100

 その手紙を見て、やっぱり、と池田鈴は思った。

「これをさ、小森桜に渡して欲しいんだ」と律は言った。

「……自分で渡せばいいんじゃないんですか?」鈴は言う。

「いや、まあ俺もそう思うんだけどさ、いろいろとこっちにも事情っていうものがあって……」と、そこまで律が言ったときに、鈴は歩き始めて鳥居をくぐり、神社の石の階段を登り始めた。

「え? あ、ちょっと待ってよ、鈴」

 律はそんな鈴を追いかける。

「どうしていっちゃうのさ? なんか怒ってる?」律が言う。

「別に怒ってません。それから、その鈴って呼び捨てにするの、やめてください」と鈴は言う。

「ねえ、鈴。お願い。手紙、渡してもらうだけでいいんだよ。別に読まなくてもさ、捨てちゃってもいいからさ」律が言う。

 鈴は階段の途中で立ち止まる。

「それ、ラブレターですよね?」鈴は言う。

「そうだよ」律が答える。

「そういうものって、きちんと本人が好きな人に渡すべきだと思います。こうして誰かに頼んだりすることじゃないと思うんです」

「その通り。俺もすごくそう思う」律は言う。

「なら、今すぐ、桜にそれを自分で手渡してきてください。私に頼むんじゃなくて」

「俺が?」

「そうです」

「この手紙を書いたのは、俺じゃないのに?」

「そうです……、って、え?」鈴はようやく、律の顔を正面から見る。めがねの奥の鈴の瞳が丸く、大きく開いているのが、律には確かによくわかった。

「やっと、正面を向いてくれた」

 嬉しそうな声で律は言う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る