第43話 確認

仰ぎ見るような重厚な城壁だ。城壁の工事を少々手伝ったからか、立派なものを見ると感動を覚えるな。よくこんなものを、と。


さて、テーバ地方の壁の“中”への進入は、魔物狩りギルドのカードを提示することですんなりといった。たしかに手間がかからない。


昨夜、サーシャともよくよく相談をして、入り口から北の草原で腕試しをしてみることを決めた。今日は、“中”に入ってすぐの街、ターストリラで準備をして、午後には草原に出発する予定だ。

ターストリラから北に2日行ったところに、開放されている拠点があるらしいので、いずれはそこを目指す。とは言っても、最短距離で進むというよりは、ターストリラや野営地と行ったり来たりしながら、探索してみるつもりだ。

既に魔物狩りの聖地には到着したのだ、ここからは急ぐ必要性はない。じっくりやろう。

歩き始めてすぐ、前方にターストリラが見えてくる。低い壁で区切られてはいるが、関所などはない。


壁の“中”に出入りするときに不審がないか審査するので、“中”の拠点では緩いのである。


さっそく中に入って、宿の一室を借りる。今日は数時間狩りに出て、この街に戻ってくるつもりなのだ。

ターストリラの街は、どこか交易都市サタライトを彷彿とさせる光景があった。

馬車の集団だ。どうやら物資の集積地であるらしく、ここで改めて出荷先ごとに荷物を分け、積み直すという作業をするらしい。そうすれば、壁を出るときに関税を取る手続きがスムーズに進む。

壁を潜る前に、魔物狩りギルドに加入したサーストリラとは別の街である。名前がとても似ているけど。偶然とは思えないから、同じ時期に作られたとかなんとか、由来があるのだろうね。

直線距離だとほとんどないターストリラとサーストリラはどちらか1つで足りんじゃないかと思うが、中のターストリラは物資の集積、外のサーストリラはルーキーが集まる地、と住み分けているのかもしれない。

ちなみにターストリラにも魔物狩りギルドがあった。これこそ、どちらかの街にあればいい気もするが……。


「作戦会議タイム!」

「……はい?」


サーシャが怪訝そうな顔をして俺の座った向かいのベッドに座る。突発的なノリに戸惑いつつも、こちらの意を汲んで態勢を整える。本当に、できた従者である。


「最近は、何だかんだと大人数に紛れて移動している時間が長かった。だが、ここからは正真正銘、二人三脚で進んでいく必要があるわけだ。そこで、実地に出る前に、色々確認しておこうと思ってな。うん? ドンがいるから2人1匹5脚くらいか? まあいいや」

「確認ですか。私には、ご主人様が色々となさっていることは理解できないところがあるのですが」


色々とね。ジョブを付け替えられることは知っているはずだけど、細かく何をしているかいちいち説明はしていなかった。最近はサーシャも、怪しいけど何かやってるんだろう、と流すようになっていた。まぁそれはそれで都合が良いのだが、他人の目もなくなるわけだし、ここらで1つ情報共有を図っておこう。


「……うーん、頭で考えても混乱するから、ちょっと余った紙にまとめるか」

「そうですか? ちょっと勿体ないですが……はい」


紙、高いからね。でも、毎月の締めにコソコソと異空間に報告書を送るためにも、紙は余分に買い込むようにしている。

路銀を計算したときの裏紙を利用しよう。藁半紙的な手触りの、それなりに割安なやつだ。

何を書けばいいかな? とりあえず、各自の戦闘に関係しそうなことを書き出してみるか。


ヨーヨー

・装備

武器:魔導剣(太刀)、魔銃、黒色短剣(魔物素材)

頭:金属のヘルメット

身体:革の鎧一式、厚手の服(鎧下)

左手:小楯(バックラー)

・魔法(実用レベルのもの)

火魔法:ファイアボール

水魔法:ウォータウォール

風魔法;エアプレッシャー、ウィンドウォール

土魔法:スローストーン

複合魔法:バシャバシャ


サーシャ

・装備

武器;短弓、短剣

頭:鉢金

身体:革の鎧一式、厚手の服(鎧下)

左手:小楯(バックラー)

右手:マジックウォールの魔道具(魔石残り18)


