雌雄同体




 その『筒六輪一路』での突撃は速いには速いが、距離が距離だから、迂回等もいれると三百シほどはかかる。

 たどり着くまでは特に動きもないだろうから、私はのんびりと空を眺めることにする。

 ……のんびりと見るか、結局私はこういう馬鹿らしい性分らしい、滅びと命がかかっても、彼らを眺めて終えることになりそうだ。


 『一路の侵略者』の決断は悪い選択ではなかったが、費やす時間を加味すれば、悪手であったと言えるだろう。

 彼が『黄幻の五』の元に達する数百シの間に、少なくとも相剋の軍勢にとっては戦いの大勢は決していた。

 『相剋の軍勢』が五軍と入り混じると、敵味方識別圏である軍円形成不能の影響を受けて、あっという間に瓦解、同士討ちを始めるようになる。

 これで『相剋の軍勢』の壊滅は決まったが、あとは七軍を追ってきた六軍が到着し、五軍と六軍の戦いが始まるまで保つかどうかだ。

 次々と撃墜される友軍を数万フォア後ろにして、『一路の侵略者』は、首領殺害への路をひた翔る。

 その飛行に迷いなく、一度決めたら愚直に進む、こういった脇目も振らぬ一途さが、彼の良いところだ。

 突出した彼にとってそこは五の軍勢のみが点在する危険な空域だが、さらに悪材料として、彼と目的を共にしていた『熱礎の忙殺者』が、首領殺害を諦め、防御主体の熱圏配置に切り替えていた。

 結果『一路の侵略者』は完全な孤軍となって、敵陣に斬り込んでいく。

 意思疎通のできない彼らには本当の意味での集団戦術はない、各者各様に戦術を建て、気が変われば変えていくだけだ。

 首領殺害を目指す『一路の侵略者』の行く手には、多数の敵下位、中位個体の集団が疎らに迫る。

 何体かは固圧による集中砲火を浴びせ、何体かは格闘を狙い急襲してくる。

 さすがに数の差があり、攻撃は苛烈となるが、それを遮るのは、彼が生涯を掛けて作り上げた『筒六輪一路』の固圧配置だ。

 ワイス機構の唸りと共に、六輪の筒が多重に空間に出現、 習熟度の深い固圧は、他者の妨害阻害、砲火攻撃を寄せ付けず、それでいて内部の殺傷力が高すぎるために、筒六輪内への侵入を躊躇させる。

 宙を裂く六輪の路、並み居る下位中位個体は、輝く筒六輪のその内部構成の苛烈さに突撃を躊躇し、遠巻きに攻撃を仕掛けつつ、困惑したように過ぎ去っていく。

 その筒が示すのは、まさに己のみの路だ。空を貫く六輪の瞬きは敵陣を貫き通し、彼は飛速をあげて、首領殺しの路をひた翔る。

 防御・侵略の極みたる生成術、これを止められる個体はやはり並みの個体ではありえない。

 『筒六輪一路』のような、習熟度の高い妨害路を崩す基本は静止固圧だ。

 ただひたすらに大きな静止固圧を作って落とし、路を断てば一旦は断ち切れる。

 それを狙う者達も居たが、しかしその方法への対処は彼も慣れていて、小さければ粘体に引っかかり途中で止まるし、大きければ事前の進路変更等で軽々と対処していく。

 そこで敵の一体は『筒六輪一路』にできた粘体の切れ目を狙った。

 切れ目の間から静止固圧をいれられれば、静止固圧を小さくできるため、生成が短縮でき対処する時間を与えずにすむ。

 長くても一フォアに満たない路の切れ目、敵の個体はその切れ目と到達の瞬間を正確に狙って、適度な大きさの静止固圧を落とした。

 ……筒六輪一路は、普通の妨害路より減速へ耐性が高いが、後ろにも固圧を残す関係で、許容範囲から出たら立て直しは効かない。

切れ目から侵入した静止固圧の壁は充分な効果を発揮した。

 『一路の侵略者』の路の前に、突然一フォアの長さを持つ静止固圧の壁が突き刺さり、路を破断、彼はそれを見定めつつ敢えて速度を上げる。

 衝突に伴う強烈な慣性エネルギーによって静止固圧の壁が跳ね飛ばされ、それを反動代わりに別方向に進路を変更、路を脱け出す寸前、迅速な判断で『筒六輪一路』を完全停止させる。

