第27話 王子の予感
俺は砦から出ると、助手くんと二人で温泉に入った。
二人で湯に浸かりながら、何か文句を言われるかと思ったが、案外助手くんはあっさりしている。
「いや、俺はただご領主が何をしてたかを報告するだけなんで」
そうか、なら少し変えて貰えばいいかな。
俺はここへ来るたびに少しずつ浴場を拡げている。
今では脳筋たち十人でも入れるだろう。
ここの親子には、俺には娘さんを付けないようにしてもらっている。
助手くんは必要かと訊いたら、
「ご領主様。 平民にはそんな習慣はありませんよ」
と言われてしまった。 相手が俺だったから、ということらしい。
そうだったのかー。
帰るために宿を出て、俺は助手くんに文字板を見せた。
「砦のことは内緒でお願いします。 仔馬の名付けの権利をあげるから」
西領の牧場から先日、仔馬が二頭やって来た。
館に出入りしている子供たちが、御者のお爺ちゃんと一緒に面倒を見ている。
「はいはい。 俺は何も見てません。 ご領主と温泉入りに来ただけです」
ニヤケた顔の助手くんは相当うれしかったようだ。
彼も俺と同じ馬好きだ。
一つ年下だが、身長もそんなに変わらないし、柔らかそうな茶色の髪の巻き毛も似ている。
髪と目の色さえ同じなら兄弟に見えなくもない。
「無理無理。 顔の作りが違いますって」
助手くんに笑われながら館に戻る。
さっそくガストスさんに捕まったが、とりあえず魔獣狩りの件もあるのですぐに解放される。
「坊。 ああ、もう成人しちまったか。
じゃあ、ネス。 お前も一緒に訓練に参加しろ。 魔獣狩りに参加するんだろ?」
「はい」
ガストスさんの笑みが怖かった。
何故か助手くんもその日だけ参加させられ、一緒にボロボロになった。
「ご領主様ー。 こんなの聞いてないよー、俺」
「泣き言いうな。 仔馬二頭とも名付けしていいから」と書いて見せると、
「いや、そういう問題じゃないんだけど」
と言いながらもうれしそうにしていた。
ちなみに二頭とも雌だった。
その夜、俺たちはいつも通り魔導書を開いて勉強していた。
王子の魔術の勉強はかなり進んでいる。
もう本も最後のほうまで来てるんじゃないかな。
「そういえば、魔獣狩りってさ、日頃姿を見せない魔獣をどうやって狩るんだ?」
『何でも冬に入る前の狩りの季節に、魔獣が現れて狩りの邪魔をされたのが最初らしいね』
それで獣狩りから魔獣狩りになったと。
『獣と違って魔獣は身体も大きいし、魔力で強化されているから大勢の力が必要だ』
一つの町では到底、倒すのは無理だ。
それで近隣から猟師や兵士を募集したのだ。
その頃はまだノースターも狩猟でそこそこ裕福な町だったそうだ。
『魔獣が現れるようになって、樵や猟師が減った』
危険だということで治める領主もいなくなり、不祥事を起こした者くらいしか来なくなる。
衰退していったわけだ。
「だけど、おかしいよな。 なんで魔獣が現れるようになったんだろう」
最初は偶然だったかも知れないが、その後も何故この土地にばかり魔獣が出るのかは不明らしい。
『魔獣の山から流れて来たっていう説が有力だね』
隣国との境にある魔獣の住む山脈。
あのドラゴンのように、山奥から他の魔獣に追われて、だんだんとこちらへ向かっているのかも知れない。
でも俺は違うような気がしている。
「俺たちが倒した赤い魔獣だけど。 虎っぽかったよな」
『ああ、そうだな。 この辺りでは稀に見られる』
そうなんだよね。 この辺りの猟師さんでも狩れる獲物のはずだ。
「確か、獣が魔力に触れて魔獣になるって言ってたよね。
森の中に危ない魔力があって、それに触れてしまったんじゃないかなあ」
王子は考え込んでいる。
『森にある魔力、といえば魔力柵ぐらいだろう』
「うーん、そうなのかなあ?」
俺には良く分からない。
『少し調べてみるか』
俺は頷いて、王子に丸投げした。
魔獣狩りの日程に合わせての作業が忙しく進んでいる。
領主館にいた夫婦も、旦那だけが町の広場に近い場所にある宿屋に手伝いに行っている。
奥さんはかなりお腹が目立って来たので、館に残って大事にしてもらっている。
魔獣狩りの間に稼いで、終わったら産休に入る予定だそうだ。
解体作業所は領主館から森へと向かう平原がまるっと空いているので、そこを柵でいくつかに仕切っている。
