129

「小森桜さん」楓は言う。

「はい」

「小森桜さん。僕は、小森桜さんのことが好きです。あなたのことがずっとずっと昔から、本当に、好きです」楓は言った。

 思わず、桜は無言になった。

 なんて返事を返していいのか、わからなかった。

 桜は楓のことが決して嫌いではなかった。でも、まだ桜の中には律くんがいた。桜はまだ、自分の失恋から立ち直ることができていなかったのだ。


「二年前に言えなかった言葉を今、言います。小森桜さん。僕とお付き合いをしてください」そう言って楓は桜に頭を下げた。

「……楓くんは、一週間後には引越し先に帰っちゃうんでしょ?」と桜は言った。

「そうです」頭を下げたまま、楓は言う。

「私と付き合っても遠距離恋愛になっちゃうよ? それでもいいの?」

「はい。いいです」楓は言う。

 桜は迷う。

 それから、迷っている自分にびっくりする。

 桜はずっと楓のことを友達だと思っていた。懐かしい写真を偶然見つけた。その写真に偶然映り込んでいた昔、ちょっとだけすれ違ったことのある、男の子の友達。それが小町楓だと思っていた。

 楓が自分に今も思いを寄せている、ということはなんとなく桜にもわかってはいた。

 でも、楓がこんな風に自分とデートをしたりするのは、そんな自分の気持ちや後悔をした過去に、きちんとさよならをするためだと思っていた。

 言うなれば恋のお祓いだ。

 桜はそれを手伝うつもりでいた。

 できれば自分の恋のお祓いも同時に行えたらいいな、と思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る