138 葵 ……あなたは今、どこにいるの?

 葵


 ……あなたは今、どこにいるの?


 その日は朝からずっと雨が降っていた。

 葵は緑色の傘をさして家を出ると、いつものように大学に向かって移動した。

 東高を卒業した葵は木野さんと同じ大学に入学した。

 そのころ、木野さんはその大学から同じ大学にある大学院に上がって、哲学科の大学院生となっていた。

 二人は同じ大学の構内で生活するようになって、以前よりもさらに頻繁に二人で会うようになった。

 もっとも、木野さんのほうから葵に会いに来てくれることは本当に稀で、いつも葵が木野さんに会いに、大学院のある建物の中にまで、移動していた。

 その日も、そんないつも通りのシチュエーションだった。


「こんにちは」

 そんな声をかけて、葵は哲学科の大学院生のいる部屋のドアをノックしてから開けた。

 すると中には木野さんではなく、木野の同僚の女子大学院生、水川さんがいた。

 水川杏さん。

 黒髪の長いストレートな髪をポニーテールにしているその人は、部屋の中に入ってきた葵の顔をじっと無言のまま見つめた。

「……木野さんなら、今日はいないよ」と少しして水川さんがそう言った。

「どちらにいるか、わかりますか?」葵は言う。

 すると水川さんは「さあ、それは知らない」とだけ言って、また自分の机の上でなにかの資料を書く(哲学の論文だろうか?)作業に戻ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る