第72話 夜霧家への潜入

 それにしても、千弥せんや廉弥れんやは驚くべきさとりの能力を口にした。



 しかもナイフより銃の方が怖くないと言っている。



 覚の力を持つ者は、自分でその身を守るのが宿命――。



 その意味がここへきて初めて分かったような気がした。



 車から降りると、廉弥は目を閉じ悠弥ゆうやとの連絡を図った。


 暫くして、廉弥がハッと目を開ける。


 無事に返事が返ってきたようだ。



「北東だ」



 かといって、直接悠弥ゆうやが捕まっている北東へ向かうのは危険だ。


 紅葉もみじを含めた三人は、覚である善弥ぜんやの裏をかくように北西へと回り込んだ。



 千弥は長身を活かし、長い腕を土塀の上につくと、ひらりと塀を跳び越えた。



「うわっ。紅葉、重っ」


「うるさい、廉弥。早くあげてよっ」



 流石に紅葉の身長では千弥のようにはいかない。



 廉弥が紅葉を押し上げ、千弥が塀の向こうで抱き留めた。


 次いで、廉弥も難なく塀を跳び越えてくる。


 この兄弟はこういう動作もかなり様になっている。



 三人は腰を低くして塀の内側を移動した。



 広がる日本庭園には大きな松や景石、竹垣や燈籠が設置されているため、隠れるには苦労しない。


 警戒しながらも、少しずつ北東へと向かっていった。



(なんだろ、これ)



 途中で足にひっかかった紐を、紅葉は無造作に引っ張った。



 途端にカランカランと古風な警報音が鳴り響く。


 紅葉は激しく後悔したが、既に後の祭り。


 すぐにたくさんの足音が近づいてくる。



 時代劇で罠にかかったネズミ小僧にでもなった気分だった。



千兄せんにい、見つかった」


「うん。紅葉、よく聞いて。僕たちが囮になる。君はここに隠れて騒ぎが静まったら悠弥を助け出すんだ。君はまだ存在を知られていない、分かったね?」



 急激に不安に襲われた紅葉は、知らず首を振っていた。



「心配するなよ、紅葉。さっきも言ったけど俺たちは強いんだ。それに、紅葉が一緒にいると正直困る。庇って戦うには分が悪すぎる」



 分かっている。



 別れた方が二人の足手纏いにならなくて済むということも。


 それでも酷く胸騒ぎがして、素直に「はい」とは言えなかった。



 そんな紅葉を無理やり屋敷の軒下に押し込むと、二人は日本庭園を突っ切って敷地中央へと走っていってしまった。



 ひとり残された紅葉は、人の気配がなくなると同時に縁の下から這い出る。


 そして、迷いを振り切るように何度か頭を振り、ぐっと拳を握りしめた。



 二人のためにも、こんなところでもたもたしてはいられない。



「待ってて、悠弥」



 ぎゅっと唇を噛みしめた紅葉は、屋敷の裏を通り北東へと向かっていった。

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