ドン

・装備

なし

・特筆すべきスキル

気配察知Ⅱ


こんなところだろうか。逆からサーシャが覗いている。この娘、字も読めるから何気にスペック高いのよね。


「ご主人様は、色々と魔法が使えるようになったのですね?」

「そうだな、だが注意しておいてくれ。俺の魔法にそこまで攻撃力はない。あくまで補助だ」

「そうなのですか?」

「たしかに、この旅の間に何度か魔法は使っているし、派手に見えたものもいくつかあったろう。だが、冷静に振り返ると威力はそれほどない」


覚えている範囲で、ジョイスマン達は魔銃だし、盗賊戦で使ったファイアボールは完全に不意打ち、それも猫騙し的な使い方だった。

俺の火球って、ほぼ単なる火の球なんだよ。火は熱いけど、覚悟して通り過ぎるとそこまで酷い火傷は負わなかったりする。火を潜るみたいな儀式や祭りは世界中にあったはずだ。あれも一瞬なら火傷しないから行えるわけだ。たぶん。

だから、覚悟して受けていれば、それほどダメージはないと思う。だからこそ、魔法使いたちは温度を上げたり、ぶつかると爆発するようにしてみたりと攻撃力を持たせるわけだ。簡単なところだと、球の中央あたりに魔法エネルギーみたいなものが充満しているから、それを可燃物代わり兼ダメージソースみたいにするのが基本らしいが、まだまだ練習中。

盗賊戦で出合い頭に使ったときは、魔法使いと思っていない相手に、目と鼻の先で使われたから隙を作れたわけだ。まさに猫騙し。

他には、グリフォン疑惑のある(というか、見た目完全にグリフォン)ザーグ戦で使ったウォータボールは不発だったし、エアプレッシャーに敵を倒すだけの威力はない。


「と、いうわけで俺の魔法にはあんまり期待しないように。エアプレッシャーも、エアウォールと技術が似ていたから練習していたような魔法だしな」

「よく分かりませんが、ではご主人様は何故魔法を習われたのでしょう。楽しいからでしょうか?」


サーシャって微妙に遠慮がなくなってきているよね。まあ、ちょっとくらい軽口を言っても怒られないという信頼を勝ち得てきたということだ。

優しいご主人様なのだ。


「うん、楽しいからもある。ただ、俺は主に防御的・補助的な使い方を魔法に求めているね」

「防御的ですか? それは……戦闘向けの魔法使いとしては異色に感じますね」

「やはり、普通は派手に攻撃するものか?」

「いえ、私に魔法使いの常識は……。ただ、世間ではあくまでイメージとして、戦闘向けの魔法使いであれば、派手で強い攻撃を放つものだと認識されていますね」

「なるほどな。教本にも、補助的な魔法は思った以上に載っていなかったしな。経験を積んだら、より威力や大きさを追求した魔法を使うようになっていた」

「そうなのですね」

「バシャバシャとかも載っているから、補助的な魔法の有用性を認めてないのではないだろうけど……。まあ今は一般的な魔法使いについてはいいか」

「はい」


エアプレッシャーは現在、相手の足止め用に使うか、自分を動かすために使うかだ。ただ、痛いんだよな。折を見て練習しているが、身体を一気に動かすほどの威力となると、地味に痛いんだよ。怪我するほどじゃないんだけど、自分を痛めつけるのって精神的にくる。

魔防の補正が上がれば、痛くないようになるかな?


「私にはよく分かりかねますが、魔防の効果で攻撃魔法の及ぼす影響自体が小さくなるというのなら、やはり身体を動かすために必要な力が増して、結局身体が痛いのでは?」

「おぅふ。そうだね、冷静に考えるとそれはあり得る」


痛いのヤダよ。絶対に便利だと思うのだが、エアプレッシャーの自己使用が教本に載っていないのは、その辺のせいかもしれないな。

切り札の1つにはなるから、これからもぼちぼち練習はしていくけどさあ……。マゾに目覚めてしまったらどうしてくれるのだ。


「サーシャがS……なくはないな」

「なんでしょう」

「いや、なんでもない」


そして俺が最重要とするのが防御魔法。

各種魔法があるが、俺が習得したのは基本のウォール系、水と風だ。火と土もできるが、実戦レベルかはちょっと疑問だ。

土は、そこに柔らかい土があれば即席の壁を作るのはできるんだけどね。いつもそんな環境があるとは限らないから、実戦レべルにはないと考えている。

一番得意なのはウィンドウォールだ。何気にこれは自慢である。風魔法は、基礎4属性のなかで最も制御が難しいと書かれていたからだ。ここでつまづく者も多いようだ。

ただ、俺的にはウォール系はウィンドが最も作りやすいし、扱いやすかった。

他の属性だと、その属性の物を創り出してから形を整えるわけだが、風魔法の場合は、そこに空気がないということがまずない。それを固めるだけという形になる。それが難しいらしいのだが、俺はそこそこ得意だ。

