弾圧流用




 七たちの戦いを見ながら、ふっと思考に浮かんだのは、核融合生物たちの文化の核は何なのだろう?ということだ。

 彼らはなんのために生を長らえ、何を支えに死ぬのだろう?

信仰だろうか?戦争だろうか?強さだろうか?

 そうであるような気もするが、神に当たる単語はないし、戦争に当たる単語もない、強さを比べ合う単語もない。

 食事も不味く、風景は見えず、他者との会話もできない。

性欲だって子育期になれば消えている。

なのに激痛だけはあるようだ。

 楽しみなき状況で多数の者が生を選ぶには、何らかの文化的な補助がいるようにも思うのだが、それが今でもわからない。

 二手に喰い殺されるまでにそのことだけは知りたかった。

 彼らの文化の核、それはなんだ?


 そんなことを考えていたら、三を追いかけていた『一路の侵略者』は、私が思うよりあっけない死に方をした。

 『筒六輪一路』にて距離を詰めてる最中、三の撃った銃弾が運悪く当たり、肩の黒皮を完全に貫通したのだ。

 ……そのあとはいつも通り死に向かう狂騒だ、彼は最後の『筒六輪一路』を三に浴びせかけ、突撃を仕掛けた。

 その突撃を阻むように三の白華から変じた火線が『一路の侵略者』の進行経路に降り注ぎ、弾幕の圧力で飛行に難渋する内に、体内に入り込んだ放射線により生命活動の停止した彼は“縛”熱を捻出できなくなり、飛速を落とすと共に徐々に砕け、気化していった。

 ……銃弾にあたったのは不運だが、この結果は特に運ではない。

『一路の侵略者』は三を長い時間追っていた。

 三は銃による即死でもって牽制をしている個体だから、あまり近辺を飛んでいると、運が悪ければ直撃してしまう。

 『一路の侵略者』の敗因は『筒六輪一路』から出て短期決戦を仕掛けなかったこと、もしくは早い内に七の通り道を作らなかったこと。

あとは運がなかったことだろうか。

 彼の攻撃力はそれほどでもないから、長期戦にて近辺を飛び続ければ、自然こういう結果に落ち着いてしまう。

 反転の際に仕留められれば結果は違ったろうが。

 ……これで七は独りか、『面白味にかける双岩』の生き残りは、本格的に五軍と六軍に挟撃され、最早こちらに関われる状況じゃない。

 七は孤立無援だが七の回避能力なら簡単に死ぬことはない、あとはせいぜい粘ってくれるといいが。


 五に肉迫する七への攻勢は時間を追うごとに強くなった。

 天敵である『一路の侵略者』が死んだことで三の手が空き、三の動きに鋭敏さが戻ったのだ。

 しかもさすがに距離が接近しすぎたとあって、今は五も七への迎撃に加わっている。

 五が近接戦で使う戦術は三と変わらない。

『追避の五ツ檻』に『落射の格陣』、三との違いは五が銃筒をもっていないことくらいだ。

 それをどれほど巧妙に駆使しても安全路に侵入した七は止めきれないが、助けに入った三が網状静止固圧や、厚い白靄等の低位の足留めを混ぜることで、再び距離が開き始める。

 一度距離が開けば七独りでは追いきれない、それでも七は五と三の弾嵐の中を少々無茶な軌道で追いすがり、激しい弾の奔流に圧されつつも突き進んでいく。

 普通ここまで弾の直撃が多くなるときは、火孔の緻密な操作が要求される。

 弾が当たるたび逆側の火孔の噴射が強くなるので、開閉口を絞る必要があるのだ。

 火孔操作が下手な者の初歩的な方法に、背面火孔側、つまり裏面火孔や径の伍、陸火孔を全開にして、残りの火孔を全閉するやり方はあるが、それだと大まかにすぎ、弾雨の圧力で少し向きがズレた瞬間に、致命的な状況になる。

 火孔操作に熟達していないものが危険空域で死ぬ場合、弾圧による身体の角度の変更により、自ら死地に突入する、そんな経緯を辿ることも多い。

 火孔操作は四十二ある火孔を開閉のみならず、開度、斜角、渦の調整までを同時に行う奥深き物だ。

 全てを行うのは至難で、身体制御に長けた者でも、せいぜい開度と斜角調整までだ。

 それに渦調整を足して、天候の読みと、経路選定、固圧の直撃への対応まで行うのが七の回避術の根底にはある。

 ちなみに、理論上火孔の制御を完璧に行えた場合固圧補助ナシでシ速四百五十フォアを越えるはずだが、今のところは、七でも三百三十フォア、最速の一で三百七十フォアしか行かない。

