第71話 天罰

「今日はこの辺で野営にするか」


ラムザに言われ、サーシャと二人で頷いた。

今日は戦士団の基地近くの野営地まで進む予定だったのだが、道から外れて魔物を狩ったりしていた影響で、間に合わなかったのだ。

何か予定があるという訳でもないので、明日午前中にキャンプに着いて準備をし、午後から訓練開始でいいだろう。


背負っていたテントを下ろし、組み立てを始める。

隣でラムザも個人用のテントを取り出している。旅先で行き会ったパーティを観察すると、外では寝袋だけで充分、という猛者もたくさんいるのだが、ラムザはそういう豪快さはないらしい。


「ネズミの肉でも焼くか?」


ラムザはリュックにぶら下げていたビッグマウスの死骸を解いて見せる。


「まだ保存食も色々あるが、まあ節約していくか」


野営で必要なことは一通りできるというラムザは、野営料理も出来るようだ。ネズミを焼くのを任せて、即席かまどを作ってサーシャのスープ作りを手伝う。


「ご主人様、火が少し弱いです」

「おう」


近くで拾ってきた枝がやや湿っていたらしい。枝を追加して火魔法で炙り、火の勢いを取り戻す。


「便利なもんだなぁ。こっちにも火ぃ点けてくれや」

「ああ」


水魔法、土魔法も便利だが、時間が経つと劣化する魔素帰りなるものがあると聞いたばかりだ。

そう考えると火魔法は、最も便利使いされる魔法かもしれない。

戦士団の任務で同行したときも、食事や休憩のたびに「とりあえず火を」と言われたっけ。


「結構魔法を使ってるが、魔力は大丈夫かよ?」

「うーん、たぶん。野営で使うのは慣れてるからな」

「そうか。ここは野営地でもねぇし、危険性はそれなりにある。ある程度節約はしておけや」

「そうしよう」


しばらく無言で作業をして、スープが煮えた頃には焚火の前に串焼きが並べられていた。


「小さい奴はもう焼けてるぞ、食え」

「おう」


巨大なネズミの皮を剥いで、開きにして焼いただけ。そんな豪快な料理に見える。

元の形が想像できる分、抵抗感もあるが……丸かじりして食ってみる。


……う~ん。

香辛料がたっぷり掛かっているが、それで誤魔化せていない妙な臭み。

硬いだけでなく、ザリザリした歯応えのある残念な食感。

正直なところ、まずい。


「……」

「……」


一瞬サーシャを見ると目が合い、何かを通じ合った。

スープを一口。

うん、安定の塩味。


「まずいか? まぁ、その分栄養はなかなかだ。文句は言うなよ」


ラムザはガツガツと食べ進め、2匹目に入った。

ネズミだけど、栄養あるのか?