四方から圧力をギュッとするイメージだな。おにぎりっぽい。正確には空気自体を固めるというよりは、圧力を加えることで一定の風の流れを生み、攻撃を逸らす感覚なのだが。

余計な手間がないので、思ったところに、それほどタイムラグなしに防御を展開できるのがいい。

風の場合、魔力の制御を怠ると一瞬でただの空気に戻って壁の役目を果たさなくなるという欠点もあるが、まあ、ちゃんと制御してやればいい。

それに視界も防がない。ちょっとグニャグニャ歪むことはあるが、視界を完全に塞ぐサンドウォールなどと比べれば妥協できる。火も水もかなり見え辛くなるしな。


「バシャバシャ、というのは実戦で有効なのでしょうか?」

「有効なはずだぞ、サーシャ。多分だが。かなり精度も高まってきたし、余裕があれば実戦で使ってみたいな」


足元をぬかるみにするというのがバシャバシャの効果だ。地形にもよるし、相手も選ぶが、すぐ突進してくる魔物が多いので良い感じにハメられるはずだ。


「そして、足を止めれば攻撃は魔銃とサーシャの弓矢なわけだが」

「……私の矢は、どこまで魔物に通用するでしょうか。ゴブリンはともかく、道中は牙犬にも皮に弾かれることがあって心配です」

「まあ、矢は相性がある気がするな。汎用性は高いのだが、魔物は本当にいろいろいるからな……」


今回、魔物攻略本で他の地域の項目もチラ見してみたが、まあ様々な魔物がいること。俺が相手したことがあるものなんて、氷山の一角だと思い知らされた。しかもかなりエゲツなさそうな能力のヤツもいる。


「サーシャはとりあえず、溜め撃ちの習得を目指すってところだな」

「習得できない、という者も多いそうですが……」


あら。サーシャがちょっと弱気になっているな。まあ、スキルが習得できるかどうかも個人によりけりだからな。定番のものが習得できず、普通とはちょっと違う、変わったスキルを同じレベル帯で習得できることもあるらしい。


「まあそれは運だからな。習得できなくても責めないから、安心しろ。ただ後衛役がいるだけでも大きい」

「そうです、か」

「ああ。後はドンだな。改めて見てみると、こいつ気配察知のレベルⅡを持っているんだよな」

「気配察知ですか」

「俺この前、『警戒士』というジョブを獲得してね。周囲の動くものが分かるスキルがあるんだけど」

「そうだったのですか」

「うん。馬車で吐きそうになってる……フリをしていたのは、その練習のために窓際に行きたかったから」

「……フリだったのですか」


おお、サーシャのジト目。ご馳走様です。ごめんなさい乗客のみなさま。


「ま、まあ、それのレベルが高いやつをドンが持っていてね。レベルが上がると何が変わるのか分からないけど、ドンは警戒役として優秀ってことだな」

「では、探索中は起きていてもらいますか?」

「いや、それは可哀想だし、こいつは夜間の警備をお願いしたいから。昼のうちは、俺が『警戒士』を選んでスキルを発動させておく」

「……なるほど」


俺が自由にジョブを変更できることを改めて思い出したってところだな。これだけでも便利だよな。


「まだまだ精度が心配だから、あくまで補助的なものだけど。俺が習った気配を消す歩き方も教えるから、基本は静かに行動してみよう」

「はい」


俺も、かつてゴブリン狩りでマリーさんに即席で習ったキリだけどね。何もしないよりはマシ。『暗殺者』を育てれば隠密系のスキルも習得できそうだけど、育て方がなあ。人を殺せばいいの? 不穏すぎる。


「静かに気配を窺いながら探索、魔物を見付けたら距離を取って魔銃と矢で遠距離から攻撃。それで仕留められないようなら俺が魔導剣で前に出るから、サーシャは援護。その時は特に、他の方向から敵が近付いていないかに注意して。……どうしようもなければドンを起こすことも考えよう」

「なるほど、そうですね」


ドンも寝ている内に魔物にもぐもぐされるよりは、叩き起こされた方が良かろう。


「そういうわけで、俺は飛び出すことがあり得るから、ドン入りのリュックはサーシャ隊員に託すぞ」

「あ、はい」

「重かったら言って。俺も戦闘の邪魔にならないようなバッグ背負うから、重い物は可能な限りそっちに移すつもりだけど」

「はい、大丈夫だと思います」

「……ポーション等の救命グッズは、分けて持つようにしよう。命には代えられないからね」

「はい」


最低限の用品+ドンリュックでも相当重くなってしまいそうだが、そこはサーシャにも頑張ってもらおう。野営用の道具などが必要なときは、俺が出来るだけ背負うとして。甘いのではない、筋トレを兼ねているのだ。厳しい主なのだ。


