誓い


 「・・・なんとか間に合った」




 エルザの部屋には濃紺に染められたマントが四着ほど用意されていた。




 そのマントには一つ一つ魔力が込められており、物理・魔法防御はもちろんのこと、魔獣除けの効果、簡単なステルス効果など様々な機能が込められている。




 このマント一着で二百年は生活できるほどの代物である。




 もう間もなく出発の時間であるので、急いで支度をする。




 麻袋には水・火種・魔獣除け・煙をいくつか詰め込み、魔力回復用の乾燥させたオグリの実を食べたいのを堪えて別の麻袋に入れる。




 五日間は旅を続けることはできるだろう。戦いさえ起らなければ。












 「みんな集まったわね。出発する前に少しだけ寄りたいところにあるのだけど、いいかしら」




 朝食からおよそ三〇分後、各々準備を終わらせ玄関があった場所に集まっていた。




 「・・・私もそのつもり」




 「俺は構わねぇけど?」




 確認するようにグレンは横目でスミレを見る。




 「お任せするです」




 特に急ぐ表情をみせず、二つ返事で了承するスミレ。




 「ありがと、すぐ終わるから。こっちよ」




 そういうと小屋の裏側へ歩き出したイルザ。そこには、小規模ながらも白銀の花が一面に咲き誇り、その中央には石碑がポツンと立っていた。




 「母のお墓よ・・・」




 少し寂しそうに説明したイルザは、墓標の前に膝をついて手を組む。




 「・・・少しの間家を空けるけど、ちゃんと帰ってくるわ。心配しないで待っていてね」




 亡き母に静かに語りかけるイルザ。続いてエルザは姉の横に同じ姿勢で語り掛ける。




 「・・・私たちの無事を祈っていて」




 二人同時に目を瞑る。




 それを目の当たりにしたグレンは、その場に立ったまま心の中で姉妹の母に向けて誓う。




 (姉妹は俺が必ず守り通す。無事に全員で家に戻ることを誓う)




 遠巻きに見ていたスミレは虚ろな瞳でただ見つめる。




 (死者への弔い。)




 (自分には何も関係ない。)




 (ただ任務をこなせればそれでいい。)




 スミレは自分にそう言い聞かせるも、意識はしていない罪悪感に少しずつ圧迫されていく。




 「・・・・・・。ありがとう。これで終わりよ」




 立ち上がり礼を述べる。エルザも立ち上がり、背負っていた麻袋を下ろし始めた。




 「・・・これ、皆に」




 取り出したものは魔力が込められた濃紺のマント。全員に手渡した。




 「ほぉ・・・サイズもピッタリだし、何よりしっかりした作りになっているな」




 グレンは深紅のマントの上から重ね着て、質感を確かめる。




 「・・・丈夫に作ってある。弱い魔獣も寄ってこないし、ある程度なら姿を隠すことが出来る」




 「私も、もらっていいのです?」




 手の上に載せながらエルザに不安そうに確認するスミレ。誰かから物を貰うのは初めてのことだった。




 「・・・これはスミレの。着せてあげるね」




 エルザはスミレのマントを手に取り、巫女装束の上から被せてあげた。着ている衣装には不格好だが、初めて物を貰ったことに不思議な感覚を覚える。




 (・・・またです。またこの感覚。温かい、優しい感覚です)




 「・・・どうかした?」




 スミレはうつむき、胸に手を当てていた。不慣れな感覚に戸惑っている様子であった。




 「い、いえ。ありがとう・・・です」




 「・・・どういたしまして」




 照れ隠しなのか、戸惑った様子でそっぽを向いて感謝するスミレに対し、エルザは目線をスミレに合わせて微笑みながら返事を返す。




 イルザとグレンはそんな二人を優しく見守っていた。




 もう少し、微笑ましい状況を見ていたかったが、出発の時間の為、声をかける。




 「さぁて! スミレ、奴隷商人が向かった方角は北西でいいのかしら?」




 「はいです。ヴィアーヌ湖を北西に進んだ先に町があるです」




 「わかったわ。みんな、行くわよ!」




 イルザ一行は奴隷商人の町へ、森の中を北西に突き進んだ。






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