食えないほどの味でもないので、我慢して1匹分を食べ切った。


その後は明日の準備をして、順番に寝ることになるが……。


「この辺は街道沿いだし、あんまり魔物も多くはねぇが……1人ずつだと多少不安かねぇ」

「ふむ……あ、そういえば」


まだ説明していなかったな。

いでよ、ドンさん。


「ギーギィ」


リュックの入り口を開けると、よお、という感じで腕を振るドン。

周りに木の実を持ち込んで、快適空間を作っていやがるな。


「お前、今日は夕方になっても出てこないと思ったが……知らない人がいたからか?」

「ギィー?」


まぁいい。手を差し入れて両脇を抱えるように外に出す。


「こいつは護獣のドン。夜の警戒に使える」

「おお? 護獣か、珍しいじゃねぇか」

「珍しいのか」

「魔物狩りで使ってるやつぁ……まあそこそこいたか。だが見たことのねぇ種族だな?」

「ケルミィ族とか言うらしい。戦闘力は……護獣屋に言わせると期待できないようだが、夜行性で警戒能力が高い」

「ほお」


わしわしとラムザに乱暴に背の毛を撫でられ、迷惑そうに「ギイ」とひと鳴き。


「これで知能は高いらしくてな。かなり正確に人の言葉を解するようだぞ」

「何だと? 見かけによらねぇな?」


それは同意しないこともない。

アホっぽい見た目をしているからなぁ……。


「夜はこいつも頼れる、一応な」

「なら、俺とこいつ、お前と従者で分けるか。俺なら単独警戒も慣れてるし、ケルミィとやらがどこまで役立つか見極めてぇ」

「いいぞ。ケルミィは種族で、名前はドンな。たまにこいつに任せて2人で寝ることもあるくらいだ、そこそこ信用できるはずだ」

「お前ぇ……怖くねぇのか? 変わった奴だな」


そんなこんなで、前半をラムザとドン、後半をヨーヨーとサーシャという組み分けと担当になった。

と言っても、寝るには少し早いが……

ステータスチェックでもしてるか。


「ステータスオープン」


テントに入って、そう呟く。


************人物データ***********

ヨーヨー(人間族)

ジョブ ☆干渉者(19)魔法使い(12)警戒士(7)

MP 36/40

・補正

攻撃 G+

防御 G+

俊敏 F-

持久 F-

魔法 E

魔防 F+

・スキル

ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ

火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法

気配察知Ⅰ

・補足情報

隷属者:サーシャ

隷属獣:ドン

***************************


むっ……変化なしか。


『剣士』バージョンはこちら。


************人物データ***********

ヨーヨー(人間族)

ジョブ ☆干渉者(19)魔法使い(12)剣士(10)

MP 32/36

・補正

攻撃 F

防御 G+

俊敏 F+

持久 F-

魔法 E-

魔防 F+

・スキル

ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ

火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法

斬撃微強、強撃

・補足情報

隷属者:サーシャ

隷属獣:ドン

***************************


こうして見ると、2段階ずつ違う「攻撃」と「俊敏」の差が大きい。

このところ、『警戒士』から戦闘中に『剣士』に切り替えることが多いが、そうするとそれなりに差を感じるようになってきたのだ。

『剣士』は攻撃と俊敏特化のところがあるから、その差はこれからも拡大していくのだろう。


ちなみに『魔銃士』を選択すると、さらに魔法戦寄りのステータスになる。

魔銃で先に狙撃するような場合のみ選択しているので、使用する機会はそれほどない。

『剣士』がレベル10で『魔銃士』に並んだので、この運用を続けていくと遠からずレベル逆転、となる。

魔銃には貰った当初から頼りにさせてもらってきたが、魔法スキルを磨いたことで次第に活躍機会が減ってきた。些か感慨深いものがある。


ついでに、獲得したジョブも確認してしまおう。


どん。


旅人(3)

市民(1)

ごろつき(1)

サバイバー(4)

短剣使い(2)

魔法使い(12)

魔銃士(10)

槍使い(1)

学者(1)

剣士(10)

戦士(1)

翻訳家(1)

遊び人(1)

盾士(4)

警戒士(7)

暗殺者(1)

演技者(1)

詐欺師(1)

魔撃士(1)

土魔法使い(1)

大剣使い(1)


うむ。相変わらずジョブ選択可能欄に鎮座する『遊び人』や『詐欺師』はスルーする。

前に見た時と比べても、あまり目新しいことはない。『大剣使い』が結構前に生えた気がするが……いつだったかは忘れた。


いつも使っているやつを除いて、気になるのは……

派生ジョブが多いと考えられ、前から育てたいとは思っている『戦士』。

おそらく初めて獲得できた派生ジョブとして『土魔法使い』。

最初期にお世話になった『サバイバー』。

後は、実はちょっと気になってしまっているのが『遊び人』なのである。

賢者になれそうだから……ではない。


ジョブを付け替えて確認してみると、『遊び人』のステータスが「魔防」特化らしいことが判明している。

初期ボーナスで魔防が跳ね上がるだけなので、成長するステータスは別かもしれないが……今までの傾向からして、初期ボーナスの多いステータスが伸びる可能性が高い。

「魔防」特化でステータスが上がるジョブなど、今まで確認していないし、あまり予想もできない。

防御系のジョブなら、「防御」と同時に上がりやすいのかもしれないが……。

つまり、もし対魔法戦が必要になったときに、『遊び人』が育っていれば使えそうだなあ、などと考えたのである。

『遊び人』の初期スキル「お気楽」の効果は「一部の精神的なストレスの影響を受けにくくなる」という残念なものだが……ほかにどんなスキルを習得できるのかは興味があるし。

