第233話 ジグ
攻撃されているという霧降りの里に向かう道中、アカイトが襲われているヒトを発見した。
敵味方の判別も付かないので、どうするか。
「とりあえず、襲ってる魔物は倒すか」
「良いのか?」
「まあ、助けて都合が悪かったら、ヒトも殺せば良いだろ」
「……」
アカイトはビクッと肩を震わせた。
小声で何か言っているので聴覚強化してみると、「人間族というのは、かくも残酷なのか?」とか言っている。
失敬な。
「見逃して、良い奴だった方が目覚めが悪いってことだ」
そう言い訳しておくが、スルーしたら別に、そこまで気にならないかもしれない。
魔物に襲われて死亡とか、ありふれている話ですし。
とはいえ、襲われているのが実は某国のお姫様で、お忍びで森に遊びに来ていたとかあるかもしれない。ないか。
「とりあえず、ヒトはともかく魔物の情報をくれ。作戦は考えないとな」
アカイトから、襲っていたという魔物について聞く。
特徴を聞くに、キシエトワルではなさそうだ。
虫型の魔物っぽいが、人間大で鋭いカマを持っているというから、今までこの辺では遭遇していない魔物だろう。
ラキット族には「切り裂き大虫」と呼ばれているらしい。
個体の強さとしては「ヨロイアリより少し強い」位だという。
念のため、そいつが1体なのかもう一度偵察に出てもらう。
その間にサーシャたちと軽く作戦会議し、ルキを先頭に手堅い陣形を組む。
アカイトが消えた方角に慎重に歩みを進めると、途中でアカイトが帰ってきた。
「1体のみのようだ! ただ、ヒトは生きているか分からない」
遅かったか? まあ、ここまで来たんだ、仇くらいは討ってやるか。
森の中をそろそろと進むと、アカイトが歩みを止める。
気配探知をすると、少し離れた位置に何かいる。
木々の密度が濃く、視認できない。
慎重に進む。
いた。あいつか。
カマキリのような魔物を想像していたが、ちょっと違った。
胴体はむしろエビのようで、ただ前腕のカマはカマキリっぽい。
その構え方も、カマキリっぽい構え方だ。
頭は胴体と分離しているので、そこもエビよりはカマキリなのだが、形はカマキリとは異なる。とにかくトゲトゲしている。
その近くには、ヒトらしき何かが倒れている。そのヒトらしきものに向かって、魔物がもぞもぞと何かをしている。
ルキが近付き、盾を剣で叩く。
こちらに気付いた魔物が作業を止め、こちらを向く。
「キシァァー-!!」
カマの振りが早い。しかしルキの盾に受け止められ、横から飛び出したキスティのハンマーに吹き飛ばされる。
「キシッ、キシ」
再度振られたカマを、キスティがのけぞって躱す。
ひやひやするな。
そこにルキが盾ごと体当たり。
よろけた魔物に、キスティ渾身のハンマー振り下ろしが落とされる。
頭が潰された魔物は、しばらく胴体のみでわさわさと動いていたが、やがて止まった。
ううむ。
今回はキスティたちに任せて静観してみたが、ルキ+キスティのコンボ、強いな。
安定感のある盾とハンマーの一撃。
自分がやられたとしたら、結構厄介だ。
俺が相手するとしたら、防御の薄いキスティからどうにかするしかないか。
しかし、ルキもただの盾役というわけではなくて、隙があれば文字通りの横槍を入れてくる。
強引に火力で押すか、または正面から落とすのは諦めて2人を引き離すかだな。
軍や戦士団では盾役が重宝されるという理由も良く分かる。
「さて、生きてるか?」
魔物に何やらやられていたヒトっぽい何かに近づくが……駄目か。
あの魔物は人肉も喰うタイプだったようで、酷いありさまだ。
全身に毛が生え、猿のような見た目。これは前も見たことがある、ウェーキ族だな。
にしても、身体が小さい。
もしかすると、子どもかもしれない。
「サーシャ」
「はい」
「手厚く葬ってやってくれ」
「畏まりました」
そこで、アカイトを見る。
残念そうにウェーキ族の遺体を見つめている。
「拙者に戦う力があれば……」
「見たときにもう、襲われていたんだろう? どっちにせよ、こうなっていたさ」
「……」
「それより、お前、探知系のスキルはないのか?」
「ないぞ。拙者は戦士ゆえな」
きわどい質問だったが、あっさりと返答された。
なるほど。
「じゃあ、あいつを見逃したのは仕方ないか」
「何っ??」
エア・プレッシャーで飛び上がり、すぐ近くの樹木の上に登る。
そこには、身体を縮こませてこちらを戦々恐々として見ている、子どもがいた。
