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「起立、礼、着席」
そんな声とともに授業が開始された。
静まり返った教室の中には、柳田先生が黒板に書く数学の問題のチョークの音だけが、とても気持ちよく響いていた。
真由子は一人、数学の問題を見ないで、その音だけに意識を集中させていた。
「じゃあ、これ、解いてみて」
問題を二問、書き終わると、生徒たちを振り返って、無愛想な声で柳田先生はそう言った。
生徒たちは一斉に数学の問題を解き始めた。
真由子ももちろん、その問題に取り掛かった。
問題は二問とも、解くことができた。
かかった時間は二十分だった。
一息ついて、真由子が顔をあげて柳田先生を見ると、柳田先生は窓際に立っていて、そこから遠くの空の様子を、じっと一人で、ただぼんやりと眺めていた。
ぼろぼろのセーターに、ぼろぼろのズボン。
それにぼろぼろの靴。
着ているものはみんな貧相なものばかりだったけど、柳田先生の目は、いつもきらきらと子供のように輝いていた。
そんな柳田先生のことを、真由子はとてもかっこいいと思った。
小島真由子がいつ、柳田康晴先生のことを好きになったのか、その具体的な時期は真由子にもよくわからなかった。
真由子は柳田先生の目の輝きに惹かれて、柳田先生に興味を持ち始め(それは一年生のときからのことだ)、そして気がついたときには、真由子は柳田先生のことが好きになっていた。
それは真由子の初恋だった。
人を好きになるという気持ちを、真由子は本の中でしか体験したことがなかったのだけど、このとき真由子は初めて、本当の自分の気持ち、本当の自分の感情として、人を好きになるとはどういうことなのかを体験した。
それは思っていた以上に、とても素敵な体験だった。
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