ストレスというのも、精神的なダメージの一環として考えれば、魔防特化というのも精神的なものに強い、みたいな特性の一環なのかもしれない。

だとすると、レベルを上げれば「精神異常無効」みたいなスキルとか、「魔法無効」みたいな強スキルがある可能性も無きにしも非ず……。


どこかで育成を開始して、レベル10くらいまで上げてみるのも手なのだが、問題が1つ。

この場合、レベル上げに必要な「『遊び人』に相応しい経験」って何……?という、ね。


この狩りが終わったら、一度『遊び人』を付けたままで豪遊してみるか?

などと考えながら目を瞑っていたら、いつの間にか意識が飛び。

ゆさゆさと遠慮がちに揺すられる感覚で目を覚ました。


「ご主人様、交代の時間です」

「あ、ああ……分かってる、すぐ起きる」


自分のタイミングで起きられなかった時特有の、ちょっと寝足りない感覚。

気合いで上半身を床から起こして、意識の覚醒を待つ。

サーシャは既に着替えを終え、鎧姿でテントから出ていった。

俺も急がねば。


テントから這うようにして外へと出ると、ラムザが大きなあくびを噛み殺しながら自分のテントに引っ込むところであった。


「おう、後は任せたぜ」

「ああ」


焚火の方に目を向けると、ドンが珍しく立ち上がって俊敏に動き回っている。


「……何かあったのか? 珍しいな」

「ドンちゃんですか? なにか、ラムザさんから美味しいものを頂いたようですよ」

「美味しいもの?」


何かの肉でも貰ったのだろうか? と周囲を見渡してみるが、それらしいものは見当たらない。


「ピュコの実、と言うそうです」


サーシャが地味な色合いの粒を差し出してそう言ってきた。


「ピュコの実? 聞いたことないが」

「たしか、南の方で摂れる低木に生るものだったかと」

「ほーう。美味いのか?」

「どうでしょう、珍味としてはそれなりに有名なようですが……」

「珍味」


地球の珍味っていうと、キャビア、トリュフ、フォアグラだっけ?