緑の肌に、尖った耳。
小鬼族っぽく見える。
「ゆ、ゆるして」
「何をだ? お前は何か、悪いことをしたのか?」
「し、してない」
「小鬼族か?」
「……」
「小鬼族の年齢はよく分からんが。俺には子どもに見えるが、そうなのか?」
「……」
「別に危害を加えるつもりはない。あそこで死んでるウェーキ族は、知り合いか?」
「タキ兄ちゃん……は、知り合いです」
「そうか。間に合わなくて悪かったな」
「……」
小鬼族はふるふると頭を横に振った。
「お前、なんでこんなとこにいる?」
「……あ、あなたは誰?」
「俺か? 俺は……まあ、通りがかりのナイスガイだ」
小鬼族は不思議そうに頭を捻った。
「とりあえず、枝の上に2人で乗っていると折れそうで怖い。下に降りて良いか?」
「う、うん」
小鬼族を抱えて下に降りる。
抱えるとき、ビクッとされたが、特に抵抗はしてこなかった。
下に降りると、アカーネがしげしげとその顔を覗き込む。
「小鬼族の……女の子?」
「……」
「名前はなに? ボクはアカーネ!」
「……ジグ」
「ジグちゃんか~」
アカーネがお姉さんしている。
いつもは一番年少なので、小さな子がいると嬉しいのだろうか。
しかし、アカーネの共通語はジグには通じてなさそうなのに、奇跡的に会話が成立している。
まあ、流れ的に名前を言われたと分かったのだろうが。
「で、ジグ。お前は何でここに?」
「も、森のなかを逃げてて……。でも、魔物がいっぱいいて。はぐれちゃって……」
「何故逃げていた?」
ジグは、不安そうな表情を浮かべて周囲を見渡す。
何か言いにくい事情があるのかも。
「よもや、オウカの里の生き残りか?」
そう言ったのは、じっとジグを見ていたアカイトであった。
ビクッと反応する、ジグの身体。
「生き残りがいたのか」
「……こ、殺さないで」
「殺さねぇよ」
さすがに理由もなくヒトを殺したいとは思わん。
「娘よ、安心いたせ。この怪しい男は、オウカの里を襲った悪い奴ではない!」
「違うの?」
「ラキット族は嘘を吐かぬ! ……あまり」
「里を襲ったのは、誰なの?」
「知らぬ! が、今霧降りの里も襲われているところだ。おおかた、犯人は同じ奴らだろう」
「霧降りの里も……。何で、あんなことを?」
「知らぬ、知らぬ! 悪い奴の考えていることは、拙者には分からん」
ふむ。
生き残りがこの様子なら、オウカの里はやはり、ヒトに攻撃されて滅んだのか。
アカイトの推測もそう間違ってはいなさそうだ。
オウカの里が攻撃され滅んで、次に霧降りの里が攻撃されている。
ここで2つの件に関連性があると思わない方が、どうかしているってばよ。
「しかし、オウカの里が攻撃されてから、もう随分経つだろう? よく生きていたな」
「皆が、守ってくれたから……」
前にオウカの里が滅んでいることを確認したのは、どれだけ前だったか。
そこからパンドラムの方に飛んで、賊1つを滅ぼしてから帰還したのだ。
正確には覚えていないが、1週間や2週間では利かないくらい、空いているはずである。
「ジグは戦闘できるのか?」
「できない……」
「それでジグを守ってたのか。あのウェーキ族も」
「タキ兄ちゃんは、里長の子で…」
ジグはそこまで言うと、押し黙ってしまった。
ふぅむ。何かあるのか。
「まあまあ、そんなことより。今後のことであろう!」
アカイトが割って入る。
さて、どうするか。
せっかく助けてしまったし、今回はミホみたいに押し付ける先がない。
アカイトはいるが、こいつに預けるのはちょっと、考えにくい。
「霧降りの里まで届けるか」
「……それしかあるまいな」
アカイトが賛同を示す。
しかし、そうなると霧降りの里を助けてからということになってしまう。
逆に、攻撃している方に預けても良いが。
さすがに自分の里を滅ぼした奴らに預けるというのは、精神上よろしくないな。俺の。
「……まあ、助けるかどうかは後で考えるか。とりあえず、俺たちに付いてくるか? ジグ」
「いいの?」
「まあ、ついでだ。ただ、こちらの指示には絶対に従って動けよ」
「分かった、それで良い」
マスコットネズミの次は、滅ぼされた里の生き残りの小鬼族か。
なかなか多様性に満ちてきたな。
***************************
前回同様、道なき道を進む。
前回と違うのは、小鬼族のジグを俺が片手で抱えているところだ。
歩くのが辛そうなので、色々やっていたらこの形で落ち着いたのだ。
