間には敵が現れて、戦闘になる可能性があるからだ。
この場所は周囲から良く隠れているが、アカイトが場所を知っていたくらいなのだ。
里の者が場所を知っていて、ポロード団に協力していた場合、隠れる場所として知られている可能性がある。
アカイトを助けたことで、ポロード団からの印象はマイナススタートだろう。
仮にポロード団がこの辺を制圧したら、俺たちは周囲を敵性勢力に囲まれることになる。
それを考えると里を助けるメリットも大きいのだが、状況が分からないのが辛い。
少し時間が経って見つかっていなさそうなら、ルキに「打撲治癒」を使ってもらってアカイトを治して、偵察に行ってもらうか。
ただ「打撲治癒」は打撲のダメージを軽減して、代わりに身体が少し怠くなるという程度のスキルらしい。
瞬間的に治るわけではないし、打撲以外のダメージを軽減することもできない。
果たして敵のうようよいる拠点に偵察にいけるようになるのか疑問だ。
……万全であっても、サクッと見つかりそうな気もする。
「キュキュッ!」
「ん?」
ドンの呼び声に意識を起こされる。
見ると、ドンが壁に向かってキューキュー言っている。
危険かどうか分からないが、気になるといった様子だ。
気配察知に加えて気配探知を発動し、ドンの気になっている方向を重点的に探る。
最初、何もないように思うが、微かな違和感から多角的に探ると、何かが移動していることがうっすらと浮かぶ。
これは……隠密系のスキルを使ってそうだな。
全員に注意を促し、キスティを連れて岩陰から顔を出す。
妙な気配は早歩きくらいのスピードで、着実に近付いている。
方向的に、確実にこっちの場所を分かっている動きだ。
ただ、攻撃するかは悩む。
アカイトと同じように、この場所を知っているだけの里の人の可能性もあるのだ。
仕方ない。
「……おい! そこのお前。姿を現せ。逃げようとすれば攻撃する」
確実に声が届く距離まで近寄ったところで、声を上げる。
気配はピタリと止まり、しばらく間が空いた。
「……いやいや、やっぱり私のことだな? 何故見つかったかな」
のんびりした声を出しながら、カメラの焦点が合うように輪郭がはっきりしてゆく。
「お前は誰だ? ポロード団の者か」
「いやいや、誤解だよ。私は霧降りの里の一員だ。名前はヒースタ、そういう君こそ、誰なんだ」
ヒースタと名乗った、声の感じからおそらく女性はフードを外す。
鮮やかな青い肌を持った、鱗肌族っぽい種族だ。どちらかと言うとガッシリした体格の多い鱗肌族に比べて、この人物はほっそりしていて、頭に飾りがついている。優雅なイメージだ。
「俺は通りすがりのナイスガイだ」
「全然分からないよ」
「まあ、流れの魔物狩りだ。そっちの里の……巨人族の戦士に憧れてたラキット族が俺たちを巻き込んでな」
「アカイトだろう?」
「……」
名前は知ってる、か。
ここはアカイトに痛みを押して確認して貰ったほうが良いだろう。
アカイトがルキに連れられて出てくる。
ルキが運んでいるのは、いざと言うときに守るためだろう。
確認すると、確かにヒースタというのは霧降りの里にいる人物だという。
「ここに来たのは偶然か?」
「いいや、君たちを追ってきた」
「何?」
ヒースタは、細長い指をゆっくりとこちらに向けて示した。
「にしても、君はなかなか面白い動きをするね。途中で見失ってしまって、探す羽目になってしまった」
森の中で身体強化して逃げ回ったことを言っているのだろうか。
「アカイト君がいるなら、この場所は可能性があると思ってね。見つかって良かったよ」
「……狙いは何だ?」
「君たちが何者かを見定めること。そして可能なら、協力を取り付けること」
随分とはっきりと言うもんだ。
淀みなく自分の狙いを言うと、ゆっくりと指を向けて、小さく振る。
こっちの番だってか。
「俺たちは本当に通りすがりに近くてな。ポロード団とちょっと揉めたが、どうするかは考えものだ」
「ちょっと? あれだけ脅威を見せつけて、あっちがそう捉えてくれると良いね」
「……見ていたのか」
「うん。でも、私が見にいったというより、君が飛び込んで来たのだが?」
「つまり、あんたの任務はあの拠点の監視か」
「ご明察」
うん?
