第44話 熟睡

魔物狩りギルドでは、魔物素材の買取サービスも展開しているようだった。相場に対応し、やや安いくらいの値段で買ってくれるそうだ。

信頼できる売却先を先々で探すよりも、利用した方が楽だ。それに、売却額が多くなれば、貢献度のようなものが加算されて、翌月の登録料が安くなったり免除されたりするらしい。

上手く設計されてやがる。そういうポイントカード的なシステムがあるなら、商人と丁々発止の交渉をするよりも、ここで売ってしまえと思うよ。


「スライムの核が2つに、ケタケタが……5つですか? 結構ありますね」

「まあ、はい」


属性スライムがチラホラいたが、核を壊さずに倒すのは大変だったので、2つしか確保していない。2つ確保したのは、魔法でスライムを倒せるか試したものだ。

結論、ファイアボールで頑張れば核を壊さずに倒せるが、大変なので割に合わない。

他のスライムは剣でサクッと核を突いてやりました。はい。


ケタケタは待ち専門の魔物らしく、見つけるのが手間であった。ただ、ある程度群生するのか、1匹見つけると何匹かいたりするので一網打尽にできるとうれしい。

一匹と戦闘していると逃げ出すので、今日は失敗したけどな。魔法使うとバレやすいから、出来れば剣で対処するべきかもしれない。

魔石は小さいのだが、立方体に近いきれいな形をしていて、1つ銅貨20枚は下らないらしい。

5つなので、これで銀貨1枚分だ。まあ……今夜の宿代だな。

ケタケタ相手も工夫すれば多少儲かる気もするが、明日はもうちょっと先に足を伸ばしてみよう。


夕飯は、屋台で売られていた魔物肉の串焼き、そして魔物バーガーだ。流通拠点だけあって、多種多様な肉が売られていて選べるのが楽しい。

スライムゼリー入りのスープなんてのも売られていておどろいた。食べられるんだ、あいつ。

ドン用の果物と木の実も買ってある。


「色々な味のお肉があって、面白いですね」


はむはむとサーシャがバーガーをついばむ。



翌日、少し遠くまで出かけた俺たちは、牙犬の群れに当たった。

一度に10頭前後を相手にすることになって、焦ったが結果は何てことはなかった。


俺は早々に剣に持ち替え、エア・プレッシャーやウィンドウォールを駆使して相手の攻撃を防ぎつつ、斬り伏せていった。

牙犬のように、一直線に来る軽い敵なら、エア・プレッシャーが効果的だった。牙犬の場合、正確に狙いをつけ、連携するので猶更、エア・プレッシャーで軌道とタイミングをズラしてやれば勝手に隙をさらしてくれる。

ステータスだけでなく、戦い方も成長できていると実感した一戦であった。


何匹かは後ろに抜けてしまって心配したが、サーシャは短刀で危な気なく対処していた。1対1なら優位に戦えるようだ。

驚きなのは、ドンだ。数が多いので、念のために起こしておいたのだが、何とリュックから飛び出して格闘戦をした。ネズミにしては大きいが、人と比べたらかなり小さい身体で4本の足を上手く使って格闘を行っていたのだ。しかも牙犬を圧倒していた。

