第6話 仕事中だと止めるも間もなく

 仕事中だと止めるも間もなく飛び去ってしまうリュカに、オーロルは初対面のジルと二人残されどうしたものかと途方に暮れる。

 リュカをからかう様子に怖じ気づいたせいだ。かの噂をオーロルに振られても困る。

 リュカが否定していたのだからそれに倣えばいいだけなのに、オーロルは彼に否定された事を少しばかり寂しく感じていた。


「行っちゃったぁ。ごめんねぇ。さっきまで穏やかな顔してたのに……」


 寂しそうに目尻を下げていたジルの目はまたすぐに愉しそうに細められた。人懐っこい笑顔はそのままに、オーロルを値踏みするかのようにじっと見つめられる。

 不快に感じる視線に声を上げようとしたオーロルは、ジルの真剣な顔つきに黙ってしまう。


「オレ、王子には幸せになって欲しいんだよねぇ」

「え……?」

「王子はオレやマリユス班長みたいにぃ、魔法使いにならなくても良かった人なんだぁ」


 ――魔法使いにならなくてもよかった人――


 その言葉がオーロルの頭に響く。

 魔法使いがどんな理由をもって竜の肉を喰らうかなんて考えたこともなかった。魔法使いは魔法使いだと、なにも疑問に思うことなく過ごしてきたことが情けない。

 疑問が湧き上がる前にジルは話す。


「オレは孤児院育ちだからさぁ、魔法使いになるしかなかったけど竜の肉ってすっごくぅキツいんだよぉ。アレはもう口にしたくないねぇ」


 戯けて話すジルの間延びした口調に口を挟める隙はなく、黙って聞くしかない。


「マリユス班長だってきっとそうだよぉ。本当に竜の肉ってキツいんだぁ」


 面白おかしく話していたジルの様子が一変する。憎々しげに眉を寄せ声が低くなる。


「無理矢理魔法使いにされるって……どんなだよ」


 忌まわしいとばかりに吐き捨てられた言葉に、背中を冷や汗が流れる。ピリピリとした空気感を変えるようにジルはオーロルにさっきまでの人懐っこい笑顔を向けた。


「そんなに怖がらないでよぉ。魔法使いにならないなら竜の肉を喰らう必要なんてないんだからさぁ」


 ジルの話ではリュカは無理矢理竜の肉を喰らわされたということになる。竜の肉は聖竜教会が管理していると、子供でも知っている一般常識だ。

 共感しようにも、同情の言葉を探すも、見つからない。ジルの様子から無理矢理なんて酷いと、軽々しく口に出来るようなものではない。

 流れのままにジルと二人で歩いていたが、彼は唐突に立ち止まった。なにかあるのかと身構えるオーロルを余所に


「それじゃあ、オレは仕事があるからぁ、バイバイ」


 一体なんの用事があったのかと思うほどあっさりと、ジルは聖竜教会へ入っていく。

 残されたオーロルは消化出来ない想いをしまい込むように、竜のモチーフを掲げた聖竜教会の建物を見上げる。

 魔法使いの管理は基本的に聖竜教会が一任している。

 魔法使いはその家系が代々引き継いでいく者と、教会が運営している孤児院出身の者、それと僅かだが魔法使いになりたい人だ。

 ジルは孤児院出身と言っていた。

 マリユスは貴族の出身と話を聞いていた。


 ――それじゃあ、リュカは?


 魔法使いになりたかった人に無理矢理なんて使わない。それじゃあ、無理矢理ってなんだろか。魔法使いにならなくてもよかった人ってことは……

 それを他人から聞くのはズルいよねと、頭の片隅に追いやりオーロルは仕事へ戻る。


 街は活気に溢れているように見えた。見えていただけで、リュカに言われるまでオーロルは街の状況に気が付いていなかった。建物の修繕の多さも路地に座り込む虚ろな人も、どこにでもある風景だと思っていたのだ。

 オーロルが今まで暮らしていた街はドラゴンと縁遠かった。そのせいもあって、街の様子とドラゴンの被害が結びつかない。

 ドラゴンの襲来の多い街も、少ない街も珍しい。

 山があれば必ずドラゴンは居るし、平野が広がっていれば現われる。湖ではドラゴンは戯れ、空を飛ぶ。

 遠くからドラゴンを見ているぶんには害のない生き物だ。街へ来るから災害のような被害を生み出すのだ。破壊ばかり行うドラゴンがなんの用があって人里に来るのか誰も知らない。


 カレンデュラの街は最近ドラゴンの襲来が多いと聞いていた。だけど、魔法使いが居るおかげですぐに退治、追い払うことが出来たと、自慢げに語る兵士が多い。街を壊滅させなかったことは充分に自慢出来るものだ。褒められたっていい。

 まだカレンデュラに来て間もないオーロルだが、ドラゴンを撃退したと勇姿を語る兵士の多さに驚かされていた。

 リュカは凄いと、皆が口を揃えたように話す内に、二人の仲はどうなっているのかと勘ぐる話題になってしまうことだけは慣れそうもなく、リュカとの仲を否定するのは物寂しかった。

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