第31話 空に放たれた稲妻

 空に放たれた稲妻にジルは立ち上がる。

 閉ざされた空間にいようとも、魔法を使うことが出来た。それも外に向かってだ。

 いつもの余裕がないリュカに手を貸すことが出来るかもしれないとジルは氷に手を付く。

 この氷の外へ、ドラゴンに向かえと稲妻を放つ。

 稲光が走り抜けるようにドラゴンに向かっていき、炸裂した。

 今までの攻撃はなんだったとのかと思うように、あっけなくドラゴンの鱗を弾き飛ばす。

 ジルの魔法だけではなく、他の魔法使いの攻撃も目に見えてドラゴンへの有効打となっていた。

 それはリュカの攻撃がドラゴンがに蓄積したせいだ。


 自身に向かってくる攻撃に抗うようにドラゴンはその巨躰を揺らす。

 傷から溢れる赤黒い体液は辺りに撒き散らかされ、大地を溶かす。

 悲鳴のような咆吼は人々に恐怖を与え、吐き出される黒い炎の脅威は健在だ。

 リュカの放つ魔法だけは受けてはいけないと、ドラゴンも学習したのだろう。

 リュカの攻撃からは逃げ、彼がいては自身の優位性がないと、攻撃は全てリュカに向けていく。


 オーロルとジルを閉じ込めていた氷は地に下りるなり、シャボン玉のように弾き消えた。

 自由になったオーロルはリュカへ向かって走り出す。

 今し方ドラゴンの爪に引き裂かれる様を目にしてしまったのだ。彼を想う彼女が心配しないわけがない。

 ジルが引き止めるのも聞こうともせず、リュカの元へと気持ちが急いてしまっている。

 今オーロルが行ったところでなにも出来ない。魔法を使うなとリュカを止めることは、このカレンデュラの街をドラゴンに明け渡すことと同じだ。

 ジルもそれはわかっている。だけど、友人を助けたい。死なせたくない。その想いはオーロルと一緒なのだ。違うとすればジルには戦う力があるということだろう。


 視界の端で揉める者にマリユスは呆れる。

 逃げたい者はに逃げればいい。相手はドラゴンだ。それも『古代竜』だ。無理をされても被害が大きくなるだけで迷惑だと一瞥する。

 が、オーロルとジルなら話は違ってくる。

 ジルはともかく、オーロルがまだドラゴンに近いこの場所にいたのだ。呆れて物が言えないとはこの事だろう。


「ジル! どうしてオーロルさんがここにいるんですか?」


 説明に困ったと苦笑いで返す。そんな返答で納得するわけもなくマリユスは眉間に寄せる皺を深くする。


「マリユスさんリュカを早く止めないと!」


 その言葉にマリユスは察してしまう。ジルは彼女を安全圏に逃がしたのではなく、リュカに近づけようとしているのだと。リュカに戦いから身を引かせようとしているのだと。

 リュカはオーロルを守る為に今戦っていた。彼は街を守る事がオーロルを守る事だと、あのドラゴンに対峙しているのだ。彼女に出会うまでリュカは街を、余裕なくドラゴンと戦う姿を見たことがなかった。

 それを、無駄にするような行動を取るのかとマリユスは苛立つ。ここ最近のリュカの無茶は全部オーロルのせいだと、叫び出したい気持ちを抑えるように馬を降りた。


「貴女は、殿下の想いを無駄にするつもりですか?」


 怒気の含まれた声にオーロルは黙る。

 リュカはいつだってオーロルを気に掛けていた。彼女が気が付いても付かなくても関係無くだ。リュカがそれを自覚しているかどうか、マリユスにはわからない。だからこそ、それを無下にするような行動を取るオーロルに苛立ちを覚えた。


「……殿下を信じて下さい。あの方は必ず無事に戻って来ますから」


 それはマリユスの希望だ。

 飛び出していったリュカの決定に従うと、覚悟を決めたのだ。君主を信じないでなにを信じるのだろうと。


 今までにない激しい呻きと地響きに何事かと、ドラゴンに視線が向く。

 躰を地に沈め、それでもまだ負けじと巨躰を揺さぶる。

 とどめを刺さんとばかりに魔法使いの攻撃がドラゴンに降り注ぐが、礫がなんだとばかりに弾き返されていた。


 その魔法に隠れるようにリュカの氷が混じっていたことにドラゴンは気が付かなかったのだろう。

 ドラゴンの周囲を囲むように落ちた氷は氷柱となって立ち上る。

 氷柱を繋ぐように展開されていく魔法陣にドラゴンは慌てて外へ出ようと暴れるが、無駄だった。


 それでも悪あがきとばかりに吐き出される息にリュカはのまれ、姿が見えなくなる。

 魔法陣はこれでどうにかなるだろうと、ドラゴンに見えた余裕もすぐに消えた。


 魔法陣は強い光を放ち、ドラゴンを徐々に凍らせていく。

 暴れるドラゴンの動きは徐々に緩慢になっていき、そして、止まった。

 黒い鱗は遠目からでもわかるように凍っている。

 禍々しいその姿は竜の氷像だ。

 ドラゴンの息にのまれたと思っていたリュカは、氷像の足元で最後の攻撃だとばかりに氷を投げつけた。

 小さな氷だというのに氷像は瞬く間もなく崩れ、解け消える。


 脅威だった『古代竜』も倒されてしまえばどうってことはない。


 跡形もなく消えた脅威に歓声が沸き起こる。

 今まで恐怖に震えていた人が笑い、死を覚悟し祈りの言葉を紡いでいた人が感謝の言葉を叫ぶ。

 魔法使いも騎士も民衆も関係無くお互いを抱き合い、無事を喜び、脅威が去ったと沸き上がる歓喜に酔いしれる。

 さっきまで失意のどん底にいた人達が唄に踊りに浮かれていく。


 リュカは立つだけでも精一杯だ。

 崩れるように膝をつき、朦朧とする意識を無理矢理保つ。

 力尽きることなく倒す事が出来たと安堵する間もなく、立ち上がる。

 ふらつくリュカに気が付いた騎士が彼を支えた。

 飛びそうになる意識を唇を噛みハッキリとさせる。


 リュカは傷つき疲れた体を労ることなくオーロルを探し走りだす。


 頭に響いた割れるような嫌な音に意識を持っていかれそうになるが、今はオーロルだ。

 リュカを心配し、ドラゴンへの恐怖に臆せず無茶をする彼女に今すぐに気持ちを伝えたかった。

 彼女を下ろした場所はなんとなくの見当は付いているが、そこにいるとは限らない。だけどジルと一緒にいるのだから無事だと信じて疑うこともない。それでも、姿を見るまでは安心なんて出来ないのだろう。

 空を飛べば早いとわかっていても、もう空を飛ぶ力もなく、喜びに浮き立つ人に巻き込まれそうになりながらも求めるのは彼女の笑顔だ。

 あの鮮やかな赤い髪に向かって、名前を呼ぶ。

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