閑話 ~彩音の気持ち~

閑話 彩音の気持ち(おさらい)

 先輩がここに来てから心が乱されることが多くなった。

 いい意味でも悪い意味でも。

 最初は何かの間違いだろうと思った。

 けど、今になって思えば『運命』なのかなって思う時もある。


 先輩と話していると楽しいし、心が暖かくなるって、こういうことなんだなって思えてくる。


 でも、これは『恋』じゃない。

 私にはちゃんと付き合ってる彼、小林優真がいるし彼のことを……。


 優真のことは好きだと思う。

 彼の暴力は、私が彼をちゃんと支えられないのがいけないんだから、私がちゃんと支えないと。

 私がちゃんとすればいい。

 私が我慢すればいい。

 だって、私が優真を選んだから、途中で投げ出せるわけないじゃない!

 嫌になったからって終わりにできるわけないじゃない!

 そんなのは、無責任だ。

 そんなのは、私じゃない。


 でも、もし、先輩が彼氏だったら……。

 あの時、先輩から「OK」をもらえてたら……。

 そんなこと、考えたらだめなのに考えてしまう。


 最初に考えてしまったのは、私が風邪をひいた時。

 先輩は一晩中付き添ってくれた。

 最後まで紳士だった。

 目が覚めて、先輩が私の手を握ってくれていたことに気づいた。

 それが嬉しくてなぜだか涙が止まらなかった。

 抱かれながら転がって泥だらけになったときもそうだった。

 あんな状況だったのに、抱かれながら『嬉しい』と思ってしまった。

 それからどんどん先輩への気持ちが膨らんでいった。


 そんな時、直海ちゃんの一言が胸に刺さった。


「彼氏いたら、他の人を好きになっちゃダメなんですか?」


 私はダメだよと答えたけど、本音は違う。

 この一言で、確実ではないけど確証もないけど自覚してしまった。


 私は先輩のことが『好き』かもしれない、と。


 それからは直海ちゃんの行動が目に余るようになった。

 嫉妬の対象になった。

 自分でもなんでかわからない。

 私には彼氏がいて、だから先輩のことは好きになったらダメで、そんなことは自分が一番わかってるのに。

 積極的な直海ちゃんを見てると、自分が惨めになった。

 直海ちゃんと先輩が話してるのを想像するだけで、胸が張り裂けそうになった。

 だから迷子を送り届けた後、用事があると嘘をついてその場から逃げ出してしまった。

 泣いた。

 思いっきり泣いた。

 悔しくて、惨めで、情けなくて。

 直海ちゃんは悪くないのに、羨ましいと嫉妬してしまう自分。

 今の環境を作ってしまった自分。

 今の環境から抜けだせれない自分。

 


 そういう時はいつだって『もう一人の私』が囁いてくる。


 ──もう我慢しなくてもいいじゃない。あなたは選択を間違えだけよ。

「違う。私は間違えてない。私が選んだ人生なの」


 ──もういいじゃない。彩音ならやり直せる。先輩を選べばいいじゃない。

「そんなのダメ!ちゃんとしなきゃ」


 ──ちゃんとってどういうこと?我慢すること?彼氏に殴られ続けても、我慢することがちゃんとすることなの?

「違う。逃げちゃダメ!」


 ──逃げたっていいんだよ。人間だもん。間違うときだってあるよ。

「それでも私は……」



 そしてある時、事件が起こった。

 先輩と千夏がトイレから出てきた。

 千夏の恥ずかしそうな、艶やかな顔。

 二人を見た瞬間、私の中の何かが跡形もなく壊れた。


 そっか。

 そうだよね。

 二人は……お似合いだよね。


 不思議と千夏には、苛立ちとか嫉妬とか、むしろ何の感情も沸かなかった。

 おめでとう、っていう祝福の気持ちさえも。


 千夏から直海ちゃんの話を聞いたり、直海ちゃんが先輩に何かを話したり。

 その頃には、私の中に別の感情が芽生えていた。

 先輩の側にいられるのが『嬉しい』

 ただそれだけで『幸せ』

 千夏という彼女がいる先輩と、優真という彼氏のいる私。

 私と先輩はおんなじだ。

 そこにはなんの間違いも起こらないし、起こっちゃいけない。

『嬉しい』とか『幸せ』って思うだけで十分。

 私はその気持ちに溺れていた。

 そう思っていることが居心地よかった。

 だからデートに誘ってしまった。

 なんの恋愛感情も抱かない男女の友達として。



 でも、そんな私の気持ちはすぐに居心地の不愉快ものとなった。

 先輩の口から真実を聞いてしまったからだ。


 先輩と千夏は、付き合っていない。


 それを知った瞬間、私の心が急にざわつき出した。

 否定して押し隠していた気持ち。

 半信半疑だった気持ちが、絶対性を持って溢れてくる。

 このざわつきと暖かい痛みは否定しようがない。


 私は先輩のことが『好き』


 そう思えば、胸の痛みがすっと消えていく。




 千夏と出掛けたときに先輩を見つけて、心臓が飛び出しそうになった。

 この気持ちに気づいてしまった今、先輩と今まで通り話せるかな。

 しかも明日は先輩とお出掛けの日。

 私から誘っておいてなかったことにはできない。




 話は変わるけれど、千夏が手を繋ごうと言ってきた。

 別に嫌じゃなかったけど、嫌だって言っちゃった。

 いくら千夏でもさすがに恥ずかしいもん。

 でも、なんで千夏は手を繋ごうなんて言ってきたんだろ?

 ああ見えて乙女なところがあるからなぁ。

 まさか、私に気があったりなんかして!!

 そうなると千夏が彼氏?

 いや、逆もありえるか!

 甘えん坊さんの千夏とかめちゃくちゃかわいいんだろなぁ。

 ……って、んなわけないか。


 そして、毎回のお約束。

 千夏は高寿さんの話をする。

 高寿さんの話が出てきた時はほんとに嫌だった。

 あの頃、私は失恋して、誰かに慰めて欲しかった。

 だから高寿さんの反対を押しきって優真を選んでしまった。

 言いたいことは色々あるけど、でも今さら話したってどうもできない。

 どうもできるなら、とっくに優真と別れてる。

 それができないから、苦しいんじゃないか、私は!

 私が選んだのに私が放棄するなんて、そういう無責任なことをしたくないんだ、私は!



 明日はついに先輩とデート。

 先輩、ちゃんと来てくれるかな。

 千夏と行けなかった中華のお店。

 先輩と行きたいなぁ。

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