第96話 砂壁
午後、腹が膨れたのでギルドの訓練所を借りる。
いろんなサイズの木剣も借りて、2人を相手に軽く身体を動かす。
「ふぅっ、はあっ!」
「アカーネはまだ体力がないな、仕方ないが。大会が終わったら、しばらく一緒にトレーニングするか」
「は、い……」
壁際で荒く息を吐くアカーネを見やり、サーシャと軽い組み打ちをする。
当然俺の大剣サイズの方が射程が長いのだが、あえてこちらから攻撃せずに受ける。
手元に飛び込まれた際の対処法を確認、練習するのだ。
サーシャもラムザから習った基本を復習しながら、手を換え品を換え打ち込んでくる。
木剣だと短く持って柄を使うのが楽なんだが、実戦では無理だよな。射程の長さを活かして牽制しながら、主導権を握るのが安牌。だが、攻撃は自重しているのでそれもできない。
結果として、相手の動きを見切って先に動き出すしかない。
普段は白兵戦を行わないサーシャ相手であるが、いいハンディキャップとなってなかなか訓練
が白熱した。
「ふぃ~、疲れた、疲れた。この後は決めているのか?」
「はい。北の方に有名なレストランがあるそうですから、少し足を伸ばして行ってみましょう」
「ほう。どんなメニューのところだ?」
「焼肉ですとか、そういったものです」
「……」
朝からガッツリ食って、焼肉かい。流石のサーシャだ。アカーネはキツくないのかとチラ見したが、「オムライスも美味しいですよ」と言われて盛り上がっている。お子様かい。
************************************
レストランは個室に案内され、そこで鉄板で焼いた肉をそのまま食べられるというシステムであった。まあ、焼き肉店ですよ。
卵料理は厨房で作って持ってきてもらえるようで、さっそくアカーネがオムライスを、サーシャが半熟の卵を注文していた。
この世界でも卵かけご飯というやつがあったのだが、生卵ではなく半熟にしている。サルモネラ菌とか、そういう問題がこっちの世界でもあるのだろうか。
「赤牛のホルモンと、各種盛り合わせでございます」
店員が置いていったのがメインの肉たち。
ホルモンを食う元気はちょっとなかったので、脂身の少なそうな部位を選んで少しずつ食う。
サーシャとアカーネは楽しそうに品評会をしながら食べ進めている。
「ご主人様、それだけでよろしいのですか? この辺など、焼けています」
「おう、それを俺にも頼む」
「……?!」
サーシャの声に答えたのは、俺ではない。いつの間にか俺の横にいた、汚いフードを被った恐らく男。灰色の顔色をしていて、フードから覗く目はどこか爬虫類のように感じる。あやしい。
「誰だ?」
「……ほう? 動揺しないな」
「動揺なんて、しまくってるぞ。驚きすぎて逆に落ち着いただけだ」
そう返すと、フードの男はククッと籠ったような忍び笑いを漏らした。
「まあ、俺のことは詮索するな。いや、この際身分は明かしておこうか」
「身分?」
「ああ。改めまして、紳士、淑女の皆様! わたくし、タラレスキンドの地に根を張る素敵な闇ギルド、『黄昏』の下っ端は下っ端。つまらない名前はお耳汚しでしょうから、あえて名乗ることは致しません。いい夜だ」
向かいに座るサーシャ、アカーネは完全に固まっている。そちらから見ても、男の登場は突然のことだったらしい。にしても、闇ギルドとは……。
「申し訳ないが、勉強が足りず聞いた事がない。で、そのギルドが俺に何の用だ?」
「くくっ、そう急ぎなさんな。俺も一枚くらい肉を、ご相伴に預かりたかったがね。まあいい」
そこまで言い終わるとフード男は、わざとらしく咳払いをして背筋を伸ばす。
「昼間、『龍剣』の勧誘を受けたか?」
「『龍剣』? いや、ああ。昼間接触はしたが、よそ者に絡まれてたからあいつらが場を収めただけだな」
「ほう」
「だが勧誘を受けたことはある。断ったがな」
「何故断った? 相手は大手だぞ」
「単純に団体行動が苦手なだけだ。それに、これまでロクな噂も聞かなかったしな。わざわざ入るリスクは冒さないだろう、普通」
「……そうか」
「なんだ? あんたも『龍剣』関係か? すまないが、入る気はないぞ。あんたらは知らんだろうが、俺は組織人としては致命的なまでに協調性がない。入れない方が得策だと思うぞ」
「クッ。クッハッハーッ!」
男は急にツボに入ったように笑い始めた。何なんだよ。