 まあ脳が制限してる分もあって四百越えはなかなか難しいんだろう。

 それでも難しい操作を容易くこなす七の選定した経路は上手いだけあって、不可思議な経路を辿る。

 間違っても最短距離でなく、遠回りも含まれ、なのになぜか距離が徐々に縮まり、五の熱噴射の輝きが再び私の視界に映るようになる。

 これは『弾圧流用』という火孔操作の技術で、使える者は一部の上位者のみの高度技法だ。

 これはぶつかる弾丸の圧力を利用して飛行速を稼ぐ技術で、これを使うと飛行経路がめちゃくちゃになる。

 弾幕が激しい場所では、距離を多少犠牲にしても、平均飛行速や、火孔の操作感覚を失わないようにした方が速く進める。

 『弾圧流用』での飛行は、通常の進行方向を重視するやり方に比べて、弾圧による失速が少なくなるのが利点だ。

 五はこの技法は使えないが、七は使える、七が火孔操作の力量差を使って、滅茶苦茶な軌道でその光の筋を追う内に、唐突に配置の上方がひしゃげ、それを割いて降ってきた巨大な静止固圧の柱が路の上方に突き刺さる。

 前方を遮る、巨大な静止固圧の柱、その下には発射目前の白華群、七は一瞬の判断で、落ちる柱と白華の隙間に滑りこむと同時、極小固圧で白華群に砲火を浴びせ、発射時間を延ばし滑らかに抜け出る。

 隙間を抜けた瞬間、落ち行く柱の回りから垂れ下がる網状固圧が七に被さって、引っかかった七が網を引っ張りながら大きくは繊棘で断ち切り、細きは火孔で焼き切った。

 その時には巨大な静止固圧は遥か後方に置き去られ、近づいていた五の残光は見えなくなっている。


 ……これは難儀しそうだ。全く同じ配置を飛んだ場合、七の方が圧倒的に速いが、五が自分が飛びやすいように配置をしていることと、三からの静止固圧の妨害が追加されるため、実際には七が遅れ、その遅れを極小固圧で取り返すことで、距離はつかず離れずのものとなっている。

 遠方に現れては消える五の残光……、激しい火線の隙間を縫いながら、慎重に固圧を使い距離を削り合う、精神負荷のかかるやり取りは長時間続いた。

 さすがに五ツ群の中を飛び続けただけあって、七の黒皮の大部分には2~5層ほどの穴が空き、そこに通常固圧の応急処置を示す白光が溜まって固着している。

 固圧の応急処置でも一応撃発固圧を拒めるのだが、固圧には対宇宙側への遮蔽が施されていないため、敵は応急措置に対し直接“散”熱を注ぎ込むことが可能で、周りの黒皮を溶かす熱源に利用されたりする。

 だから、応急処置の固圧は時々入れ換えなくてはならず、防御力的にも不安定になる。

 また応急措置中は補助思考を一つ消耗するから、攻撃固圧や補助固圧の併用数が下がる、そのため七が応急措置をすることはほとんどない。

 そんな七の黒皮が白と黒のまだらに染まるのだから、限界とまではいかないまでも、かなり苦しい戦いとなっている。

 危険空域に長期留まると、どんな個体でも集中力の比べ合いとなるが、その場合、七の未来視がそのまま不利をもたらす。

 未来視は未来と現実の情報が混ざり合い、どうしても神経を消耗するのだ。

 対する五はどうしてか集中が切れない個体だ。

 理由は不明だが、遺伝的に同質、能力的にもほぼ同じ三でさえ、先ほどのように集中切れをするのを考えれば、五は恐らくは、集中力が最も持続する感情、『戦闘を楽しむ』という感情が強い個体なのだろう。

 この長い追逃戦でも、五は戦いを楽しんでいる故に集中が途切れず、七は長い戦いの末、未来視の負荷が強まることで集中が途切れた。

 集中が途切れた七の未来視には、避けきれなくなる自身の姿が無数に映っていたに違いない、短時間にその全てを覚え切れるわけもなく、七が取った行動は、全てを放り捨てた緊急脱出だ。

 残る集中力を全て使って、上空に方向転換、二十発ほど危険な被弾をしつつも全力で速度を上げ最も薄い『追避の五ツ檻』から脱出、戦闘を放棄した。

 普通の者は使えない、未来視だけに頼った強引な脱出だ。

 七は五ツ檻から出てからも完全に逃走、危険空域からどんどん距離を開けていく。

 一応どちらも生存する結果となったが、……七は『一路の侵略者』を亡くした上、中途で戦闘を放り出したのだからこれは七の負けだ。

 七は昔から地表域にて、己を鍛える稀有な個体ではあったが、五と三の組み合わせに勝つには至らなかった。

 今はいない一の力を加味しても、七はやはり五より弱いか? いや、だが、五は八に勝ち目さえないわけだし、七は八に勝った。となると、少し迷う。

 順位を確定できないのが心残りと言えば心残りか。

 戦闘を放り捨てた七は、攻勢の薄きを飛び回ったあと、機会を見計らって白灯を点し、ゆっくりと食事をとった。

 未来視を持つ七は食事に恐怖がない、……戦争から離脱した彼は悠然と戦いの行方を見つめたあと、黒紅槍を出現させ、手近な中位個体と戦闘を開始した。

 七はしばらくは他首領との戦いには戻らないだろうから、私は五と六の方に視線を移す。


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