「今日のところは日帰り予定だから、荷物は最低限でいいな。……宿の鍵はサーシャが持っていて」

「はい、ご主人様の異空間はダメですか?」

「あー、そうするか」


あんまり異空間頼りをしていると見られて困りそうだが、鍵は貴重品だからな。


「魔銃も異空間にしまっておくか……とっさの時に取り出しやすいんだよなあ」

「思ったのですが、救命用品の一部も入れておくべきでは? ポーション程度なら小さいですし、とっさの時に使うものですから」

「そうだな……」


サーシャの意見も聞きながら、持っていく荷物を仕分ける。


「ご主人様、準備が終わりました」

「あ、ああ。悪いが鎧の着込みを手伝ってくれ」


革の鎧なので、頑張れば自分で着れるのだが。手伝ってもらった方が断然早く着れる。普段から身に着けているのだが、戦闘モードになると、肘当てなどの補足パーツを追加するのだ。ずっと付けていると疲れるからな。


「行くぞ、魔物狩りの聖地、初戦だ!」

「はい」


武装を確認しているとテンションの上がる俺と、冷静なサーシャ。もはや日常である。

さあ、狩りの時間だ(言ってみたかった)。



************************************



草原、と説明されていたが、結構起伏がある。整備された道も一応あるので、それに沿って、30分ほど進んでから、逸れて探索してみた。


************人物データ***********

ヨーヨー (人間族)

ジョブ ☆干渉者(16)魔法使い(9)警戒士(2)

MP 34/34

・補正

攻撃 G

防御 G

俊敏 G+

持久 G+

魔法 F+

魔防 F-

・スキル

ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ

火魔法、水魔法、土魔法、風魔法

気配察知Ⅰ

・補足情報

隷属者:サーシャ

隷属獣:ドン

***************************


俺、探索時バージョンである。やはり身体能力系のステータスは下がる。

なんとなくだが、いつもに比べて身体のキレがない気がする。

ちなみに、『魔法使い』は便利なので第2ジョブに半固定だ。将来派生ジョブに置き換えるつもりがなければ、固定しちゃってもいいくらいだ。

いや、強敵相手に『魔銃士』+『剣士』も使いそうだから固定は危険か。


大きな岩の陰に隠れて、一息吐く。目を瞑って気配察知を使ってみる。


「……うーん、大きな反応はないな。サーシャ、何か変わったものは見えたか?」

「いえ」


うーん、魔物がいないとは拍子抜け……いや、スキルに一瞬何か反応したぞ。

そっと岩陰から反対側を窺ってみると、腰くらいの高さの植物が風に揺れている。反応したのはあの辺りだと思ったんだが。植物に擬態するという魔物がいたはずだ。……攻撃してみるか。

サーシャに合図をして、俺は魔銃を手にする。ジョブを『警戒士』から『魔銃士』に切り替える。小声で、まずは俺が撃ってみるので、周囲の警戒を頼むと伝える。


ズキューン……


甲高い音がして、光弾が植物の付け根の地面を抉る。


「ギイィィーッ」


叫ぶような高い声を出して、地面から魔物が飛び出す。

トス、と背中に矢が生える。魔銃も追加で3発撃ち込む。無事沈黙したようだ。


剣に持ち構えて慎重に近付く。後ろではまだサーシャが周囲を警戒しているはずだ。念のためにファイアボールを撃ち込むが、反応なし。よし、確かに死んでいる。木を彫ったような角ばった顔、頭の後ろからは草っぽいモノを生やしている。

位置が髪の毛っぽい。

たしか、ケタケタっていう魔物のはずだ。うーん、やはりイラストにあったような可愛い見た目ではないぞ。

木でできた虫というか、奇妙な造形だ。まあ魔物だしな。

サーシャにはそのまま警戒してもらって、魔石を採取する。顔になっている木っぽいところを割ると出てくるらしい。うん、ナイフを差し入れるとカポッと割れた。乾いた木片だな、ホント。

色は緑、小さいが土属性の魔石らしい。


「まだいるかもしれないな。この辺を慎重に探ってみよう」


サーシャは言葉を発さずに頷いて了解する。

うん、これぐらい慎重すぎる方が良いだろう。この調子でいこうか。

この日は、陽が暮れ出すまで、数時間だけケタケタ狩りを継続した。

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