「いや、失礼した。本当に興味ないようだな」
「ああ、すまないが」
「勘違いをするな。俺は『龍剣』側の人間じゃあないぞ」
「じゃあ?」
「何と言うべきかな。まあ、やんごとなきお方の依頼で、『龍剣』のやんちゃ坊主どもを相手にしている者だ。今回接触したのはな、警告するためだ」
「警告、だと? なんだそりゃ?」
「お前は闘技大会でも一応勝ち上がっているようだし、傭兵団に入っていないだろう。今後『龍剣』からの接触、それも入れと要請があることは考えられる。そこで1つだけアドバイスだ。絶対に入るな。おまけにもう1つアドバイスしてやるか。魔物狩ギルドからの要請を待て。力は正しく使え」
「うん? 要は『龍剣』に加担するなという話か」
「そうだ。場合によっては、強引に迫ってくるかもしれん。だがな、命が惜しければ、命を懸けて断れ。それだけが正解だ」
「……分かった。あんたがどういう思惑にしろ、自分から厄介事に関わる気はない。『龍剣』の誘いも必ず断るよ」
「上出来だ。今、お前を暗殺しようとすれば出来た、ということを言い加えておこう。期待を裏切るなよ」
「……ああ」
何の期待だよ。今まさに、「面倒事には関わらない」って言ったところなんですが? 聞いてなかったのか?
「ではな」
「……」
男は出て来た時と異なり、いきなりいなくなるのではなく、普通に扉から外に出ていった。
「ご、ご主人様」
「うん。いや、良く分からないが、『龍剣』と関わるのは思ったよりやべーってのは理解できたわ」
「そうですね。しかし闇ギルド? そんなものまで関わってくるとは」
「というか、あるんだなぁ。闇ギルドって」
「大きな都市には大抵あると言いますね。おそらく、関わらなかっただけで、オーグリ・キュレスの港にもあったのでしょう」
「なるほど」
まあ、ないわけがないか。
「あ、というか。『暗殺者』とか『詐欺師』みたいな悪人系のジョブって、そういうとこに居る奴らが使うジョブなのか?」
「『詐欺師』ですか。たしかに、闇ギルドのようなところには普通はなかなか見ないジョブが集まるという話は聞きましたが」
しかも、やんごとなきお方の依頼で、と口走っていた。つまり権力者とつながっとると。
……ジョブチェンジできそうだな。そういう、裏の職業向けのジョブチェンジを請け負う国のお抱え司祭みたいのがいるのだろう。権力者が認めているのだから、いないはずがない。死にジョブではなかったわけだ。考えてみれば当然か。権力者がそれを利用しない選択肢がない。当たり前のことであった。
「言っていたことは気にはなるが、真相を確かめる術もない。『龍剣』に気を付ければいいだろ」
「……そう、ですね」
そういえば、今回はドンが騒がなかった。宿に置いてきても良かったのだが、サーシャがリュックに入れて連れ歩きたがった。危険予防にもなるからいいかと好きにさせたのだが、働かなかった。
フードの男の隠密能力が高すぎたのか。それとも、あの男はこちらを害する意図がなかったようだから、「危険察知」のスキルに引っ掛からなかったか。
ああいう隠密タイプの敵への対処も、考えていかないといけないなぁ。
************************************
これで3回目ともなると、さすがに慣れてきた。
ただ、自分に続いて「人形遊び」が現れた際に、声援のボルテージが上がるのをはっきりと感じて、それは新鮮であった。完全なるアウェーの感じ。
以前見た時はふわふわしたスカートを穿いていたのでゴスロリなイメージであったが、大会ウェアに着替えた「人形遊び」は案外とクール美人といった見た目であった。
青みがかった髪は後ろでまとめており、表情も引き締まっている。
釣り目がちな眼がこちらをきつく捉えている。
「今回、ルールについて確認する」
審判がそう言ってこちらを見る。開始直前だが前置きがあるらしい。
「人形は武器として扱うが、攻撃の対象とすることができる。この際、審判の判定により使用不可と見做すことがある」
「……」
「両者理解したな?」
両者、と言いつつこちらに注目してきた気がするので、首肯して理解を示す。
要は「人形遊び」用の特別ルールが設けられているのだ。
既に説明を受けて知っているが、再度確認するという手はずらしい。
