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二人はいつものように、たわいもない、すぐに消えてしまう泡のような話をして、食事を終えた。
それから最後に食後の飲み物を飲んでいるときに、「ところで」と言って、小鹿が話を切り出した。
「以前、お話しした結婚のことなんですけど」
結婚、と言う言葉に真由子の動きがぴたっと一瞬だけ止まった。
なるべく動揺を隠そうとは思ってはいたのだけど、隠しきれなかった。
真由子は丸いグラスに注がれていた透明な水を一口だけ飲んだ。
「僕は真剣に真由子さんのことを愛しています」
真由子の目を正面から見つめながら小鹿が言った。
真由子はその小鹿の言葉を信じていた。
小鹿は確かに自分のことを愛してくれているのだと、真由子は感じた。
「それは家同士が決めた許嫁だから、とかそういうことではなくて、僕個人の気持ちとして、僕は真由子さんを愛しています。だから、真由子さんときちんとお付き合いをして結婚をしたいと僕は考えているわけです」
小鹿は言う。
真由子は黙って小鹿の話を聞いている。
「でも、僕には一つだけ気になっていることがあるんです」
「それはなんですか?」真由子が言う。
「真由子さんの本当の気持ちです」
……私の、本当の気持ち。
それって、いったいなんだろう?
そんなことを真由子は思う。
小鹿はそこで、一旦言葉を区切った。
真由子もずっと黙っていた。
やがて、若いウェイターさんがやってきて、小鹿に追加の注文はないですか? などの話をして、小鹿は「ない」とその若いウェイターさんに答えた。
若いウェイターさんがいなくなったあとも、二人の間に会話はなかった。
「そろそろ、出ましょうか?」小鹿が言った。
「はい」と真由子は答えた。
そして、その日の食事の時間はそのまま終わりとなった。
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