 置いていかれた路はすぐに停止しないと、自分を撃ち抜いてしまうから、これは仕方がない。

 安全な路を一時失った『一路の侵略者』は、風上に新しい路を形成しつつ、今邪魔して来た個体の探知を始める。

 探知せずとも私には誰かわかっている。

 『黄幻の五』まで、五千フォアより近辺にて敵を迎撃する役割を持った個体。

 私はその個体を統合視界にて映す。

 視界に現れたその個体は一見して五にしか見えない姿をしていた。

 その五にそっくりな者こそ、五へ接近した者を阻み殺害する合一個体『相似の守護者』黄幻の三だ。

 三は五と同質の存在で、見た目だけではなく、遺伝子的にも完全に五と同一となっている。

 遺伝子的に完全合致するなど普通ならあり得ないことだが、このことは核融合生物が雌雄同体であることから可能となる。

 雌雄同体は自分だけで子を成せ、その場合に置いてのみ、遺伝子が全く同じ子供が産まれるのだ。

 本来高次生命に雌雄同体は相応しくないが、これは核融合生物の祖先が、地下にいたことに由来する。

 分核代や指地代の地下生活の際は、他の個体と巡り合うことは稀だったため、雌雄同体で単為生殖をし、子を成し種を繋ぐことが優先された。

 翻って現在の表出代になると他の個体と出会えるために、雌雄同体である意味は希薄化する。

 私の予定だとあと五千齢以内に、雌雄が分かれることになる。

 その場合は、雄、雌で身体的特徴が分かれ、一生で一体、たまに二体がやっとの生殖回数が、年齢を問わずに出産、育児に専念でき、より個体を産める数が増える。

 それによって今の横ばいに近い個体数が、爆発的に増えることになる。

 今は一生に一体あたり一体だけ子を為すのが普通だが『黄幻の五』の場合、完璧主義が高じて、期限ギリギリまで子を為す相手を見つけられず、結局単為生殖をおこない、遺伝子的に同一の個体を産むこととなった。

 雌雄同体を利用した出産の場合、必ず電磁波の波長の合う合一個体が得られるが、普通の合一と比べると実入りがほとんどない。

 合一は異なるワイス機構との摺り合わせこそが最も大事で、二つの同じワイス機構が連関することは、それに比べれば落ちる。

 ただやはり利点はあり、固圧の習熟が早くなるため元々の才能と合わさることで、五と三は撃発固圧戦闘において他を遥かに超越する力量を得、首領にまで登りつめた。

 その際彼が倒したのは合一個体を得ている首領候補で、それを五が単体で圧倒したのだから、彼らが本気を出せば、他の首領の攻撃力など、赤子のようなものだ。

 遠距離戦に長けた五が本気になる前に『黄幻の三』という護衛を如何に早く突破し、近接戦闘を挑むか、それが首領『黄幻の五』との戦いにおいては重要になる。



 攻め上る『一路の侵略者』の前には、迎撃する者『黄幻の三』が作り出した、足止めの固圧配置が広がっている。

 三は不思議なほど足止めに徹する個体だ。

 三が練り上げた減速主眼の配置は効率が良く、強力なものだったが、戦い慣れている『一路の侵略者』は慌てずに筒六輪一路を完成させ、シ速三百五フォアの飛速を生かして、路の内部に飛び込み、五へ続く路を一直線に進んでいく。

 その際、三の作った足止めの固圧配置は後方に置き去りだ。

 三が迎え撃った割には、一路の侵略者は悠々と進んでいるが、これは単純に相性の問題だ。

 如何に強い名付き個体と言えども、相性の悪い敵とは戦い辛い。

 特に麾下の四兵のような、中位個体最高位の者に弱点を突かれると、思いのほか手間取ることになる。

 『一路の侵略者』の固圧無力化能力は、八以外の者の追随を許さぬほど高い。

 三や五も習熟が高いとはいえ、生涯を一つの固圧の習熟に捧げた『一路の侵略者』の努力には敵わない。

 『一路の侵略者』は得意の『筒六輪一路』で三を圧倒し、首領殺害の路を進んだが、再び足止めを試みた『三』が、今度は身体ごと前方の進路上やや斜めに侵入してきて、その路を曲げざる得なくなる。