思いつきだが、ちょっとだけ繋がった気がするぞ。
「もしかして、その前は奴らの斥候を狩ってたか?」
「……」
ヒースタはその端正なトカゲ顔をにっこりと歪めさせて、何も言わなかった。
これは当たったかも。
おかしいと思ったのだよな、魔物の集団襲来が不定期で起こるトンデモ辺境とはいえ、ここで活躍してきたはずの大規模な傭兵団が、魔物の接近も気付けずに急襲されるとか。
ただ、「何者か」の介入があったなら話は別だ。
そしてその結果、助かっているのは里の人間だ。
「……君のような勘のいい子は嫌いじゃないよ」
「確かにあんたの気配の消し方はなかなかだった。隠密として優秀なんだろう」
「正直、自信はあった。初見で、ああもあっさりバレたのは久々の経験だ」
「そういうのが得意でね」
「何、無理に詳しいことを聞く気もない。私の目的はさっき言った通りのことだからな」
俺たちの見極めと、協力の取り付けだったか。
「協力というのは、どういうことだ? ポロード団と戦えっていう話か」
「それは協議すべきことだ。まずは協力を受けてもらえるのか、否か」
「そうは言っても、こっちに判断要素がなさすぎてな。敵戦力とか、協力した場合の見返りは?」
「協力して貰える場合、敵の情報は渡す。それに、死地に送るつもりもない。無理のない方法で協力して貰いたい」
無理のない方法ねえ。
「で、見返りは?」
「そこが難しい。私は何かを約束できる立場にない」
「タダ働きしろってか」
「いやいや。傭兵団に同じようなことを頼めば、大貨の10枚は用意する。それ以上は払えるだろう」
うむ。
こっちの貨幣を良く分かっていない問題があったか。
大貨というのは、前に貰った奴とは別だろうか。
「それに加えて……そうだな、里への自由なアクセスと、里で重宝されている魔物図鑑も見られるにしよう」
「魔物図鑑?」
「興味があるか?」
「ああ」
「この辺りに出る魔物に加えて、西の方から流れてきたことがる魔物についてまとめたものだ。通常、外には出さないが」
「ほう」
お金より、こっちの方が嬉しいかもしれない。
情報のない魔物と戦うのは綱渡りだからな。
「交渉成立か?」
「協力の内容次第だな。敵の情報をくれるんだろう?」
「……いいだろう」
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洞窟の中で、改めてヒースタと挨拶を交わす。
その内容を共通語で訳して伝えると、ヒースタは軽く驚いていた。
深く追求はして来なかったが。
「で、まずはポロード団とやらの状況を聞かせてくれ」
「構わないが、こちらも監視を切り上げてこっちに来ている。短く要点だけ話そう」
「頼む」
ヒースタから情報を聞く。
ポロード団の現状のところは、俺たちの予想とそう違わなかった。
奴らは腕はなかなかで、数は50ほど。霧降りの里の戦士たちも正面から戦っては勝てなかった。
一方で、斥候のようなサポートジョブの層が薄くて、正規の斥候はほとんど壊滅状態。
そこまでいったなら、裏をついて翻弄できそうだが、奴らもさるもの。
いわば目を潰されている状態でも、魔物の襲撃を凌いでしまった。
それだけの強さと経験があるということだ。
そして、現在は牽制のために攻撃してくることはあっても、本気ではない。
その辺は諜報で裏を取っているので、間違いないとのこと。
「それで、あんたらはどういう手を使おうと思ってんだ?」
「里長がどう決断なさるかは予想できない。ただ、外にいる者は外の者で、里を援護できる形にしたい」
「援護ね。具体的には?」
「……奴らは、捕らえられた里の捕虜を使ったりして、即席の偵察部隊を運用している」
「そうだな」
「それを潰す」
「ああ、なるほど」
つまり、これまでの作戦の延長だ。
しかし、それならこれまでと同じようにやれば足りるようにも思うが。
その点を質問すると、ヒースタは一瞬余裕そうな表情を崩したが、すぐに戻した。
「認めよう。確かに私たちは奴らの斥候を潰した。だが、こちらに犠牲が出なかったわけではない」
「ああ、つまりもう一度斥候狩りを実施するだけの戦力がないのか」
「……」
それなら、俺たちに声を掛けてきたのも分かる。
いかにヒースタのように優秀な隠密スキルがあっても、近付いた後に対象を「消す」部隊が必要になる。優秀な戦闘集団が相手なら、犠牲も出るだろう。
ポロード団も苦しんでいるようだが、里も苦しいわけだ。
「分かった。協力しよう。ただし、俺たちが作戦の主導権を持つ。良いか?」
「仕方ない」
ラキット族を騙して小金稼ぎしている集団よりは、里と交流を持った方が隣人としては望ましいはずだ。
やると決めたなら、徹底的にやるしかあるまい。
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