考えてみたら数週間以上、森で逃避行してたのだ。
ロクに食べれもせず寝れもせず、身体はボロボロだったのだろう。
出発するとフラフラして、すぐに遅れてしまった。
それなら置いてこう、とは流石に言わなかった。
以前、エート族と出会った塔の近くに着く。
ヒトがいることを警戒して隠れて近付いたが、なかなか塔は見えなかった。
さもありなん、塔は半ばで折れて、残った部分も破壊の形跡が残っていた。
「これは……」
「奴らが壊したのだ!」
どうやら、里が攻撃されているのというのは間違いないようだ。
「里はどっちなんだ?」
「このまま奥に行くとあるぞ。辺りの様子を探って来よう」
「ああ」
里を攻めている集団がいるなら、どこに見張りがいるか分からない。
俺たちは身を潜めて、アカイトの偵察を待つ。
しばらくして、アカイトが走って戻ってくる。
「どうだった?」
「良くないぞ。魔物は落ち着いたのか、また里が攻められている!」
「どれくらいの人数だ?」
「いっぱい……見えたのは20人くらいだ。今は門の外から、矢を撃っていた」
「総勢は分からないか」
「分からん。拙者が捕まったときのことを考えれば、その倍はいるはずだぞ」
下手したら50人以上、いるかもしれないか。
「手強いのか? 里にどれだけ戦闘職の者がいるか分からないが……」
「強いぞ!」
アカイトが断言するが、こいつの強さ基準で言うとだいたい強いことになりそう。
「で、戦いが決着するのは、まだかかりそうか?」
「なんだ、オチオチしていたら里が滅んでしまうぞ!」
「なんで俺も戦う前提になってるんだ」
「怖気づいたか!?」
「いや、そもそも俺は様子見に来るという話だったろ」
「むう。そうであった」
ごねるかと思いきや、あっさりと態度を翻すアカイト。
「しかし拙者に、他に助力を頼める伝手はない。里の一族の者を頼るわけにもいかん」
「どうするつもりだ?」
「……拙者は拙者のすべきことをする」
「そうか」
「ここまで世話になった」
アカイトは一瞬目を瞑ると、槍を握りしめ、歩き出した。
斥候に出る時とは違い、隠れるそぶりもなく堂々と歩いていく。
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「まだ残りの斥候どもは戻らないのか?」
急拵えの天幕の中で、大柄な人物が細身の男に不機嫌そうに声を掛ける。
「仕方ねぇでしょう、本職じゃないヤツばかりなんです」
細身の男はそう答えながら、内心で「黙っとけ、この筋肉だるまが!」と悪態をついた。
突然の魔物の襲来で半ばパニックになった一団は、その騒ぎで本職の斥候を多く失っていた。ただ、それ自体は男にはそこまで関係ないことだ。
ケチがついたのは、彼の「副業」が筋肉だるまこと団長にバレていて、そのネタの供出を求められたときだ。
男はこの傭兵団のなかでも戦闘力が低い方であることを自覚していた。
それは男のレベルが低すぎるというよりは、この辺境の地で生きてきた他の団員たちのレベルが高すぎたのだ。
一方で、偉い奴らに良いように使われているだけの傭兵団の現状に甘んじるつもりもなかった。
だからこそ頭を使い、苦労を重ねながらもビジネスを確立したのだ。
男はもともと遠い地の出身で、この地の常識に染まっていないことが突破口になった。
男は知っていたのだ。
この地では「ちょっと変わっているが、取るに足らない隣人」程度にしか扱われていないラキット族が、外の土地でどれだけ重宝されているかを。
身体が小さく、魔物に襲われにくいというラキット族の性質は、斥候役としてピッタリだった。それに、ラキット族はその頭の悪さゆえに、「裏切る」という発想に至らない。
良いように言えばその純朴なキャラクターは、「意思疎通のできるペット」としても人気が高まっている。
一方で、魔物に襲われにくいラキット族は他の種族と歩調を合わせる必要性がない。
独自の住居を作って暮らしているから、借金奴隷などで流れてくるケースは稀だ。
需要と供給にギャップがあるのだ。
男はラキット族を見つけては少々手荒に「説得」しては、売り飛ばすことで本業以上の儲けを出しつつあった。
団長にも内緒で行っていたことだが、今回の件で斥候が潰れると、団長から「お前の確保しているラキット族を斥候に回せ」と言われてしまった。いったいどこから漏れたのか。