仕切りごとに処理班を編成し、同時に何件も作業できるようにしていた。
鮮度が命だからね。
それ以上大きなものは動かせないから、森の中で解体になるそうだ。
俺は国軍の兵士の一部を新たに運送班とし、彼らの馬に魔獣を乗せる台車を曳かせることにした。
本来はただの秋の狩猟なのだ。
この北の領地の冬を越すための、食料や毛皮などの調達が目的なのである。
兵士や他の領からの応援は、魔獣が出た時のためだけの予備戦力と考えるべきだと思う。
俺は私兵の中の猟師たちを呼んで、森の中を偵察に出た。
地元の人たちが一緒でないと、樵や猟師たちの罠に引っかかる恐れがある。
「魔獣狩りの前日にはちゃんと解除しておいてくださいね」
とお願いした。
そして俺は休憩の間に、猟師たちに話を聞いてみた。
「森の魔力だって?。 そんなものは聞いたこたあないが」
「確かに魔法柵は毎年、デカい獣に壊されとるなあ」
俺はウンウン頷きながら話を聞く。
「でも魔法柵には獣は近寄らないんでしょう?」と書いて見せる。
「いや、獣は関係ないぞ」
だから平気でぶつかって壊すんだと、ガストスさんがそう言い出した。
俺は驚いて脳筋爺さんの顔を見上げる。
「獣には魔力は無いからな。 あれは魔獣用だ」
魔法柵は杭に魔力を帯びさせ、その魔力を魔獣が嫌う魔力に変換し、発散する。
俺は目を閉じた。 何か心の中に違和感というか、モヤモヤしたものが渦巻く。
獣と魔法柵と魔獣。
これが関係あるとしたら。
(例えば、誰かが魔法柵に獣に影響する魔術を仕込んだら?)
『馬鹿を言え。 全部調べたぞ』
王子は魔法柵を調べた時、特に異常はなかったと言う。
(だけど、仕込んでおいて、その魔獣狩りに来た時だけ発動させるとしたら?)
『ケンジ、憶測が過ぎる。 あり得ない』
そうだろうか。
『では念のため、魔獣狩りの日の前日と当日は魔法柵の異変に気を付けよう』
(ああ、そうしてくれ)
俺には、あの赤い魔獣が、本当は去年の魔獣狩り用の獣だったんじゃないかと思えた。
倒されずにそのまま残ってしまって巨大化、凶暴化した。
(じゃあ、そんなことをして得するのは誰かって話だ)
魔獣狩りで潤うノースター領の誰か。
魔獣狩りで活躍して名声を上げたい誰か。
魔獣狩りで珍しい魔獣の素材が欲しい誰か。
だめだ、皆怪しすぎる。
俺は結論を出せないまま、魔獣狩りの日は迫る。
魔獣たちはどこから来るのだろう。
ノースターの森の、まだ未開の奥地、またはその遥か奥の魔獣の棲む山からなのか。
そんなところに棲んでいる魔獣が、毎年律儀にその狩猟の時期だけ出てくるのか。
そんな訳はない。
何か理由があるはずだ。
そんなことを考えながら、俺は魔獣狩りの始まりの合図を出す。
斥候班が森の中へと入って行く。
俺たちは合図があればそこへ向かう。
魔法柵に沿って開かれている道を、合図のあった場所の近くまで馬で駆け付けるのだ。
領主である俺の周りには、他の領から来た精鋭が待機している。
一昨年のドラゴンで前衛はほぼいなくなったらしいが、その時に生き延びた魔術師がいた。
「わたしゃマリリエンの婆さんとは古い知り合いじゃが、あいつはどうしたね」
俺たちが王都から来たと知って、宮廷魔術師の事を聞いてくる。
腰の曲がった魔術師のお婆さんで、あの領主の中年息子と共に西の領から送られて来た。
ということは、この息子も一昨年はその場にいたということになる。
「魔術師マリリエン様はもうこの世にはいらっしゃらないかと」
俺が出会ったあの宮廷魔術師のお婆ちゃんは、異界の狭間のような場所からもう出られないと言った。
眼鏡のパルシーさんに代理で伝えてもらうと、西領の魔術師は「そうじゃったのか」と俯いた。
何だか笑ってるような気がして怖かった。
南領からは騎士が来た。
その騎士に付属して回復係りと身の回りの世話をする者が来ている。
「一昨年の狩りを思い出しますなあ」
中年というにはまだ若い感じの騎士だった。
去年、亡くなったのは国軍と国が雇った傭兵がほとんどだ。
補充された彼らに関してはクシュトさんが統括している。
やがて合図の狼煙が上がり、猟師や兵士たちが動き出す。
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