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 季節は冬。

 それも雨の日ということで、気温は低くて、とても寒い午後の時間帯だった。

「……あの、水川さん」葵が言う。

「なに?」水川さんは葵のほうを見ないまま、答える。

「少し、この部屋にお邪魔してもいいですか?」

 葵の言葉に、水川さんが顔をあげて葵を見る。

「今日はもう、木野さんはここには帰ってこないと思うよ?」

「いいんです。あの、できれば水川さんと少しお話がしたいなって思って……」と葵は言った。

「……だめ、ですか?」

 水川さんは少しだけ驚いたような表情をして、それから「まあ、別に構わないよ」と葵に言った。

 それから水川さんは「コーヒー飲む?」と葵に言ってくれたので、葵は「はい」といい、水川さんにコーヒーを淹れてもらった。

「ありがとうございます」とコーヒーを受け取りながら葵は言い、それから二人は椅子に座って、葵は水川さんとお話をする姿勢になった。

 でも、水川さんは葵を見ずに、窓の外に見える暗い空と、冷たい雨が降る風景をコーヒーカップを持ちながら、じっと眺めていた。


 哲学科の大学院生のいる部屋の中は、空調が効いていて、とても暖かかった。

 水川さんが淹れてくれた美味しいコーヒーを飲みながら、葵は暖かい部屋の中で、冷えた体をじっと暖めていた。

 その部屋は狭い部屋で、人はおそらく三人くらいしか、入れなかった。

 あとはスチールの棚に収まっている大量の本や資料と、机と椅子、パソコンにタブレット、それに鉢に植えられた、一つの大きな観葉植物で部屋の中は埋め尽くされていた。

 その観葉植物をこの部屋の中に持ち込んだのは、葵だった。

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