第70話 「また……会ってくれるよね?」
亜弥華が倒れたと連絡を受け、青海川は急いで搬送された病院へ向かった。
知らされた病棟のロビーには孝太郎が座っており、青海川を待っている。
二人が落ち合う頃には、亜弥華が搬送され三時間が過ぎていた。
「伊藤、亜弥華は?」
孝太郎を見つけた青海川は急ぎ足で彼に駆け寄り、孝太郎も席を立つ。
「大丈夫だ、心配ない。今は眠ってて意識がないけど、そのうち目覚めるだろうって」
「そ。じゃあ無理に起こさないほうがいいわね」
「あぁ。目覚めたとしても病室には彩音がいるから大丈夫だろう」
「彩音……ちゃん、がいるの?」
「そうだけど」
青海川は彩音がいると聞いてもびっくりするわけでもなく、ただ顔を曇らせ孝太郎を見据えた。
「ごめん、なんで彩音ちゃんがいるの?意味がわかんない」
そこから孝太郎は事の成り行きを説明しだす。
青海川は事務所から連絡を受けただけで詳細までは知らなかったので、孝太郎の説明のおかげでようやく現状を把握できた。
「それなら、私が無理に亜弥華に会う必要もないか。目が覚めたら連絡して」
「でも、俺は青海川の連絡先知らないし」
その言葉を聞いて、青海川はくすくすと笑う。
「もぅ、遠回しに連絡先教えてって言ってるの。そうゆうとこに鈍感なの、変わんないね」
立ったまんまだった二人は、近くの椅子に横に並んで腰かける。
「で、どう?伊藤の体調は。ちょっとはよくなった?」
「あぁ、おかげさまで」
「そ。よかった」
二人の間に流れる僅かな沈黙。
周りの騒音の中でも、お互いの声だけははっきりと聞こえる。
数年前まで、一番近くで聞いていた声が二人を懐かしい気持ちにさせた。
「ねぇ、あの日のこと覚えてる?私が伊藤に別れ話を持ち出した日のこと」
不意に青海川がまっすぐ前を向きながら口を開く。
「私、あれからずっと悩んでたの。私の決断が余計に伊藤を苦しめたんじゃないかって」
「お互い納得した上で別れたんだ。青海川が切り出さなかったら俺から言ってた」
「嘘ね。伊藤にそんな勇気は無いの知ってる。特にあの頃はね」
「だから俺は青海川に感謝してる。あの時青海川が別れるって決めてくれたから、俺は救われたのかもしれない」
「そういう解釈は、なんかやだなぁ。それだと私、簡単に伊藤を手放したみたいじゃない」
ちらりと横目で孝太郎を見るが、孝太郎は表情一つ変えずじっと前を見つめていた。
「ねぇ、彩音ちゃんとはどうなの?亜弥華が倒れた時も一緒にいたんでしょ?」
青海川のいたずらっぽい問いかけに、孝太郎は少し険しい表情をした後、優しく青海川に微笑んだ。
「用事があって、彩音の買い物につきあってただけだ。深い理由なんてない」
ありきたりな言い訳に青海川は返事をしなかった。
「ねぇ。もしかして、彩音ちゃんに私を重ねてない?」
今度は孝太郎の方にしっかりと顔を向け、言葉を投げ掛ける。
「彩音ちゃんに告白された時、伊藤、即答で断らなかったんでしょ?私、未だに根に持ってるんだからね」
孝太郎は優しく微笑むも、青海川の方を見ようとはしなかった。
「ねぇ、伊藤さえ良ければ私がまだこっちにいる間に出掛けない?二人きりで」
青海川の誘いに孝太郎はなんの反応も示さない。
「彩音ちゃんとはできて、私とできない理由なんてないでしょ?それとも、私と隠れて会うのが彩音ちゃんに知られたらまずいことでもあるの?」
無言を貫く孝太郎を見かねて、青海川はゆっくりと席を立った。
「また会えるよね?その時には、嬉しい返事聞かせて欲しいな」
そう言うと孝太郎の目の前に立ち、彼の頬に触れながら顔を近づける。
「ねぇ、伊藤」
そのまま周りを気にすることなく、ゆっくりと唇を重ねた。
「やっぱり諦めらんない、伊藤のこと」
青海川の大胆な愛情表現に懐かしさを感じ、孝太郎は何も言えない。
「また……会ってくれるよね?」
それだけ言い残して青海川はその場を立ち去ろうとした。
が、その時だった。
一人の看護師が孝太郎を見つけると息を切らしながら駆け寄ってくる。
と、同時に青海川のスマホが鳴り、発信元はその病院だった。
「え、なに、どうゆうこと?意味がわかんない」
その場で電話に出た青海川は珍しく混乱している。
「とにかくすぐに病室向かいます!」
青海川は駆けつけた看護師を睨み付けると、そのまま孝太郎の胸ぐらを掴んだ。
「ねぇ!彩音ちゃんも亜弥華と一緒にいるって言ったわよね!彩音ちゃんは?あの子はどこ!」
「お、落ち着け青海川。いったいどうしたんだ」
二人のやり取りを見て間に入ろうとした看護師を、再び青海川が物凄い剣幕で黙らせた。
「伊藤!亜弥華が病室から居なくなったの!あの子に何かあったら、あんたどう責任取ってくれんの!!」
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