まさか、小遣いをやって手伝わせていたジッポあたりがチクったのだろうか。
そのことを考えると、思わず舌打ちしそうになる。
ここにいる奴らは、戦闘力はあっても頭が足りない。
点数稼ぎか知らないが、「ビジネス」のことをチクったら、もう小遣いがやれなくなって困るのは奴ら自身なのだ。
そんなことすら分からないとは、本当に嘆かわしい。
男は団長に言われるがまま、せっかく「説得」を終えた者を含めて、全てのラキット族を提供した。
その姿勢もあってか、今のところ副業のこと自体は特に何も言われていないが、この作戦が終わったらどうなるか分からない。
最悪、団長にアガリのほとんどを納めることになったとしても、仕方がない。
ここを追い出されれば、行く先がないのだから。
男にとっては自分の「ビジネス」が優先で、傭兵団の作戦は関心が薄かったが、そちらも順調とは言えないようだ。
うまいこと襲撃をカマして、小出しの敵戦力を各個撃破するところまでは完璧な流れだった。
しかし、敵は早々に里の奥に引っ込むと持久戦の構えを見せ、更にそのタイミングで魔物が大量に流れてきた。
一度退却し、防御拠点を構築して迎撃したときはヒヤヒヤしたものだ。
だが、流石は戦闘力だけは高い超辺境の傭兵団だ、数日間に及ぶ防衛戦を余裕な様子で対応して耐え抜き、ほどなく魔物は再び散って行った。
本隊戦力の損害はそれほどでもなかったが、痛かったのが斥候隊の壊滅だ。
もともと霧降りの里を包囲するように散らばっていたこともあって、突然の魔物の襲撃に多くの犠牲者を出した。これも、魔物の接近を知らせる役目の奴らが役に立たなかったせいだが、今更言っても仕方がない。
生き残りの斥候職と適性のありそうな奴らを編成し直し、そこにラキット族を脅して協力させた。
周囲の様子を探り、魔物の流れとモク家の増援がないことを確認するために10組以上斥候が放たれたが、今までに帰ってきているのは近くを偵察してきた奴らだけ。
遠くまで行っている奴らがなかなか戻らないのだ。
「本職じゃねぇ奴らが手間取っているだけなら良いが、まさかもう一回波が来るんじゃねぇだろうな」
団長はその巨体を揺らして、イライラしている。
近場の魔物は散ったことを確認して、再度里を攻撃しているが、いつ魔物が再度襲撃してくるか分からないままでは、本腰を入れられない。
今日もゆるゆると弓隊で攻撃の形を取っているだけで、実際ほとんど攻撃としては意味がない。
ただ里がこれを機に反撃したり、救援を呼びに出たりしないように、威嚇しているだけだ。
「今回は予想外の被害も大きいし、出直しては?」
男は団長にそう言ってみる。実のところ、似たような進言を一度や二度ならず、している。
だが、その返答は似たものだ。
「馬鹿を言え! 兄貴に兵を借りてるいるんだぞ。何も成果なしで帰れるかよ」
「しかし、その偉いさんに借りた兵まで死なせては、もっと不味いんじゃ……」
もし魔物の群れが再度襲ってきたら、今度こそ本隊にも大きな被害が出るおそれがある。
団長のプライドでそれに巻き込まれてはたまらないと、男はいつもは踏み込まなかったところまで踏み込んで言ってみた。
団長もその口答えは予想外だったようで、虚を疲れたように男を見た。
そして奇妙な沈黙が流れた後、団長は愉快そうに笑った。
「な、なんなんです」
「おめぇはずる賢いが、頭が足りねぇなぁ」
ここは団長にへりくだるべきところだと男の本能が囁くが、直接的な嘲りの言葉に、思わずムッとして返してしまう。
「そりゃ、どういうことです?」
「兄貴に借りたあの方らが死ぬとしたら、俺たちが死んだ後だからよ。余計な心配だってこった」
「……そんな強ぇんですか、あの方たちは」
「あの方と部下が俺たちと戦争したら、まあ、良くて相打ちだな」
「なっ!? 真正面から突っ込めばそうかもしれねぇですが……」
「そうじゃねぇよ。仮に囲んで、慎重に攻め立てても、戦士としての質が違いすぎらあ」
「……」
この傭兵団は、斥候役を除いても40名くらいはいる。
それに対して、あの方たちは10名くらいだ。
もちろん数よりもレベルが物を言うこともあるが、傭兵団の奴らだって弱い存在ではない。
2倍以上の数で攻められて、善戦ができる勢力は限られてくるはずだ。
「覚えとけよ、人間。この地じゃあ、力が全てだ」
団長は呟くように言った。
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