 『黄幻の三』は五と同様、近接戦闘は苦手だが、それを埋めるため他の持たない独特な武装を持つ。

 それは『銃』。

 銃といっても水炭素生物の使うもののように、撃鉄や銃把があるわけではない。

 あるのは銃身と弾丸とそして銃剣。まあ銃剣はオマケとして、構造としては固めた静止固圧の弾丸を短い筒にいれ、宙に作った撃発固圧に接触させ爆発、その爆圧で射出する仕組みだ。

 初速は通常の発弾固圧より遥かに遅く、飛ぶ距離も短いが、限界まで硬くした静止固圧を弾丸として込められるために、有効射程は最大三十フォアと長い。

 単発の上、弾丸が回ってしまうと殺傷力がなくなるし、私ならもっとよい構造に変えられるが、これが彼らの作った最初期の銃だと思うと愛らしい。

 殺傷力が高いから、これを脅しに使い、敵の近接戦闘を制限しつつ、得意の撃発固圧によって優位に立つのが、『黄幻の三』の近接牽制だ。

 ちなみに、銃は初見殺しの性質も強く、近づいた瞬間殺される個体もいるが、警戒していれば避けるのは難しくない。

 特に三の使う短銃は、流れてきた撃発固圧と銃身が合わさった瞬間に一定方向に発射されるため、それを見極めていれば、少なくとも遠方なら回避は容易だ。

 三との交戦経験が多い『一路の侵略者』は銃を警戒し、射程を避けつつ進み、けれどそれ故に、『黄幻の五』の元にはたどり着けなくなった。

 この辺りは三の頭の良さ故だろう。

 五も三もシ速二百四十ほどしかないが、銃の牽制と両者の移動方向、それに白靄白華の減速を上手く組み合わせれば、シ速三百五フォアの速力をもってしても追いきれなくなる。


 そうして時間はすぎ……結局、『一路の侵略者』が首領殺しの端緒にさえたどり着けぬ内に、時間切れがくる。


 『相剋の軍勢』を追ってきた六軍が遂に戦場に到着し、五軍との戦闘で壊滅しかけの七軍後背から攻撃をしかけたのだ。

 それまでの五軍との戦いで苦戦と同士討ちに、挟撃による砲火の集中がくわわったことで、さしたる時間もかけずに七軍は全滅、生き残りは七と『面白味にかける双岩』という元八軍の中位個体二体、それに『一路の侵略者』と中位個体五体、下位個体三体となった。

 もう少しいるかもしれんが、私が覚えている者だとそのくらいだ。

 熱礎の忙殺者も探したが、見当たらんから多分死んだにちがいない。

 自軍は壊滅したものの七の目論見は乱戦だから、七としてはもう少し六軍を五軍側に引き込む必要がある。

 ただ六軍の参戦で一応は第一段階を越えたんだろう。

 七は自軍の壊滅を機に、首領殺しに切り替え、五の空域奥地に侵入、突出していた『一路の侵略者』の援護に回る。


 どうしても五にたどり着けなかった『一路の侵略者』だが、膠着した状況に、七の極小固圧と八の元配下の二体『面白味にかける双岩』の周囲攻撃が加わったことによって、活路が開いた。

 筒六輪の長い配置が五の脇を掠め通り過ぎ、三が侵略者の間に入って進路変更を目論むも、七の極小固圧が三の動きを阻害する。

 八の元配下、『面白味なき双岩』も首領殺しを狙っているのか、二者合わせて五千万の固圧を五の周囲空域に生成投下し、五の逃げ場を封じた上で、多数の危険空域を展開する。

 ちなみに、『面白味なき双岩』はあまりに堅実な攻撃をすることから、二体そろってその名が付いたが、強さは中位個体最高位でこういう時は重宝する。

 『一路の侵略者』はそういった援護によって五の付近まではたどり着いたものの、格闘を挑むためには、一度筒六輪一路から出る必要がある。

 しかしながら妨害固圧の路の外には、複数の危険空域が広がり、敵味方の識別ができていない『面白味にかける双岩』の固圧までもが降りかかっていて危険極まりなく、格闘を仕掛ける機会を見つけられずにいた


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