どうやら「人形遊び」の人形をどう取り扱うのかは、これまでに二転三転があったようだ。
彼女が初参加したときは、普段使っている人形を持ち込むことを提案したらしい。だが、それを許す規定はないとして運営側が却下。
かといって、人形がなければ勝負にならないので何とかしてくれと直訴した結果、武器として認めるということになった。
なったのだが、自身から離れて動く人形を「武器」と定義した場合に「武器破壊禁止ルール」がネックとなった。
今度は「人形遊び」に有利すぎたのだ。人形は攻撃できないとなると、一方的に攻撃を繰り出せることになってしまうのだから。
そこで、人形を武器として認める代わりに、武器破壊を認める。その場合の破壊の判定は参加者への攻撃判定に準ずる。という決定になった。
それはそれで公平の観点からどうなんだ、という懸念は当然あるわけだが。そこはネタ種目の自由型。「まあ面白ければいいじゃん」精神で認められ、今に至る。とのことであった。
解説は護衛任務時のテエワラ姐さんでした。
さて、そうしてやや特殊な武器として認められた人形だが、「人形遊び」の足元には5つの木で出来た簡素な人形が起立している。しかも、それぞれ盾や剣などで武装している。
武器はいくつ選んでも良いので、5つ人形とそれに装備する武具を選択してもルール違反ではないのだ。
ちなみに本人も小型の弓を持っている。
公平の観点からそれはどうなんだ、と当然ツッコミもある。あるのだが。
そこで「まあ面白ければいいじゃん」である。
こちらも木剣を構え、試合開始の合図を待つ。
「それでは準備は良いな? 始め」
「お行きなさい、人形達」
開始と同時に、5体の人形がわらわらと走り寄る。
うち2体が大きめの盾を全面に掲げ、体を隠すようにまっすぐ飛び込んでくる。
「ふっ」
エアプレッシャーで軽く抑えた後、横薙ぎで盾ごと押し返す。
その後ろから槍を構えた人形が突きを入れてくるが、身体を捻って回避。
良いタイミングで先を丸めた矢尻が飛んでくるが、咄嗟に肩で受ける。
これは本人の攻撃だ。
残る人形2体は、それぞれこちらの側面に回り込むように左右に別れて移動している。
左に向かったのは短剣を2つ装備し、右に向かったのが槍を持っている。
思う。
さすがにズルくないか!?
こんなん、ありかよ。だがしかし、今更考えても仕方のない事。頭を切り替えて魔力を練る。
正面から盾が迫り、左から踊り掛かるようにして短剣が、右からこちらの動きを妨害するように槍の突きが伸びてくる。
身体強化を発動し、強引に制動力を掛けながら槍を躱し、短剣に剣を合わせ、後ろに下がった。
「あら、意外と……」
人形遊びが呟きながら合間に矢を放ってくるが、準備しておいたウィンドシールドで横に流れた。お返しに魔力弾を撃ち込んで牽制。それを大きくステップしながら避けたが、矢を放つ余裕はなくなったようだ。上出来。
その間に態勢を整えた左右の人形が再びこちらの側面へと回り込もうとしている。
水球を創り、身体の周囲を周回させる。
相手は純粋に物理的な攻撃しかないので、土魔法の方が適切ではあるのだが。実を言うと、砂で球を創って周回させるのはやや不得意だ。というか、最初から何となく水球を使って練習していたせいか、水魔法でやるのが得意になりすぎた。
ということで、水球を変形させて左右からの攻撃を受け止める。
受け止めきれず破裂するが、一瞬の間が出来るので、そこで魔力弾を連射して逆襲する。
2つの人形はそれぞれ腹のあたりに魔法を受け、表面が赤みがかって見えるが……審判は何も言わない。
どうやら威力不足だったようだ。魔力弾ではなく、フレムスローワーでも発動するべきだった。失敗した。
正面から迫っていた盾持ち人形が近くなったので、また剣で弾こうとするも、直前ですっと盾が傾き、剣が伸びてきた。それを躱すと更に奥から槍も伸びてくる。
態勢が悪い!
発動準備をしておいたエアプレッシャーで緊急回避。
ふぅ。
「……あんた何なの? そのオモシロ挙動は」
人形遊びがどこか呆れたような口調で言ってくる。
返事代わりに魔力弾を放ってやる。慣れてくると、レスポンスが早くて便利ではある。一発が腕に命中するも、特に何も判定はない。
「……やなやつねぇ」
「試合中に話し掛ける方が、どうかしてるぞ」
「そう? 割とあると思うけど」
「……」
あっ、そうなん?
