第68話 「誰にも捨てられたくない」
そこには正気の沙汰とは思えないような微笑みを浮かべる一人の女性が立っていた。
「亜弥華!」
「え、あ、れ、れ、れ」
孝太郎も彩音も目の前に現れた亜弥華にびっくりし、言葉に詰まる。
特に孝太郎は亜弥華を見張っているはずのベルから接近の連絡がなかったので、ほんとに驚いていた。
「『パターン……青』。彩音ちゃん、やっぱりあんた、私の敵ね」
「亜弥華、どうしてここに」
「どうしてって、買い物よ。何?私が一人で観光がてらに買い物してたらダメなの?」
亜弥華は孝太郎と彩音を引き裂くかのようにテーブルに荷物を置き、孝太郎を見下ろした。
「これでわかったわ。やっぱり私とこーちゃんは引き合ってるの。いいえ、惹かれ合ってるの!だからこれは偶然じゃなくて必然の出逢いなの!」
「亜弥華、今は彩音と話してるんだ。急に割り込んできて大声を出さないでくれないか」
孝太郎は興奮気味の亜弥華をなだめるように小声で話すが、亜弥華はその彩音に配慮したような態度が気に障り、さらに声を荒らげる。
「ちょっと待って。私、悪者?見かけたから話しかけただけなのに、それすらもダメなわけ?」
「とにかく今はお前と話している暇はない」
「こーちゃん、ちょっとそれは酷くない?いくら話したくないからってもっと別の言い方があるでしょ?」
「そ、そうですよ。せっかくお会いできたんですからご飯でも一緒に」
突然割り込んできた彩音に亜弥華と孝太郎はびっくりして彩音の方へ顔を向ける。
亜弥華はニコッと微笑んだが、孝太郎は珍しく不服そうな顔をしていた。
「わ、私も令和ちゃんともう一度お話したかったですし、聞きたいこともあったので」
「私に聞きたいこと?私の『能力』なら教えないわよ。ま、まさかあなた『幻影旅団』の差し金じゃないでしょうね!」
「げん……よくわからないですけど、私が聞きたかったのは」
「彩音。場所を変えよう」
孝太郎は二人の会話を遮るように彩音に声をかけ、ゆっくりと席を立つ。
周りの一般人が令和の存在に気づき騒ぎ始めたため、事を荒立てないようにという孝太郎の考えだった。
もっともそれは孝太郎自身の保身のためでもあったが、彩音と亜弥華のことを思っての行動としてしまえば、なんとでも言い逃れできる。
事実、彩音は孝太郎の意図を汲み取りこくんと頷いて席を立った。
だが、亜弥華は違う。
その場を去ろうとする二人を見て、急にボロボロと泣き始めた。
「また、また私のところからいなくなるの?」
「亜弥華、早くここから離れるんだ」
「嫌よ。そうやってまた私を一人にするんでしょう」
孝太郎は三人で場所を変えて話すことを考えていたが、彩音にだけ場所を変えようと言ったため亜弥華には彼女を置いて別の場所へ移ろうと言う意味に聞こえてしまったのだ。
「もう、嫌。捨てられたくないの。誰にも捨てられたくない。私はただ、ただいっ」
そこまで言いかけて、亜弥華は急に言葉に詰まり胸を抑えた。
「ひぃ、はっ、は」
呼吸のリズムを失った亜弥華は、そのまま崩れるようにしゃがみこむ。
それを見て、すぐさま孝太郎が手慣れた感じで亜弥華を抱きかかえ背中を擦り出した。
「亜弥華、しっかりしろ。薬は?ちゃんと飲んでるんだろ?」
「ひ、は、ひ、ひ、あ、あ」
「亜弥華、喋るな。吐け、息を吐くことだけ考えるんだ」
周りの一般客も何事かとざわつき出す。
テレビや雑誌で見たことある女性が苦しそうに悶えながらしゃがみこんでいるのだから、瞬く間に野次馬の固まりができた。
「彩音!鞄を見てくれ、発作を止める何かがあるはずだ」
「はい!」
いつもならこういう時、あわあわとテンパる彩音だったが今は全く違っていた。
孝太郎とは別に亜弥華の手を握り、必死に励ましている。
騒ぎを聞き付けたモールの従業員が亜弥華を車椅子に乗せ、モールの外へと連れていった。
すでに救急車を手配していたらしく、モールの外へ出たのと同時に救急車がやってきた。
救急隊員から同伴を求められ、二人は救急車へと乗り込む。
孝太郎は亜弥華の私物を持ち、彩音はずっと亜弥華の手を握っている。
すでに亜弥華は意識を失っていたが、呼吸は緩やかに落ち着いていた。
「先輩、私、令和ちゃんについていきます」
「彩音、本気か?」
「はい。令和ちゃんは私にとって『好機』なんです。離すわけにはいきません」
彩音の意思は固く、その表情に迷いなど全く見られない。
「なら、俺も一緒にいく。誰かが来るまで一人にはできないからな」
「え、先輩。おみ先輩の連絡先知ってるなら連絡すればいいんじゃないですか?」
「青海川の連絡先……いや、知らない」
救急車の扉が閉められ、ゆっくりと動き出す。
孝太郎の優しさに尊敬の念を抱きながらも、心のどこかで亜弥華に嫉妬する彩音。
一方、孝太郎は彩音が亜弥華に何を聞きたいのかが気になっていた。
もし、自身に対することならば聞かせるわけにはいかない。
「ごめん、彩音。この埋め合わせは絶対するから」
「約束ですよ」
お互い別々のことを考えながら、寄り添うように席を詰める。
二人の小指がお互いを求めるように絡み合い、救急車を降りるまでほどけることはなかった。
******
「はい……え!どこです?すぐ行きます」
亜弥華こと、令和搬送の知らせを受けた青海川。
事務所からかかってきた電話をとりながら、足早に搬送先へ向かう。
「今そこには誰が……現場に居合わせた男性と女性が付き添ってる?私と面識があると言っているんですか?……病院へ連絡して欲しいのですが、私が着くまでその二人は絶対に帰らせないでください、絶対ですよ、お願いします」
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