ある程度戦えるという店の者の話は本当だったらしい。普段はやる気なさそうだからまさかと思ったわ。


ギャップ萌えというやつか、サーシャはかっこいい!と大興奮だった。



************************************



「ぶっちゃけ、我々の資金が底を尽きそうです」

「そうなのですか?」


ここ数日、大儲けとは言えずともコツコツと稼いできた。ただ、交換すべきものや消耗品の補充を行ったところ、銀貨の貯蓄すらなくなりそうなのが現実であった。ひもじい。


「まあ、必要な物は揃えたから、ここで狩りを続けても黒字になっていくとは思うが……まあそれはそれとして、魔物狩りの方も次の目標に移ることにしようか」

「はい……」

「2日ほど北に進むと、開放されている拠点があるという。そこまで一気に進むのはちょっと不安だから、とりあえず中間地点の辺りにあるらしい野営地を目指してみる」

「なるほど」

「その辺までは、魔物の分布も変わらないようだしね。北に進むと、もっといろいろな魔物に警戒しなくちゃならない」

「今のところ、スライムやケタケタ、牙犬以外はほとんど相手にしてませんからね」

「だな。草原の南のほうにも、もっと色々魔物はいるらしいんだけど、会わないんだよな」


たとえば、草原南部の主っぽい立ち位置の熱岩熊とか、植物系の口広げとか。


「熱岩熊でしたか、出会ったら勝てるのでしょうか?」


サーシャが不安そうだ。ここはご主人様の威厳を示す時だ。


「大丈夫だ、火魔法は俺の魔法で防げるし、遠くから倒せばいいさ」

「そうですね」


作戦内容が消極的だったせいか、冷静に返されてしまった。


「後、熱岩熊は重量系らしいから、バシャバシャが効く気がするんだよね……。まあ、無理はしないから安心して」

「はい、油断は禁物ですね」


朝飯に魔物肉のステーキを朝から平らげて、道に沿って北上する。ちなみにサーシャは、ガレット?みたいな何か良く分からないお洒落な食べ物にしていた。

今日からは、俺がテントなどの野営道具も持ち運ぶ。戦闘になったら投げ捨てて、あとで回収するということだ。

道沿いは、スライムや牙犬くらいしか出会わず、それなりに平穏に進行できた。

そうなると、とにかく黙々と歩き続けることになる。

まあ護衛のときもそうだったから、今更ですけどね。


その日の夕方には、目標としていた、夜を越すためにテントを張れる小さな野営地、テントスペースと俺が呼んでいる施設に到着した。

施設といっても、本当に簡易な柵で囲った何もない空間があるだけである。先人の魔物狩り達が作り、そのまま連綿と維持されてきたものだ。


「さて、夜はちょっと怖いが、ドンに任せて仮眠を取ろう。いいか?」

「そうですね……ドンちゃんは頼りになりますから、ここは任せましょう」


俺たちの他に利用している者はおらず、陽が暮れるとあっという間に暗闇に包まれる。

新しいテントを張り、鎧を着たまま毛布に包まる。ドンには果物などのエサを多めにやり、よくよく言い聞かせておく。


「ここは魔物が闊歩する危険な場所だからな。テントから出来るだけ出ないように。怪しい気配がしたら、遠慮せずに俺を起こせ」

「キュー!」


分かった、という感じで元気な返事があった。まぁ、ドンが俺に遠慮したことなんてないから、問題ないと思うんだけどね。ドンに夜を任せられるようになると、かなり旅が楽になるからな。

さて、ちょっと心配だが早めに寝てしまおう。おやすみ。



************************************



……朝か?ドンに起こされることもなく、目が覚めた。辺りはまだ暗い。どこからか、鳥のさえずりが聞こえる。

案外熟睡してしまったな。まあ結果オーライ。


「ドン、どこだ?」

「ギー?」


ドンはテントの入口付近で座って待っていた。


「よくやってくれたな。熟睡できたよ。飯はもう食べるか?」

「ギュィ~」


ご機嫌で近付いて来たので、ナッツ類と果物を与える。肉も食うんだが、こいつはこういう女子っぽい食べ物が好きだ。

……あれ? そういえばドンってオス? メス?

まぁ、いいか。メスだったら名前どうなのって思ったけど、女性の首領がいたっていいじゃない。30秒で支度しな、みたいな。


ドンの背中を撫でながらまったりタイムを過ごす。

少し経つと、光が射し込むようになり、完全な夜明けを迎えた。おはようございます。


「ご主人様、早いですね……」


サーシャも起床。彼女はドンに全幅の信頼を置いているようだったので、気兼ねなく寝られたことだろう。うらやましい。


「おはよう、朝飯を食ったら、引き返すぞ」

「はい」

「真っ直ぐ進めば、そこそこ時間に余裕はありそうだな。途中で、今まで探索していなかったようなところに寄ってみよう」

「そうですね、はい」


木が密集して、小さな森みたいになっているところは避けて通ってきた。見通しが悪いし、いかにも魔物が潜んでいそうだからな。

今回は、あえてその周辺を通ってみる積もりだ。

行きはロクな獲物が狩れなかったしな。


「朝ごはんは、オートミールと干し肉でいいですか」

「だな。水を出すから何か容器を出してくれ」


魔法で出す水は、なんというか、雑味がなさすぎて不味い。不味いのだが、出先では重宝する。

味がしないオートミールと、極端な塩味の干し肉。その奇妙なコントラストを楽しむ……いや楽しめはしないな。流し込む感じだ。

朝飯を終えると、さっそく来た道を帰っていく。途中で脱線して、小さな森に近付いてみる。


見ているだけでは分からないか、と思っていたところにガサガサと音がする。

一瞬遅れて、四つ足の謎生物が飛び出していく。そのまま北の方へと逃げ去っていく。


「……あれはなんじゃろ」

「シシシフカではないですか? あの逃げ足……」

「シシシフカか」


魔物攻略本では、キュートな小動物のように描かれていた四つ足動物、いや魔物だ。とにかく足が速い。獰猛だが、敵わないと見切りをつけるとすぐ逃げる。厄介だ。


「……本物は可愛くないな」


イノシシと狼を掛け合わせたような、奇妙な造形をしていた。気持ち悪い系ではないが、可愛くはないだろう。魔物攻略本の作者は、いったいどんなフィルターを通して見ていたというのか。

まあいつものことなので愚痴っても仕方ないな。

問題は、シシシフカが何から逃げていたのか。


「……念のため、木々との間をバシャバシャしてくる」

「え、はい」


周囲に気を配りながら、土が露出しているところに進み出ると、手を当てて魔力を流す。

離れていてもできるが、魔力効率は直接触れていた方が断然おトクだ。

一帯の土に干渉し、水を混ぜて泥沼と化す。


「よし、後は泥の一部を積み上げて固めると……壁が完成」


泥地帯を軽く飛び越させないための処置である。

壁を飛び越えるために直前の場所で踏み切ろうとしたら、そのまま沈むというトラップ用でもある。

悪くないアイディアだと思う。


サーシャの待っている地点まで戻り、様子を見ているとガサガサとまた音がして、ぬっと巨体が見えた。


それはまさに、巨体の熊のように見えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る