文字通り珍しい味のものを指して、美味とは限らないって感じだったような。


「甘味と塩気、独特の渋味があって、好きな人は好きな味なのだとか」

「へぇ、それがドンの好みに合ったのか」


一粒貰って口に含んでみる。

硬い。

奥歯でゴリゴリと砕くようにして咀嚼すると……なるほど、ナッツ類のような甘さと塩気を感じる。

その後に……む。これはキツい。独特な渋味ってやつか。

なんとも形容しがたい味が残る。


「ううん、美味いような、不味いような……」

「ギーッ!」


ドンがうろちょろとしながら抗議の声を上げると、サーシャの手から実を奪って持っていってしまった。

文句があるなら食うな!という感じだろうか。


「高いのか?」

「ええ、それなりに」


そんなに気に入ったのならと思ったが、高いのなら常備するわけにもいかんか

ドンが活躍した場合のごほうびメシにでもするか。


「今度、市場で探してみるか……」

「キューキュ!」


ドンが珍しく甘えた声を出してすり寄ってきた。分かりやすいな。


「ドンが活躍した時に与えることにしよう」

「なるほど、褒賞ですか」

「ギー」


えー、ケチ。今度はそんな感じに聞こえた。


「とりあえずその実はドンの物でいいから、今夜も警戒を頼むぞ」

「ギイ」


のそのそと焚火から少し離れた場所に向かい、カリカリとピュコの実を齧りだす。

たのむぜホント。


パチパチと火の爆ぜる音を聞きながら、周囲を警戒する。

いまのところ気配察知にかかる生物はいない。

……そうだ、昼間のアレを今のうちに訊いておくとしよう。


「サーシャ、少しいいか?」

「はい、何でしょう」

「ラムザがジョブの話をしたとき、天罰が云々と話していたが。どういうことだ?」


サーシャは少し目を見開き、「そうでした」と小さく呟いた。


「ご主人様は、変わってらしたのでしたね。天罰の話は、子供のころに誰となく聞く話で、知らない者はいません」

「そうなのか」

「はい。簡単に言えば、ジョブシステムについて神の意向に反するようなことをすると、悪いことが起こるという感じです」

「神の意向? 教会がそう言っているのか?」

「そうかもしれませんが……民衆レベルでそう広まっているので、教会が特にそう主張しているというわけではなさそうです」

「ふむ。それで、どういう場合に何が起こるんだ?」

「有名なのは、ジョブの強要と研究ですね。特定のジョブに就くように強制するなど、当人の意思に反したジョブの選択・運用をさせると、天罰を受けます。研究というのは、ジョブについて詳しいことを調べて、広く公表するようなことをすると天罰を受けることがあるそうです。詳しい線引きは不明ですが」

「ジョブの強要は、まあ、分かる。だが研究というか、公表もダメなのか。むむ」

「はい。ただ、個人間でジョブの情報をやり取りするくらいなら問題ないと言われています。それでも気にする人はいるので、嫌がる人にジョブの情報を聞き出そうとするのはかなり質の悪いマナー違反だと認識されています」

「そうか……ちょっと危なかったな、俺」


色んな人からジョブの情報を得ようとしたり、行動していた気がする。


「天罰というのは、色々あるようですが、典型的なのはジョブシステムの恩恵を失うことですね。突然なくなって、復活しないそうです」

「なんと……そりゃ相当まずいな」


ジョブが設定されなくなったら、スキルは一切使えなくなる。魔法もなくなるということだ……困るどころではない。

これはなかなか重要な問題だ。


「まあ、研究と公表の方は、よほど手広くやらないと天罰を受けないそうですから、そうそう危険はないと思いますよ」

「あとは強要か……あれ? サーシャのジョブを勝手に設定したのってセーフなのか?」

「ううーん、おそらく。そもそも、同意なくジョブを変更できるということ自体が聞いたことのない力ですので……」

「教会で変更する場合は?」

「司祭さまに変更してもらう場合も、本人の同意がないと変更できないはずです。あくまで司祭さまの力を借りるということですね」

「ふむ……」


同意がないと変えられないシステムが普通だとすると、『干渉者』のスキルはどういう判定になるんだ?

スキルで可能なのだから例外として許容されている可能性もあるが、念のため、今後は本人に訊いてからジョブを変更するのが無難だよな。


「サーシャは、『弓使い』で良かったのか? 別のジョブにしたくはないか」

「はい、大丈夫です。戦うのであれば『弓使い』にしたいとは私も考えていましたから」


つまり、サーシャの希望と合致していたと。

だからセーフだったのか? 分からないことが増えたなぁ。


「今後はサーシャに相談することにするよ」

「はい」


つまり、奴隷を『性術士』にするにも同意を要するというわけだ。

くっ、未来の野望が……。

奴隷のジョブは自分で選択して、パーティを充実させていけばいいと考えていたが……当人の意思を考えなきゃいけないわけだ。

ますます奴隷選びが難しくなった。


それにしても、天罰か……。

システムを作り上げた何者かが、何らかの意図をもって現在も介入を続けているってことになるよな。

……。

白いガキがこの前言っていたことについて、たまに考えたりもする。

奴のヒントは一言、「遊び」であった。

ジョブについて情報を広めさせないのは……「遊び」だからか?

そんなとりとめもない思考を振り払い、周囲の警戒をした。

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