なんか空気が微妙になってしまった。でも知らん、こちとら金がかかっているのだ。
気まずい空気を吹き飛ばすように、剣を一閃。相手を狙ったわけではなく、再開しようぜの合図である。さすがにこの空気で、もう一発奇襲する勇気はなかった。
「……いいわ、とっとと決着つけましょうか」
「……」
無言のまま剣を構える。黙ってかかってこいということである。恥ずかしかったから何も言わなかったわけではない。
ただ、ただだ。
試合中に攻撃の手を緩めたことは、やっぱり失敗だと思うのよね。
5体の人形が再度、こちらを取り囲むように動き出した直後。練りに練った魔法を発動する。
自身の手の先から砂を作り出し、風魔法で創った風に乗せて奥へと運ぶ。
「これは……!?」
相手が警戒して下がるも、目標はそれではない。人形と人形遣いの中間点まで砂を運ぶと、そこでサンドウォールのような壁を創り出す。
強度は必要ない。必要なのは、そこにあること。つまりは目隠しだ。
人形遣いの能力は多少聞いていたし、実際に戦ってみることで思い至ったことがあった。
あまりに弓攻撃の頻度が低いのである。
人形達が攻撃している間なにをしているかと思えば、集中した表情でこちらを睨んでいた。
つまり、だ。
「人形を操る」ことが彼女の能力であり、戦法だ。
当然のことだが、それなら弱点がある。
「彼女が見えなければ、人形を動かせない」のではないか、ということ。正確には、「人形に適切な行動をさせることができない」ということになるか。
案の定、一瞬にして塞がれた視界の影響で、人形の動きは鈍った。
動きが遅くなったのではなく、こちらの細かな動きに対応することなく、そして攻撃するでも、逃げるでもなく、中途半端に武器を振り回した。
確信する。思った通りだったと。
身体強化魔法で脚力を強化し、一気に飛び込む。右の槍持ちの胴体を袈裟切りにし、さきほどまで俺が居た方に盾を向けたままの盾持ちに水球を連打。
ついでに後ろの槍持ちにも一発当てておいた。
ほどなくして砂の壁が崩れ、相手と審判が見えるが……。
「武器破壊! 人形3体を戦闘から除外。ポーズ!」
審判が一時試合を止め、槍使いの人形2体と、盾持ちのを1体、試合から除外した。
射程の長い槍を両方除外できたのは大きい。
呆然とそれを見送っていた人形遊びであったが、試合が再開するころには憎々し気な視線を向けてきていた。
「卑怯者!」
「……いや、それを言い出したら1対6って十分卑怯じゃね?」
主張は平行線である。審判により再開が宣言され、1対3での戦いとなる。
とはいえ、1体は短剣持ちで動きは軽いが捌きやすく、もう1体は盾持ちで鈍重。
あまり効果的な連携が出来ているとは言い難く、隙を見てカウンターで短剣持ちが脱落。
盾持ちはガチガチの防御戦法に出たので、思いっきり叩いて吹き飛ばし、前線から退場させた。
人形が軽かったので、完全にスウィングできれば面白いように飛んだ。
残るは人形遊び、ご本人のみ。あちらは弓を捨て、ただの棒のようなものを構えた。
「棒術?」
「……」
今度はあちらがだんまりだ。油断なく斬りかかると、受け流すような動作で反撃まで繋げてくる。
技としては見事なのだが、あまり速さがなく、見てから避けられた。
一方でこちらから斬りかかると上手く受け流され、カウンターに繋げてくるので決めきれない。
ここで事故が起こると面倒なので、距離を置いて突きを入れながら、水球で削っていく作戦に変えた。
防御魔法のようなスキルはないらしく、必死でそれを避ける人形遊び。
突きをかわし、時に受け流し、水球を見切り、避け、掠りとしながらしばらく。
良く粘るなと感心していたところで、声が掛かった。
「試合時間終了! 両者開始位置へと戻れ。これより勝敗判定に移る」
時間切れ。
そういえばあったな、そんなルール。忘れてたよ。
審判は、脇で見ていた副審らしき人達も集めてごにょごにょと何か相談している。
1~2分ほどかかり、審判が貴賓席を向き、声を張った。
「ただ今の勝負、ダメージ蓄積と優勢により、1048番の勝利とする」
「おっ」
横に来ていた副審の1人が、俺の手を掴んで上に揚げる。
おそらく、「1048ってこっちですよ」という観客へのアピール。わああ、という歓声に応えて軽く手を振っておく。
なぁんとか勝てたか。これでかなりの黒字になる。助かった!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます